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地場・旬・自給

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アベ木偶人形一座

2016-10-16 04:00:14 | Peace Cafe

一座の座長が首相役だ。舞台正面に仁王立ちになる。ーーー日本の領土、領海、領空を守り抜く決意を強調した上で、最前線で「極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りを持って任務を全うする」海上保安官や警察官、自衛隊員に「今この場所から、心からの敬意を表そう」と、議場の日当で集めた議員役に拍手するよう促したのである。首相の呼びかけに応じたのだろう。議員役が一斉に立ち上がって拍手し続け、衆議院議長役が着席を促し、ようやく収まった格好である。演目は静かなヒットラー登場の一段である。

現今アベ政権一座は巷で評判の木偶人形一座である。北方領土返還を次の選挙の、演目に掲げてビラを配っている。どんな脚本家によって筋書きが書かれているのだろうか。黒子の人形遣いが恐ろしい。演目が恥げもないのは、頭が桐の空洞で作られているからで、木偶人形はただ振り回されて踊るだけだから大胆だ。そして、北朝鮮と同じで、今や観客は総立ちの投げ銭である。日本の困るのは、観客が自ら演目を盛り上げているところだ。最近のフィリピンではアメリカへの罵倒を続けることで、90%の支持という人気者になった大統領がいる。世界の顰蹙を買う事で国民的な人気者になっているのがロシア・プーチン大統領である。アメリカのトランプ大統領候補は合法的節税の何が悪いのだと息まいている。世界の空気は変わり始めている。過剰演出のリーダーが選挙で支持を集め始めている。理知的で冷静な指導者は影を潜め始めた。

沖縄の基地問題では、アメリカが自国の利益を譲らない姿勢を強めている。アベ政権はロシアとの経済協力で対抗しようとして、危険な外交を始めた。戦争で獲得した便利な基地を、自由に使うのは当然のことだとアメリカは考えている。しかも、守ってやるのだから、日本が費用も全額持てという事だ。それが嫌なら日本も核武装して、勝手にやればいいという事だ。政府は自衛隊基地を沖縄に各地に広げてゆき、アメリカが無償で自由に共同利用できるようにしようとしている。これが沖縄の米軍基地軽減の実態だ。日本政府は中国との緊張を高めることで、国内をまとめようという思惑を持っている。中国も同様に緊張を高めて国内の不満を抑えている。日本を叩けば中国政府への支持は広がる。アベ政権は国内の打開できない財政破綻問題、経済の行き詰まりから眼を逸らせようとしている。第3の矢の立ち消えである。TTPに経済界は期待をしているが、これによって日本は日本でなくなることだろう。

アベ一座が興行が大入り続きなのは、観客の質の低下である。観客はいつの時代も迎合的なものなのかもしれない。筋書きの単純な仇討ち劇やら、お涙頂戴の田舎芝居で大受けしてしまう。領土が帰れば、何でも了解というような観客を前提で芝居台本が作られるのでは、領土返還の結果さえあれば喝さいを浴びるという事になる。その背景にある日本の負担増や、国際的な立場には一考だにしない。アメリカを罵倒すれば、湧き上がる北朝鮮とフィリピンと同じことだ。自らの力で作り出す社会に希望を見出せないからだ。日本でも中国や朝鮮を罵倒演目を売りにする一座が興行している。竹島や尖閣の領土欲が背景のお家騒動のあらすじである。日本という国が誇りを持てるためには、日本人の良質な魂である。瑞穂の国の民として、勤勉に生きてきた姿である。アベ一座の誘導から、何とか目を覚ましてもらいたい。領土など人間に比べれば大したものではない。大切なことは日本人の健全な姿である。

 

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稲刈り終わる

2016-10-15 04:46:36 | 稲作

 

欠ノ上田んぼの稲刈りが終わった。9日から始めて、10日は全日12日、14日は半日づつやって稲刈りが終わった。つまり、丸3日かかったことになる。例年2日の作業だから一日余分にかかった。倒れかかったところが多く、手刈りせざる得ない部分が多く、時間がかかった。それでも何とかできたのだからよかった。役目を果たせたような安ど感がある。役目というのはなんとなく里地里山の暮らしと自然に対する役目である。ここに暮らしているのだから、動けるうちはやらねばという思いがある。稲刈りをしながら思ったことは土壌の状態が変わってきたという事だ。以前と比べるとずいぶん乾かない田んぼになった。畑から田んぼに転換して、7年目である。耕盤ができて来て、水のタテ浸透が減った結果のような気がしている。一度降った雨がなかなか引かない。足跡にたまった水が3,4日も乾かなかった。土壌の性質がどんどん粘土質に変わってきているような気がする。来年は中干を入れたり、早めの水切りをしなければならないだろう。

水持ちが良くなったという事は田んぼ土壌としては悪くないことだ。特に棚田に於いては田んぼが冷えることがある程度防げる。早朝だけ入水するというような貯め水の管理ができる。藁や堆肥や緑肥を入れてきた効果もあると考えたい。水管理を少し変えなければならない。今まで、ざる田で水持ちが悪いという前提で考えていた。倒伏した理由の一つはこの水管理が土壌の変化に対応できなかったこともある。もちろんそれだけではないが。稲刈りをしていて、株の分げつが少ないと感じたのは、2番と10番である。10分げつから15分げつ位である。倒伏の多かった3,4,9番は20分げつはあった。やはり倒れるぎりぎりに作らなければ収量はない。2番、10番の2つの田んぼは緑肥が出来なかった。そばにある木が大きくなってしまい、日照の不足も起きやすい田んぼである。今年の後半の日照不足が影響したかもしれない。

病気に関しては、9番がやはり小黒菌核病と思われるものが出た。ツトムシはイチモンジセセリが目立ったが、稲にはほとんど影響しなかった。カメムシはたまに見るくらいは居たのだが、畔草を刈らない考えは良かったように思う。稲には影響はほとんどなかった気がしている。今年から株間を広げ、29センチ角にしたことは、良い結果になっているように思う。穂数は減ったようには見えない。分げつの増加で補われたように感じた。作業の軽減は大きかった。雑草の出方という意味では、ヒエは相当に減ってきている。かなり浅い水管理もしたが、ヒエは目立つほどには生えなかった。脱穀が16日になる。脱穀したらすぐに耕して、緑肥の種は蒔きたい。4番と9番は大麦にしたらどうかと考えている。2番5番6番10番はレンゲ。1番3番は赤クローバー。7番、8番がヘヤリーベッチかからしな。11番は冬季湛水。

