八ッ場ダムのオピニオンとして、時々「朝日新聞」に登場する方だ。
論点が、現場に(地域・暮らしの場)に即していて、いつも、かなり頷いている。
そこの住民じゃ無いから「発言権」は無い・・・という、後ろめたさ。
「何十年も翻弄された住民の気持ちが分かるか?」と、声高な主張。
だけど、この国の、大事な話だ。
本文中の
***必要な補償はすべきだが、もっと大切なことがある。ダムの犠牲になりかかった「関東の耶馬溪」、吾妻渓谷や源頼朝ゆかりの川原湯温泉という、地域の宝を生かし、子孫が豊かに暮らせる社会設計を、住民が考えることだ。***
には、深く・ふかく、頷いた!
何十年も翻弄された「苦しみ」は、軽々しく僕が、分かるとは言えない。
が、住民が「もう、考えるのは沢山だ!」と言わないでほしいと、願っている。
拾遺物語であった。
部屋を掃除していたら、見つかった!
大学生の息子が、多分、小学生のころ僕の誕生日にくれた「券」であった。
ヘッツヘッツヘ!
息子よ!
俺、今な・・・ギブソンのB-25ってギターが欲しいのな。
あと、3年待つ・・・
たのんだよ~~~