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崖っぷちウグイス日記・12

2022年12月14日 10時45分12秒 | 選挙うぐいす日記
「選挙戦もはや、終盤となりました。

皆様方には連日、朝な夕なにお騒がせをいたしまして、まことに申し訳ございません…」

ご挨拶系のセリフを得意とし、男性好みの細くて可憐な声を持つ相棒ナミ。

「任せてください、託してください、勝たせてくださいませ…」

野太い声で韻を踏みつつ、役職攻撃、先生攻撃、お子様攻撃、観光客攻撃を念入りにやる私。

この二者が場面によって頻繁に交代する方針は、体力的にも雰囲気的にも

なかなか良いように思われた。


加えて世間は庭の剪定時期、道路や河川の工事時期と重なる。

そのような現場で働く人たちは、最初から支持する議員が決まっていたり

市外から来ている業者が多い。

だから今までは、さほど真剣に呼びかけることはしなかった。

が、今回は容赦なく呼びかける“現場攻撃”を起用。


「お仕事中に大きな声で申し訳ございません。

お疲れ様でございます。

この町が、皆様の知識と技術のお陰で成り立っておりますことを

◯◯は心より感謝させていただきながら

皆様のご安全と、ますますのご発展をお祈りいたします」

今までは“汗”や“努力”と表現していた箇所を“知識と技術”に変えると

反応はグンと良くなり、手を振ってくれたり声援してくれるようになる。

漠然とした表現よりも、はっきりと細かく形容した方が耳を傾けてくれ

次に通った時も必ず反応してもらえるのだ。

私も現場寄りの人間なので、このことはわかっていたものの

「どうせ票は増えないし」と思い、軽く流すことが多かった。

反省。


何でもいいから反応を増やす…

これは候補の気持ちを軽くするために重要な作業だ。

3人の引退議員が付いてくれたことで当初は安堵していた彼も

日を追うに連れ、今回は厳しいと実感しつつあった。

町全体の反応は良かったが、アレらが紹介してくれた支持者の地域に行っても

ドアや窓は閉ざされたままだし

「頼んだから行ってみろ」と言われた家や会社も無反応なんだから、誰だってわかるというものだ。

手当たり次第に反応を増やして、気分だけでも盛り上げるしかないではないか。


これなら4年後に繋がる…私は確信を持って最後の3日間を過ごした。

4年後、おそらく私はいない。

というより、しんどいからもうやりたくないもんね。

義母を任せた長男は、祖母のワガママぶりに音を上げているし

ナミと頻繁に交代することで深刻な疲労は軽減されたものの

朝7時過ぎに出勤して車に揺られながらしゃべり続け

夜8時過ぎに帰宅して家事、入浴、明日のための美容メンテナンス…

このサイクルは普段、家でタラタラ過ごしている身にはきつい。

加齢による回復力の低下をひしひしと感じる。

こりごりというのが本音よ。


ナミのほうは続ける気満々で、来期も私と一緒だと信じているが

私が抜けた後は、彼女の所属するウグイスチームから誰か回してもらえばいい。

ナミは仲良しと仕事ができるので嬉しかろうし、チームは顧客が増えて嬉しかろうから

あとのことは知ったこっちゃないが、うちの候補が好むウグイスの型というのは

ナミに伝えさせておく必要がある。


そうよ、各候補や陣営によって、好まれるウグイスの型が存在するのだ。

中にはウグイスなら何でもいいということで、派遣会社にお任せの所もあるが

議員生活が長くなって立候補の回数が増えてくると、候補の好みも分かれてくる。

地元生まれで親戚や知人が多く、たくさんの票を持っているウグイスなら実力は問わないという

ウグイスを固定客の一人とみなした票重視の所もあれば

声が大きくて強気のセリフを繰り出すウグイスを好む所や

女性的な優しい声で耳触りの良いセリフを言うウグイスを好む所もある。


声が大きくて強気と言えば私みたいなのだが、こういうのは「強い」と表現され

ナミのように女性的なウグイスは「弱い」と表現されるタイプ。

候補の性格や陣営の顔ぶれによって、強いウグイスは「きつい」、「生意気」と取られ

弱いウグイスは「ノーインパクト」、「眠たい」と取られることもある。


この強弱二者を配してバランスを取っているのが、うちの候補。

程よいバランスは、盛り上げと並んで彼が最も大切にしている活動形態だ。

ナミにはそのことを理解させ、新しい相棒に

「ここではどんな型が好まれる」という路線を言葉で伝えられるようにしておきたい。


職場でも何でもそうだけど、自分の抜けた穴が大きいと思いたいのは自分だけ。

いなけりゃいないでどうにかなるもんだから、心配はしない。

でも事前にある程度の路線を伝えて、働きやすい状況にしておくことは親切のうちだ。

選挙戦は日数が限られているので、やっと把握しました…選挙終わりました…

では、時間がもったいないじゃないか。



余談になるが、ナミは以前、彼女のチームの師匠と一緒に

うちの候補の天敵であるY候補のウグイスをしていた。

しかし強いウグイスを好むY候補は、ナミの弱いウグイスが気に入らないという理由で

彼女に暴力を振るっていた。

暴力というと大袈裟かもしれないが、足で何度も蹴られたというから、一応は暴力であろう。

ナミは、共にウグイスをやっている師匠の手前もあって我慢していたという。

仕事が減ると、師匠も彼女も困るからだ。

ナヨナヨして見えるナミ、実は私よりよっぽど根性があるのかもしれない。


ウグイスに当たる候補なんて議員の風上にも置けないが

Y候補がナミに厳しい気持ちは何となくわかる。

15分しか続かないのが大前提、あと先はお手振りに徹するかと思いきや

次に回ってくる15分に備えて喉飴とチョコと栄養ドリンクざんまい、セリフのメモざんまいじゃあ

同業の私でも蹴りたくなったぞ。

最初に組んだ時、お手振りそっちのけでボイスレコーダーを持ち出し

ひたすら私の声を録音し続けるのを見た時は、殴ってやろうかと思った。

ギャラを支払う立場の候補者であれば、その何倍も腹を立てて当然かもしれない。


Y候補は次の選挙で師匠を残し、ナミを切った。

そこで当時、Y候補と親しかったうちの候補は、切られたナミを拾って私と組ませた。

ウグイスが私一人では大変だろうという配慮と、ナミの柔らかい声が気に入ったからだ。


ナミがなぜY候補に切られたか、その時は候補も私も全く知らなかった。

「あんなにうまくて可愛らしい声のウグイスは他にいない。

Y候補は何と、もったいないことをしたものよ」

最初のうちは二人で言っていたが、実際に仕事をしてみてY候補の気持ちがよくわかった。

それが8年前のことである。

ともあれ来期の彼女には、うちの候補の選挙を背負って立つぐらいの気で頑張ってもらいたいものだ。

《続く》
コメント (2)
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