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アルファー碁の形成判断

2016-10-14 04:23:13 | 身辺雑記

コンピューターソフトのアルファー碁とイセドルさんの世紀の対極の分析を、王銘椀さんが行った番組を見た。アルファー碁が打つ手の意味を、王棋士の感覚が邪魔している気がした。何故イセドルさんが負けたのかがやっと分かった。形勢分析の仕方が人間とは違うようだ。人間は初手から全体の構想を自分の経験から構築しようと進める。序盤は序盤としての良い状況を目指して打ち進める。中判であれば中盤の良さを求める。アフファー碁も似てはいる。但しAIは最初から終局時の地の数を読んでいるようだ。結論と今と最終局面を常に比較してその時の1手の価値を終局の地の数で判断出来るようだ。人間は結論はともかく経過地点の良さを、経験から評価する。わからない最終局面より、中盤なら中盤の形でその場面の価値を評価しようとする。だから、棋士はアルファー碁が打つ手をおかしいと考えても、それを追求するのではなく、自分の発想を進めれば勝利すると考えてしまう。アフファー碁の登場で囲碁は一段競技の深みを高めるという事になる。囲碁では棋譜を知的財産と考えてきたが、その意味は無くなる。最高の棋譜はコンピュター対局で無限に作り出せるものになった。

私自身が絵を描くときで言えば、こういう描きだしで行ったとき上手く行ったとか。ここまでやって一呼吸置くことが大切とか、やはり中間地点を考えている。最後の出来上がりを考えず、描くこと自体に喜びを感じる。田んぼで言えば、こんな田植えが良かったとか、この時期こんな葉色が良いとか、あくまで途中経過を今まででの流れを重視したうえでの、一断面として評価してしまう。ところが、コンピューターというものは、結論を明確にしておいて、そのために今どれが最善かを最初の1手から読もうとしているようだ。だから棋士が経験的に序盤の構想というようなものを持つこととは違う。これによっては経過を味わうというような、囲碁における精神性のような、含みは消えてゆくのではないか。羽生善治氏や井山祐太氏を尊敬するという意味が、コンピューターに近い発想ができる人という事では、先生と呼んで良いものかどうか。哲学のようなものや文化のようなものを、囲碁将棋に見続けることは出来るのだろうか。

未知というものがあるから面白いのだと思う。自然を前にしてそれを描くということは分からない事ばかりだから面白い。100人100通りの見方があるから、面白い。ところがアルファー碁とアルファー碁の戦いを人間は楽しめるのだろうか。それは棋士同士よりレベルが高いものであることは確かだ。棋譜としての完成度は人間を超えたもの成るのだろう。それでも、人間がそれを見て味わう事が出来るかである。人間らしさというようなものは、不完全であるがゆえに、その個性を見ることもある。五目並べやオセロの単純さでは、哲学も感じない。コンピューター登場前は、囲碁に於いてはどこか深遠なものを感じて、囲碁を味わうという事があったのだと思う。絵を描く面白さが写真機が登場して変わったのと同じことである。絵を描くという事が自分の内部世界に向かい行為という、私絵画の意味はますます検討に値するだろう。未知の世界は人間の内側の世界という事になる。私絵画には結論がない。結論のないものだからこそ、面白いものになる。

田んぼはどうだろうか。田んぼには収量と味覚という結論がある。結論と言っても味覚計の味覚が結論とは思えない。あんなもので客観評価をしようという手法が情けない。自分の美味しいが一番の味覚である。売るという事になるから、つまらない客観評価に頼ろうとする。収量はどうだろうか。100の田んぼがあれば、100種の結論がある。その田んぼの最高の収量というものと、田んぼの永続性というものの兼ね合いがある。収奪的な農業であれば、いくら収量が多くても良い田んぼとは言えない。3000年継続できる田んぼでなければ面白くない。人間が判断を誤るのは、経験値である。つい成功体験に引きずられる。人間が生きるという事はAIにより個別になるという事のようだ。一般解ではコンピューターを超えることは出来ない時代が来た。

 

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三浦弘行棋士スマホ不正疑惑

2016-10-13 04:22:45 | 身辺雑記

竜王戦の挑戦者が急遽変更になった。その理由が三浦弘行9段が対局中に、中座してスマホを利用して、不正行為を行っていたというのである。かねてから危惧されていたことが現実化した訳だ。12月14日から対局中のスマホ利用が禁止されることになっていた。不正が行われたのかどうかについては、当人が否定しているので、あくまで疑惑の範囲である。問題は不正が出来る状況を放置したまま対局が行われていたところにある。その責任は日本将棋連盟にある。まずすべての棋戦を延期して、対局において不正出来ない条件を世間に対して明確化にしめす。その上で、今回の処分は取り消し、徹底した調査を行う。今回の疑惑は、疑惑ではなく不正行為があったという認定と同等の処分である。このような曖昧なことで三浦9段の一生に影響する決定をしてはならない。もし、何らかの証拠があるのであれば、それを示したうえで処分されるべきだ。また同時に、そのほかの対局に於いて、不正がないという事も証明する必要がある。三浦九段は独特の棋風である。不正のできないことが明白な中座のできない対局でも極めて強い。以前から好感の持てる棋士であった。

相当の不正が横行している現状を将棋連盟は把握していたのではないか。以前から三浦九段の終盤の中座が多すぎるとして、対局相手から疑問が出されていたというのだが、それは棋士それぞれの対局態度で、別段不自然なものではない。負けた棋士の中傷かもしれない。想像では中座した後に指した手が、いかにもコンピューター的であったのだろう。そして棋譜を調べ、三浦9段の着手とコンピューターとの一致率を調べたと想像する。そして、コンピューターでなければそんな手は指さないだろうという着手との一致の多さを見つけた。プロ棋士であれば、疑いを感ず所だという事は理解できる。三浦9段は以前から、共同研究をしない孤高の行動の棋士と言われてきた。一人でコンピューターを学んで、コンピューター的な思考を身に着けた可能性もある。三浦九段は不正疑惑の査問を受けて、この状態では将棋はさせないと思ったことだろう。それで休場を申し出たと思われる。しかし、それでは不正を認めたことになると考え、納得が行かず、休場届を出さないまま不正が認定された結果になった。

将棋などの昔からあるゲームが、コンピューターに駆逐されてゆくのは、大きな流れの中で予想されることである。コンピューターの方が強い中で、プロ棋士が成立するのかどうか疑問である。将棋連盟に焦りがあるのではないか。コンピューターが人間よりも強くなったからと言って、将棋がつまらなくなったわけではない。将棋はよくできたゲームで、面白いものだ。人間の思考能力を高めるものでもある。私は電車や風呂の中などの、持て余す時間はタブレットで囲碁か将棋をする。タブレットには、無料のオフラインのアプリが入っている。いろいろのソフトがあるようだが、適当に勝負になるものを使っている。それほどは考えないで思いついた手を指すのだが、結構、つまらない見落としが多いい。うっかりミスで勝負がつくのでは、面白くない。だから、待ったをする。コンピューターもうっかりミスをするので、待ったをさせるが、何度でもつまらない手を繰り返して思考を変えようとはしない。

