リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

そう思う、ということ

2009-11-29 17:18:29 | 行為
 こんばんは。まだ5時ですが。
 いつの間にか秋ですね、と書こうとして書かなかったことを忘れないうちにいつの間にかイチョウまで真っ黄色、いつの間にか冬ですね。
 まことに健康によい季節でした。良すぎてあまり勤勉になれませんでしたが。(わたしは睡眠を必要以上にとるので、風邪が怖くありません。たぶん、実はもう何回も罹ってるのでは?)。
 
 前回は当り散らしましたので、この辺で、ためになるブログ、「人の悪口は気にしないように」論。
 
 たとえば、美しくない人がいて、
 けんかをしたある日、ボーイフレンドに「なんだブス!」といわれた。
 
 本人、翌日、友達に「ひどいの、あいつ あたしに 『ブス!』 なんていうのよ」
 友達A:「ひどいわねえ、でも、けんかだしね」
 友達B:「でも、思ってないことは口にできないわよね」
 本人:「そうよね! え!? 、、、そうよね、、、そう思ってるのよね」
 
 なんて話。ありません? ま、なくてもいいけど、仮にあるとすれば納得しませんか? 「そう思ってたのよね」
 
 さて、思ってないことは口にできないか、というところで。
 そんなことはない。
 人の言葉というのはそういうものではない。
 ボーイフレンドは、別にブスなんて思っていない。単に美しくはないな、と思ってるだけ。
 同じだ?
 同じではない。
 そこには何も人を貶める気などない。「美しくないから、それがどうした、彼女は私のガールフレンドだ」ということです。そういうことを疑ってはならない。
 「ブス」というのはケンカ言葉です。分かりやすい例だと人をバカというのと同じだ。
 Cという人間をバカといえば、いつもCをバカと思っているのか、といえばそんなことはない。人間そんなヒマじゃないし。
 先の場合、「そう思っている」=「貶している」ということだが、ボーイフレンドは、彼女を貶したいなどと「思っていない」。
 人への賞賛や反賞賛を含む言葉は、表現する瞬間に形作られるものです。
 人間は生きているときに他人に対してそれらを抱えては生きていない。
 抱えているのは自分への賞賛だけ。
 だから、社会運動がありうる。
 適切な時期に、タダの客観的な状態に賞賛言葉を付け加え繰り出していけば、そのときに人が乗ってくる。人は今まで思っていなかったけれどもその賞賛や反賞賛の言葉を聞いて、新しい(たとえば支配者をバカにしてもよい、という)世界を得ていくわけです。
 
 とゆうわけで、悪口というのはばかばかしいものです。
 人は相手を貶そうとしているだけで、それを思っているわけではない。
 例えば、前回の例では、天声人語の説が間違っている態度から繰り出されたことを知ってもらえばいいんで、コラム者など死のうが生きようが勲章を貰おうが私には何の興味もないわけです。私はそんなヒマではない。
 あ、気にしてもらうならそれはそれでかまいませんけどね。
 
コメント

そんなにまでして購読(売り)たいか

2009-11-26 22:08:22 | 断片
 さっそくですが今日の朝日新聞、
 大阪の行きすぎたタクシー料金過少に、近畿運輸局が待ったをかけたそうです。
 おお、さすが、共同性の日本国官僚、人の痛みを知っている、
 と思えば、天声人語(という朝日新聞の看板コラム)

 折角の競争に国ごときがケチをつけた。
 大阪は商人の町で、競争本位でよいところだ。
 大阪人の知恵を無駄にするな。
 ということだそうです。

 このあほんだらが。
 競争というのは合理化で生産性が向上するから、そこそこの免罪符が与えられるのだ、
 とゆう原則を高校で習わなかったのか。

 だいたい、私のブログは、ネットにないものは要旨しか乗せない原則ですが、
 要旨前の生文章といえば、上記の要旨に、いかにも「いや、だんな、そりゃわかるんでございますがね」といういやらしい商人根性が透けている。
 わかってなんなんだよ、このバカ。
 タクシーでどんな競争ができるんだ。言ってみろよ。原稿用紙百枚やるよ。
 そんな競争できるわけないだろ。
 できるのは、「自動車整備をいいかげんにする」以外は、「グウタラな運転手のクビを切る」だけなのだ。
 初めに安くした会社だけが安いがゆえに儲かる。そりゃネズミ講とおんなじだ。1会社の社長だけが儲かり、その社員は低給に喘ぎ、他の会社はつぶれる。
 お前よお、もう一度言うが、社会で許される合理化というのは、生産性が上がるかどうかなんだよ。そんなこと左翼に教えてもらうんじゃねえよ。

