63年前・その11時2分、長崎に「原子爆弾」が落とされた日だ。
ここ館林では、もう20年以上も、広島・長崎の日に、寺に集まり、投下時間に黙祷・そして平和を願って「鐘をつく」、そんな集まりが行われている。
僕は、その集まりで歌う「青い空は」と言う歌の伴奏を頼まれ、ずっと参加している。2つは無理(会社をすこしサボらなきゃならないので)なので、今回は長崎の日にしたのだ。
場所はこのお寺さんだ。
11時の炎天下・こんな暑い日に、やはり原爆が落とされたのだろう。
黙祷の時間だ。
焼香し、鐘をつく。
皆、無言で、祈るように、鐘をつく。
「官」ではなく、民の市井の人達の、自主的な集まりってのが、すごい。
戦争体験を持つ、「後期高齢者」の皆さんが、中心だったりするから、すごい。
地域の小学校で、ボランティアで「読み聞かせ」を続けているお母さん達が、「原水爆の悲劇」を扱った紙芝居を読む。
近くのお百姓さんが、自作の「短歌」を披露する。
最後に、皆で歌を歌った。ロストは僕と、りりこ・フラット・ユッコの4人でシングアウトだ。
市民が、自らの手に叶い・持ち寄れる「最良の部分」を持ち寄る。
それだけで、僅か1時間に満たない「広島・長崎」を胸に抱く1年に1度を共有する。そんな集まりは、大事で、僕にとってもありがたいことだ。
後何年かすれば、戦中世代が居なくなる。
「戦争を知らない」僕らの時代がやってくる。
その時・僕らは、親から聞いた「昔語り」を次の世代に、語れるか?
だからこそ、今、そんな親の時代の形で残っているものを、見て・障って・聴いて、胸の奥に、刻んでおくのは大事な気がしている。
この長崎の日・当日の「A新聞(まあ、昔からこのA新聞だった・・・)」には、何処にも「長崎」の記事は無かった。
僅か・「声」の欄に、投書が載せてあったのみ。
前日のオリンピックの、開会式で溢れていた。
愕然と、そんな事態を眺めた。絶望的な日本か?
日本のマスコミは、物忘れが激しい・・・・・・
来年、又、ギターを持って参加したい。
何故歌う?
その答えが、ここにはある。