1時間半後、お経が終わると行事は終了し、一同は後片付けに取りかかる。
やっと我々の出番だ。
今回は、この宗派の開祖が亡くなって七百何十年だかの命日ということで
お寺の境内や本堂は、ピンクの紙で作った花が何千何百と
しだれ桜のようにたくさん飾られている。
我々に与えられた仕事は、このおびただしい造花を土台から一個ずつ外す軽作業。
多勢が奉仕という労働をしている場面、私の好物である。
『妖怪・戸口女(とぐちおんな)』の発見にいそしむという悪癖があるからだ。
冠婚葬祭、PTA活動、職場や近所のイベント、選挙事務所‥
戸口女は、無償の労働現場に現れる。
戸口女とは、働くでもなく、潔くサボるでもない、厄介な女のこと。
周りが気を使って労働に誘ったとしても、それはそれで気に入らず
口ばっかりで役に立たない。
こういう女はたいてい、人が出入りする戸口に立つ。
戸口に佇んで部屋の内外を見渡していると、何かやってる気になるからだ。
戸口に立たれると邪魔になる。
「どっか行け」とも言いにくい。
自分が邪魔をしていることなどつゆ知らず
戸口女は戸口に立って、働く人々を眺め続ける。
「手水かけるな、戸口に立つな」
私たち古い女は、大人からそう言われて育った。
手水とは水仕事をした際、手についた水のこと。
パッパと手を振って水分を払う行為は、とても行儀が悪いとされている。
所在なく戸口に立つのも同じく。
これらは不作法の双璧なのである。
無意識にやってしまう些細なことだからこそ
親が教えなければ生涯気がつかない。
よって、これをやる女は
一般的な躾をされずに育った野生種と判断して、まず間違いない。
野生であることに罪は無いものの
動物でも人間でも、野生種は付き合いにくい。
ガサツで言葉がぞんざい、自己中で嫉妬深いと相場が決まっている。
うっかり親しくなると砂を噛み、雇用したら後悔し
嫁にもらえば苦労する危険な種だ。
チャンスがあったら探してみるといい。
人生が0.2%ぐらい面白くなる。
今回も戸口女はいた。
年は我々と同じくらいか。
う〜ん、さすが!
モンチッチ状のショートヘアが、シミだらけの素肌に映える。
今どきテカテカのスパッツに、柄もののレッグウォーマーが
ナウでヤングなフィーリング。
決してお友達になりたくないタイプ。
発見できて、とても嬉しい。
そんなことはすっかり忘れ、我々3人は
竹の棒に細い針金で結わえつけた花を一個一個、外していた。
作業をしながらの話題は、次の女子会。
今度は忘年会も兼ねるから、誰それにも声をかけよう‥などと話し合う。
その間にも私の赤い斑点は着々と拡張を続け
痒みのほうは、もはや尋常ではないランク。
ゾワゾワと寒気がするほどの苦しみだ。
次の女子会が行われる時分には入院中か、あるいはこの世にいないかも‥
などと思いつつ、ひたすら耐える。
騒いだら、病を押して参加したことになり、ユリちゃんに気を使わせてしまう。
そこへ戸口女が腕組みをしたまま近づいてきて、いきなり問うた。
「ちょっと聞きますけど、お宅たちの言ってる女子会って何なんですかっ?
婦人会のことですかっ?女性会のことなんですかっ?」
なぜか喧嘩腰で、マミちゃんもけいちゃんも驚いて固まっている。
今どき女子会を知らない者がおろうか。
女友達がおらず、テレビなどで情報を得る機会も無い変わり者か
または完全ないちゃもんである。
どっちにしたってロクでもない。
さすが戸口女‥法則通りの振る舞いに気を良くする私。
「私たちのは、同級生の女子の集まりなんですよ」
戸口女も一応檀家なので、私は愛想よく答え、再び作業に没頭する。
「あっそ!女子会、女子会言うから、どんな集まりかと思って!」
戸口女はそう言い捨てて、プイと向こうへ行った。
花をもぎ取る仲間に入りたくて、とっかかりを探していたのかもしれない。
私も若い頃なら「みんな仲間」「袖すり合うも他生の縁」
などと殊勝めいた偽善心で誘ったかもしれないが
何度もこういう人物に関わっては失敗してきたので、放置。
残り少ない未来は、大切に使いたい。
マミちゃんとけいちゃんは、この件について一言も触れなかった。
壁に耳あり障子に目あり‥お寺という広い場所は特にそうで
静かだし、声は通るし、フスマや障子は多いし
誰がどこで聞いているかわからない。
狭い家と同じに考えてはいけないのだ。
事実、我々の背後にある障子の裏では、檀家さんたちが別の仕事をしている。
我々が外した花から針金を抜く作業だ。
一部始終が筒抜け。
「何?あの人?」
なんて言えやしない。
事前の教育?をちゃんと実践してくれた2人を頼もしく思った。
が、喜びも束の間、アクシデント発生。
マミちゃんが、外した花を横の段ボール箱に勢いよく投げ入れるのと
その段ボール箱を取りに来た檀家のお婆ちゃんが
しゃがんだのは同時だった。
お婆ちゃんの顔面に、マミパンチ炸裂!
