こんにちは。東京地方、今日からしばらくずっと暖かいとのこと。その間に「雪の2月」も終わってしまいます。
昨日は春の味(菜の花についで)第2弾、山ウドが食べられました。ずいぶんアクの弱いウドでしたが、工場製でしょうか、「ぬた」にしても食べやすくてよかったですが。
こういうのは都会の若い方には縁がないのでしょうね、可哀そう。自然とつながれる貴重な機会なのに。
もう、すぐに東京の田舎にもふきのとうが(一瞬)出回るでしょう。去年は値段が高くて(パック390円だった)安くなるのを待ってたら消えてしまいました。これも今どきはウケないんでしょうねえ。今年はすぐ買う予定。これも新しくないとアクがきつくなるのでご注意。
ではニュースをさらっと流しましょう。
「24日、三重県鈴鹿市の小学校で授業中に出された消費期限切れのサブレを食べた児童9人が、体調不良を訴えました。」(CBC)
20日期限だってさ。ここでもよく取り上げるように、サブレの期限が4日過ぎたくらいで体調に反映するわけもない。こういうのは教師のせい。一事が万事。教師たるもの、そんなことでうろたえるのではない。子供が迷惑する。
次、
「国民民主、予算案に反対へ 与党と関係冷却化は必至」(産経新聞)。
何を今さら。呆れかえった機会主義者(ご都合主義者)だ。というよりは、そんな行動をして恥ずかしくない、という感性を国民にばらしても平気だ、という態度は政治家にあってはならない。「政治屋で結構」と思うのはバカではないが、それを他人にばらすのは大馬鹿だ。
次、
「木原官房副長官は21日に出演した民放のBS番組で「子ども予算というのは、子どもが増えればそれに応じて予算は増えていく」「出生率が上がってくれば倍増が実現される」と述べました。」(TBS)
ちょっと、聞いたあ~
古いね。まあ、驚きだ。アベだっていわないだろうに。
奴ら、「子ども予算を倍増する」って公言してたわけさ。そしたら今になって、「子供が増えれば予算が増えるのは当然だ」ってわけだ。そりゃ当然さ。で、お前らは「うそついてない」とぬかすのかね。
場が荒れてきたので感心な話
「母から寝起きに突然「日本に行きなさい」、頼みは太宰治「人間失格」…ウクライナ少女が単身避難」(読売新聞)
「つてはない。そこで頼ったのが、東京都墨田区の会社役員羽鳥佑一郎さん(42)だ。娘が以前、ネットで太宰治の「人間失格」の本を購入した際の販売元だった。
「身元保証人になってもらえないか」。羽鳥さんのもとにロシア語のメールが届いたのは3月4日だ。
羽鳥さんは驚いたが、わずかな縁にすがる気持ちは、子を持つ親として痛いほどわかった。即座に引き受けることにした。「そのために自分が割くことになる時間や労力は、我が子の命を守りたいという思いの前ではささいな問題だった」」
偉いじゃないか。ただの本屋さん商社だよ。ただじゃないんだろうが。その後にもっと苦労して行動した人がいるようだけれど、羽鳥氏はただの日常に飛び込んだ決断、というところが偉い。それと比べりゃほんとに政治家ってくずだねえ。
さて、今日は恒例となった詩の季節テーマ。
今回の中原中也賞は谷川俊太郎でした。比喩ね。ま、ハナからあきらめてるからね。
だけど、本物の詩らしいのが、候補作で
小野絵里華『エリカについて』
いつもの谷内修三先生も同調してくださるでしょう。(谷内修三の読書日記)
で、谷内氏のブログに引かれたもの(「白いふくらはぎ」)がよいですが、実はこちらのほうが好き。
(https://nekotree.exblog.jp/16187517/ (リンクなし)
『カニエ・ナハのよかったさがしノート』
以下コピー:
「「川辺りを歩く」(「ユリイカ」2009年3月号)という初期のみずみずしい作品から。
いつか寄り道した日
水面は金色の麦畑
空腹な光は水をなでてた
瞬間の風景画に
お昼が溶け込んでいく
振り返ったまま
もう首が固まってしまうくらい
振り返ったまま
何にお別れを言ったのか忘れてしまうくらい
振り返ったまま
迷い子は立ちつくしている 」
ほんとみずみずしい。
子供の作品?