コンピューターが私の気付かない良い手を指せば、なるほどと発見があり面白い。良い手を発見するのが面白くてやる訳だ。感覚と読みで良い手を見つけるという事が、思考の訓練にもなると思っている。やっていれば、1時間ぐらいあっという間に過ぎてしまう。日常でやる気はないし、その時間もない。人間とやるのは好きではない。以前は大会に出場するくらい将棋を指した時期があった。ある大会で、対局相手が待ったをした。それは競技として不正行為だと考えたので、待ったは許されないと指摘をして、審判に判断を求めた。すると、明らかに待ったがあったとしても、こんなレベルの大会で細かいことを主張するのはおかしいとして、私が非難をされた。それから人と将棋をするのは好まなくなった。コンピューターと指していて充分楽しめる。今回の三浦9段の雑な処分を見ていると、大相撲と一緒で、将棋の棋士は世間知らずという事だ。日本将棋連盟はコンピューター登場に対応できず、思考能力を失っている。

 

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希望の方角

2016-10-12 04:09:33 | Peace Cafe

4年後の東京オリンピックが子供や若い人の希望を生み出す祭典にならないだろうか。オリンピックが社会の希望に繋がったことがある。前回の東京オリンピックは日本の空気を変えた。敗戦の反省、復興という何とか元に戻りたいという願い。負から正への社会の気分転換を果たした。気持ちが前向きになる機会になった実感がある。戦争に突入し敗戦した愚か者でも、気持ちを入れ替えて何と頑張れるという希望である。中学生の私は、オリンピックの熱気の冷めやらぬ、国立競技場で幅跳びの選手として体育祭に出場した。世田谷中学校の代表になって、幅跳びで出場をした。残念ながら、全く上がってしまい普段の記録が出せなかった。オリンピック競技はテレビで見たくらいで、競技を見に行くことはかなわなかった。しかし、あの国立競技場にあった、晴れ晴れとした気分は、日本中の青空を集めたというほどの高揚があった。その後高校生になって陸協競技部に入ったことでもその気分が想像できる。

中学生の希望に胸膨らませる、炎を燃えあがらせた。あの時代は、何処までも伸びて行けるような空気が社会に満ちていた。そういう時代に自分が育ったことは幸せであった。そのおかげで、絵を描いて生きて行こうと決めることが出来た。フランスにゆき絵を描いて行きたくなった。ナンシーというドイツよりの街に行ったのだが、日本からの留学生が10人ほどいた。美術学校に入ると、絵を描きに来ていた、宮本和彦さんという人が居た。今はたぶん何人もいないだろうと思う。面白い気分に満ちた、有難い時代だった。そういう時代の空気の中で自分の希望を育てることが出来た。帰ってからも、東京で絵描きになろうと、思う存分やらしてもらった。結局は絵描きにはなれなかったが、絵は描いて居る。良い挑戦はさせてもらった。その後高度成長期が終わり、日本の希望が失われるのをみた。その流れがあったから、山北の山の中での開墾生活に入ることが出来のだとおもう。

時代の空気というものは、人の一生に大きな影響を与えるようだ。今の時代は残念ながら悪い空気である。前の東京オリンピックの頃は、まだアマチアリズムという事が言われ、プロ選手は排除されていた。お金の為にスポーツをやることは卑しいことだとされていた。そういう理想主義に支えられたオリンピックだから、希望を夢見ることが出来たのだと思う。今度のオリンピックは、お金のオリンピックが表面に出ている。競技場の建設から利権が渦巻いている。プロスポーツ化しないから強くなれないなどという事が普通に言われるようになった。それは資本主義社会では普通のことなのだろう。しかし、そうしてスポーツの希望はお金の希望になってしまったのではないか。お金が欲しいからスポーツをする。スポーツ選手の心は、博打うちの心と近いらしい。こういうところからは、時代の希望は生まれない。お金を欲しいから頑張るというのでは、共感が薄い。社会の共感にまではならないようだ。立派な選手たちがあんなに頑張っているのに、ここが残念な時代ではないか。

ではどうすれば、若い人、子供たちが、希望を持てるような時代を作れのだろうか。自然に学ぶしかない、と考えている。自然という経済を超えたものにじかに自分をぶつけるような生き方をしてみる。お金ではない人生があることを学ぶ。生の人間の挑戦が生き生きとした社会を取り戻すことではないだろうか。もう一度日本である。かつての日本がそうであったように、里山暮らしをやってみること。他人との競争から自己新を目指すことに変わること。オリンピックを契機に勝つためのスポーツではなく、自分を磨くの為のスポーツを思い起こすことではないだろうか。日本の武道は強いだけではだめだとされてきた。負けて潔く。勝負を超えた自己研鑽の道としてスポーツをとらえていた。オリンピックで優勝する選手を作ることだけを細く高く目指すより、すそ野を広げてゆくことに転換しなければならない。

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10月の自給作業

2016-10-11 04:57:43 | 自給

稲刈り。大豆の収穫。小麦の準備。緑肥の播種。出来れば毎月一日にその月の作業を書き留めておこうかと考えていたのだが、忘れていた。今になって書いて居る。水彩人展の最中は家を空けている日がほとんどだった。パソコンの前に座れなかった。ではどうして、ブログを書くかといえば、タブレットとノートパソコンがあり、それで何とか書く。考えていることがそのまま打てるという環境ではないので、自由には書けない。それで一応書き溜めて置いて、手直しという形でアップしていた。好きなことを好き勝手にやっているのだから、忙しいという訳ではない。このところ稲刈りが続いている。4日から毎日稲刈りをしていた。雨が降って8日は出来なかった。倒れたところを片付けるように手刈りで稲刈りをした。やっと片付けると、強い雨で又手刈りするところが増える。9日にみんなで4番を一気に手刈りした。機械を入れるための手刈りもおおよそできた。10日にいよいよ機械刈りである。ぬかるみが多くて簡単ではない。

まだ、11番。10番。7番。2番と残っている。足場が悪くて、機械が進まなかった。稲は悪い出来ではない。まだ収量は分からないが、今のところの様子ではそこそこありそうだ。16日が脱穀の予定。それまでに、何とか稲刈りだけは終わっておきたい。雨さえ降らなければ、12日の午後なら少しは乾いているだろうから機械を入れたい。今週中に稲刈りが終わればいいと思っている。23日の陽だまりの食事会に籾摺りが終わっていればと思うのだが。どうだろうか。23日に食事会が出来るとしたら、その日にはすぐ緑肥の播種をしたい。4番は緑肥が出来過ぎだったので、今年は麦を普通に作ってみたらどうだろうかと考えている。播種器で蒔くのであれば、大したことはないが、草取りなどはどうなるのだろうか。今年の緑肥はどうするか。まだ方向が出ていない。まずは緑肥の成果を取りまとめたいので、緑肥を作った田んぼの報告がほしい。報告が集まればそれを取りまとめたい。

麦は11月播種であるが、10月中に畑の準備は考えておかなければならない。大豆は今のところ特に作業はない。順調に実を膨らませている。収量も普通にはありそうだ。とすると昨年の減収は連作障害ではなかったという事になるのか。大豆はなかなか手ごわい。タマネギの苗は順調な生育である。苗床には特に草はない。この後日照が出てくれば、良くなるのではないだろうか。苗箱の様子では少し浅すぎたという事である。発芽の割合があまりよくなかったのだが、玉ねぎというものはそういうものなのだろうか。60%くらいの発芽に見える。300粒蒔いたものが、200ぐらいの発芽だろうか。聞いてみると、玉ねぎの種は保存が難しいものだそうだ。少しでも新鮮なものを、冷蔵庫で保存しておかなければだめだという事だ。購入してから普通に部屋に於いておいた。これが良くなかったという事なのか。

