殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

体験入部・4

2017年11月05日 10時05分21秒 | みりこんぐらし
ヨシコの打ち明けたケーキ事件の内容は、こうである。

半年ほど前のことだった。

当時、まだヨリトモ軍団のメンバーだったバランスのおシマは

いつものようにおトミから電話で誘われた。

ヨシコも町内のホテルで合流、4人で食事をした。


この日は聖子ちゃんの誕生日ということで

食後、聖子ちゃんだけに小さなカットケーキが出された。

彼女が自分で予約したものだ。


全員同じコース料理を食べ、会計は例のごとく割り勘となる予定だったが

問題は聖子ちゃんのケーキ。

おシマとヨシコは2人で申し合わせ、このケーキ代は自分たちで払うことにした。

「いくらだった?」

おシマがたずねると、おトミは言った。

「千円」


千円と言われれば、人は‥特に老人は、つい千円を出してしまうことがある。

おシマとヨシコも、それぞれ千円札を出した。

おトミはその2千円を自分の財布にしまい

この時点で、割り勘の計算が聖子ちゃんによって行われる。

支払いの総額には、もちろんケーキの代金も入っている。

その金額を4で割り、一人あたりの料金を伝えられた。


おシマとヨシコは違和感をおぼえたが、せっかくの誕生日

細かいことを言って雰囲気が悪くなるのもはばかられ

言われる通りの金額をおトミに払った。

つまりおシマとヨシコは、まずケーキ代の倍の料金を払わされ

さらにケーキ代の千円を4人で割った250円も払ったことになる。

おトミはそれを平然と財布にしまい

聖子ちゃんがその財布を持ってレジへ行った。

以上がケーキ事件の概要である。


「あの頃はまだトミ子さんを信じていて

かばう気持ちがあったから、あんたには言わなかった」

ヨシコは言う。

私も、こんな手口があるなんて夢にも思わなかった。

色々とレパートリーがあるものだ。

やはり感心するほかはない。



「またか、と思ったけど、算数の話でしょ。

気まずくなるから黙っていたけど

いつも後でモヤモヤするのがつらいのよ。

年を取って友達を失うのは淋しいけど

こっちだって年金でやりくりしてるんだもの。

ちょうどお父さんが病気になったし、もういいわと思って」

おシマはこう言って、ひそかにヨリトモを抜けたという。


「安心して付き合える友達って、いないのかしら」

ため息をつくヨシコ。

私は励ますつもりで、つい口を滑らせた。

「いい人は皆、早く死んだじゃん。

残っとるのは、修行が足らんけん死なれん人ばっかりよ」


ハハ‥と笑いかけたヨシコ、キッとなって言う。

「私もその一人っ?」

危なかった。


ともあれヨシコ、おトミと交際を続けるにあたり

消耗するのはお金のことだけではない。

昔からシブチンで名高いおトミだが、近頃はたまに物をくれるようになり

これがまたヨシコを苦しめるのだった。


「貰い物だけど、誰も食べないから」

そう言って、遊びに来がてら持ってきたのは

佃煮の小瓶がズラリと20個ぐらい並んだセット。

礼を言ってヨシコと共に歓待し、帰りに手ぶらじゃ悪いので

ちょうどできあがっていたキンピラごぼうを持たせた。


その後、もらった佃煮をよく見たら、消費期限は4年前に終了。

しかも瓶のいくつかは開封済みで、ドロドロに腐っていた。

ヨシコはさっそく電話で抗議。

「あの佃煮、古かったよ!」

シブチンから物をもらうのは、要注意なのだ。

はっきり言っておかなければ

いつまでも「あげた、あげた」と威張るからだ。


おトミ、消費期限については「気がつかなくて悪かった」と恐縮したが

後日、うちへ来た時にはすっかり忘れ

「あんたのキンピラ、柔らか過ぎる」とクレームをつけた。

「キンピラは歯ごたえがなきゃ。

聖子も言うとった」


また先日は

「お父さんの法事でもらったビールがたくさんあるけど、飲む?」

と言い、大きな紙袋に入れた缶ビールを携えてうちへ来た。

帰りには制作中だった巻き寿司を数本、持たせる。


佃煮の衝撃以降、おトミに厳しくなった息子たちはビールをチェック。

15個全て、消費期限は3年前に終了。

法事でもらったどころか、おトミのご主人が生きている頃じゃないか。


「うちはゴミ捨て場じゃないと言うてやる!」

ヨシコは激しく怒ったが、私は止めた。

おトミが認知症になったことを聖子ちゃんから聞いていたからだ。

お金もそうだけど、時の流れに関しても無頓着になっているのは

このところ、おトミと接触してわかっている。

責めても仕方がないじゃないか。


ヨシコはしばらくの間、自身の名誉と友情の狭間で苦しみ

心乱れる日々を過ごしていた。

そこで問題のビールを漬け物のぬか床に入れたら、落ち着いた。

発酵の加減を調整するため、ぬか床にビールを入れることがあるのだ。


食べられはしないが、ビールを捨てることにはならない‥

そんな微妙な物体、ぬか床に使用することで

彼女の名誉と友情はバランスが取れた模様。

ちなみに古ビール配合のぬか床で漬けたキュウリは、ヨシコしか食べない。


認知症になると自分に甘く、他人に厳しい性格が強調されるようで

後日、巻き寿司についてクレームがあった。

「あんたとこ、卵が多過ぎる。

聖子も言うとった」

うちへ来ている間中、聖子ちゃんに何を食べさせようかと

思案というより苦しみ続けるおトミに

うちのおかずで良ければ‥と持たせて、このザマよ。

嫁との骨肉を嘆くおトミだが、自業自得としか思えん。


「次に巻き寿司くれる時は、穴子を入れて」

おトミは付け加えたが、この次は無いと思う。

《完》
コメント (4)
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