リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

世界資本主義と後進国家(その2)

2018-04-21 17:16:24 | 歴史への視角
 こんにちは。東京地方、すっかり新緑。花粉恐怖症で2、3週間近づかなかった裏山に行きましたら、もうタンポポも綿毛になっておりました。明日お休みの方は暑いですが新緑狩りはお奨めです。すぐ深緑になってしまいますし。

 さて、このごろは週刊誌ニュースが面白すぎる。委託業者ががんばっているということでしょうが。新聞記者はなにをやっているんだろう。人手不足なのか人材不足なのか。どうもニュースがないわけではないようで、赤旗を見たら 
「 衆院農林水産委員会は17日、森林の経営管理権を所有者から市町村に集積する森林 経営管理法案を日本共産党以外の賛成多数で可決しました。共産党の田村貴昭議員は質疑で、森林の健全育成に逆行すると批判しました。」(赤旗)だそうです。
 しかし、共産党も意味不明。ジャマな土地所有権を制限する(いいから取り上げちまえ)のは当然のように思われますが。自民党が反対なら理屈だけど。
 ま、自民党が賛成が変なのも理屈なだけで、本当は賛成も当然というもの。資本主義者の主義なんて「所有権の不可侵」じゃなくて、いかに都合よく儲かるか、だから。
 この問題の全国民的ポイントは、『明日金にならなければ委託業者はつかない』という点にあると思うのだがいかが? これでは地元山林有力者が市町村にねじこんで金儲けで山はめちゃくちゃ。共産党とか山持ち選挙票向けのわけわかんないこと言ってないで、シンプルに言って欲しいもんだ。

 新聞的には、朝日のコラム天声人語が交代して心配してましたが、「明日なき世界」高石友也のことが書いてありまして安心しました。そういう感性なら大丈夫でしょう。懐かしいね、50年ぶりだぜ。といっても今(?)はRCサクセションのそれのもよう。
 残念ながらネットで「明日なき世界」を引くと、訳わかんない「批評」も出てるけどね。

 そういえば、「防衛省統合幕僚監部の3等空佐が民進党の小西洋之参院議員に対して「おまえは国民の敵だ」などと暴言を浴びせました。」(赤旗)なんていう状況で「演説中の共産市議に暴行か 学生逮捕」ということも起きてますぜ。誰でも言うことは書かない方針ですが、大事だから注意を喚起しておきましょうね。だから軍隊に存在権なんて与えちゃいけないのです、現実が分かったかね、「憲法改正は論理上当然、自分は正しい」諸君。