今になって、ピーマンとナスとオクラが良くできている。かぼちゃも食べるには十分にできた。自家採取のかぼちゃだが、美味しいので例年続けて蒔いている。サトイモは相変わらず、問題なくできる。今年は早く、トマトがだめになった。雨続きが良くなかった。ニガウリも早くダメになった。8月後半から、9月の天候の悪さはどの野菜にも悪影響がでている。来年は夏野菜を少し考え直さなければならないだろう。毎年のことだが手が回り切らない。回る範囲に限定しないと、畑が荒れてさすがに見苦しい。大豆は草に埋もれているが、このまま収穫まで行こうと思う。タマネギの苗土が余ったので、ケールとブロッコリーの苗を作っている。何とか育っているので、今月末位に、畑を準備して植えようかと思っている。上手く行くだろうか。これから草も収まるし、虫も減るので楽になるだろう。

 

 

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創作ノート

2016-10-10 04:52:34 | 水彩画

誰しも何かを作り出そうと思うえば、それなりの創作ノートがあるはずだ。絵を描く人なら、大抵はスケッチブックである。突然、これは何なのだろうという場に立つことがある。なんどもその気で見ていると、アッこれだという事に出会う。先日は稲刈りをしていて、稲を手で刈り取ってゆく地面にびっくりした。何かすざましいのだ。ものが育ち収穫を迎えたその生き物があった場所。恐ろしいような思いでしばらく目が離せなかった。気になった情景を記憶する。記憶したことを反芻するために、こうして、書き止めておく。絵を描くのだからスケッチをするという事もあるのだろうが、それはあえてしない。言葉で書き止めておく。それが熟成されれば絵を描いて居るときに表れる。スケッチすることで絵としての解釈になるような気がしている。見た印象は、そのままでは記憶から消えることが普通だ。だから、記憶に残すために、創作ノートとして書き止めておく。

畑や田んぼにいるときには、大体絵を描く目で見ている。つまり絵を描きに出た時のような目で、畑や田んぼを見ている。作業をしているときは、何も考えない。何も考えない眼になる。考えない眼は観念とは切り離された、新しい景色を見れることがある。つまり夕焼けがとか、桜が咲いたとか、富士山が見えるというような、事物にまつわる美を前提にした景色ではなく、美とは思ってもいない、ただそこに在るものが特別な情景を作り出していることに気づかされる。案外の、美の発見。田んぼのぐちゃぐちゃの地面というものは美しいという観念には程遠いいものだが、何か在りそうに見えた。何かが宿っているように見えた。その姿は大いに参考になる。実際の映像が参考になるというのでなく、何かが宿るという姿の切り口である。モネが藁ツトを描いたとしてもそれは光の姿である。美しい光ではあるが、畑の神様には縁のない光だ。

稲を育てた土地の力のようなものが、視覚化される。ただの地面が、ある瞬間命の断面を見せる。ある田んぼが良くできて、有る田んぼは出来ない。土地の力の違いはある。一見わからないその土地の力の差が、肉眼に見えるときがある訳だ。土地の力を描こうちう訳ではない。田んぼに神様がいるとも考えてもいない。しかし、そいうすべてを含み込んで描けなければ、里地里山の絵とは言えないと考えている。良い田んぼと、ダメな田んぼが作物のない時期にもある。そいう事まで絵にできないかと思っている。言い方を変えれば、一本の柿の木を描いて、その柿の木の周りにある暮らしを描くことになる。別段、文学的に家に帰るカラスを添えて描くというのでない。ただただ柿の木を見て、自分の生きている真実まで見えてくるという事だ。そういう絵を見たことがあるし、水彩画はそいう事が出来る手法なのだと思う。

私の場合、こうやって見たことを考えてみるのが創作ノートである。絵を描き始めたならば、全く何も考えない。むしろ考えないようにしている。描く前にはあれこれ、考えすぎるほど考えている。その考えていることを整理してゆく為に、こうして言葉で書いておく。私絵画の絵は、当然日常の中にある。自分の中に有るものなのだから、いわゆる絵らしい絵とは程遠いいものだ。良い絵の描き方からも遠いい。どうやって自分の見ているものに入り込むか。どうやっていわゆる絵から自分を遠ざけるか。どうやって自分が特別の眼になれるかである。見ることを鍛えなければならない。絵を言葉化するという事も、自分の眼を意識化させるためである。漫然と目に映るものを、そうでないものにするための手段だ。今の自分がまだ自分の絵に至っていないといういう事である。どうやって努力してゆくかの道を自問している。

 

 

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ロシアに1兆円の投資

2016-10-09 04:38:25 | Peace Cafe

アベ政権はロシア外交を押し進めている。不安が募る。アメリカとの調整は出来ているのだろうか。ロシアに対して1兆円の経済協力を申し出ている。これはヨーロッパやアメリカにしたら、同盟関係を損なう行為である。ロシアに対してEUもアメリカも経済封鎖をしているのだ。そんな状況下日本だけが経済協力をするというのは、異常事態である。ウクライナからのクリミア半島のロシア併合が原因している。それぞれの言い分はあるところだろうが、ロシアは経済封鎖によって経済的打撃を強く受けている。このロシアの経済危機に乗じて日本が経済協力を交換条件にして、平和条約と北方4島の返還を求めるという事は、同盟国から火事場泥棒のように受け取られないかである。国家間の信義として、やってはいけないことを日本はしているのではないか。日本が同盟国から信頼を失って、大丈夫とは思えない。この利敵行為は必ずいつかお返しがくる。何故、ロシアと接近するかと言えば、北方領土の返還という事が出来れば国民は喜び浮かれると考えているのだろう。

こういう人気取りは無駄なことだ。領土というものを深く考えてみて欲しい。それはあればあった方がうれしいという事はあるが、それで利益が出るというものではない。相手がそれで恨みを持てば、日本の物にしたことが悪い結果になることもある。国民は総じて領土が増えればうれしいというような愚かさを持っている。そいうくだらない戦争も良くあることだ。しかし、国土が広がることが国益になるという事もない。ロシアや中国はあれほど広い国土を所有していながら、まだ領土欲があるようだ。それは強い政府を国民に見せたい。国民の支持を得る手法としてだろう。いまだ帝国主義を引きづっている姿だ。日本もまだ帝国主義の尻尾が生えている。強く大きな国家の方が偉いというような思想だ。そんなことは国民の暮らしという観点から見ればさしたることではない。地方が消滅する時代に、国境の小さな島など不要だ。