中也賞だよ、キミ。子供で上等。詩というのは歌われた心がまともかどうか、だよ。小手先で文字をこねくり回して、詩でござい、なんてとんでもない話だ。
(p.s. 小野氏、その後、H氏賞を取ったって。わたしは意識の外だけど、H氏賞って、昔はそうそうたる面々だね。最近は詩を書く(詩集を出す)人が増えたのかな。)
ここんとこ面白いこともありません。どっかのブログに、トランプが、私が大統領になったらホワイトハウスから戦争推進者を全員追い出す、といったとか。トランプやるじゃん。大統領になって、せめて生き残ったウクライナ人を助けておやりよ。人間の目的は今日も生きることだよ。本人たちはもうあきらめきってるし。
わたしも早く次の作品を書き上げたい。テーマは、人殺しを許さない、だ。たとえ自国の大統領でも。
昨日は春の味(菜の花についで)第2弾、山ウドが食べられました。ずいぶんアクの弱いウドでしたが、工場製でしょうか、「ぬた」にしても食べやすくてよかったですが。
こういうのは都会の若い方には縁がないのでしょうね、可哀そう。自然とつながれる貴重な機会なのに。
もう、すぐに東京の田舎にもふきのとうが(一瞬)出回るでしょう。去年は値段が高くて(パック390円だった)安くなるのを待ってたら消えてしまいました。これも今どきはウケないんでしょうねえ。今年はすぐ買う予定。これも新しくないとアクがきつくなるのでご注意。
ではニュースをさらっと流しましょう。
「24日、三重県鈴鹿市の小学校で授業中に出された消費期限切れのサブレを食べた児童9人が、体調不良を訴えました。」(CBC)
20日期限だってさ。ここでもよく取り上げるように、サブレの期限が4日過ぎたくらいで体調に反映するわけもない。こういうのは教師のせい。一事が万事。教師たるもの、そんなことでうろたえるのではない。子供が迷惑する。
次、
「国民民主、予算案に反対へ 与党と関係冷却化は必至」(産経新聞)。
何を今さら。呆れかえった機会主義者(ご都合主義者)だ。というよりは、そんな行動をして恥ずかしくない、という感性を国民にばらしても平気だ、という態度は政治家にあってはならない。「政治屋で結構」と思うのはバカではないが、それを他人にばらすのは大馬鹿だ。
次、
「木原官房副長官は21日に出演した民放のBS番組で「子ども予算というのは、子どもが増えればそれに応じて予算は増えていく」「出生率が上がってくれば倍増が実現される」と述べました。」(TBS)
ちょっと、聞いたあ~
古いね。まあ、驚きだ。アベだっていわないだろうに。
奴ら、「子ども予算を倍増する」って公言してたわけさ。そしたら今になって、「子供が増えれば予算が増えるのは当然だ」ってわけだ。そりゃ当然さ。で、お前らは「うそついてない」とぬかすのかね。
場が荒れてきたので感心な話
「母から寝起きに突然「日本に行きなさい」、頼みは太宰治「人間失格」…ウクライナ少女が単身避難」(読売新聞)
「つてはない。そこで頼ったのが、東京都墨田区の会社役員羽鳥佑一郎さん(42)だ。娘が以前、ネットで太宰治の「人間失格」の本を購入した際の販売元だった。
「身元保証人になってもらえないか」。羽鳥さんのもとにロシア語のメールが届いたのは3月4日だ。
羽鳥さんは驚いたが、わずかな縁にすがる気持ちは、子を持つ親として痛いほどわかった。即座に引き受けることにした。「そのために自分が割くことになる時間や労力は、我が子の命を守りたいという思いの前ではささいな問題だった」」
偉いじゃないか。ただの本屋さん商社だよ。ただじゃないんだろうが。その後にもっと苦労して行動した人がいるようだけれど、羽鳥氏はただの日常に飛び込んだ決断、というところが偉い。それと比べりゃほんとに政治家ってくずだねえ。
さて、今日は恒例となった詩の季節テーマ。
今回の中原中也賞は谷川俊太郎でした。比喩ね。ま、ハナからあきらめてるからね。
だけど、本物の詩らしいのが、候補作で
小野絵里華『エリカについて』
いつもの谷内修三先生も同調してくださるでしょう。(谷内修三の読書日記)
で、谷内氏のブログに引かれたもの(「白いふくらはぎ」)がよいですが、実はこちらのほうが好き。
(https://nekotree.exblog.jp/16187517/ (リンクなし)
『カニエ・ナハのよかったさがしノート』
以下コピー:
「「川辺りを歩く」(「ユリイカ」2009年3月号)という初期のみずみずしい作品から。
いつか寄り道した日
水面は金色の麦畑
空腹な光は水をなでてた
瞬間の風景画に
お昼が溶け込んでいく
振り返ったまま
もう首が固まってしまうくらい
振り返ったまま
何にお別れを言ったのか忘れてしまうくらい
振り返ったまま
迷い子は立ちつくしている 」
ほんとみずみずしい。
子供の作品?
中也賞だよ、キミ。子供で上等。詩というのは歌われた心がまともかどうか、だよ。小手先で文字をこねくり回して、詩でござい、なんてとんでもない話だ。
(p.s. 小野氏、その後、H氏賞を取ったって。わたしは意識の外だけど、H氏賞って、昔はそうそうたる面々だね。最近は詩を書く(詩集を出す)人が増えたのかな。)
ここんとこ面白いこともありません。どっかのブログに、トランプが、私が大統領になったらホワイトハウスから戦争推進者を全員追い出す、といったとか。トランプやるじゃん。大統領になって、せめて生き残ったウクライナ人を助けておやりよ。人間の目的は今日も生きることだよ。本人たちはもうあきらめきってるし。
わたしも早く次の作品を書き上げたい。テーマは、人殺しを許さない、だ。たとえ自国の大統領でも。