 さて本日褒めるのはA.G.フランク「世界資本主義とラテンアメリカ」。ご存知であればよいが、従属理論。
 自分でモノを考えたこともない子供たちが、”フランク理論は歴史の進展で「まったく説得力を持たなくなる」(フォンセカ・アッシャーのHP)” などといってみたりしているが、優れた研究というものは乗り越えられるべきものであって、流行の行方で終わるものではない。
 で、何が優れている、って、
「1 世界システムとしての資本主義は生来的に独占性を有しており,周辺従属衛星地域の〈経済余剰の収奪・領有〉によってシステムの中枢部に発展をもたらし,同時に周辺部に低開発をもたらした。
2 このような〈中枢―衛星分極化〉は,あたかも星座の連鎖体系のように国際面ならびに国内面に浸透しており,その結果ラテン・アメリカの辺境の農村までもが世界システムに包摂され収奪される。
3 このような〈低開発の発展 development of underdevelopment〉関係=構造は,商業資本主義,産業資本主義,帝国主義という資本主義の発展段階上の〈変化〉にもかかわらず一貫して〈連続〉している。」(以上、「独学ノート」様コピペ)
 (これはフランクの『世界資本主義と低開発』からのもよう。こっちのほうがコピペに向いているようです)
 さて、これはアミンやウォーラーステインより何倍もまし。なぜかというと実証志向だから。もちろん彼は何も実証はしていないけれど、空語ではないもの。ただ惜しむらくは、「国家」をそのまま実体的に捉えてしまったところ。マルキストだからしょうがないけどね。せっかく「国内的にも中枢と衛星がある」なんてとらえられるんだから、そこで一気に国家をばらさないといけなかったし、もしもばらせば彼には真実が把握できたというわけだ。資本主義は、グローバルなのだ。決してインタナショナルではない。だから「世界資本主義」なのに。 
 といっても前回もいったように、国家間にあって事態を決定する「勝利」は、資本主義ではなく、「国家」支配者の事情である。すなわち支配者の生理性と賞賛・優越である。ここが複雑。
 支配者が圧倒的な国外商品に目がくらみ、かつ国内の産業育成に賞賛と優越を確保できないのであれば、その地域はまっしぐらに国外資本が欲する一次産品の生産に向かう。当たり前です。国内はそのために適合するように再編される。当たり前です。
 支配者は、自己のために労働力が使われればそれでよいのであって、その労働力が何を生産するかは興味がない。たまたま一次産品がなければ、輸出商品を生産する工業を後押しするであろう。農業的土地所有者も、その国家支配が一円的で自己もその国家のうちに含まれている場合にあっては、馬鹿でない限り自己を守るものが国家であることを知っているのであって、自分の腹が痛まない限りにおいて、自分の土地の農業の発展ではなく、国家のトータルな発展を支援する。当たり前です。世の中と言うものは当たり前にできている。というか、『別に社会科学の訓練を受けたわけでもない人々が現実を一見して当たり前だと捉えうる枠組みの提出』 が、理論社会科学者の役割なのです。マルクス・エンゲルスの役割も然り。
 
 なお、フランクが失敗した「国家」規定を再議すべきなのは隈理論を確立し表現している私ではない。「国家=資本家」と思い込んでいる主義者であり、だからマルクス主義者なのだよ。

 またなお、ラテンアメリカはアフリカよりずいぶん明るくてよかったです。どこもきっぱりした植民地国家の歴史があるからね。せめて理論作業は明るくしたいもの。
 
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世界資本主義と後進国家

2018-04-14 18:17:14 | 歴史への視角
 こんにちは。西日本はもう荒れ模様ですか? 東京地方は明日風で傘が使えないとのこと。日曜出勤の方はレインコートを。私は今日買出し済みです。
 ってもうこんばんはですね。本日は別にストするつもりはないのですが、何かとショックで体勢が整わず。心がすぐ体調に響くもので。
 
 で簡潔に。ニュース。ずいぶん前ですが。
 田辺信宏静岡市長が土俵上で改革訴え「21世紀中に変えて」「私は男性だから土俵上でごあいさつさせていただいていますが、先日、兵庫の宝塚市長が女性だからという理由で、土俵の下であいさつさせられました。全国の市長が土俵の上であいさつできるよう、21世紀の中で変えていただきたい」と訴えた。(日刊スポーツ)
 知らない市長ですが、おっちょこちょいの川勝平太に反対しているのもえらいところ、日刊スポーツも私のラーメン屋のひいきでしたぜ。さらにはキ印の貴乃花が女の子の土俵入りに反対とのこと。ちょうどいいですね、「良識ある」相撲界として変革の時期ですな。
 
 次。財務事務次官セクハラ。安倍はどうでもいいが、安倍のおかげで腐った人間が事務官僚トップになるというのは認めがたい。日本国は国家官僚でできているんだぜ。それに方向性を与えるのが政治家だ。それは価値観的政治学であれば真理である以外にない。ブルジョワ政治学だろうが「プロレタリア独裁政治学」であろうが、国家権力が存在し続ける限り同様。政治家はどうせ生まれついてのクズだが、国家の肝要は官僚であり、それを腐らせる状況に対しては、資本家も人民も、どんな犠牲を払っても排除しなければならない。安倍は即辞めちまえ。
 ま、安倍じゃなきゃ言わないけど、安倍だから生じた状態なんだからしょうがねえ。

