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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…BBQてん末・1

2023年07月19日 09時39分00秒 | シリーズ・現場はいま…
現場は今、安定している。

夫も息子たちも社員も、それぞれ落ち着いていて

特に夫と長男は顔つきまで柔らかくなった。

この安定感は、過去に経験が無い。

本社の回し者、松木氏と藤村に振り回された12年の年月を経て

ようやく手にした環境である。


これはひとえに、肺癌で引退を決めた松木氏67才の後任

板野さん62才の功績によるもの。

彼が特別に何かをしたわけではない。

事務所で寝ない、威張らない、わからないことには口を出さない…

そんな、松木氏にも藤村にもできなかった普通のことができるだけである。


もっとも相手が普通か否かを確かめるには

夫の親友である任侠出身の営業マン、田辺君を見せるのが一番確実。

板野さんの着任早々、田辺君が遊びに来たが

「あのかた、並の人じゃないですよね…」

板野さんは、後で夫にたずねたという。

夫はこの反応に満足していた。


板野さんと同い年の田辺君は、俳優の玉木宏似のイケメン。

顔もいいが肌も美しく、長身でモデルのようなプロポーションを持つ。

昼あんどんの藤村は、それを見てヤサ男と踏み

自分の方が年下でありながら横柄な言動を重ねた。

松木氏の方は田辺君が来ると挨拶もせず、脱兎のごとく逃げ出すクチ。


その点、板野さんは愛想良く応対し、田辺君と夫の会話を黙って聞いていた。

しかし田辺君が只者でないことは感じ取ったようで

後から素性を確認するあたり、あの2人よりずっとマトモである。


カタギと任侠が混在するこの業界は、ファーストインプレッションがイノチ。

相手の格をひと目でキャッチし、それに見合った対応をする能力が不可欠だ。

この能力が標準装備されているか否かが、普通かそうでないかの判断材料となる。

仕事を円滑に進めるには、まず普通であることが大事。

夫にとって田辺君は、何かあれば助けてくれる守護神であると同時に

相手の質を見極める踏み絵なのだ。



この板野さんの歓迎会と松木氏の送別会を

7月初旬に開催することになったのが、6月の中旬だか下旬だか。

我が社に生息する“アイジンガー・ゼット”の強い希望により

歓送迎会の形態は会社でバーベキューということになった。


…説明しよう。

アイジンガー・ゼットとは

我が社の事務員ノゾミのことである。

この女が入社した経緯をここでお話しした時

コメントで田舎爺Sさんが、テンポの良い歌を作ってくださった。

『古いジープは、隠れ蓑

スパイの素顔を隠すのさ

だけどもさ、隠すつもりが現れる

こちらはどっこい百戦錬磨

酸いも辛いも嚙み分ける』


この滑り出しが、今は亡きアニソン界のカリスマ

水木一郎さんの歌う“マジンガーZ”の主題歌とマッチ。

大いに喜んだ私は、ノゾミのことをアイジンガー・ゼットと呼ぶことにした。

念願の就職をはたした今、もはや夫の愛人かどうか怪しくなっているが

隣の社長の愛人をやっているのは確かなので、遜色は無かろう。



話は戻り、バーベキューの提案を聞いた私は思ったものだ。

「バカか…」

煮炊きをするようにできてない会社でイベントをやるのが

どれほどの労力か。

例えば、学校のグラウンドの真ん中で焼肉をするのと似たようなものよ。

水道は遠く、食材や道具を始めゴミ一つ運ぶのも

右から左というわけにはいかない。


義父の会社だった頃、私は何度も後片付けをした。

皆、準備だけは面白がってやりたがるが

後片付けの頃になると、要領のいいのは帰ってしまうものだ。

残されるのはお人好しと酔っ払い、そして何もできない夫。

その時に手伝ってくれた人の恩は忘れてないが、マジで大変だった。

アイジンガー・ゼットは何も知らないから、無責任なことを言い出せるのだ。


まあ、人の旦那に色目を使って就職をゲットするような女が

バカなのはわかっている。

そのバカが、バーベキューという単語に異様に燃えるのも知っている。

アレらの言うバーベキューは、肉の漬け汁やソースにこだわるものではなく

ただの焼肉だ。

しかしアレらは、それをバーベキューと呼ぶ。

そこからして、バカ。


28年前、運転手として会社に入り込んだ未亡人イク子も

このようなことがあったら燃えたと思う。

夫と早々に駆け落ちしたのでチャンスは無かったが

キャミソールなんか着て尻を振り振り、最初の20分ぐらいは

甲斐甲斐しく飲み物や皿を配って見せるはずだ。

外見が多少違うだけで中身は全く同じ…それがあの人種の特徴である。



さて、7月に入ると、うちで唯一の女性運転手ヒロミが

バーベキューの計画を知って文句を言い始めた。

自分の嫌いなアイジンガー・ゼットが言い出しっぺと聞いてからは

なおさら強く反対し、店でやった方がいいと主張。


バツイチのヒロミは一時期、社員の佐藤君とネッチョリコンだったが

去年だったか、結局それまで同棲していた男と再婚した。

同棲時代から、相手の男の2人の子供とその連れ合い

そして、その子供たち…

総勢10人を超える義理の間柄の人々と交流する際は

いつもバーベキューと決まっている。

料理が苦手なので、もてなしといったらバーベキューしか無いのだが

ヒロミは自身をバーベキューの女王と豪語しているのだった。


その女王ヒロミがバーベキューに反対するのは

後片付けの大変さを知っているからである。

「ノゾミは絶対何もしない…となると、女の自分がやらされる…」

豊富な経験から、女王はそう感知したようだ。


女王とアイジンガー・ゼットは、女の意地をかけて真っ向から対立した。

松木氏の送別や板野さんの歓迎というイベントの主旨は

すでにどこかへ吹っ飛んでいる。

どちらも言い出したら聞かないので、夫は板挟みになっていたが

身から出たサビ、せいぜい困ればいいのだ。


しかし40そこそこのアイジンガー・ゼットより

50を過ぎた女王の方が一枚ウワテだった。

独断で、町内のお好み焼き屋に歓送迎会の話を持ち込んだのである。


ヒロミの顔がきく店といえば、お好み焼き屋ぐらいのものなのはともかく

その店は、彼女の友だちの両親がやっている所。

「お好み焼きだけでなく、他の料理も出して豪華なコースにする」

友だちと打ち合わせたヒロミは、夫に直談判。

その店には広い座敷があり、夜は居酒屋の営業形態になっているため

彼女はまんざら見当はずれのことを言っているわけではなかった。


一方、夫は7月に入って雨続きなのを気にしていた。

アイジンガー・ゼットにせがまれてバーベキューに決めたものの

屋外での歓送迎会が現実性を伴わないことに気づき

どこかの店でやった方がいいと思い始めていた。


が、ヒロミの提案には難色を示す。

くだんのお好み焼き屋の店主、つまりヒロミの友だちの父親は

夫の知り合いなので嫌というわけではない。

けれども主賓である板野さんの自宅は、市外の山間部。

山奥からわざわざ呼んで、連れて行くのが裏ぶれたお好み焼き屋では

申し訳ないという理由からだった。

《続く》
コメント (4)
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