人口も多い方が良い。国土も広い方が良い。こういう考えは捨てなければならない。日本は日本という国土をどれだけ豊かな状態で保てるかである。日本列島は世界でもまれにみる豊かで美しい地域である。しかし、自然災害の頻発する地域である。ここを国土とした日本人は、この地域をより豊かに保つことに専念すべきだろう。国境の小さな島どころではない、国土の放棄が急速に行われている。日々消滅してゆく集落がある。無人島に変わる島も数限りなくある。人間は都市に集中し、地方は日に日に過疎化している。こんな状況下で国境の小さな島のことで道を誤ってはならない。尖閣諸島、竹島と日本は周辺諸国全てと領土問題を抱えている。それを国民の支持率を上げる得るために政治課題に挙げる。そして、憲法の改正を行い、また日本を軍国主義にしようとしている。石原氏が行った、尖閣都有地化もその一例であった。こんな状況の中で、北方4島の返還の為に、外交を誤ってはならない。

ロシアと経済協力を進めるという事は、アメリカとの関係を悪くするという事になる。そして、中国はアメリカ敵視政策を徐々に進めている。北朝鮮が核開発するのは、アメリカのアジア政策の結果だと、北朝鮮を支持している。これでトランプ大統領になれば、東アジアの緊張関係は高まる。北朝鮮の核武装を中国は巧みな外交戦略に利用している。領土は2国間ではなく、国際司法裁判所に提訴すればいい。あくまでその結果を尊重すればいい。ロシアへの1兆円投資の方が、北方4島の返還よりはるかに高いものにつくだろう。北方4島が日本に帰属したからと言ってどうだというのだ。ロシアのままであって、観光に行くぐらいで十分ではないか。北海道が過疎化してゆく時代に、投資するなら北海道に1兆円投資した方がはるかにましである。アベ政権は領土返還が自分に人気につながるという発想が見え見えである。人気を盛り上げて、憲法改定を目指している。

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農業分野の外国人労働者の問題

2016-10-08 04:03:01 | Peace Cafe

 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。インドネシア、フィリピン、ベトナムから計4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。一方、合格者の3割以上は帰国した。(朝日新聞)

日本では看護師さんや介護福祉士さんの不足を補うという事で、東南アジアからの人材受け入れを進めた。多くの優秀な方々が、日本の困難な試験合格を目指して頑張られている。テレビでも特集をされた。日本語での試験に合格しなければならない為に、仕事の合間に猛勉強をしている姿が映されていた。そして、600人もの方が合格されたという事である。年76名という事になる。あれほど厳しい関門を合格したのだから、相当に良い待遇になるだろうと思いきや、合格する前より、待遇が悪くなる場合が多いいのだそうだ。国の補助から外れ、日本の他の看護師さん介護士さんと同じ待遇になるという事になる。日本では看護師さんの待遇は良いとは言えないらしい。当然のことだが、期待していた状況と違うという事が出てくるのだろう。そもそも、日本人が給与や待遇が良くないので、人が集まらない分野なのだ。その為に、東南アジアから人を受け入れようという発想が間違いではないか。まずは待遇の改善から始めるべきだ。

背景に国家間の賃金格差というゆがみを利用して、海外労働力に頼るのは間違っている。アメリカの方が待遇が良ければ、アメリカに行けばよかったという事もあるだろう。同時に本国との賃金格差が縮小すれば、当然本国に戻る人も増加するはずだ。こうした問題は8年前にも予測出来たことだ。このブログにも書いた記憶がある。そしてアベ政権はいよいよ農業分野に本格的に労働力を入れる方針を出した。考えもなく、急場しのぎの利益目的である。単純労働力を導入するという事によって何が起こるか。日本社会の成り立ちからここは十分に考える必要がある。肉体労働者不足を外国人労働力で補おうというお手軽な発想では、後で後悔する。アメリカでメキシコ国境に塀を作れと騒いでいる。イギリスでは移民が仕事を奪うという事で、EUから離脱した。日本ではさらに厄介な問題が生じるだろう。日本は外国人というものに慣れが少ない。ただでさえ、差別的な国民性なのだから、どういう事が起こる想定しておくべきだろう。

日本の農地が外国人の労働力によって維持されて、食糧生産が行われる。大規模なプランテーション農業である。日本の食糧自給率を上げるという事になるのだろうか。食糧安全保障上では、安全が確保されたと言えるのだろうか。世界の労働力は流動的であろう。今はまだ日本の賃金の方が高いから日本に来る労働力もあるかもしれないが、近い内にそういう賃金格差は無くなる。その時に今より深刻な農業崩壊に至らないだろうか。今でも肉体労働を嫌う風潮である。世界中でそういう傾向は高まるだろう。嫌な労働を外国人にお願いする社会はまともとは言えない。農業を行う日本人は減少してゆく。日本人が肉体労働をしない民族になることは、日本の文化が変質することにならないか。瑞穂の国、美しい日本が失われるという事にならないか。

アベ政権は目先の経済に影響され過ぎだ。それはアベ政権の考えというより、アベ政権を動かしている経済というお化けの発想ではないか。外国人労働者の大規模農業に中山間地の小さい農業はさらに追いつめられる。辞めてゆくだけだろう。農業が無くなる地域は地域そのものが失われてゆく。かろうじて日本的なものを維持している地方社会が消えてしまえば、日本は無くなる。もしどうしても、プランテーション農業を導入したいなら、地方社会をどのように維持するのかを提案してからである。地方創生などと言葉だけが踊り、今日も失われてゆく地域があるのが現状である。第3の矢でも、地方創生でも、誰がやるにしても困難なことは分かる。しかし、看板だけ掲げて、一方で逆行ばかりするのはひど過ぎないか。

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稲の倒伏の原因

2016-10-07 04:27:59 | 稲作

一番倒れた4番田んぼ。

今年もまた稲を倒伏させてしまった。水管理で対応できなかったことが、一番の原因だと反省しながらの稲刈りである。秋の長雨と豪雨が続くことが読めなかった。税ン例ではない状態である。3回強い雨に打たれた。原因を考えてみる。大きく倒れたのは、3番と4番と9番である。3分の一くらい倒れた。あといくらか倒れたのが、1番、7番、8番である。逆に言うと倒れなかったのが、2番、5番、6番、10番、11番である。全体で言えば2~3割ぐらいの稲がバインダーで刈り取れないところまで倒れた。今少しづつそこを手刈りしている。今年の秋の天候は極めて悪く、稲刈りをするタイミングがないほどである。結局倒れたところに入ると、地面が緩んでいる。なぜか乾かない場所という感じだ。地下に水道。元みかんの植わっていた場所。いろいろ想像ができる。9月の日照が例年の2割に満たないというのだから、稲作の苦労も並大抵でない。