 本題、今週でアフリカ系後進国の勉強は終わり。
 毛唐でも良心はあって、ポール・コリアーという人の「最底辺の10億人」、アフリカ国家の「政府の」至らなさを嘆き、次の本「民主主義がアフリカ経済を殺す」で、アフリカ諸国家への国際権力の団結的介入を願っておりました。折角の良心も台無しさ。わかっているのか白色人種。他人への希望を文字で表すと傲慢になる。良くも悪くも提言などどうせ無効なのですが、自分の傲慢さに気づけ。

 もっとまともなのがスーザン・ジョージ「債務危機の真実」。「わらの犬」のスーザン・ジョージではありません、てどうせ知らないか。
 IMFの資本主義の手先共の告発の書ですね。アメリカ野郎にはほんとうに頭に来る。めずらしく許せないと思いましたぜ。マルキストも消えた現在、とても重要な書物。もっとも同書の「提言」も虚しいが。
 許せないのは関連者も同じ。いつも思うのですが、クズの山形浩生、なんでクズと感ずるかといえば、そもそも生きる発想が違うので、リベラルとは言葉の意味が通じない。というかこいつに「人間が生きる意味」という発想があるのだろうか? いつ読んでも人間の言葉が通じていない。あ、こいつ評論家です。てめえで「こんな意味だ」と解釈しているのですが、ちげえよ、バカ。そう置き直すとこいつの評論はよく理解できます。ほんと何のために生きているのか不明だ。自分でも知らないのだろう、というか知ろうとする回路が欠如しているのだろう、と思うと納得できる。

 まあ悪口はおいて、どちらにせよ一国ではどうにもならないアフリカ。ここで問題、資本主義はグローバルかインタナショナルか。資本主義には国家などないか、それとも国家間の交渉問題か。
 答え、資本主義はグローバルである。ま、普通だね。しかし、資本主義世界はインタナショナルである。この掛け合わせは初耳でありましょう。
 何をいいたいのかというと植民地的後進国のありよう。
 資本主義は自由に世界中で商品資源の調達先と商品の投下先を探し開拓し続ける、これに国家の制限はない。おかげで対象地域は荒らされて、「俺もあんないいもんが自分のものにできる社会がいい」と誤解に満ちた植民地権力者も登場してくる。
 しかし、資本主義はグローバルなのであって、だからといってナショナルな領域には踏み込まない。「国家領域」までは踏み込みはしない。
 であるにもかかわらず、資本主義世界は、資本主義国家の姿をして新たな資本主義世界を牛耳ろうとする。それは国家となっていない地域だろうと容赦はしない。つまり、平等であれば誰かだけがもうかるなんてことはない。が、実はアメリカを筆頭とした先進国だけがもうかっている。いやだ、といっても許さないのは、各国の大資本家ではない。各国そのものなのだ。
 さて、植民地的後進国はどうするか? 本当は、権力者は自国を富裕にしたい。しかし、資本主義はそれを許さない。では社会主義は? 社会主義なら自国を意思的に富裕にできるのではないか? 理屈はできるがしかし資本主義国家はそれを許さない。しかして彼らは負け続けるしかない。
 これを翻訳すると、後進国的国家地域は、周囲の大国が、資本主義ではなく社会主義になって初めて、操作可能地域となる、ということなのです。

 さて、日本社会学においてここで知られるべきことは、国家その他の権力者を牛耳っているのは資本家ではない、ということです。たとえばスーダンを牛耳っているのは決してスーダン石油資本家ではない。米国資本家に踊らされた地域権力者にすぎない。しかも、この地域権力者たるや、国家も作成できてやしないのだ。
 後進国は国家ではない。行為論上、国家の成立に必要なものは、第1に国家の行為根拠であり人民の国家認知根拠である「税」と、第2に国家が生理性をつかんだ(=給料の出る)官僚と、第3に国家行政が生理性に影響を及ぼす限りでの人民の存在なのです。さて、植民地後進国にはその一つさえまともにない、存在し得ないのがほとんどです。これでは国家ではありません。(その理由は長いので略)。といって「反国家」と呼ぶのでは「半人前」といったただの揶揄の響きがあるので「準国家」あるいは「形成途上国」くらいにしておきましょう。国家ではないとはいえ、確かに議会や選挙といった制度は存在しているので、準国家地域人民はこれを意識して行動せざるを得ない野で、第三者も無視はできないからです。
 ここで最後の難問がでてきます。 
 奴隷的状況を跳ね返すことを奴隷自身が行うのは非常に困難です。困難だから奴隷状態なわけで。まずは先進国自身がなんとかしなければ。評論家諸君は、趣味で他人の悪口を言って満足してる場合じゃないよ。山形君もさ。

