殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ゴーストライター・2

2021年05月14日 08時49分10秒 | みりこんぐらし
「これで大丈夫かどうか、見てくれる?」

祥子にそう言われ、彼女の書いた反省文を受け取った私は驚いた。

反省文の原稿用紙は学校のオリジナルで

1枚が800字詰めのビッグサイズ。

反省文3枚って、罰にしては優しいと思っていたが

これだと2倍書かないといけない。

作文を書きなれない者には、けっこう厳しい罰だ。


この大きな原稿用紙を両手で持ち、ざっと目を通した後は

こうつぶやくしかなかった。

「大丈夫じゃないかも…」


なぜなら、まず謝罪の言葉がどこにも無い。

反省文というからには、学校側が欲しているのは謝罪だ。

しかし謝罪らしきものはどこにも見当たらず

私は本当に何も知らなかった…

誤解されて傷ついた…

弁解と恨みごとが、つたない字と文体で延々と続く。

今で言うなら、小室文書みたいなものだ。

あれより短いだけマシとはいえ、これでは誰の理解も得られない。

かえって悪印象を与えるのは、16才の私にもわかった。


しかも祥子、行数を稼ぐために

一行書いたら次の行は空欄にしている。

つまり全文が、一行おきに書かれているのだ。

祥子にとっては渾身で絞り出した知恵だろうが

これでは半分しか書かれてないので、ズルをしたことになる。

あまりにも心象が悪いではないか。


「全部消して、ウチの言う通りに書きんさい」

そう言って祥子に消しゴムを渡したが、なにしろ用紙が大きいため

これが意外な大作業。

祥子は消すだけで疲れ果て、机に突っ伏した。


文章を書きなれてない人は、消し方もずさん。

力任せで一気に消そうとするので、紙に圧力がかかり

所々薄くなって全体が毛羽立っている。

口頭で言って書き間違え、紙にトドメをさしてしまったら

ヤケになったと思われて不利じゃ…私は考えた。

これは、亡き母の受け売り。

宿題のプリントや原稿用紙は提出するまで美しく…

そりゃうるさく言われたものだ。


私は路線を変更することにした。

「明日書いて来るけん、それ写し」

祥子は目に涙を浮かべ、お願い…と言った。

この反省文で停学期間が決まるのだ。

一番重い3ヶ月になったら、留年が決まる。

退学か停学かの瀬戸際にいた祥子には

3ヶ月の停学処分が下る可能性が限りなく高い。

彼女は何としても、3ヶ月より少ない日数を勝ち取る必要があった。


その晩、私はさっそく“仕事”に取りかかった。

コツは知っているつもりなので、さほどの難関とは思わない。

謝罪、気づき、お礼、今後の姿勢。

以上の4点を繋げれば、反省文らしくなるものだ。


この時の私は友達の力になりたいのもあったが

自分の仕事が教師に通用するかどうか、力試しをしたい気持ちもあった。

とはいえ、あんまり入れ込んで大人びた表現を使うと

代筆がバレるので、自分を抑えながら取り組んだものだ。


反省文の出だしは、謝罪に次ぐ謝罪。

「このたびは私の軽薄な行動で、たくさんの人にご迷惑をおかけしました。

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

◯◯校長先生を始め、◯◯教頭先生、学年主任の◯◯先生

担任の◯◯先生、副担任の◯◯先生、生活指導の◯◯先生

ご心配をおかけしました。

本当にごめんなさい。

深く反省しています」

先生の名前をつらつら挙げるのは、文字数を稼ぐため。

ナンボ私に長文の悪癖があっても

面白くないことばっかりで2,400字を埋めるのはきつい。


次は気づきの部。

事件があったからこそわかったこと、身に染みたことなどを表現。

「今回の私の行動は、家族も苦しめてしまいました。

父と母には厳しく叱られましたが

私を心配しているのがよくわかりました。

同時に先生がたも両親と同じように

私を心配してくださっているのだと気がつきました。

叱られるより叱るほうがつらい。

後悔先に立たず。

朱に交われば赤くなる。

今まで、このようなことを考えたことはありませんでした。

でも今は、そんな言葉が頭の中をグルグル回っています。

私は何をしていたのだろう

こんな自分のままではいけないと心から思いました」

などなど、指導者が聞きたいであろう言葉を並べる。

短文に“。”を付けるのは、行数を稼ぐため。


そしてお礼。

「私のような者のために、お忙しい時間を割いてくださり

親身になって指導してくださってありがとうございます」

お礼は最後に持ってくるのが文章の常識だろうが

停学をくらった若者が、最後に礼で締めるのは

あまりにあざといと考えて三番目に入れた。


そして終わりに今後の姿勢。

「良くないことで人をわずらわせるのが、一番悪いと思います。

これからは、もっと周りのことを考える人間になりたいです。

そして先生が私に話してくださった

“自分を大切に”という言葉の意味を考えながら行動して

勉強と部活を頑張りたいと思います」

自分を大切に…なんて、言われたかどうか知ら〜ん。

でも女子生徒を対象にした保健体育の授業で必ず出ることは

中学の時に把握していたので、行数を稼ぐために入れた。


こうしてできあがった反省文を祥子に見せたところ、大ブーイング。

「これじゃあ、ウチが悪いみたいじゃん!」

せっかく書いた下書きを破り捨てんばかりの剣幕だ。


私は笑いながら言った。

「もう停学は決まったんじゃけん。

留年せんためには、こっちが折れるしかないんよ。

これから清書して、イチかバチか出してみ」

「でも、もし留年したら?」

「退学し。

一緒に退学しちゃるけん(そんな気はさらさら無し)」

「ほんま?」

「どっか都会に出て働こうや(そんな気はさらさら無し)」

「わかった…」


祥子が清書した反省文は、その日のうちに提出され

翌日、1ヶ月の停学処分が言い渡される。

思わぬ短期に安堵した祥子は、おとなしく停学生活に入り

1ヶ月後、何事もなかったかのように復帰した。


停学1ヶ月が反省文の効果なのかどうかは不明のままだった。

しかし、私に反省文を書かせると停学が短くなるという噂は

一部の生徒の間で静かに拡まるところとなったので

以後も何人かに頼まれて書いてやった。


もちろんノーギャラよ。

だって、本人は停学になって学校へ来なくなるから

そのままになっちゃうんだってば。

むろん、停学が明けても反省文のことを覚えていて

礼を言うなり、何らかの報酬を考慮するなりの義理を通す人間なら

つまらぬ悪さをすることもないし

学校に知られて停学になるようなドジも踏まない。

《続く》
コメント (6)
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