 そんなことを知っていてもブンヤというやつらは勝手なことを書くんだよな。
 それが同じく朝日新聞に載ってる朝日新聞の歴史、安保運動反対声明だ。
 1960年、農民・老人に新聞が見捨てられるのが嫌で書いた反対声明で、「理由はともかくおいて、行動はいかん」てやつさ。
 へい、まいど。「庶民なる者は現象で見るから理由を問うてはいかん。タクシー代が国によって上がるところを突かなければ、我々の給料は出ない」
 ウソじゃないぜ。ウソというならいつでも受けて立つさ。言えよ。自分が恥ずかしくていえないだろ、朝日新聞。
 その記事自体、朝日新聞の内部告発なんだろうけどね。
 ブンヤなんざ死んでもこんなもんさ。

  反吐。
コメント

冨士見の熊笹にはクマがよく似合う

2009-11-21 22:21:49 | コーヒーブレイク
 こんばんは

 今日はお休みをいただきまして、家人と、秋の日、富士山遠望の旅へ。
 当家は東京地方ですので、近くの大月の高川山というところ。

 登山口に行きますと立て札があって「クマ出没、注意」だと。
 そういうのは慣れておりますので登り始めますと、なかなかの急斜面、わたしは正真正銘のきゃしゃな人間ですが、家人も運動不足なので、ま、そこそこ、いつものようにちんたら歩いて行きますと、頂上近く、
 突然家人が「クマ! クマ! 大きな声上げて! わあ! わあ!」
 と叫び立てます。

 私は目が悪く最長焦点距離25センチのもので下を向いて木の根に引っかからないように歩いておりましたが、0.3秒後には事態を理解し「わあ! わあ!」と叫んだところです。
 家人がいうには「すぐ目の前の道を巨大なクマが凄まじい勢いで横切っていった。あんな必死なクマではもっと大きな声を出さないととても耳に入りはしない。もっと大きな声を出せ」とのことです。
 家人はB型ですので翻訳しますと「目の前20メートルのところを突然熊笹の藪からクマのような黒い生き物が飛び出し横切っていった。あなたのような音楽的美声のyahhhohでは飛鳥のようなクマは気づかないであろう」
 ということです。

 私はクマは好きなのですが、家人がおりますので、本当は木刀が欲しいところを、なにはともあれそこらを探し、石器時代に戻ったように先の尖った石くれを拾って握り締めながらとうとう下山まで持ち運んでしまいました。
 
 ということは、クマだって人間が好きでも、家族がいたらそれどこんじゃねえよ、ということですよね。
 淋しいことです。

 本日のためになるブログ。
 立て札があったら、それは過去の経験ですので、宝くじよりは本当です。クマにはご注意。

   でもかわいいやね。
コメント

国会質問のやり方

2009-11-19 21:30:01 | その他
 こんばんは。
 昨日、帰ったら小泉の息子が国会で鳩山に質問してまして、なかなかそっちょくでよろしい。「あほか、おまえ」みたいに鳩山が答弁したのは、そんなもんかね、みたいなもんですが。
 goo記事によりますと
『自民党の小泉純一郎元首相の次男、進次郎氏が18日、衆院内閣委員会で初質問に立った。「鳩山政権の矛盾を突く」と意気込み、天下り問題などを1時間にわたり、新人らしからぬ落ち着いた対応で追及した。』

 ふんふん、で、上記には、間違った態度があります。
 それは何か。
 『矛盾を突く』ってとこでしてね。
 およそ国会というのは、他人の矛盾を突くところではありません。
 にいさん、「首相、郵政民営化がなにそれというのは、なんとかだと思いますが、どうお考えですか」みたいな調子なんだよね。
 小泉の息子はみてないでしょうが、読者諸氏がどっかの議員になるのでしたら、議会はそういうのはそういうとこじゃないんだ、ということを認識ください。

 どういうとこ?

