にゃおん・ざ・こーなー

北国に住む、猫とジャズが好きな親爺の日々。

デレク・ベイリー

2005年08月31日 | ジャズ、音楽
1978年ころ 札幌市内のアトリエ
デレク・ベイリー(g) 近藤 等則(tp) 高木 元輝(ts)
土取 利行(ds) 吉沢 元治(b)

”ギターを持ったアナキスト”というキャッチフレーズがあった。おらは”絶対にメロデイーを弾かないギタリスト”と名付けてた。マニアにはたまらんメンバーでしょう。
おらの目の前は近藤だったが、腰振りながら吹くのね、ずーっとレイザーラモンHGのような腰振りを見せられた。
お目当ての吉沢 元治のベースはよかった。(1998年逝去)
 ベイリーで驚いたのは、演奏中ガキが泣き出したとき(連れてくるなよ、ガキも災難だけど)なんと子守唄のフレーズを弾き泣き止んだことと(メロデイー弾いたじゃん)、切れた弦を演奏続けながらあっという間に張り替えたことです。(演奏の中身はどうよ?)
 追記 サックス高木も2002年逝去。
コメント (1)
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足痛めたし、痩せたし

2005年08月30日 | 
メインクーンのふくちゃん、どこでやったのか左後足痛めて、3足歩行になってる。獣医は骨ではないので静観するしかないし、猫の場合治らない事もあるという。痛々しくてなんとかならないのかな。
 おまけにかなり痩せてしまった。軽いほうが足に負担かからないからいいのかな・・・
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ハービー・ハンコック

2005年08月30日 | ジャズ、音楽
1978年頃 札幌厚生年金会館
ハービー・ハンコック(ky) ベニー・モウピン(ts)あとわからん。
ヘッドハンターズがあたって第二次日本ツアーに来たときだと思う。アルバムライブインジャパン「洪水」(1975年)に近いが、もっとタイトな感じでした。驚いたのは「ヘッドハンターズ」「スラスト」のナンバーがレコードとほぼ同じ音だったこと。いろいろ録音時にいじってるのでライブは別物になると思ってたら、びしっと決めてましたし、アドリブはよりホットに、最高に楽しめました。
 1列目だったので、ベニー・モウピンと握手してもらった。(若くてミーハーだったの)

 先日FMで「東京ジャズ2005」やってたけど、よかったですね。30年前と同じことしてるようだが許す!
 ギターはワー・ワー・ワトソン!
コメント (2)
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アニタ・オデイ

2005年08月29日 | ジャズ、音楽
ジョージ・モロウ(b)ほか
1976年頃 札幌厚生年金会館
スイングジャーナルの招待券プレゼントに当って行きました。まだガキで渋い姐御の唄には反応できなかったのね。今なら楽しめた?
 でもジャズボーカル(特に日本人)ってそもそも何なのか分かってないとです。ジャズマンがバックになってジャズスタンダードを唄って、時々”シャバドビ~”とやるものをいうのかな?
 スキャット(特に日本人)だめなんだなぁ、昔日本人ジャズ歌手が演歌歌手といっしょに流行り歌やったら、情けなかったなぁ。
 ジャズ好きな人でも、本当に好きな唄はジャズ以外に多いのでは・・ジャズ以外のジャンルに力のある唄が多いような気がする、ジャズボーカルはジャズ的であることを楽しむもの? 

 そうそうベースがジョージ・モロウだったので注目したが違いは分からんかった。(覚えてます?ローチ・ブラウンクインテットのベースですよ。)
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お芝居いきました。

2005年08月29日 | 日々のこと
 27日の土曜日に子供も行くというので(中3の男子と一緒に行けるものも少ないので)北大生たちの演劇を観にいった。
 この劇団は4度目だが、今回はお話が幼稚で展開もみえみえだったので、やや不満が残った。 
 
 でも若い人たちが、何かを創造しようとするのを見るのが好きだし、子供にいろんなパーフォーマンス見せておいたほうがいいかなと・・思えば子供が小さい頃よく、やまびこ座とこぐま座(札幌の子供劇場)に行き人形劇や腹話術や南京玉すだれを観たものだ。中でも腹話術が好きで自分が観たくて言った覚えがある。「腹笑会」というグループでもう1983年からずーっと子供たちを楽しませ続けている。(リスペクト!)

