shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

ただそれだけのこと / 林マキ

2024-05-19 | 昭和歌謡・シングル盤

 少し前のことになるが、ヤフオクのレコード落札相場がわかるサイトを見ていてすごいものを見つけた。林マキという歌手が出した昭和歌謡のシングル盤なのだが、たかがシングル盤に85ビッドが集中し、最終落札価格は驚異の13万円というのだから驚くなという方が無理だろう。
 林マキ... と言ってもほとんどの人は “誰それ?” となるのが関の山だろうし、昭和ガールズ歌謡好きでも名前ぐらいしか聞いたことがないという人が多いかもしれない。しかしディープなマニアなら “林マキ” と聞いただけでパブロフの犬状態になること間違いなし!と言いたくなるくらいネット・オークションでの人気は高い。ブツの数が圧倒的に少ないというのもあるが、何よりもまず内容が素晴らしく、1971年の発売から50年近く経っても全く色褪せない魅力があるからこその超人気盤なのだ。
 私が彼女の存在を知ったのは YouTubeで、誰の動画だったかは忘れたがその関連動画の中に彼女の「ただそれだけのこと」という曲があって(←関連動画から芋づる式っていうパターン結構多いな...)、たまたまそれをクリックして聴いてみたらめちゃくちゃカッコ良い和ボッサ・ナンバーだったのですぐにウォント・リストに加え、その日からこのレコードを探す日々が始まった。
 今でこそこの盤の価値・稀少性は十分わかっているが、その当時は林マキに関する情報も知識もなく、ヤフオクには全然出てこないし大阪京都のレコ屋を廻っても全く置いてないしでお先真っ暗状態。彼女の他のシングル盤もごくごくたまに出てはくるのだが、それでもシングル盤の分際で1万円前後というえげつない値段で取り引きされていて、林マキのカルト人気の凄さに驚かされたものだった。
 初めてこのレコードがヤフオクに出たのを見つけた時は “おぉ、ついにきたか!” と武者震いしたが、値段を見ると異次元の8万円(!)で、その値段を見た瞬間に戦意喪失。結局その盤は落札されずに終わり、その後も一応 “保存した検索条件” に入れて監視を続けたのだが、確か2度ほど出品されてスタート価格がどちらも数万円だったのを見て “あかん、こんなん絶対に無理やわ...” と一旦は諦めモードに入った。
 それから何年か経って、ある日突然何を血迷ったのかこの盤を Discogs で探してみようと思い立って検索してみると、信じられないことに何とこのレコードが出品されているではないか! 値段を見ると$10という嘘みたいな値段で、しかもそのセラーが中国人だったこともあって “いくら何でもこれは怪しすぎるやろ...” と警戒心がMAXまで高まったが、送ってもらったメールの写真を見る限りは本物っぽいし、フィードバックはポジティヴ100%。他の出品物を見ると昭和歌謡のレコードを一杯出していて、麻丘めぐみやら南沙織やらのシングル盤がズラリと並んでおり、私の直感では詐欺の匂いはしない。まぁ値段が値段だけに失敗してもたかが知れているし、いざという時は PayPal Protection があるわいと考え、思い切って買ってみることにした。
 購入から10日ほどしてレコードが届いた。信じられないことに(?)れっきとした本物だ。VG+と書いてあった盤質も Ex+レベルのめちゃくちゃ良い音で鳴る。結局送料込みでも当時のレート(確か $1=110円ぐらいやったと思うが、あの頃は良かったなぁ...)で約2,000円でこの垂涎盤を手に入れることができて、大袈裟ではなく天にも昇る気持ちだった。そういえば昔、901さんが eBay でアート・テイタムのダイアル盤10インチやクリフォード・ブラウンのヴォーグ盤10インチを相場の1/10以下で入手された話を伺った時に心底羨ましく思ったのを今でもよく覚えているが、私の場合はこのレコードこそがまさにそんな “信じられへんくらい安く買えたラッキー盤” の筆頭と言えるかもしれない。
 それにしても心の琴線をビンビン震わせるこの妙なる旋律は何なのだろう? この曲って歌うとなると案外難しいのではないかと思うのだが、彼女は哀愁舞い散るマイナー調メロディーをその変幻自在の唱法と圧倒的な声量でもって余裕綽々という感じで歌いこなしているし、バックの演奏もめっちゃクールでカッコ良い。特に寺川正興の闊達なベースには耳が吸い付くし、ジャジーな雰囲気横溢のフルートも言うことナシだ。
 たまたまセラーが無知な外国人で、たまたま他のコレクターに先を越されず、たまたま盤質も良かったという、幸運が幾重にも重なって手に入れたこのレコード... ひょっとするとこれでもう一生分の運を使い果たしてしまったかもしれないが、それこそ一生モノの宝物を手に入れたも同然なので気にしない。こういうラッキーがあるからレコード・コレクターはやめられないのだ。
Maki Hayashi / 林マキ・ただそれだけのこと(Japan, 1971)