殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

トレーニング

2010年07月01日 12時01分20秒 | みりこんぐらし
思い過ごしかもしれないが

「ちょっと、あんた、最近“殿”はどうなってるのさ」

という声が聞こえる気がするので、ひとまず書き残しておこうと思う。


毎晩、夫の両親に食事を届け、一緒に食べる生活も

はや3ヶ月になろうとしている。

近頃は、義母ヨシコと散歩に行くこともある。

二人で、雨で増水した川を見て興奮したり

人が通るとピシャリと窓を閉める家の前を通り

期待どおりに窓が閉められると、喜んだりする。

風呂まで入って帰るようになり、夜はすっかりここんちの子だ。


夫が、困っているのは知っていた。

何にって、デートだよ。

「もう、実家に通うのはやめにしないか」と再三言われた。

しかし糖尿病の悪化で、義父アツシの腎臓がかなり弱っていると診断された今

それも難しくなった。


この日課が始まるまで、私への言い訳は

会社から実家へ直行、父とサウナ…と言えば、本人的にはOKであった。

そう言っておけば、本当に父親とサウナに行こうが、別の所へ行こうが

自宅にいる私にはわからないので、自由の身なのであった。

いまさら言い訳なんぞ必要ないんだけど、しないとやっぱり気分が出ないらしい。


しかし、こうも毎日通っていると、そうはいかない。

アツシは、顔を見てしまうとサウナに行きたがるので

夫の夜の自由は、完全に奪われる格好になってしまった。


夫は考え、そしてひらめいた。

毎日通っているお気に入りの整体院で

毎週土曜日の夜、加圧トレーニングをするというものだ。

「だから、土曜はサウナには行けない」

夫は両親の前で、そう宣言した。


この整体院、実は遠い親戚で、院長と夫は仲が良い。

だが、いくら仲良しでも、あのケチな院長が無料で施術してくれるわけがない。

夫は「オレは実験台で、特別にやってくれる」と豪語するが

世の中は、彼が思うほど甘くない。


それでも、これを信じる人が約2名。

親というのは、何べんだまされても、我が子の言葉を真に受ける。

また、信じてくれるからこそ、ありがたい存在なのだ。


こんな時、たぶん妻としては、目と鼻の先の整体院へ行き

動かぬ証拠を突きつけて責め立てるんだろうけど

そんな無粋なことをして何になる。

夫の真実に興味は無い。

秘密を持つのが嬉しいのだから、持たせておけばいいのだ。


トレーニングの効果は表われぬまま

3回目となった先週の土曜日も、夕食が終わるとそそくさと消え

深夜になって我が家に帰宅した。

ただ、いつもと違ったのは、廊下を這ってリビングに入ってきたことであろう。

“トレーニング中”に、ヒザを傷めたそうである。


本人は「筋肉痛だ!」と言い張るが

バレーボールで負傷経験のある私にはわかる。

これは、ヒザの靱帯(じんたい)がいかれている。

大げさなことになると、嘘がばれると思い

歯を食いしばって耐えているのが、あわれである。


夫の悪い癖で、マッサージ器や治療器を引っ張り出し、早く治そうとつつき回す。

当然、ますます悪化。

肝心なことは、はやばやとあきらめるのに

もうよしたほうがいい、そっとしておいたほうがいいことを

必死でダメ押しするのは、昔からだ。


その日以来、両親の家には、私一人で通っている。

治るまで、ヨシコには姿を見せられないからだ。

私も余計なことは言わず、用事だ何だと、適当にごまかしておく。


片足を引きずる我が子の姿を見れば、ヨシコの気性からして

必ず整体院へ抗議に行くだろう。

親戚の子供だから、気兼ねがない…

無実の院長に文句を言いまくるのは、火を見るよりも明らかだ。

夫にとって、それは死刑の宣告と同様。

トレーニングなんて、やっとりゃせんのだから。


原因は、ツルコだ。

以前、息子の車を夫から譲り受け

それで川へ落ちて腰が折れた、あのツルコさんだ。

不死鳥のごとく奇跡の復活を遂げて、老人施設に勤め始め

ついでに夫とも復活した。

お互い年だし、何かと気の張る新規開拓より

古い顧客を掘り起こすほうが、気楽なのであろう。

恋心は馴染みや惰性に変わり、だんだん先細りになっていくのだ。


なんでそんなことを知っているかというと

近所の婆さまが、そこのデイサービスに通っており

聞きもしないのに、施設のことをよく話してくれる。

いっぷう変わった名前を持つツルコは、格好のテーマである。


「事故で大変だったそうだけど、その経験を生かすんだと言って

 頑張っていらっしゃるのよ…」

なんと立派なツルコさん!

主にリハビリやトレーニングの部屋で、雑用をしておられるという。


嘘をつく人間というのは、話の中に必ず真実も織り交ぜる。

トレーニングの口実は、そこから出たものであろう。

股関節が…ナントカ筋がどうたらこうたら、夫が急に言い始めたり

いかにも老人向けの体操を熱心にやり始めたのも、その影響だ。

土曜の夜は、二人で特別トレーニングを施術し合っているというわけ。


そこで、ヒザに何か起きたらしい。

しとうとの聞きかじりは、危ないんだぞ。

夫としては、是が非でも、ヒザの損傷は穏便にすませなければならない。

せっせと病院通いの日々だ。

それが彼なりの保身であり、ツルコへの思いやりでもある。


しかし、望みがひとつ叶ったのだから

もう少し嬉しそうにしても、よさそうなもんだ。

両親の家に、もう通いたくないという望みである。

たとえ数日でも、望みが叶ってめでたいではないか…と思うのだが

それは私の冷酷であろうか。

頑張れ…夫!
コメント (20)
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