それぞれの田んぼの倒れ方の違いを見ると、倒伏がなぜ起きるのかが少し見えてくる。原因がそれぞれに違うようだ。3番が倒れた原因は苗床をやった為である。田んぼの代掻きが深くやり過ぎになっている。その為にトラックターの転回部分が特に倒れている。作秋から、充分に堆肥を作る方針だった。緑肥も3番は良く育った。また水口の田んぼであるため、ここの水が一番切りにくい状態だった。4番田んぼが倒れた原因は、レンゲ前例がないほどによく育ち、窒素過多になったのかもしれない。緑肥で倒れること初めての経験をした。だから、倒れたことは困るが、出来過ぎの倒れ方で穂の数、大きさは悪くない。倒れるくらいでなければとれないという事もある。まずはソバカスを撒く量を減らしたい。9番は病気が出て倒れた感じである。昨年からの引き続きの病気である。まだ早い内から病気は出た。秋の悪天候が一番の影響ではないかと思う。

田んぼの中で一番早めに乾かした。乾きやすい田んぼである。だから原因は代掻きや水管理とは、また別としなければならない。自家採取を続けたサトジマンの背丈が高くなっていることにも問題がある。来年は種もみを変えたい。背丈が高くなるのは、サトジマンの性格が変わっただけではないかもしれない。肥料の効くタイミングが良くないのかもしれない。しかし、特に追肥とかはしていない。たいと緑肥だけの栽培だから、肥料の効くタイミングの問題ではないと思う。9番で言えば、緑肥は出来なかった。それでも倒れている。原因が完全には把握できないから、対策も試行錯誤である。少しづつ倒れた場所は水が流れた場所である。1,7,番の田んぼは次の田んぼに行く水道ができやすい。11も続いてゆく為には、1番から大量の水を入れる。それらの水が7番では集結して流れる。

対策であるが、苗床については、肥料をかなり控えめにする。浅い代掻きにする。緑肥については、出来過ぎの時は早めに刈る。ソバカス抑草は控えめにする。水管理は土用干しを強く入れ一度田面を固める。一番は欲張り過ぎという事になるか。少しでも多く収穫したいという事から、倒してしまっている。収量だけでなく、稲の自然の生理に従いたいという事も判断を狂わしているかもしれない。そもそも稲が倒れるほど実るようになったのは、不自然な品種改良の結果なのだ。農業における自然というものは、なかなか微妙なものがある。多く収穫したいから品種改良が続き、その結果、消毒しなければ栽培できないような品種ができる。来年は一からまた出直しである。

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絵を描いてきたと思う。

2016-10-06 04:38:53 | 水彩画

人間は必ず死ぬ。どうせ衰え人間性を失い消えてゆくのだから、何をやったところで大したことはないだろう。立派な業績を残した人の衰えてゆく姿を見て、思うところがあったのかもしれない。老人医療をやられている先輩が言った。それも間違いではないと私も思う。ただ、人間なぞ大したことはないと考えたうえで、どうせ大したことはないを出発点にする。自分がこの後何をするかはまたべつのことではないだろうか。人間という総体はさしたることはないとしても、一人の生命にとって、私という自己存在ほど意味あるものはない。私自身は自分の生命を突き詰めたいと思っている。人間が大したことがないという考えはおおよそ、地球なぞ大したことはないという事になる。宇宙というようなものを考えれば、地球なぞ小さなものだ。その小さな地球のほんの一瞬に登場して、消えてゆくのが人間である。それでも私という命の命の何たるかは可能な限り味わってみたいものだ。

絵を描いて居ると、前より少し絵がわかるときがある。分かったのか、判断がおかしくなったのかは微妙なところではあるが、較べてみると前より一歩進んだと思える眼前の絵がある。絵を描くという事はやはり指標である。私絵画という指標である。絵描きは大体若い内が良くて、だんだん絵が悪くなる。それが普通のことだ。絵画は感覚的要素が大きいから、人間の感性は20歳くらいにピークを迎える。その後はだいたい感性は衰える。しかし、知性の方は蓄積が出来るので、人によってはこの後も成長をする。知性と感性の両方の綜合された人間の限界が50歳位いだろう。これが普通の人だ。ところが絵を描く人で、そうした枠で考えられない、晩年ほど良くなる人がいる。70で死んで、その後の絵が無かったら誰にも知られなかったという人がたまにいる。こういう人が1世紀に1人くらいいる。このような天才を事例にして、50過ぎても自分の絵が良くなると思い込みたがるのが普通の人間である。私も同類である。

頑張れば、自分だって100メートル10秒を切れると思うのはおかしいだろう。死んでみて絵を時系列で見れば一目瞭然である。だんだん良くなるのは天才だけである。同じ領域を保っているのは異常なほどの努力家である。悪くなって普通人である。木鼓を作っていると、前より良くなったり悪くなったりが実に明らだ。工芸的なモノづくりはだいたいそうだろう。だから、死ぬまで努力をすることになる。死ぬ間際になって名人という事が割合に多い。工芸はそういう努力の甲斐がある世界のようだ。ところが絵は良くなっているのか悪くなっているのかがわかりにくい。本人にはわからない可能性の方が高い。私もそうなのだと思わなくてはならない。だから、出来る限り客観的に見れるように、自分の作品の展示室を作った。最善の状態で、冷静に比較できるようにした。分かりやすいように人の作品も並べてある。天才でないのは明白だし、さしたる努力家でもない。

となるとやはり衰退の中で絵を描いて居る可能性は高い。それでも、衰退しながらもその時の実相を描くことが私絵画のやり方でもある。衰退は絵ではなく自分の人間のことだ。そういう自分というものの哀れさ、醜さとも向かい合い描いてみる。1986年37歳の時にいわゆる画家になることは辞めた。というか、諦めざる得なかった。山北の山中に移り、新たに絵を描き続ける道を見つけてきた。自分の生きているという事をすべて入れ替えるためには、食べているものをすべて入れ替えて、肉体の成り立ちを変えようと思った。山の中で開墾し自給自足して自分を作り直そうとした。そうして絵を描くことを自分なりに見つけた。心がけていることは、畑をやるときには絵を描くように、絵を描くときには畑をやるように。私絵画の道である。人と較べない。絵を商品にはしない。絵を生活の糧にしない。自分の研究のため以外には作品の発表はしない。研究の為に良い仲間を見つけ、互いに研鑽してきた。 

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第18回水彩人展作品評 3

2016-10-05 04:04:01 | 水彩画

今回5名の同人推挙があった。同人が水彩人の水彩画として、評価した作品である。私個人が考えた、水彩人の水彩画だと考える人の絵は他にもある。昨日書いた一般の人8名もそうである。絵の評価とは難しいと思う場面である。ただ、水彩人はいわゆる良い絵を選んでいる訳ではない。水彩人の設立の宣言にあるように、絵画の行き詰まりを、水彩画の素朴な表現に立ち返ることで、突破しようと集まった仲間だ。同志的グループ展が本質にある。普通の公募展とは異なる。18回目を迎え新たに5名の同人を迎えた。これは水彩人の歴史に於いて初めてのことだ。公募展にした結果、こういう素晴らしいことが起きた。昨日も書いたように、水彩人は新しい地平に立ったという事なのだろう。

会員の中で私が良いと感じた絵を書いておく。あくまで笹村個人の感想であり、水彩人全体の意見という訳ではない。ブログで書くとそういう誤解が生じて、問題もない訳ではないが、それでもこういう形でそれぞれの意見を残すことも意味はあると思っている。

