まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第8回中国観音霊場めぐり~海龍寺(尾道七佛めぐり)

2019年12月01日 | 中国観音霊場

尾道七佛めぐりの最も東にある海龍寺から始める。尾道駅からの古寺めぐりでは終点に位置するので、巡礼で言えば「逆打ち」ということになるのかな。

海龍寺は鎌倉時代に、隣接する浄土寺を開いた定證上人が曼荼羅堂として建てたのが始まりとされている。後に江戸時代になって浄土寺の塔頭寺院として現在の名前となった。こじんまりとした本堂で、まずは本尊の千手観音像に手を合わせてお勤めである。

ふと賽銭箱の横を見ると弘法大師や地蔵菩薩のパネルが飾られていて、「放火されたため復興へのご協力を」というお願いの紙が貼られている。何かあったのかと検索してみると、今年の2月に火災が発生し、本堂の裏にある地蔵堂と倉庫が全焼したという。幸いけが人はなかったが、中にあった仏像が焼失してしまったという。尾道ではその数日前にも飲食店街で火災があり、他にも不審火で燃えた形跡があったそうで、海龍寺の火災と合わせて放火によるものではないかとも言われている。

それらしき建物跡が本堂の裏手にあり、倉庫はプレハブの仮の建物があるが、地蔵堂は土台だけが残された形である。

また記事を読んでいくと、同じ2月に海龍寺に侵入し、仏像3点を盗んだとして尾道市内の男が3月に逮捕されたとある。インターネットのオークションに出品していたことから発覚したそうで、寺への放火の容疑でも逮捕されている。仏像を盗んだ証拠隠滅を図ったとされている。海龍寺も災難である。現在起訴されて公判中とのことだが、死傷者は出なかったとしても許せない行為である。

これだけだと悲運災難の寺としか見えないが、海龍寺には「文楽の寺」という呼び方がある。江戸時代後期の文化・文政時期に建てられたもので、人形浄瑠璃文楽座の創始者である文楽と、初代竹本弥太夫の墓がある。また、願いを込めてなでるとご利益がある「お経塚」というのもある。このことから、芸術や創作活動の上達祈願にご利益があるとして手を合わせる人も多いようだ。尾道七佛めぐりのご利益も「技芸上達」である。

納経所に向かう。尾道七佛めぐりは寺の町のPRにしようということでポスターも貼られている。朱印集めの方なら、色つき紙に本尊の朱印と墨書を記した「ご宝印」がおすすめであるが、もっと気軽にということで、専用の色紙にスタンプをいただくというのもある。それぞれの寺の文字、イラスト、ご利益が予め印刷されていて、そこにスタンプを押すもの。7ヶ所コンプリートすると紙の掛け軸をもらえ、部屋の壁に掛けることもできる。「ゆっくり行って5時間くらい」とのことで、「まあ、飴でもなめながらどうぞ」と、飴ちゃん一粒お接待をいただく。5時間後は14時か。バスが16時発だから時間には余裕がある。

次の浄土寺へは、石段を下りるとすぐに駐車場を通って境内に入るが、ここはやはり山門から入りたい。向島大橋や山陽線の線路を見下ろして少し歩き、中国観音霊場めぐりの札所である浄土寺である・・・。

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