あるきメデス

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関東百駅巡礼歩行 JR水戸線 東結城駅(茨城)

2011-10-17 22:21:07 | 関東百駅巡礼歩行
 2011年10月15日(土)

 7月初めから9月下旬まで、3か月に及ぶスコットランドの自転車旅から帰ったやまさん
企画の、関東百駅巡礼歩行 第77番が開催されたので、参加した。

 集合は、JR水戸線の東結城(ひがしゆうき)駅。小雨模様なので雨具を付けた常連メン
バーは、無人で駅舎もないのでホームで記念撮影をして、11時ちょうどに駅を出る。


 国道50号交差点から東に少し進むと鶏小屋があり、シャモやウコッケイなど飼育されて
いる。小屋には「文部省指定天然記念物日本鶏」の木札がかかっていた。


 ちょうど、背後の家から飼い主のSさんが配合飼料を持って来て、扉を開けて首の長い日
本鶏(にほんけい)を見せてくれた。まだ子どもで小さいが、成長すると7㎏くらいになる
らしい。毎月開催される日本鶏の交換会には、茨城、群馬、埼玉など近県から集まるという。

 すぐ先、国道の南側に「とんかつレストラン ベル」の駅名標をかたどった看板が立ち、
隣駅のところには茨城弁にて勧誘の言葉が表示されていた。


 次の角を左折して北に入る。そばのK家は、便所らしい構造物が道路際に突き出た珍しい
造り。今日参加の小山市のKさんが以前から知っていて、案内してくれたもの。

 古い日本家屋でも、こういう便所を見るのは初めてだ。

 線路際の大輪寺は、無住で本堂も小ぶり。境内に木もなく寂れた感じだが、本堂横にあっ
た青銅の灯ろうのようなものが目についた。



 東結城駅東側の踏切を越えて、上小塙集落から宮ノ下集落へ。ケヤキの大木などの屋敷林
が並び、日本瓦のりっぱな家屋が多い。


 集落の中ほどにある貴布禰(きふね)神社に入った。覆屋に保護された本殿は見事な木彫
を巡らし、境内の中ほどに江戸時代の石灯籠(とうろう)が立つ。いずれも市の指定文化財。
拝殿のひさしを借りて昼食にした。


 田川の右岸に出ると、昨日からの雨で水量が多く、数十羽のカモが上流に向かって飛び立
った。


 刈り入れ前の黄金田に沿って西に進む。信号のある交差点際に、結城市伝統工芸コミュニ
ティセンターがあったので入館した。

 館内では、昨年11月16日にユネスコ無形文化遺産に登録された「結城紬(つむぎ)」
の、糸つむぎや絣(かすり)くくり、地機(じばた)織りなどの工程が体験できるようにな
っていて、土・日曜担当という方に、ひととおり説明と実演をしていただいた。


 ちなみに結城紬の歴史は古く、奈良時代から朝廷に献上されているが、いまも古代の技法
が受け継がれ、20を超えるすべての工程が手作業で行われているとのこと。それが、国重
要無形文化財やユネスコ文化遺産に登録されたゆえんであるという。


 説明いただいた各工程とも、細かな手作業の積み重ねであり、気の遠くなるような時間を
かけても、わずかな製品しか出来ないこと、各々の工程で極めて高度な技術が必要なことが
よく分かった。 下は精巧な結城紬の柄。



 交差点を渡って西北の大谷瀬集落に入り、色づいた柿の木の目につく集落の、北端に近い
松月院へ。


 18代にわたりこの地を治めた結城家と密接な関係にある禅寺で、道路を隔てた西側台地
には、結城家累代の墓石の並ぶ御廟(ごびよう)がある。


 御廟周辺には、黄色い花が咲き残った背の高い草本が密生した畑がある。見たことのない
花だが、結城紬の染料に使うのだろうか…。


 本町の住宅地を北に抜けて、結城城の城跡公園に入る。

 結城城は、治承年間(1177~80)に結城朝光が築いたとされるが確証が無く、結城
氏が慶長6年(1601)に越前福井へ国替え後廃城となり、その後、元禄13年(1700)
水野勝長により再興され、明治に至るまで水野家の居城になったという。



 三日月橋から入った正面には桜並木が続く。園内の耕地整理記念碑曽そばにあった東屋で
しばらく休憩し、やまさんのスコットランドでの出会い話などを伺う。雨はほぼ上がったの
で、雨具をザックにしまった。

 公園の西側にある珍しい名の聡敏神社前を進むと、結城城の内堀だったという窪みが残っ
ていた。

 西に少しで、「(株)紬の里」の建物があったので入る。2棟の平屋があり、奥の染織工房
では、結城紬の藍(あい)染めや、コースター、マフラーづくりなどの体験が出来、近隣の
小学校などからの体験実習も多いという。


 結城紬の反物、帯地(おびじ)、作務衣(さむえ)、小物などの販売もしていて、居られ
た担当の方から、藍染めの工程などの説明を伺った。


 学校とは思えぬ、城壁のようなりっぱな石垣に囲まれた結城小の南側の、石を配したせせ
らぎの流れる歩道に沿って進む。


 校門を入った左側には、昭和41年(1966)の卒業生の記念制作らしい、動物の彫刻
を並べたレンガ塀があった。


 西側の交差点際の小公園には、「明治天皇結城大本営記念碑」と、砲身のような鋳鉄製の
碑が並んでいる。

 市街地に入ったすぐ先に、「あくとの里」の看板の出た、どっしりとした見世蔵(みせぐ
ら)の建物が見える。有機農産物直売所で、地元の野菜や漬物、うどんやせんべいなどの農
産物加工品が販売されていた。


 南側の三差路を西に入ったところには、「つむぎの館」の案内板があり、芝生の庭を囲ん
で何棟かの建物が並んでいる。


 左手の建物は「結の見世(ゆいのみせ)」と呼ぶが陳列館で、つむぎ製品のアクセサリー
や小物、衣類、マフラーなどを展示販売していた。


 ほかに、古民家の陳列館、染色工房織場館(おりばかん)、手緒里(ており)と呼ぶ資料
館、土蔵などがあったが、各々の入館は省略した。

 この通りをさらに進むと、古い木造の洋館や、国登録文化財の鈴木紡績↓の見世蔵などが
残っている。


 色鮮やかな朱の鳥居の立つ住吉高倚神社前を通過し、県道35号との交差点に出た。

 北西側に、大きな看板の渡辺菓子店が目に付き、南西側には、見世蔵を活用した甘味茶蔵
真盛堂↓がある。


 交差点を左折して県道を駅に向かうと、国登録文化財の秋葉糀味噌醸造見世蔵、結城の蔵・
簗島邸居宅、旅館石崎など、古い建物が幾つか点在していた。


 旅館石崎の反対側、銀屋と呼ぶ建物は、シルバー人材センターの人が交代で詰めていて、
観光客にお茶の接待をする休憩所になっている。我々も立ち寄りお茶をいただき、元気なシ
ルバー年代の女性などと話を交わした。

 駅に近づくと通りは最近拡幅されたようで、広い歩道もあり安心して歩ける。16時10分
に、2階に南北連絡通路のあるJR結城駅に着いた。

 自家用車で来ていたKさんに車に南口から便乗し、小山駅まで送ってもらい、17時近くの
宇都宮線上り電車に乗る。

(参加 4人、天気 雨後曇、距離 6㎞、地図(1/2.5万) 下館、歩行地 結城市、
 歩数 11,800)



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