 議会というのは、自分の見解を主張するところです。
 言い換えると、「鉄拳の代わりに」ツバを吐き散らしながら聞いている人間に新しい世界を認識させるところです。

 一般論ではなくて、国家なりその下部の議会では、ある特定の共有された価値観があります。
 たとえば、「日本国家のために尽くす」とか、「国民の福祉を守るのが建て前だろ」、という価値観です。
 この統一的な価値観のもとに、新しい自分が建築した世界を印象的にしゃべくる、それが代議士です。
 これはブルジョワ革命前夜でもかわりません。それを聞いて、傍聴人や、対立的な代議士も、あれれ、こいつは謹聴に値すると思う。本来のブルジョワ議会は同じ価値観に基づいてますから、対立党派にも理解できるんですよね。
 『どうお考えですか』、なんちゅうのは、ガキが扶養者に言う言葉。そんなものは
 
一切

 通用しません。だってそんな言葉、誰も聞いてねえもん。間違って答えたらおもしれえな、だけですよ。プロの議員はとりあえず話のとばぐちに使うだけ。
 ま、小泉の息子も育ちがいいから、それだけまじめなんですね。こうゆう真面目な人は、社民党にいかがですか?

 とゆうことを昨日聞いたので、もっと社会学的に書きましょうか、とイギリス議会議事録を探しに昼休みに近くの図書館にいったんですが、議事録がなくて、とゆうよりも、名誉革命近辺(以後)の本が一切なかった。あるのは、興味本位の民衆史ばかり。あとは時間の無駄なので、調べるのはやめ今日書いてしまいました。
 結局、歴史学等の成果も発表物である限り上部構造なんですよ。そりゃ阿部謹也以降、網野某以降の本は面白いし、それまで、その種の知識を得るのは大変でしたけどね。それだけ。

コメント

古世日本の見方

2009-11-16 22:09:15 | コーヒーブレイク
 こんばんは、今日は(も)いいことなくて。

 つまんなげにテレビ見てたら、奈良で、邪馬台国! が発見されたって、3世紀後半なそうな。解説者がいうには、最初の大都市国家だって。

 あほくさ。

 そこで、つまんなさに一矢報いて。
 まずは、古代日本地域、という範疇があるのですよ。
    まだ、日本じゃないけどね。
 そこでは小国家が林立して、その小国家間に交流があった。
 ということは、
 第1に、支配地域があり、たとえば、大字程度でしょうが、大字程度の地域が郡単位で支配権を持っていた、(これは私の常識的想像。)
 この小国家間には、定まった道があった。その道を定期的に人(牛馬)が歩いて生活が行われていた。
 まず古代日本として、そういう姿を心に持つべきです。

 さて、古世日本です。その後、伝記がいうところでは支配者が東征したという。
 さらには、九州の大字名が支配地の国名になっている、という。
 それが本当であれば、その時分で、奈良盆地が巨大な支配権をもっていた、というしかない。
 前記の支配イメージさえわかっていれば、巨大といってもたかが知れていて、道を歩いてきた何百人の兵士が「ここお前の国な」という指示で名前が変わる状況があった、
すなわち
 第1に、地方が空間的に捉えられていた、そこまでの貿易等交渉が存在していた(重たい銅鐸を人手で運んだ、というのはいまいちですね。さすがに道は平たかないし、だいたい、(汚い手で)触るもんじゃないよね)(あ、御輿か)
 第2に、そう指摘するだけのある程度の地域的支配のまとまりがあった
 第3に、そこで東征されてしまった国家は、既にそのある程度の被支配領域を支配できる、巨大な権力をもっていた、ということです。
 巨大だから、数十人の武装兵力と、その後ろに控える、(交易を通じて)名前だけは知っている強大な権力をですね。朝鮮半島のなんとかいう国かそれは知らないけれど。(注:本隊は数十人でも、道々の被支配国家が同程度の人数を一時的にだせば、すぐ何百人です)
 第4に、しかしそこは、上から押し付けるだけで、名前を変えられる、茫漠とした空間でもあった、労働人民が使っている名称は上からの指示では変えることはできない
 ということです。
 なにをいいたいかといえば、東征が行われたとしたら、その被征服国家の存在は、各種伝記が残る4世紀邪馬台国滅亡以後のことではないということですね。
 
