蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

いまだ成らず

2024年06月09日 | 本の感想
いまだ成らず(鈴木忠平 文藝春秋)

羽生世代と呼ばれた棋士、その前後のライバルとのタイトル戦でのクライマックスを連作風にアレンジしたノンフィクション。

「嫌われた監督」によく似た構成で、羽生自身を描写するのではなく、周囲の人物とのエピソードを語ることで人物像を浮き彫りにしている。

私は将棋は全くわからなくて、時折タイトル戦の様子を記事などで見るくらい。本書も将棋の手筋自体は殆ど描かれないが、それでも興奮するくらい面白い。

20年以上将棋界のラスボス中のラスボスとして君臨してきた羽生。それを打ち破ろうと、天才中の天才たちが文字通り命を削るように模索する様子が生々しく描写される。そして、たいていの挿話において最後に(珍しく)ラスボス羽生が敗れる結末になっているので、カタルシスが高まるようになっているのも、上手いなあ、と思えた。

各エピソードの前後には、引退すら囁かれていた羽生が現ラスボスの藤井にタイトル挑戦者として挑んだ王将戦の様子が挿入され、その結果を知りつつもさらに興趣を高めている。

本書で登場する場面で私自身がよく覚えているのは、2008年の竜王戦で、羽生が渡辺明に挑戦し(羽生の)3連勝で迎えた第4局。当日ブロクで経過を見ていたのだが、渡辺玉が追い詰められ敵駒に包囲されてもうどこにも動けないのに、打ち歩詰めでしか王手がかからない状況になった図面がブログに掲載されて「打ち歩詰めなんて初めて見た」と変な興奮を感じたのを覚えている。
結局この第4局を逆転勝ちした渡辺はその後も連勝してタイトルを防衛する。今から思い起こすと、本棋戦が羽生の天下の終わりの始まりだったように思えなくもない。
この場面は数々のノンフィクション等で描かれているが、本作で記憶が鮮明に蘇ったような気がした。

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