殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ホウレンソウ

2010年07月09日 11時19分04秒 | みりこんぐらし


このところ、夫の会社に来客が多い。

張り切っているのは、義父アツシ。

老体、病体に鞭打って、這ってでも客に会いたがる。

人がたくさん来ると、いい時代を思い出すようだ。


先日の夕食中も、昼間の興奮冷めやらぬアツシ。

「アイツはオレのこと、どう言ってた?」

初対面の客の反応について、夫に問う。

いつものことなので、夫もこのへんは承知していて

「お元気そうですね…と言ってたよ」

と、適当に答えている。


だがアツシ、それだけでは満足しな~い。

「怖いとか、すごいとか、言ってなかったか?」

などと、人が聞いたら赤面しそうなことも、平気で問う。

こういうとこ、昔からあるにはあったけど

前よりあからさまになってきたような気がする。

老化か…暮れゆく人生への焦りか…。


「ああ…うん…言ってたね」

無表情のまま、さらに適当に答える夫。

「そうだろう、そうだろう」

アツシ、やっと満足する。

やれやれ、お帰りになった…では本題に…

そんな会話が交わされていることなど、知るよしもないアツシであった。


が、問題はそこからだ。

「話があってもだな…オレや娘に前もって報告しろ。

 オマエが一人で決めるんじゃないぞ。

 ちゃんとオレに連絡を取って、必ず相談しろ。

 オレがいないと、ナメられるんだからな」

食事中にネチネチと文句を言うのは、アツシの昔からの癖である。

近頃は病気で体力を失い、滅多に無くなったが、以前はしょっちゅうだった。


その夜のアツシは体調がいいらしく、久々に粘りを見せる。

元気なのは結構だが、彼の元気は、執拗とセットである。

長くなりそうなので、私は自分のお茶をこぼしてやる。

ちょっと騒げば、そっちへ神経が行くので、演説は終わるのだ。


アツシがこの何十年、ずっと夫に口を酸っぱくして言い続けるのは

報告、連絡、相談…つまりホウレンソウだ。

そんな簡単なことが、うちの夫にゃなぜ出来ぬ…バカじゃなかろうか…

長い間、そう思っていた。

夫がふがいなく見えて、歯がゆかった。


しかし、私も外で働くうちに、だんだんわかってきた。

ホウレンソウにうるさい上司ほど、コモノであった。

自分の知らない所で話が決まる…ないがしろにされる…

これを恐れ嫌う者は、ホウレンソウにこだわる。


そして必ず言う…「何か起きてからでは遅い」。

だからといって、不都合が起きそうな時、事前にホウレンソウを実行すると…

絶対逃げやがる。

そして何か起きた時、何もできないのも確かであった。


そのような人物にとって、ホウレンソウは

トラブルを未然に防ぐ標語ではなく、離れ島回避と保身の手段であった。

ホウレンソウがしてほしければ、思わずそうしたくなる上司になればよいことだ。


その昔、私は「アツシのガミガミを聞きたくない」という願いを持っていた。

父親なのに、我が子を威嚇して何になるのだ…

夫も夫だ…言われないようにしてやろうと思わないのか…。


見かねて、アツシに抗議したこともあったけど

実はこの王様、反撃に弱い。

弱いからこそ、先手必勝で生きてきたのだ。

弱点をカムフラージュするためには、どんなあこぎな手も使う。


奴隷が王様にもの申したところで、手打ちになるのが関の山。

王妃まで、援軍として参戦し

奴隷の製造元である実家にクレームの電話をするわ、親戚は呼ぶわ

火に油を注ぐ結果にしかならなかった。


…今になって考えるに、もしも夫が父親より強ければ

優しく細やかに機嫌を取ってくれる夫は存在しえなかった。

ここだけフォルテよ!強く!なんて、楽譜じゃあるまいし、無理じゃ。


そして、アツシの望むホウレンソウは

表向きでは教育するフリをしながら

パパがいなくちゃ何もできない男の子を演じろ、ということであった。

息子がダメだから、オレが出る…という花道を用意しろという、強引なものであった。

しかし、その強引があったからこそ、今までどうにか商売が持った。

また、夫がかたくなに従わないのは

彼にも彼なりの、五分(ごぶ)の魂があったからなのだ。


この父子には、他人には理解し難い役割りのバランスが存在していた。

それが父の傲慢と息子のひ弱さに映ろうとも

このバランスに、他人がとやかく口を出してはいけないのだ。


私には、これさえなければ少しは浮気がおさまるかも…という

責任転嫁の気持ちがあった。

業腹にも、自己都合で人の性格を直そうとし

おこがましくも解決しようとした私こそ、ふがいない女であった。


帰り道「あんたも大変ねえ…」と、夫をねぎらう。

「さすがに、もう慣れたね」夫は笑う。

   「えらいわ~…言われてもないことを言って、父親を喜ばせるなんて…

    いないほうが商談が進むのに、我慢して…

    私だったらキレてしまうわ~…ぶん殴るわ~…」

「先に死んでいく人間だ…好きなようにさせてやるさ。

 あれが生き甲斐なんだから」


翌日、夫はマカロンを買って来てくれた。

我が町のケーキ屋さんでも、とうとうマカロンが販売される日が訪れたのじゃ。

「食べてみたいと言ってただろ」

おそらく、前日のお茶こぼしのお礼だと思う。

しっかりせぃ…のハッパよりも、こういうサポートのほうが、嬉しいのだ。

念願のマカロンであったが、味は微妙だった。

コメント (52)
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