 3世紀、九州(のどこか)には邪馬台国があり、そこは日本の対中国の玄関であった。
 一方、大和には別途ハラホロヒレ国があり、そこが中国と朝貢関係を結ぶのは、邪馬台国が滅んだあとであった。
 そのころ、大和地域政権は、日本海側交易港を利用して、対韓交易で地力をつけていた。
 という民間でいわれる説が正解ですよ。

 以上の結論、

1 邪馬台国は九州にあってそこで滅亡した
2 その時分、奈良には同等かそれ以上の集権国家があった
3 さて、その集権国家が、九州からの東征の結果、百年なり2百年かで繁栄したその末裔か、あるいは、征服される前の足長人の国家か、それは不明だ。

というところです。

  なお、この大国家に支配された時代では、すでに、縄文人は先進大陸諸国家に、征服同化せられていた、と考えるべきですね。だから、私のような南九州人とは関わりのない論議ではあります。

   おじさん、なんでもやるの。
   ただし、これはコーヒーブレイク。そんなこと、どうだっていいやね。
コメント

他人(極左)のせいはやめてね

2009-11-14 21:58:15 | 歴史への視角
 これはシンプル、率直な題を書いてしまった。

 世間では民主党が事業予算査定をしてるようで。
 かんしんかんしん。誰の案かは知りませんが無謀なところがよいですね。
 このぐらいしなきゃ予算なんざ減リもしません。
 予算はみんなの生活がかかってますから、頭のよい人間がやったらなんも減りゃしませんからね。
 ほんと、イヤミじゃなくて感心しました。
   もちろん、これで決めたら単なるバカですけどね。

 ということで、国家予算とは。
 誰もいいませんが、資本主義の国家財政は以下のように成り立っています。

0 徴税費(=徴税費)
1 国家統合費(=天皇費、華族費、その他議員等費)
2 国力育成経費(=軍事費、道路修復費、義務教育費)
3 社会保障費(=年金費、生活保護費、健康保険費)
4 不満排除費(=経済支援費、文化費)
5 政策誘導補助金(=法人税減税費)
 このうち、必須なのが0から3までです。

 誰も言わないのはそれが間違っているからではなく、資本主義国では、科学的社会主義者が大学教授等になれないからです。
 おかげさまで私のテリトリーは広がりすぎで、社会学、経済学、政治学に行政学、おまけに財政学と来た日には、死ぬときに「大風呂敷」といわれてしまいます。
   なんといわれようがかまいませんけどね。他に誰もやらなければ自分でやるしかないし。

 そんで、民主党のアイデアは買いますが、ただねえ、こういうのはほっとくとオブラートなくなっちゃうよん、それでいいのかね、みたいな老婆心で。
 こっちはシンプルに資本主義的財政学が立証できてうれしいところですが。

 つまりですね、同じ教育費でも、必要なのは、義務教育の校舎の保全費(=建ってりゃいい)だけなんですよ。地震が起きて潰れようが、それは潰れてからの話。あるいは、大学費なんかなくていい。高等教育がなきゃ国が潰れる? ほっといたって金持ちは子供を大学にやりますからね。
 てな話を続けていくと、何も残んないんですね。金額的には少ない(たかだか数兆)が、政策として名前がつく9割以上は、不満排除か、政策誘導金ですから、いくらでも切れてしまいます。(p.s.地方交付税や義務教育費等の中身まで論議すりゃ、軽く倍)
 さてそれで、残ったもので、日本人民の共同性が保たれるかというと、保たれやせんのですよ(p.s.資本家も日本人民とすれば)。
 いいですけどね、われわれ不穏分子としては。
 そんな欺瞞的な統合因子など消えてしまえ。資本家は資本家。被搾取労働者はそんなやつらとは関係ないのだ。
    なんてことがバレていいのかねえ、、、。
 わたしゃ、喜こんでますぜ。
 でもね、こういうのは欺瞞じゃなくて、ただの認知様式なんですよ。
 後進諸国家がある限り、先進国人民は資本家と協同歩調を取れる。
 それを破るときは、たくさんの血が流れますぜ。
   それを自分たちで破っておいてわれわれ不穏分子のせいにされたくないですね。第2資本家の手先さん。
   