 さて、次の勉強先はラテンアメリカですが、これも暗い。暗いのに慣れると自分の身に起きる出来事も暗くなる気もします。
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労働者の時代が来た

2017-10-07 14:40:46 | 歴史への視角
 こんにちは。一昨日は半袖、昨日今日は上着。昼前現在ちょっと暖かくなってきました。ほんとに陽気が変で、いつも曇りの十五夜は今年は月が煌々として見えました。末世でしょう。ツクツクホウシも鳴いてるし。
 
 まずはican、ノーベル賞おめでとうございます。政治受賞はいつものこととはいえ、外圧に弱い日本人には、しばらくの間、いい武器です、が、善人ばかりで使う人がいないのが残念。商業新聞が、新聞が売れる間に使うだけ。

 小池(女)は消費税延期で、アベの公約、消費税2%で教育費ただはいいなあ、と思ったところ、世の中には高校就学支援金というものがあるんだね(民主党が作ったって)。
 なにそれ、って所得制限付きだけど公立高校授業料がただになるの。私立は補助金。って、私は神奈川県民なんだけど、ネット情報を見ようとしたけど私の検索能力をもっしてもその記述が見つからない。あるけど、読めない。ましてやアフィリエイト目当ての検索上位に並ぶベタコピペのネット情報なんてめちゃくちゃ。地方情報の検索は、自県の税金泥棒たちのHPは止めて(県民目線の県があったら失礼)、必ず「東京都ホームページ」にしましょう。と思って目を他にやったら、東京都は小池が既に私立高校もタダにした、って。知らんかった。え~~、、、うらやましいじゃん。だから地方自治なんかだめなんだよ。神奈川でさえねえぞ、そんなもん。大阪も口先だけ。ましてや並み居る貧乏県など。住んでるとこだけでこんな格差が許されるか。まあ、他の県の人はいつものことで慣れてんだろうけどね。私みたいに東京出身者は不愉快。そりゃ地方の人は東京に出てきたくもなるさ。

