殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

でんじゃら・ストリート

2014年02月04日 13時15分31秒 | みりこんぐらし
義父母の世話のため、夫の実家で寝起きし始めて

もうすぐ2年になる。

川沿いの一本道に家々が並ぶ、この静かな通りには

後期高齢者しか生息していない。

静かなはずである。


この「ご長寿ストリート」で、随一の若手を自負する我ら一家は

時折、老人世帯のお手伝いをすることがある。

水道の蛇口が壊れた、今朝は神経痛で生ゴミが出せない

家電の操作がわからない…などの要請があれば駆けつけるのだ。


「ありがとね、助かったよ」

「なんのなんの、いつでも言ってね」

彼らと我々の間に、そんなリズムができあがっていた。


この方針で“最期”まで行くつもりだった。

ところが最近になって、方針に修正の必要性を感じている。

我々のスタンスに、なんら変わりは無い。

老人達が変身し始めたのだ。



昨年の晩秋、右隣に住む90才のおじさんが

「スズメバチを退治して欲しい」と言ってきた。

見に行くと、巣は軒下と屋根の空間にはびこり

ハチの増殖いちじるしい。


シロウトには無理だと言っても、おじさんは納得しない。

あくまで我々シロウトに処分を強要。

ご希望に添いたいのは山々だが、我々とて命は惜しい。

半ば強引に業者を呼んだが、無茶と執拗さに病的なものを感じた。



年明けには駅前の路地で、そのおじさんとバッタリ会う。

我々夫婦は和食屋に入るところで

おじさんはその店の前に車を停めていたのだった。

90才のドライブテクニックはかなり危なっかしく

乗るよりも、修理に出している期間のほうが長い。


おじさんは我々を発見し、運転席から手招きする。

「この店、よう来るんかいな?」

「時々」

「ほな、ここの大将に聞いてくれへんかな…

ワシ、大将に、もう来んといてくれ言われたんや」

「何で」

「知らんわ、そやから聞いてくれ言うてんねん」

「おっちゃん、何か言うたんやないのん」

彼に合わせ、つい関西弁になる私だった。


「ワシ、気になってな、こうして毎日店の前で待ってんねん」

「それ、ストーカーいうんちゃうん。

かえってこじれるで。

機会があったら聞いとくさかい、はよ帰り」

「ほな、頼むわな」

「機会があったらな」


機会は永遠に来ない。

理由がわかっているからだ。

彼の趣味である“書”…つまりお習字が原因に違いない。

おじさん、この方面ではかなりの有名人なのだ。

ただし、有名なのは書ではない。

誰かれなく作品を贈呈しては、謝礼を要求する方面において、である。


企業の雇われ社長だった頃は、多くがありがたがって押し頂き

中には金品の謝礼を手渡す者もいた。

それは書に対する評価ではなく

彼に便宜を図ってもらうための交際費であった。

退職しても、その味が忘れられないのだ。


なにしろ暇があるので、作品の仕上がるピッチは早まるいっぽう。

よって、被害者は増加するいっぽうであった。

この和食屋にも彼の魔の手が伸び…

いや、作品が飾られるようになったので、ひそかに心配していたが

ここまで重症化していたとは知らなかった。


そのおじさんだが、昨日、車庫入れに失敗して

前の川にダイビングした。

パトカーにレスキュー隊、消防車に救急車もやって来て

ちょっとしたお祭り騒ぎである。


川面に前半分が突き刺さり

逆さまになった乗用車から救出されたおじさんは、幸いにも無傷。

浸水により、足が濡れただけであった。

車がスクラップになったので、和食屋のストーカーからも

足を洗えるだろう。



パトカーや救急車といえば先日の夜

左隣のおばさんが、泣きながら駆け込んできた。

「助けてください!」

82才のご主人が、暴れているという。

ご主人は昨年、認知症と診断されていた。


「俺にどうしろと…」

シブる夫の尻を叩いて駆けつけると

奥さんは帰省中の娘さんが運転する車で、どこかへ行ってしまった。

そこへ暗い庭から、フラフラとご主人登場。


近寄って話しかけていたら、パトカー2台到着。

おばさんは、警察へ駆け込んだのだった。

数人の警官が、おじさんに優しく話しかけながら

取り囲むようにして家の中に入った。


しばらく後、ご主人と接触した人物として

私は警官から事情をたずねられる。

物見高い私としては、心躍る瞬間であった。


しかし警官が最初に言ったのは

「どこも怪我はないですか?」という

予想外の質問であった。

      「…無いですよ」

「良かった!」

警官の安堵が、まだ理解できない私だった。


「ここのご主人が庭から出て来られた時

 手に何も持っていませんでしたか?」

  「はい…手ぶらだったと思いますけど」

「本当に無事で良かった!

 布団がズタズタに切り裂いてあったんで。

 包丁を振り回して、暴れておられたんですよ」

      「…」

どうやら私は、布団と同じ運命になる可能性があったらしい。


やがて救急車到着。

おじさんは救急車に乗せられ、そのまま精神病院へ入院した。

単なる老人多発地区と思っていた、この「ご長寿ストリート」だが

ヤバい老人増殖中。


家の中でも外でも、老人と関わりを持つ時は

自己防衛の準備と、相当の覚悟が必要といういましめを込め

私はこの危険な通りに、新たな命名をほどこした。

その名はでんじゃら・ストリート。


コメント (16)
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