     なんつっても、わかんねえよな。口舌の徒らには。

コメント

毛利子来

2009-11-09 20:28:51 | 断片
 本題:または、偉大なデマゴーグ

 こんばんは。いえ、今日は、というか今週はもう書かない気でしたんですが、家人と話してたらずんずんと興味が湧いてきて。

 表題の人は、まずご存じないとお思いますが、人の名前です。医者。
 反予防接種制度の第1人者です。
 予防接種なんざ、資本家の企みだ、おかげで何人の(ケタ数は適当に入れてください)子供たちが副作用で不幸になってるか、みたいなもんですね。
 何の怨念なんでしょうね、副作用で患者さんが亡くなったのか、それとも予防接種を受ける金がない人に泣きつかれて安心させるために言い慣れてしまったのか。
 とにかく、昔、世間中のマスメディアに書き散らしたんですよ。おかげさまでインフルエンザの予防接種は任意制度になりました。
 
 いえ、それは任意制度でいいんですけどね、このやろう、よくも言いたい放題、人を人殺しみたいに、みたいな、非常に新左翼への反感に似たものを感じる人でした。
 もともと予防接種で副作用のないものなどありはしません。
 それを承知で打つべきなのが予防接種です。いえ、打たないで死んでもいいんですが。
 だから任意接種でよいのですが、「任意接種」制度というのは、貧乏人は受けられないんですよね。
 それをこいつがぎゃあぎゃあ喚くもんだから。今の民主党みたいな(新左翼系の)やつらが御輿担いで。
 と怒ってますが、そう、実は怒りを思い出して、この新豚インフルで予防接種受けたい騒動のとき、なに言ってやがるかな、と義憤にかられて調べてみました。HPあるんですよね。で、その記事。

 【インフルエンザは怖いか? [08.1.18]】
   「そんなもんは、メーカーと医者の金儲けですよ」

 ほお、まだいってんのかよ、それで、2009年は??

 、、、なし。なしだよ、おのおのがた。黙りこくりやがって。許せねえ。いえよ、ちゃんと、自分の意見をよお。豚ワクチンの副作用ははんぱじゃねえぞ。

 実際、予防接種の副作用ってあるんだって。(「あるんだから」 の意)
 だから受けたくない人は受けないのがいいんだって。
 当家でもアレルギー家系なもんで、娘は1回接種にしました。なに、1回でもいいんですよ。
 こいつもそれは知ってるんですが、それがすごい、それを文章に明記しながら、完全否定しているんですよ。今あるHPでも片鱗が見えますけどね、インフルじゃなくて、(危険な)はしかについてだってそれをやれるんですよ。 
 20年にもなりそうな昔、すげえなあ、こいつ、と思いましてね、認めながら否定できる、ああ、嘘つきって天性の才能なんだな、と思いました。(そらいいが、予防接種脳炎で何年かに1人死ぬ代わりに、はしか脳炎でぞろぞろ死ぬところだったんだぞ。幸い、お前の意見で打たなかったやつらが大学生になってぞろぞろかかっちまったもんで制度は元に戻ったが)(注:予防接種というのは、8割カバーできると大規模流行にはならないんです)

 以上、〈断片〉カテゴリー、酔言でした。
   高級な泡盛をいただきまして。

  では、今週、勉強しますので。

 
コメント

2種類の因果連関の学

2009-11-08 17:18:43 | 社会学の基礎概念
 本題:悪魔の科学

 こんにちは。
 相変わらず社会では私などが口を出してもしょうがない平穏な日々が続いております。
 個人的には、本の最終章に入ろうとして、どうすれば読み易いか検討を続けているところ。
 こっちでは、また社会学にでも他人事のような口を出そうか、とこの前の続き、「社会学」でyahoo検索。
 2ページ目に「犯罪社会学」というのがありまして、小宮信夫という人、「危ない道路」の指摘とかされております。ほお、これは役に立つ珍しい分野だと感心しつつ、パス。こうゆうミクロなものは、私とはあまり関係がなく。
 で、5ページ目、宮内泰介という人の環境社会学というのがありました。
 なかなか実証社会学者らしく人の良さそうなHPです。こうゆう人の良い人は悪口をいいたくないので苦手ですが、折角、ご自身の業績をのっけてらっしゃるので拝見。 
  http://miya.let.hokudai.ac.jp/xoops/index.php

