殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

腐った果実

2010年08月18日 09時02分10秒 | みりこん童話のやかた
昔むかし、ある村に、おチヨという女房がおりました。

おチヨは、娘の時分に通っていた寺子屋のお師匠様に見そめられ

この村へお嫁に来たのでした。


口さがない村の者達は、商売ものに手を付けた…

などとささやきましたが

実直で整った顔立ちのお師匠様と、愛想が良くて器量よしのおチヨは

なかなか似合いの夫婦です。

二人は子供にも恵まれ、幸せに暮らしておりました。


月日が経ちました。

年増になったおチヨは、なんだか残念に思うのです。

「あたしはまだ、こんなに色っぽくて器量よし…

 でも亭主は、どんどん年をとっていく…

 年の離れた亭主につられて、このままお婆さんになるなんて

 なんだか損をしたような気分だわ…」


そこへ現われたのが、口入れ屋のテツ。

年下なのに世慣れていて、ちょいとやさぐれた色男ぶりです。

元々が派手好きなおチヨは、すっかりまいってしまいました。

「こんな男も世の中にはいるんだわ…うちの亭主とは大違い…」


先生、先生とあがめられ慣れた亭主と違い

商売人のテツは人当たりが良く、細かい所によく気がつくし

人を喜ばせるのが上手です。

忘れられた置物みたいな亭主と、水面を跳ねる魚のようなテツでは

着るものひとつ取っても、まったく違います。


それに、自分を見るテツの目つき…。

甘えるような、射ぬくような、あの目で見られると

胸の奥がザワザワと音を立て、体がとろけそうです。


「食費しか、渡してくれないのよ~」

相談と称して、亭主の悪口をそめそめと語りながら酒でも飲めば

ひとつ布団で、文字通り家族同然のつきあいになるのは

あっという間でした。


清い水よりも、甘い毒に酔いしれたい人は多いものです。

テツもまた、毒のとりことなっていました。

不倫という、甘い甘い毒です。

腐りかけた果実の味は、テツが初めて知るものでした。


お師匠様は、教育者らしい寛容さと臆病さで、最初は静観しておりました。

それでも、じきに目に余るようになったので

おチヨに注意することもありました。

人間、後ろめたいところを突かれると

そりゃもう、とんでもなく腹が立つもので

おチヨはそのたびに逆上しました。


「死んでくれればいいのに…」

そう言ったのは、おチヨでした。

浮気妻として、身ひとつでたたき出されてはたまりません。


「じゃあ死んでもらおう…」

そう言ったのは、テツでした。

このところ、お師匠様の自分を見る目が

非難めいて、わずらわしいと思っていたところです。


お師匠様には、そこそこの財産もありました。

生きていたら一文にもなりませんが

死んでもらえば、おチヨと一緒にそれも転がり込んでくるのです。

「オレに任せておけ」


おチヨは、テツを心底頼もしいと思い

晴れて一緒になれる日を夢見るのでした。

「うちの子供達もテツになついているし、何の問題もありゃしないわ…」


計画の途中で、恐くなることもありましたが

自分のために罪を犯してくれる男がいる…その喜びのほうが、まさりました。

亭主がこの世からいなくなるのを見届けるよりも

テツがどこまでしてくれるかを見届けたい気持ちでした。


一方テツは、自分の手を汚したくなかったので

日頃から何かと面倒を見ている、若いチンピラに言いつけました。

「いいか、これは、おめぇだから頼むんだぜ。

 他の誰にも、このシゴトはできねえ。

 オレは、おめぇを見込んで言ってるんだ」


チンピラは、以前からテツを慕っておりました。

世間にはテツのように、いかにも侠気(おとこぎ)があるように見せるのが

やたらうまい男というのが、時々いるものです。

チンピラは、シゴトの内容よりも、褒美(ほうび)よりも

テツの期待に応えたい気持ちのほうが、まさりました。

人殺しより、兄貴分のテツにそっぽを向かれることのほうが、恐かったのです。


すかんぴんの若者の中には

金欠そのものを解消することに、目が行かない者がおります。

それより、強い存在に振り回されて

いっときでも金欠を忘れられるほうが、気が楽になるというから

困ったものじゃありませんか。

やがて…お師匠様は、無残に殺されました。


三人は計画通り、それぞれの役割りをこなしたはずでした。

けれども役割分担ってのは、それぞれの負担が平等でなければ

ほころびが生じるものです。

テツとチンピラはお縄になり、遅れておチヨも捕まりました。


腐りかけた果実は、牢の中で完全に腐るでしょう。

いえ、本当は、最初から腐っていたのかもしれません。

毒に酔うと、舌がしびれて、腐っているかどうかもわからなくなるようです。

ご用心、ご用心。


  

   この物語はフィクションであり

         実在の人物や実際の事件とは、関係ありません
コメント (36)
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