殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ゴーストライター・5

2021年05月21日 09時58分21秒 | みりこんぐらし
また長い年月が経過した。

その間も時折、誰かに頼まれては

仕事や趣味の集まりで発生する作文、紀行文、感想文

人前で話す際の原稿…

それらのゴーストライターをやりながら過ごした。


彼らが私に依頼する目的は、その内容ではない。

何文字、あるいは何枚という容量である。

そもそも内容を問われるような高度なものは

私には回ってこないので、楽しみながら取り組んだ。


自分の子供たちの図画や作文も手伝った。

手伝っているうちに燃え、奪い取って取り組むこともあった。

長男の夏休みの宿題だったポスターが特選になった時は

さすがに冷や汗をかき、足を洗うことを誓う。


作文の方では、これも長男が小学生の時

ピクニックを題材に書いたことがあった。

私と子供たち、それに長男より3つ年下の親戚T君

この4人でピクニックに出かけ

最後に一つ余ったデザートのいちごを誰が食べるかで

一触即発の事態となった思い出である。


学校へ提出する前にチェックした私は

長男に命令…いや、アドバイス。

「タイトルを“いちご事件”にしろ」

作文は楽しい思い出から、一気にサスペンス調へと変わった。


『…ほんとうにあまくておいしい、いちごなので

だれもがもう一つたべたいと思っていました。

さいごにのこったいちごをまんなかにして

ぼくたちのにらみ合いはつづきます。


お母さんが

「一こしかたべてない私がたべたら、いいんじゃない?」

と言いました。

でもぼくたちはゆるしません。


お母さんが、また言いました。

「家でまってるT君のおばあちゃんにあげよう」。

それを聞いたT君が

「そうやな、そうしよ、そうしよ」

と言って、いちごからはなれたので、ぼくと弟もはなれました。


するとそのしゅん間、T君がサッといちごに手をのばして

パクッと口に入れました。

「ああっ」

ぼくはさけびましたが、もう手おくれです。

ほんとうにおそろしい、いちごじけんでした。』


これを先生が気に入り、長男は皆の前で読む羽目になった。

深く反省。

長男は次男より6才年上なので、私の被害に遭う回数が多かった。

彼も慣れっこになっていたものの、申し訳ない気持ちだ。


思い返せば実家の父も、よく私の宿題を手伝ってくれた。

親がやったと一目瞭然の絵や工作に、幼い私はたびたび当惑したものだ。

しかし言い訳がましいが、自分でやらなかったことが原因で

のちのち困るようなことは一度も無かった。

楽しそうに取り組む父の姿は、以後の私を精神的に支え続けたし

父の技法を思い出して自分に取り込みもした。

よって遺伝ということにしておこう。



というわけで前置きが長くなったが(前置きだったのか!)

今回は夫と息子2人の計3人分

ハラスメントの本を読んだ感想文を400字書いて

本社に提出しなければならない。

こんなことになったのも藤村のパワハラとセクハラが原因だと思うと

腹が立ってなかなか取り組む気になれなかったが、一旦その気になれば早い。

まず夫のができた。

続いて長男のもできた。


この2人は、神田さんが訴え出た訴状に名前が載っている。

賠償金がたくさん欲しい神田さんは彼らの行動をデフォルメし

会社ぐるみのイジメに拡大する必要があったからだ。

藤村ほどの重罪ではないものの 、一応は訴えられた身なので

全くの他人事として書くわけにいかない。

さりとて素直に反省めいたことは書きたくない。

私としては、どっちつかずの皮肉入りが望ましい。

そう言うといかにも難しそうだが、否。

この方が好みなので、早々に仕上がった。


最初にできた夫のものをザッと紹介しよう。

タイトルは「ハラスメントの資料を読んで」

⚫︎行を変えて会社名、さらに行を変えて名前。

これで3行分を稼ぐ。


「読みやすい本を与えてくださり、ありがとうございます。

マンガが入っているので非常にわかりやすく

楽しんで読むことができました」

⚫︎これで2行稼ぐ。


本題の主軸には、アニメ「巨人の星」を起用。

「私のような“巨人の星”を見て育った世代は

何につけ、努力と根性を持ち出すところがあります。

デスクワークと違い、自社のような危険と隣り合わせた職種の場合

努力と根性は安全確保の見地において欠かせないものだと信じ

社員にもこの基本精神ありきで接してきましたし

社員もまた、これにしっかり応えてくれました。

構内無事故の実績が長期にわたって継続し、各方面の信頼を得ているのは

私と社員、双方の呼応があったからだと思っています」

⚫︎会社構内でのアクシデントが一度も起きてないのは

努力と根性でやって来たからこそであり

社員のレベルが高かったのだとさりげなく主張しつつ

努力と根性の無い者は、仕事において一番大切な

安全を脅かす存在だと言いたい。

ちなみに構内の事故は重篤になりやすく

人命を含め、損害が大きくなるケースが多いのが業界の常識。


「しかし本を読んで、その精神が通用しなくなっていると知りました。

自身の座右の銘であった努力と根性が過去の遺物となった今

こちらが対応を変えなければならない時代なのだと

痛感するに至った次第です。

たとえどんな人でも、入社したからには働き続ける権利があり

周囲の我々は安全な業務を遂行するために

より高度な指導やカバーリングを行っていく必要があると考えます」

⚫︎暗に、藤村や神田のようなパッパラパーを入れられて

大迷惑したと言いたい。

とまあ、そんなことを書き連ねて終了。


一方、長男の感想文のテーマは護身。

「本を読んで、ハラスメントには誰が見ても明らかなものと

判断しにくいものがあると思いました。

本には、立場の上下や強弱を利用して

部下に明白なハラスメントを行う上司がたくさん登場しますが

肩書き以前に、本人の資質に問題が存在すると思いました」

⚫︎暗に藤村を指す。


「また一方、最終的に被害者とされる側が

“本当は嫌だった”、“内心では傷ついていた”と後から言えば

はたからは楽しそうに見えていたとしても

結果的に全てがハラスメントになるわけです。

楽しい時は流され、途中で嫌になったり辛くなることは

誰でもあると思われますが

早めに意思表示をしなければ発見が遅れ

問題が大きくなるということも、本でよくわかりました」

⚫︎暗に神田さんを指す。


「被害者にならないため、あるいは加害者にならないための

知識と心構えが必要なのはもとより

ハラスメントの問題に巻き込まれないための

知識と心構えを学ばせていただいて、安全に働きたいと思いました。

良い本をありがとうございました」

⚫︎最後の一行が残ったので、良い本を…で終わる。


こうして夫と長男の2人分は、ゴールデンウィーク中にできた。

読み手にわかりづらい皮肉を盛り込んで、密かに溜飲を下げる…

私の得意分野である。

本社の読み手、つまり取締役の一部に

行間を汲み取る実力など無いと踏んでいるのだ。

よしんば読み取れる力があれば、人を見る目も確かだろうから

はなから藤村なんか採用しないし、権力を握らせない。


別人が書いたのがバレないかって?

パワハラ教育は、彼らのやっつけ仕事だ。

社員の書いたものを精査する気は無いので、バレない。

なまじバレたとしても、夫には胸を張って言わせようではないか。

「ワシらには黒幕がいる」。


で、3人目の次男のものが、なかなかできないでいる。

彼は藤村のパワハラ事件には無関係だったので

先の2人分と違って薄口にしようと思ったら、かえって書きにくいのだ。

通達をよく見たら、締め切りは5月末とある。

かったるいけど、この数日でやろうと思っている。

《完》
コメント (2)
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