 いくつかある中で、この辺がいいかな、と見たのが「地域づくりにおけるレジティマシーの問題について――主に自然環境保全をめぐって 」という過去の講演レジュメ。
 レジティマシー、っていうのは、正統性ってことで、自分(たち)はこのように正しいんだ、このことは社会的に客観的に確認されているだろう、という確信ですね。

 以下:想像の要旨。
 (想像かよ? といわれても、項目パワポしか載ってないのだからしょうがないですね。)(P.S.失礼、失礼、もしかしてと、ジャバスクリプトを有効にしたら、録音ファイルがでてきました。お詫び申し上げます。って聞いてないけど)

 地域の環境保全においては、権利の正統性を把握することが重要である、ということで、
【ある地域の環境保全について、こうあるべきだ、としゃべることは誰にでもできるが、現実にその土地に権利を持っている人々がいる場合、そう簡単な話じゃない。地権者等にはそれなりの事情があるんだ、これを把握せよ。たとえばこのケースの場合、こうである。このように当該権利には、これこれという具体的な項目が重なり合って主張されている。
〈この事情を頭に置きつつ、よりよい解決を図りなさい〉】

(特に、この上記、山型カッコの中が想像でね。)

 で、問題は、権利の正統性の根拠が、総花的に書かれているところで。
 こんなふうに要因の重層性だの相互作用だのといいたがるのが実証社会学の悪い点。
 そういうのは、実用的には何も言ってないのと同じなんだよね。それでは、じゃあ、将来に向かって何をすればいいんだい? ということが出ない。「こういうわけだからあとはこの状況をよく認識してね」、だけ。
 なんだけど、各種要因を指摘することが因果連関的説明だ、と思っているのが実証社会学です。
 そうじゃなくてね、科学とは法則定立の学。つまり、ここを押せばこういう結果が出る、という法則を立てること、それが因果連関ということなのですよ。

 もともと権利の正統性というのは、ある事象がその時点で権力的に認められ、かつ、行為共同性上も、それを語ることが望まれている事態を指しているわけで、それは刻一刻変わってゆく。特に、国家権力等による生理的諸条件への介入が可能とされている場合、もう根拠が崩されるのも目に見えている状況なわけです。
 この場合、もう、将来が因果連関的に語られてしまうということですね。この部分に財政補助を出して崩して、この部分のしがらみをほぐして取って下支えを無くして、、みたいなものですね。思い出だけになった人間なんて、もう社会的には無視されてしまう存在ですから。(なんか書いてて自分が越後屋か代官みたいな気がしてくる)

 さてと、それはできるからといってよいこととは限らない。将来施策の実施によって状況が良くなる人もいるし悪くなる人もいる。まさに生活に口を出すわけだから、そりゃ責任問題ですね。
 国家権力のほうもそこまで口出して欲しいわけじゃない。議員もいれば自治体首長もいる、その他圧力団体も控えているわけで、そこまで明らかにされたとあっては自分たちの責任問題ともなる。
 世の中、本当のことが欲しいわけじゃないんですよね。

 とゆうわけで、第1に、社会学には、説明だけしていればいい、というみんなの必要があること。
 そして第2に、社会科学も、自然科学と同様、善にも悪にも使われる技術なのだ。
 ということが分かっていただけましたでしょうか。
コメント

2大政党化

2009-11-03 21:33:19 | 歴史への視角
こんばんは。
キンモクセイを誉めた秋の始まりも束の間
もう木枯らし1号。
木枯らしといえば冬じゃんけ。
  秋も満喫しないうちに冬になってしまいました。
 
 、、、33%ウソ
 私は秋は満喫しまして。
 秋とは、涼しくて頭の動く日々、私の仕事、83%終わりました。次回の本、6章のうち、5章を終わったところです。大変気分がよろしい。(P.S.違った、7章のうち6章、86%。いい加減だねえ)
 これだけだと50%ウソなところですが、冬のはずがない11月初旬 (これでさらにウソ率が上がるはずのところ) 、なんか、世間でやけに枯葉が多くありませんか?
 当家 (マンション) のまわりの桜の葉なんかも赤くなる前にずいぶん枯れ果てて強風で散ってしまって、そういえば当社の近くのイチョウも枯れかかっております。で、冬です。ま、ウソかね。
  でも枯葉盛りの中高年のいないところで紅葉見たいなあ、、、いえいえ、私も御同類。
 