千葉雄一郎「アジサイ」「伊勢エビ」「両親」陽気な絵である。一見、極楽とんぼの絵である。陽気な色彩が光を放っている。明るすぎるこの表層の奥にある、心の透明なことが悲しいほどである。伺える不安な空気の陰り。どれほど明るく、気楽に描こうともぬぐえない何かが底光りする世界。人間存在が画面にかすめる。余りに何げなく陽気なだけに、不思議な感を受ける。次の絵を是非とも見たい気になる人だ。

 鈴木秀雄「渓流・淵」「渓流・夏」「神無月の朝」確かにうまい絵である。悪く言えば水彩画的な上手さが目立つ絵である。水の表現の巧みさに舌を巻くほどである。しかし、上手さだけでない何かがこの絵にはある。描写の魅力というものだろうか。写し取る喜びというものが溢れている。この描写によって水の精霊まで描ければと思う。沸き出でる水の尊さというものに繋がっているような気がするのだが。描写技術というものが、心のどのあたりにまで、迫れるものなのか注目である。

昆野朋代「夏の菜園」「惜春」「ゆく秋」完成した心の世界がある。精神の透明感。見るという事が、物の実相を見るという事にまで迫ってきた。実相を見るという事は決して、深刻でも、大上段でもないという事だろう。昨年求めたものが絵の完成であるとすれば、天上界である。ことしは、自分の庭先の現実の世界に、調和を見ようとしている。一見画面は同じようであるが、描き方は動き出している。この変化はどこに行くのだろうか。興味津々である。

高木玲子「ユリのあるテーブル」「収穫」「アジサイのある窓辺」色の美しい絵だ。美しいという事が、実は大変なことだとわかる。水彩による静物画の一つの典型なのかもしれない。美というものは、一つの思想なのだと思う。時代の美というものがある。現代社会における美。美として表現されたものの奥に有るものを考えてみなければ、絵は分からない。ただ美しいものを描こうというものでは、その美しいは観念で終わる。その先の美というものを感じさせた絵だ。

真壁良子「盛夏」「野原」「摘み草」視覚の世界の調和ではないだろうか。空気と色彩が草原という場で、光交わり輝く。光というものが絵のすべてであると教えてくれる。色が光として放たれている。ここにある透明な世界は、他にない純化を見せている。透き通る素直な目。

西凉子「白い時」「四葉のクローバー」「坂道」ある種の難渋な思いが満ちている。一筋縄ではないかないただならぬ世界。共感より告発。独特の世界観の形成が始まっている。困難な世界のドアを開けたような気がした。私はどこから来て、何処へ行くのか。絵がそういうことを語っていた。

金田勝則「森の小道」「牧草地へ」「柏林の休息」暗く辛い絵である。北海道の深刻な水害を思い起こさざる得ない。今年だけではない開拓の厳しさ。それにしても日本の自然は厳しい。その過酷な自然を前にして、愕然としている開拓民の心といえばいいのだろうか。森の中の道を歩む自分を想像して、もらい泣きした。この厳しさの先にある希望に道は繋がっているのだろうか

 

 

 

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第18回「水彩人展」作品評2

2016-10-04 04:42:59 | 水彩画

一般出品者の中にも素晴らしい作品があった。私が良いと思った作品について書き止めて置こうと思う。写真を載せたいところなのだが、本人の了解を得られたら後から載せる。毎年、全作品を撮影して記録している。私絵画では他人の作品との比較でなく、その人の過去の作品と較べる。だから記録しておかないとわからない訳だ。初出品の人の絵はその意味でとても分かりにくいものだ。

太田はるみ「ハーベストタイム(1)」野菜がテーブルで踊っているような作品である。構成が面白い。動きがある。画面全体のムーブマンが絵に躍動を与えている。動きこそ絵の構成の基本という事がよく分かる。私絵画の構図には、いわゆる常識はしてなければならない。自分の心の中の眺めだから、極めて自由である。その上に、水彩の使い方がとても良い。水と紙の関係に良い調和がある。だから色が美しく発色している。

武藤幸子「曼珠沙華―Ⅰ」今回の展覧会で最も水彩画の技術が極めて高く完成している人だ。赤の重複していく色の出し方と、遠くの林の消えてゆく表現、又その調和の適切さには類まれなものがある。学ぶものが沢山あった。すごい人が立現れた。絵画世界の完成を祈念する。

古賀正春「書斎の一隅」「石膏像のある静物」会員推挙。水彩画らしい色彩である。静かな空間にある、控えめの発色が実に心地よい。これ以上上手くならないでと言いたくなるほどうまい。ゆっくりと描き進めた落ち着きが、重複している色彩の美しさに繋がっている。

青木伸一朗「瀬戸田にて」のどやかな世界を持っている人の絵だ。好感第一の絵だ。ハレの日の絵。まじめで、一心の絵。真実一路。このまままっすぐに進んでもらいたい。つい間違って上手くなることはあってはならない。自分の見ている世界を、自分の方法で描くことが絵だという事を教えてくれた。

青沼光一「緑風湖山」私の先生の春日部洋さんの色彩を思い出し、実に懐かしかった。自分の色彩を持っている人の絵だ。つまり自分の世界観のある人。人真似ではない絵。私の絵に最も近い人の絵だ。何を描くのか、つまり描く世界観は何かを考える必要がある。描きたくなるという場所には、つまり自分を呼ぶ場所にはそれだけの理由がある。その理由を意識して行くことが、さらに自分の世界の絵になることだろう。

金田美智子「初夏のひと時」会員推挙良質。画格の高さがダントツである。北海道の春は亜寒帯の春で、関東の春とは大いに違う。ある日突然春が夏になる。夏になったその明るさ。季の喜びが絵に出ている。感じている世界が絵にそのまま出るという事は、めったにない天賦のことだと思う。人の繪に惑わされずには良い絵を描き続けてもらたい。

吉井美和子「5月の便り」これほど心地の良い絵は珍しい。絵の自由というものが確保されている。自由というものがどれほどの、技量と配慮の中で成立するのかという事がわかる。美しい自由の世界に至る為には、汚れや乱れが必要という事なのだろう。

川崎 美紀「8月のシロ」会員推挙。水彩を知り尽くした人の絵だ。水彩は薄い美しい着色が一番美しい。然しそれだけで描くと、絵が頼りないものになる。ところが明確なものをとらえる眼があれば、その薄い着色が極めて力ず良いものになる。淡彩画と水彩画の違いだ。油絵画家のスケッチが薄い着色で描かれる場合が多いいが、それはあくまでスケッチ画であり、水彩画にはならない。その違いをこの絵は示している。

