リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

原子力安全・保安院

2010-06-04 21:37:43 | その他
 こんばんは。昨日に引き続き疲れてはおりますが、仕事上の懸案事項がなくなって。
 勤務仕事の過去の諸懸案に比べて非常にささいなことでも、懸案になると、やっぱり懸案事項なんですね。

 ま、そういうわけで、ちょっと気軽く、本日もネタでお世話になっている朝日新聞系で短く。
 
 原子力安全・保安院を、原子力の開発役所から分離して監査位置につかせるように民主党が進めているそうな。
 えらい、民主党。 はじめて褒めましたが。

 そんなもん、推進と監視が一緒の組織なんてなんの役にも立つものか。
 それが分離して安全な原子力設備へ前進すれば、私の夢の原子力エネルギー活用地球体に一歩踏み出せるかも。

 という話は自民党政権時代もあって、自民党員の甘利明という男が、「推進・監視は一緒の組織のほうがブレーキを利かせられる」とかいって反対したそうな。

 この男、どんなスポーツ選手か俳優か知らないが、無知で許せると思ったら大間違いだ。政治家として発言したらみな同じ、嘘であればウソつきとののしられて当然。ざけんなよ、バカ。
 読者のサラリーマンの方々、おんなじ組織で商品開発の推進・監視があって、公共的にブレーキなんかつくもんでっか?  と、とつぜん関西弁。
 ウソをつけ。監視なんざ、「消費者に文句いわれないように」、の一点だけだよ。あとは組織の論理、組織目的の遂行に丸め込まれておしまいだよ。世間知らずの甘利のだんな。それともただのガキかよ。

 組織政策を潰せる監査は組織外にしかできやしない。
 それは組織内者にとっては理不尽な監査でしかないが、それでも組織外の論理が通るのは、発言が組織外からだからなのだ。

 と、ここまでは若者の次元で。
 
 甘利という男も、「情報もない組織外の監査なんて、口先でごまかせるさあ」、という自信から言ってるのならそれはそれだけどね。もちろん、そういうごまかしを許さないシステムを構築してから分離しなければならないが、って、やりゃしないんだよね。素人政治家なんざ、気づきもしないさ。
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