殿は今夜もご乱心

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ヅラデビュー

2015年04月23日 10時01分11秒 | みりこんぐらし
女性用のカツラがブームである。

スッポリかぶるんじゃなくて、頭頂部に乗せる小さいやつ。

テレビをつけると、しょっちゅうコマーシャルをやっている。


不況が長引き、男性用のカツラは頭打ちだ。

生活するのが大変なので、あっても無くても命に別条の無い物は売り上げが落ちる。

そこでメーカーは考えた。

加齢で髪の毛の量とコシが減少し、ツムジの周辺がぺちゃんこになる女性…

つまりお年を召したほとんどの女性へと販路を拡大。


全カツラは値段のわりに不自然なため

変化を嫌う習性のある高齢女性には抵抗が強い。

だが、ヘソクリで買いやすい部分カツラなら

ヒョイと頭のてっぺんに乗せるだけで確実に若返る。

「ツムジぺちゃんこ左右割れ・根元白髪の地肌見え」

この“老婆の印”が、一発でかき消える寸法だ。


衣装や化粧に投資し、あるか無きかの効果を期待して苦心するよりも

スタイリングの手間がはぶける上、半永久的に使用できるとなれば

女性の心は動く。

その半永久が、残り時間が少ないことによって

生じるものでもかまわない。

残り時間が少ないからこそ、若く美しくいたいのが女性だ。


カツラメーカーは、競って一流女優を起用し

高齢女性を洗脳すべく、ガンガンCMを流す。

野際陽子と松坂慶子のアートネイチャーVS高橋恵子のアデランス。

ゴージャスなカツラ合戦をうっとりと眺める私である。


20年くらい前だったろうか。

テレビでは、芸能人による社交ダンスバトルが盛んだった。

最初は芸人中心のスポ根バラエティで火が付き

やがて有名ダンス教師と一流女優がペアを組んだコンテストに進化していった。

中でも松坂慶子のうまさは格別で、賞を総なめにしたあかつきに

司会進行役となった。


そこへ出演したのが高橋恵子。

彼女のダンスのうまさも群を抜いていた。

しかし、いつも出演者に優しく話しかける松坂慶子が

素晴らしいダンスを披露した高橋恵子だけには、なぜか一言も声をかけなかった。

立ち位置もその時だけ離れており、間にアナウンサーを挟んだ。

番組中、大女優2人は徹頭徹尾、視線を合わせることが無かった。

「この2人は仲が悪い…」

私はそう感じてほくそ笑んだものだ。


よってアートネイチャーVSアデランスの戦いが

私には大女優同士の戦いに見える。

松坂慶子と高橋恵子が本当に仲が悪いかどうか

真偽は定かではないが、そう見た方がより楽しめる。



先月、うちの義母ヨシコもとうとう部分カツラに手を出す。

以前からCMに注目していたので、いずれ買うだろうと思っていた。

隣町のスーパーで、3万円也。

最近はいろんなメーカーが真似をして、安く販売するようになったのだ。


買ったはいいが、乗っけて人前に出る勇気が無い。

鏡の前で、練習に明け暮れる日々。

「お父さんの四十九日に…」

デビューの日取りを決めていたものの、当日は勇気が出ず見送る。


髪の毛の分量がまだ多いヨシコは、さほど危機的状況ではない。

それでもヅラを乗せると、確かに若々しく見える。

それはツヤによる効果である。

ヅラに控えめなツヤがあるので、装着すると髪全体にツヤが出たように見えるのだ。

家で白髪染めを繰り返したあげく、バサバサの繊維と化した髪が

ヅラと同化してみずみずしさを取り戻したように見えてしまう。


追加の効果として、ヅラによって頭頂部が多少盛り上がるため

加齢による下垂で正方形になった顔の輪郭が

目の錯覚で元の丸顔に見え、印象がぐっとあかぬける。

ハンバーグより一回り大きい程度のヅラで、こんなにも変わるのに驚いた。


しかし、そこはやはり類似品。

ヅラ一筋の本家より安い分、生え際の不自然さは否めない。

ヨシコを躊躇させるのは、この点であった。


四十九日の法要と会食は日曜日に済ませたが、本当の四十九日は同じ週の木曜日だ。

その日、近所で不幸があった。

義父アツシの葬式の晩に亡くなった隣のおじさん92才に続き

今度は隣の隣のおじさん91才。

老人だらけのデンジャラ・ストリート、本当に何でもありなのだ。


ヨシコはこの葬式で、ヅラを装着すると決める。

入手して1ヶ月、ついにデビューの日を迎えたのであった。


出棺を待つ間、近所の奥様方がえらく盛り上がっていると思ったら

ヨシコがヅラを披露していた。

頭髪に関しては皆さん似た状況であるから、興味しんしんだ。

ヨシコ、自分のヅラをはずして、次々と人の頭に乗せてやっている。

帽子かっ!


この葬儀場のことは、前にも書いた。

葬式が終わるやいなや、霊柩車のお見送りのためという理由で

参列者は全員、強制的に建物の外へ出される。

親族だけでしみじみと行う最後のお別れが済むまで

参列者は吹きさらしの屋外で、長い間待たされるのだ。

待ち時間は、親族のしみじみ度に比例する。

暑かろうと寒かろうと、この方針は変わらない。

依頼主に優しく、参列者に厳しい葬儀場なのである。


春とは名ばかり、その日は雨と強風でことのほか寒かった。

後期高齢者にとっては、まさに八甲田山の状況だが

ヅラ談義に夢中のおばあちゃん達はキャッキャと楽しそうである。

ヅラは彼女達の体温維持に貢献したといえよう。
コメント (10)
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