 なんて、世間話。
 
 今日、テレビで海江田かなんかを3分ほど見てて思ったのですが、日本て、いつの間かにか、2大政党制になってしまいましたよね。
 いや、政党1っこじゃん、ていう冗談は別として。
 まことに不見識の至り。私ってば、2大政党化って10年かかんのかと思っておりました。投票率上。
 
 ふと気づけば、大衆「私」は他の政党なんざ気にしていませんぜ。
 民主党と、潜在的自民党があるだけ。
 驚いたもんです。これで民主党に自衛隊がついてたら、自民党でさえ完璧に復活しないと思いませんか、おのおの方。
 自衛隊ってこわいんですよ、は本題ではなく、2大政党の話。ものごと、投票率とか、って問題じゃないんだね。いや、不見識でした。
 
 私は大衆といっても「共産党まだまし」、という極左にあるまじき人間ですが、それでさえ現日本で政党は2つと思う。
 ところで、その実態は? 両者(民主・自民)政策なんて変わりゃしませんでしょ。 変わんないと思っている人間さえ2つだと思ってたら、変わると思ってる人たちは、それこそ2つじゃないですか。( 変わりあると思ってる人たち、そりゃ、自民党が思ってるように民主党は政治知識がないだけで、知恵がついたら変わりゃしませんぜ。あとくされがないので切り捨てるということはあるでしょうが)
 
 以上、ダラダラすいませんね。
 
 とゆうわけで、若い方々は、よい見ものを見た、ということですね。
 世間なんてガラっと変わる。
 政府=武力権力は取ったもの勝ち。人々は自分の目の前にある現実で判断する。今、日本で目の前にあるのは、民主党と自民党この2ケだけ。
 もしも目の前にあるのがヒトラー党だけであれば、やはり世間は一夜にしてファシスト政権を受け入れるのですよ。
 
 社民党も共産党も、自民党を追い落として、もう民衆運動は済んだんですから、早く離脱しなさい。
 巻き込まれてバカみるのはあなた方ですよ。って私も冷たいね。
 じゃなくて、私だって少し民主党ごときに肩入れしてやったんだから (投票も何もしないけどね、気持ち。) そっちのほうを誉めてもらいたい。
 
 自民党は落ちた。これで民主党の歴史的意義はオシマイ。
 あとはバカなこといわせずに自民党が復活したらいいだけ。理論はおんなじなんだから。
 
  自称左翼のおのおの方、それは早ければ早いほどよい。掌を返して、と人民に一時いわれても、2大政党化で困るのは一般人民だからね。
(P.S. 2大政党化とは、ほんのささいな改良的差異を選挙民が問題にしたがる、あるいはするしかない、現象のことです、ってここじゃ遅いか。「するしかない」というのは、選挙民は、なんであれ違いを選択することに満足するわけですよ。昨日より良い今日。私だってそうです。たとえわずかでも明日のほうがよければよい。でも、保守2大政党ではその明日がギッタンバッコにすぎない、というわけです。←P.S.長すぎ)
 

   以上、最近お客さん増えてて、(ということは、無垢な方々がいるということで) ちょっと悪い気がして。次、来週ね。
コメント

の3

2009-11-01 21:44:51 | その他
いえ、実はやめようと思ったんですが、前回が軽すぎて、さらに軽く。
別名「エセ幸福学」

朝日新聞に岡崎明子という記者が、「幸福学の世界第1人者」なる褒め言葉でわけわかんねえエセ学者を取り上げてましてね。
そいつが学生時代、社会学を専攻して、先生に聞いても幸福の何かも答えられなかったなどと、聞き取り記事してるわけです。

ふん、社会学の悪口をいうやつなどろくな奴もいないわい、みたいなところで。

内容:ルート・ビーンホベンというオランダの学者
(オランダなんて野蛮ですからな)
世論調査等の資料で世界各国の幸福度を調べると、日本は60点、世界60位なそうな。