老眼鏡が飛び、お婆ちゃんは尻もちをついた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
3人はお婆ちゃんを助け起こし、平身低頭で謝る。
「大丈夫、大丈夫」
お婆ちゃんは笑って許してくれ、我々は胸をなでおろす。
この時ばかりは、痒みを忘れた。
《続く》
やっと我々の出番だ。
今回は、この宗派の開祖が亡くなって七百何十年だかの命日ということで
お寺の境内や本堂は、ピンクの紙で作った花が何千何百と
しだれ桜のようにたくさん飾られている。
我々に与えられた仕事は、このおびただしい造花を土台から一個ずつ外す軽作業。
多勢が奉仕という労働をしている場面、私の好物である。
『妖怪・戸口女(とぐちおんな)』の発見にいそしむという悪癖があるからだ。
冠婚葬祭、PTA活動、職場や近所のイベント、選挙事務所‥
戸口女は、無償の労働現場に現れる。
戸口女とは、働くでもなく、潔くサボるでもない、厄介な女のこと。
周りが気を使って労働に誘ったとしても、それはそれで気に入らず
口ばっかりで役に立たない。
こういう女はたいてい、人が出入りする戸口に立つ。
戸口に佇んで部屋の内外を見渡していると、何かやってる気になるからだ。
戸口に立たれると邪魔になる。
「どっか行け」とも言いにくい。
自分が邪魔をしていることなどつゆ知らず
戸口女は戸口に立って、働く人々を眺め続ける。
「手水かけるな、戸口に立つな」
私たち古い女は、大人からそう言われて育った。
手水とは水仕事をした際、手についた水のこと。
パッパと手を振って水分を払う行為は、とても行儀が悪いとされている。
所在なく戸口に立つのも同じく。
これらは不作法の双璧なのである。
無意識にやってしまう些細なことだからこそ
親が教えなければ生涯気がつかない。
よって、これをやる女は
一般的な躾をされずに育った野生種と判断して、まず間違いない。
野生であることに罪は無いものの
動物でも人間でも、野生種は付き合いにくい。
ガサツで言葉がぞんざい、自己中で嫉妬深いと相場が決まっている。
うっかり親しくなると砂を噛み、雇用したら後悔し
嫁にもらえば苦労する危険な種だ。
チャンスがあったら探してみるといい。
人生が0.2%ぐらい面白くなる。
今回も戸口女はいた。
年は我々と同じくらいか。
う〜ん、さすが!
モンチッチ状のショートヘアが、シミだらけの素肌に映える。
今どきテカテカのスパッツに、柄もののレッグウォーマーが
ナウでヤングなフィーリング。
決してお友達になりたくないタイプ。
発見できて、とても嬉しい。
そんなことはすっかり忘れ、我々3人は
竹の棒に細い針金で結わえつけた花を一個一個、外していた。
作業をしながらの話題は、次の女子会。
今度は忘年会も兼ねるから、誰それにも声をかけよう‥などと話し合う。
その間にも私の赤い斑点は着々と拡張を続け
痒みのほうは、もはや尋常ではないランク。
ゾワゾワと寒気がするほどの苦しみだ。
次の女子会が行われる時分には入院中か、あるいはこの世にいないかも‥
などと思いつつ、ひたすら耐える。
騒いだら、病を押して参加したことになり、ユリちゃんに気を使わせてしまう。
そこへ戸口女が腕組みをしたまま近づいてきて、いきなり問うた。
「ちょっと聞きますけど、お宅たちの言ってる女子会って何なんですかっ?
婦人会のことですかっ?女性会のことなんですかっ?」
なぜか喧嘩腰で、マミちゃんもけいちゃんも驚いて固まっている。
今どき女子会を知らない者がおろうか。
女友達がおらず、テレビなどで情報を得る機会も無い変わり者か
または完全ないちゃもんである。
どっちにしたってロクでもない。
さすが戸口女‥法則通りの振る舞いに気を良くする私。
「私たちのは、同級生の女子の集まりなんですよ」
戸口女も一応檀家なので、私は愛想よく答え、再び作業に没頭する。
「あっそ!女子会、女子会言うから、どんな集まりかと思って!」
戸口女はそう言い捨てて、プイと向こうへ行った。
花をもぎ取る仲間に入りたくて、とっかかりを探していたのかもしれない。
私も若い頃なら「みんな仲間」「袖すり合うも他生の縁」
などと殊勝めいた偽善心で誘ったかもしれないが
何度もこういう人物に関わっては失敗してきたので、放置。
残り少ない未来は、大切に使いたい。
マミちゃんとけいちゃんは、この件について一言も触れなかった。
壁に耳あり障子に目あり‥お寺という広い場所は特にそうで
静かだし、声は通るし、フスマや障子は多いし
誰がどこで聞いているかわからない。
狭い家と同じに考えてはいけないのだ。
事実、我々の背後にある障子の裏では、檀家さんたちが別の仕事をしている。
我々が外した花から針金を抜く作業だ。
一部始終が筒抜け。
「何?あの人?」
なんて言えやしない。
事前の教育?をちゃんと実践してくれた2人を頼もしく思った。
が、喜びも束の間、アクシデント発生。
マミちゃんが、外した花を横の段ボール箱に勢いよく投げ入れるのと
その段ボール箱を取りに来た檀家のお婆ちゃんが
しゃがんだのは同時だった。
お婆ちゃんの顔面に、マミパンチ炸裂!
老眼鏡が飛び、お婆ちゃんは尻もちをついた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
3人はお婆ちゃんを助け起こし、平身低頭で謝る。
「大丈夫、大丈夫」
お婆ちゃんは笑って許してくれ、我々は胸をなでおろす。
この時ばかりは、痒みを忘れた。
《続く》