 創造的なことをやり続けることって、勿論素敵なことです。でも受け手がいないと成り立たないし、受け手であり続けるものけっこうエネルギー必要なんだけどなあと、受け専門の人間としては思うわけで・・・・今週もライブ行くどー!金無いけど・・・
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古沢良治郎+向井滋春

2005年08月26日 | ジャズ、音楽
1983年4月17日 根室市公民館
向井滋春(tb)山岸潤史(g)大口純一郎(kb)佐山雅弘(kb)川端民生(b)古沢良治郎(ds)小泉権七(perc)
ネムロ・ホット・ジャズクラブ主催。
 今になってみると、豪華メンバーですね。
 向井さんも根室に来ると燃えるらしいが、この日はギターの山岸さん、一人で行っちゃってました。(2年前に映像で見たけど、ニューオリンズに移り住み渋いブルースギター弾いてた。)
 ベースの川端さん、いろんなバンドで引っ張りだこだったけど。2000年7月26日、53才で逝去。
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第3回流氷ジャズコンサート/佐藤允彦トリオ+辛島文雄トリオ

2005年08月26日 | ジャズ、音楽
1983年2月5日 根室市公民館
 佐藤允彦(p)井野信義(b)日野元彦(ds)
 辛島文雄(p)桜井郁雄(b)日野元彦(ds)
 ネムロ・ホット・ジャズクラブ主催。
 ”根室じゃよぉ~、流氷がくるとあんまり寒いもんでぇ~、内地から太鼓叩きを呼んで流氷退散祈願をしたもんでのぉ~”と言う位、元彦さんの太鼓がおいしいとこ持って行ったライブでした。
 佐藤トリオ、この名手3人で面白くないはずはないのですが、器用すぎるのかどうもおらは佐藤さんをつかめないんですよ。
 その点辛島さんの強いタッチはおらにはわかりやすかった。
  でもこの日は日野元彦さんにつきる。    
  
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山下洋輔トリオ+林栄一

2005年08月25日 | ジャズ、音楽
1982年12月3日 根室市公民館
山下洋輔(p)武田和命(ts)小山彰太(ds)林栄一(ts)
ネムロ・ホット・ジャズ・クラブ主催。

この頃は根室地方にいたほうが、熱いジャズ見れたのでは思えるほど、いいバンドが定期的に見ることができた。
 60キロ離れた町から暗くなった冬道をぶっ飛ばして行ったものです。(何故か40分位で着きます。)
 言っちゃ悪いが「ほんとにこんな最果ての街で、ジャズやるの?」と行く度に思わさる。内地から来たミュージシャンもそうゆう感慨があるらしいが、むしろそんな思いが熱演に繋がるらしく、根室で観たどのライブもえかった。
 
 よくも悪しくも、プロレス的要素の多かった坂田 明(ts)のいたトリオ(ライブは面白いけど、レコードは2~3回で飽きてました。)と、新トリオはどう違うのかなと望んだが、どんと重みのある武田のテナーがいいではないですか、スケールの大きさを感じましたね。(89年8月18日食道がんのため49才で逝去、惜しい・・ジャズの神様よぉ、なんでいつもこうなんだ!?)
 そして出番が少なかったけど「期待の新人」として途中から現れた林の切れ味の良さにちょっと驚いた。
   帰りは、心のほてりを感じながらはゆっくり、ゆっくり運転しましたとさ。
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加古 隆

2005年08月25日 | ジャズ、音楽
1978年 札幌ヤマハホール
加古隆(p) ケント・カーター(b) オリバー・ジョンソン(ds)
ジャズ喫茶AYLER主催の、いまやメジャーな音楽家(そうなんですよね)のジャズトリオ。とてもシャープで自由なんだけどきちんと聞かせてくれる。当時の共演者といえば、ステーブ・レイシー、高木元輝、富樫雅彦、沖至とこっち側(どっち?)の人が多いのですが、この頃から全体の構成なんかまで考えて演奏していたのでしょうね。
 紳士で、おらなんかにも丁寧にお話してくれ、いい感じの方でした。
 音楽の質と露出度は何の関係も無いことは百も承知ですが、この人が自分の才能を色んなところで発揮してるのは歓迎です。たまにこっち側(どっち?)に来ないかな。 


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ピアノデスマッチ

2005年08月24日 | ジャズ、音楽
1977年頃 札幌大谷ホール
平岡 正明の講演、山下 洋輔トリオVS板橋 文夫トリオVS明田川荘之トリオ
ジャズ喫茶AYLER主催。
 まず平岡の石原莞爾に始まり、第2次大戦は米・露・独・日の準決勝戦で云々という格闘技と世界史とジャズをごたまぜにした講演。(無茶苦茶だけど、面白くて「石原莞爾試論」読んだりしたものです。)

 演奏は板橋、明田川、山下の順だったと思う。山下トリオは坂田 明(ts)小山 彰太(ds)
板橋は熱く、アケタはおちゃめに、山下はプロレスのように、それぞれ味を出してた。
 こんな企画もう無いだろうなあ。
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