羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

『慶喜のカリスマ』講談社

2013年06月02日 08時17分27秒 | Weblog
 著者の野口武彦氏は、「あとがき」にこう記している。
 新世代の編集者は、いい本は「売れる」本だし、売上高の数字が価値を決める、と嘆いておられる。売れない本ばかりを書いているヒガミ根性が多少はなくもない、といいながら続けて、現役世代の日本人は歴史を学ばない、とかなり痛烈である。政治家が歴史から学ばないだけでなく民衆も同様だとおっしゃる。
《現代においては歴史小説、あるいは歴史小説と称するものが歴史を代行している。いや、歴史小説を読むとも言えない。テレビドラマ、とくにNHK大河ドラマが歴史小説を読む代わりをしているのである》

 実に耳が痛い。私もそのひとりであるから。
 かつて放送になった『篤姫』『龍馬伝』そして今放送されている『八重の桜』を見ていなければ、『慶喜のカリスマ』は、読み進めなかったと正直に告白する。
 
 著者の言辞は鋭い。
 黙読する能力が衰えて、耳から聞く、あるいは動画やテレビ画面のような視覚的媒体なしにはストーリーが読み取れない日本人を、少々言い過ぎのきらいはあるが、断罪するかのようでもある。
 断罪されるひとりに、私も並ぶ。

 さて、この本を読みはじめた当初は、たしかに先に挙げた大河ドラマの役者の顔が浮かんでいた。それによって描かれている人物の色分けが自分のなかで出来てくることに助けられた。
 そして最後まで役者の顔が浮かんでいるか、と問われればそんなことはない。途中ですっかり顔の輪郭は失われ、本の中の文字が生き生きと歴史を語りだしてくれるのだ。
 どれほどの理解が出来たのかは、大それた自慢はできないとしても、自分なりに“歴史をひもといた感”はしっかりと得られたとおもう。

 ここから著者の言葉をそっくり写し取ろう。誰でもが、今、焦燥感をもって生きているに違いないから。

《いちばん顕著なのが明治維新の受け止めかた。現代日本社会では、あらゆる政治家が競って明治維新の仮装劇、というよりコスプレを演じているかのようだ。
 まず、最近政権を手放した民主党は、「政権交代」の淡い短い夢、あるいは「二大政党制」の幻想に煽られるかたちで政権の座についてから、松下政経塾出身という自陣営の新鋭政治家のセールスポイントにしていた。これは政権獲得後はっきりしてきた失望感の広がりのなかで、吉田松陰の「松下村塾」の焼き直しパロディーであることが明らかになった。》
 わかるな~。

《自民党はただ政権奪還だけを自己目的として内輪の権力闘争に終始し、高杉晋作の再来と称する連中の地盤固めと民主党政権が残した負の遺産の相続放棄に余念がない》
 そうだ!そうに違いない。

《小沢一郎が西郷隆盛を気取ったに至っては失笑ものである》
 マスコミも悪いんじゃありませんか?

《既成政党のこんな体たらくに絶望しつつある民衆のはかない期待に乗じて支持をあつめているその名も「維新の会」が、「維新八策」と称して、あからさまに坂本龍馬を真似、またそれが国民の一定の支持を集めている事象を見よ》
 この本の奥付をみると2013年4月22日とあるので、橋下大阪市長の不愉快極まる国益を損なうお騒がせ発言に火がつく前だったことで、ここまでの言葉で終えられている。
 その後であれば、おそらくはっきり言って「馬脚をあらすにいたった」と言われそうだ。

 ドラマの力を借りようとも、この本を読んでよかった、とおもっている。
 江戸城は無血開城となっても、明治維新に日本人が流した血と涙は相当な量であり、大きな犠牲があったことを描く著者の筆は力強い。
『勝てば官軍、負ければ賊軍』の明治維新理解では許されない複雑微妙な歴史が、終章に近づくにつれて、大病を得てからようやく指一本でワープロを打つことができるようになった著者が熱心に命がけで解いてゆく姿とともに、行間ににじみ出てくる。

 そして当時の行き違いは、情報の遅さと混乱によるところが大きい。それではインターネットの速さがあればよいのか、と早急には言えないところに人の世の難しさが文字の裏側に張り付いて来る。
 歴史は単に歴史では終わらず、現代を照応して見せてくれる。
 
 さらに昨今とみに話題になっているビッグデータなるものの「読み」にいたっては、人類史上はじめての経験である。読み違いは当然あるはず。
 インターネット選挙運動を開始して、はじめての参院選で、いったいどのようなことが起こってくるのか、誰にも予想がつかない、ことも見えてくるから凄い。

 内容についてはいわ言わずが花!
 難しい熟語にも、覚えにくい名前の羅列にもめげず、読んでよかった、本であります。
コメント
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