あほんだらが。
その1 世論調査で社会事情が調べられるのは世界で20カ国もないぞ。
    庶民は調査票よめないだろ。
    
文盲度調査なり識字度調査なりで検索してくんなませ、みても実態はわかりにくいですけどね。
いわゆる先進国以外で
(1)下層階級や女性階級が調査票を読めて(アルファベットがわかっても読めませんよ)
(2)答を書ける(文化国日本でも、答を自分の意見で書けるようになったのはつい最近ですよ)
国なんてないですよ。
 上の2つは全然別の行為なので、これも誤解なきよう。
 
その2 で、ある当該国のどこの地域の話だよ。
 日本みたいに沖縄から北海道まで誰でも国語が書ける国なんて皆無に等しいぞ。アメリカ? イギリス? できゃしないさ。(ようやくフランス、ドイツくらいかね)全部ほんとだとして、やっと、各国首都の極一部金持ちオヤジの話だろうが。
 
 結論、かくてウソばっか。ただの欧州クリスチャンさ。宣教師癖が抜けやしねえ。
 
 うそと分かってるものを2面に書く神経なんざ、トップ屋もいいとこだね。しかも、右翼じゃないけど、こうゆうのが国家自虐趣味ってやつだね。何が楽しいんだか。その点、右翼に同情もしてるのさ。
   ま、このひと、普通の朝日記者で、右から左へ情報を流すだけみたいな人のようだから、わざわざ書くのはやめよ、と思ってたところなんですが。
   残念ながら今日はわたし、ちょっと余裕過ぎましてね。

P.S. ちょっと批判が記入調査に偏りましたね。聞き取り調査でも同じです。
   下層人民が他人に自分の意見をいえる国が60(以上)もあったら、世界革命はもう間近ですよ。

コメント

の2

2009-11-01 21:19:42 | その他

いえ、別に追伸じゃないのですが、軽すぎるから。ついで。

 なんでも朝日新聞によるとニューヨーク市長の給料ってのは、1ドルなんですって。世界18位の金持ちだから、要らないんだって。
 よいですことですか? 
 その分、税金安いし、って?
 
 そりゃ、民主主義の敗北ですぜ。
 そうゆうやつは、何やったってやりほうだい、生活かかってないしね。
 鳩山くんみたいなもんでね。
 給料が民衆の手にあって初めて、権力者というのは民衆の言うことを聞くんですよ。
 市長の事業収入は、全部市で没収、って法律を作るべきだね。
 
 資本家は自分で操作してるから知ってるけどね。
 わかってる資本家の言葉に騙されないようにね。
 市長の給料がタダだってあなたの市の予算は、最低何百億ですよ。
コメント

P.S.前回

2009-11-01 21:08:39 | コーヒーブレイク
  または、「塗り絵じゃん」
  
 きのう、あんなに褒めてやったのに、今日の朝日新聞ときたら、フィギュアGP、鈴木明子。
 やけに醜いダンサーだと思ったら、
 
 こりゃ塗り絵さ。
 塗り絵って知ってますか? 白紙に黒の輪郭だけ塗ってあって、さあどうぞ、お好きな色に、ってやつ。カメラマンが悪い。
 
 ざまあみろデジカメ。
 
 昔なら300ミリ望遠、モータードライブで、ピントが顔に合ったのだけ掲載しますよ、みたいな写真部制約が、
 なまじ画面積は狭いわ、感度は高くできるわで、体表全面ピント。白い氷と見分けがつかない強迫観念があんでしょうね。幼稚園の絵、はいいけど、全然美しくねえぞ。
 
 いずれにせよ笑い物。キャハハのハ。
 いや、私のような差別主義者には笑われてしまいますから、戦前でしたら名誉毀損ですぜ。
 いつもそうなのさ、朝日のデジカメ。だから、いいとこもあるな、と昨日驚いたんだけどね。
 
 朝日の写真部スポーツ班って、
 1 先輩づらして実力のない奴が権力を握っている
 2 実は一人しかいない
 のどちらかでしょうね。
 
 きみ、そこの普通の平社員、自分のやってることの社会的影響、ひいては自分の誇りをよくわきまえるように。
 
  P.S.私の友達は知ってるように、私は体の美しさと心の美しさは別物だ、ってよくわきまえてますよ。誤解なきよう。
 ただ、逆に、それは一緒じゃないっていってるだけで。、、、しつこいか。
コメント