会員推挙はあと、渡辺莞二、浅井幸子であった。

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水彩人展が終わって

2016-10-03 04:32:58 | 水彩画

水彩人展が終わった。自分にとってやりつくした今回の展覧会だった。得るものがあった。やはりやるだけやれば、返ってくるものもある。自分の絵が少しづつ見え始めた。明確ではないが、ある程度方角が定まってきたような気がした。この歳になって、自分という人間が新しい世界に入れそうだという事は、幸運なことなのだろう。一番うれしいのは絵を描く喜びが増したという事になる。もっと描きたいという気持ちが湧き出てくる。昔から描きたいと思わなければ絵は描かない。半年も全く描かないで、もう描くことはないかと思ったこともあった。それでも何時でも描きたくなってまた絵を描いてきた。今も描きたくなくなれば止めようと考えている。それでも何故か、この数年絵を描きたいという気持ちが高まってきている。しかも里地里山の空気感のようなものを描き残したいという一心である。それは母方のおばあさんが見ていたものと近いのだろうと思う。

水彩人の人たちもそれぞれ絵に対する見方が違うという事も今回痛感した。それを絵が分かる人とわからない人がいるという事だとは思わない。絵の見方はつくづくそれぞれのものだ。それぞれのものだからこそ、互いの交流が必要なのだと思う。一年一年歳を取り、自分の殻が厚くなる。他人を受け入れなくなる。絵の研究が出来なくなる。それが普通のことだろうから、よほど気お付けなくてはならない。自分だけは違うなどあり得ないことだ。今回絵の見方として、人の絵と較べて評価をないという事を意識した。その人の変化をどう見るかである。その人が良い方向に変化したか、又おかしな方向に進んでいるか。それではどういう方向がその人にとって意味あるものになるのか。そういう観点からだけ見た。水彩人に出された絵はすべて写真に残してある。そして、会場の事務所のパソコンで前の絵を出しては、比較しては考えてみた。

変わる人、変わらない人。いろいろである。そして、出来るだけ作者に直接感想を述べた。少しでも参考になればと思うからである。率直に言えば、私の絵に対しても率直な意見が聞けると思うからだ。失礼な発言もあったことだろう。真剣に見て、本気の意見を言うという事は、怖いことである。命がけで描いた絵を否定したりすることになる。心を傷つけてしまう事もたくさんあったことだろう。それでも口にしなけば、展覧会をやっている意味がない。そう考えて始めた水彩人である。荷物を整理していたら、10年ほど前の絵葉書セットが出てきた。私の絵はどうにもならないような絵だった。水彩人を本気でやってきたお陰で少しは自分の絵に近づけたことがよく分かる。このあと10年やれるなら、面白いことになると思った。水彩人の仲間の存在のお陰で、自己否定できたという事だとおもう。どうしても絵を描いて居る人は自分に陶酔している。目を覚ますには仲間が必要なのだ。

水彩人展は昨年が36人の初入選者がいた。入場者数は記録の範囲で6,527人だった。そして今年は21名の初入選者がいた。そして入場者数は開催日が一日少なくて、5,500人だった。水彩人がさらに良くなるとすれば、この初入選の人たちや、多くの見に来てくれる人たちが、良い会を作ることができるかだろう。12月には石川県の白山市で水彩人巡回展がある。これを最後に私の水彩人における、主たる役割は終わりだと思っている。あとは次の世代に任せることだと思う。雑務の協力はしてゆくが、水彩人の運営にかかわることはもうない。出来ることはやったと思う。水彩人を白山市でやることになったのは、運命的なものを感じている。金沢で私の絵は始まったようなものだ。その時の仲間が北陸にはたくさんいる。見に行くと言ってくれている人も居る。こんな機会はもうないだろう。何か話につじつまが合い過ぎて怖いようだ。

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私絵画を進める方法

2016-10-02 04:08:36 | 水彩画

自給農業を続けて来て、身に染みたことはやってみなければわからないという事だ。養鶏の時もそうだった。自然養鶏は前例がそもそも少ないので、さしたる方法論が提示もされていない。だから、本が2冊しかなかった。そこで自分で方法を探す以外になかった。自給の田んぼをはじめたがやはり、本はなかった。現代農業に書いてあることのほとんどがその通りにはならないという驚きが続いた。直播、不耕起、冬季湛水、自然農、いろいろ書かれてはいたが、やってみてその通りになったことがなかった。何十回も失敗を繰り返した。そして、何だ、田んぼはやってみなければわからない。という当たり前のことになった。水が違う、土が違う、太陽が違う、気温が違う、品種も違う、耕し方も違えば、機械も違う。この複雑な組み合わせの中で参考になることは少ない。ところが事例の紹介はまるで誰でもこの通りやれば、この通りなるがごとくの独断に満ちている。農家の親父の実践とはそういうものだろう。

特に、米ヌカ除草はひどかった。ずいぶんやってみたが、上手く行く確率の方が低かった。半分しか上手く行かないのでは農法というにはひど過ぎないか。そこで私は抑草法という言葉にまず変えるべきだと主張した。ソバカス抑草法。化学農薬を使わない草対策はあくまで抑草法と考えなければならない。雑草対策はしのぎである。雑草をなくすような農法はどこか欠点があり、永続性がない。そういうことは科学的除草剤に任せておけばいい。大規模の商業的農業は収奪的にならざる得ない。土地などダメにしても、新たなところでやればその方が利益が出るというのが、植民地的大農園である。人間が負けない範囲でいい。稲も草に負けない範囲でいい。やってみなければわからない体験。そして、絵というものも実に体験的なものだと思うようになった。

農業の体験から書いたのだが、実は絵のことを考えようとしている。絵も前例のない世界だ。絵は全くそれぞれの個人のものだ。ところが、世間には良い絵という基準がある。このことは何なのかと思う。基準に騙される。100メートル10秒を切る人がすごいということは分かるが、高校の陸上部員の私にとっては12秒を切るという事が問題だった。その時にはボルトと較べない。較べない私には12秒の壁があった。高校生の中にも10秒台の人がいるが、馬鹿馬鹿しいとも思わなかった。良い絵というものは無いと思った方が良い。商品的価値というものが、現代社会の価値基準である。売れる作品が10秒を切る作品である。ところが、自分としては12秒を切ろうとして絵を描いて居る。12秒切ったところで商品世界では馬鹿にされるようなことだ。馬鹿にされるのは世間的な価値基準があるように考えられているからだ。私絵画においては、比較というものがない。比較するのは過去の自分とである。それは未来の自分の方角である。

自給の田んぼでは、自分が食べたいお米を作るだけだ。自分の為だけの田んぼだ。何も、一等米とか、食味ランキングとかは関係がない。草があるもよし、草がないもよし。あくまで自分の納得の米作りである。経済性とは逆行するが、自分が食べたいお米を作りたい一心である。その自分が良しとするお米を人の目で判断して、研究しようというのが、水彩人展である。絵を描くというのは、私を掘り下げているのだが、一人では見失う。自分の米作りがやはり他と交流して研究しなければ向上しないように、自分の絵を描くという事も他者との交流が必要である。仲間の絵と並べてみて初めて気づくことが多いいものだ。絵の展覧会はそういう場であってもらいたい。品評会ではない。コンクールではない。水彩人展では初めから終わりまで絵のことばかりである。素晴らしい絵画漬けの2週間だった。いよいよ今日18回目の水彩人展が終わる。

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