 ついで、「立憲民主党」はないよねえ。なんちゅう名前だ。それだけでいかに大衆から遊離してるかが知れてしまう。バカというか愚かというか。憲法擁護のつもりなんだろうか、それで憲法変わっても同じ名前のつもりかねえ。ほんと意味ない。まあ年寄りのヨイヨイ連合ならそんなもんかもね。認知症議員団。
 ともかくも右翼と別れたのは何よりも良いことです。もう夢を見ている時代は去った。時は今、労働者の時代です。労働者の味方をすることで票を貰う時代。票はちょっとしかこないって? それが何。政治家は票取り屋ではない。自分の理念を実現しようとする商売でしょう。その意気に票を渡すんだ、って。だいたいおかしくないか、日本には労働者のほうが多いのになんで国会は労働者の収奪ばかりしようとするんだ。もちろん政治屋がそろいもそろって大臣になりたがるからなのだが、そういうほんとのことを言うのはやめよう。反体制がネットウヨの時代とはおさらば、「あいつらは非国民」といわれて「そうだ文句あるか」と胸を張れない奴は、労働者の味方ではない、ということです。
 折も折。C派によると、UAゼンセン(繊維労働者と流通労働者なんかの組合)会長の松浦昭彦は安倍が打ち出した自衛隊の憲法9条明記への支持を表明したそうな。C派はテーマが分かりやすくてよいな。しかし、なんで労組が改憲をしゃべるのか。なんか日本労働者にいいことがあるのか。「成田反対」とかなら「労働者農民は連帯して」とか。「戦争反対」なら「人間として当然」とかあろうに。
 わかる? もう潮時。労組は右翼と手を切れ。組織が消える? 消える組織は消えろ。あってもしょうがない。ここで連合も分裂して、それで労組制度は大部分潰れても、若い衆に労組の大事さをわからしめなきゃ未来はない。そりゃあ復活は大変だけどね。でも政府の手先の組織などあったってマイナスなだけだ。中年以下に、少数でも本当の組合というものがどんなものかを見せてやらなければ、もう既に誰も知りゃあしないぞ。過労死を防ぐのも、不当配転を防ぐのも、みんな労組の仕事なんだぞ、って知らないしょ。見せつけりゃ会社も御用組合を作りたがるし。そこで断固ゼンセン野郎は排除する態度を貫けば。昔の仲間がみんな頭がイカレてしまって、私ももう30年以上そう言う発言を我慢してきました、がほんと潮時。みんな目を覚ませ。ヨイヨイ世代だけど。
 今日のニュースにも『モロゾフ、、相次ぐ大震災に打ち勝った「生産性改革活動」』(東洋経済)だなどと載っていたけれど、きれいごとに「マル生運動」が使われるなどという世の中を許していてはいけない。人をコキ使って過労死に追い込んで、何が大震災に打ち勝つ、だ。てめえら資本家の儲け話なだけだろうが。
 もちろん問題は「なに怒ってんの?」と思うしかない若人たちの存在。わたくしごときマイナーのブログの問題ではない。政権などどうでもいい。そうした労働者視点を広める運動は政党にしかできない。ってゆうか、それが政党の仕事だよ。大臣の肩書きが欲しいやつは自民党と維新だけでいい。政府交渉は面白かったか? 権力の地位の幻覚は終わり。ヨイヨイ同志は目を覚ませ。

 というわけで、珍しく語調も強く本日は終了。
 
 今日はちょっと思い出話。
 中西洋という社会政策学者がいまして、ってまず知らないでしょう。一応ずっと東大育ちの東大教授(社研)だった人なんですが。知らないと話が見えないので困るところ。
 実はこの人は優れた批評家で、日本で1、2を争うんではないか、と思うのですが。私が学生の頃(私の正規の専攻は労働社会学です)、社会政策学会誌に数ページの論文を出して、時はまだ大学闘争中、バリバリの闘争スタイルの論文で、なんともかっこいいんだよね、でも、ほんとかどうか分からんことを書いてある。いつかこれを批判する日が来るだろうと、その頃最新導入のゼロックスでコピーをしていつも身近にとっておいたのですが。
 ちょっと具体的に言うと論題が『社会政策論の解体のために。社会科学の確立のために』っていうのね。今聞いてもかっこいいしょ。そんなかっこいいのがエスタブリッシュな東大教授になるっていうのも、客観的にはいまいちだけどね。でもすぐ実証分野に移ったって聞いたから失望していたところ、それ以後が図書館にあって。読みました。題を書くのがめんどいね。〈自由(リベルテ)・平等(エガリテ)〉と《友愛(フラテルニテ)》。これ、題。先生御年61歳。残念。観念的だったのが観念論になってしまってた。褒めれば、「古典をよく読みこんで知性溢れる批判をし、『かたや』(それとは別に)中西理論をよく確立させた」という評もできるのだけれど、観念論ではしょうがない。友愛的な労組や企業を作ろう、だって、耳を疑う。どうせ社会学じゃないからそれはいいとして。
 上の評は変でしょ? 本人の論は古典なんかと関係ないんだけど、この人の知性が媒介的なんだよね。他人のどうでもいい論と語りながら自分の論を作る、というセオリーが人生を通しどうしようもなく無駄というよりマイナスに作用してしまった。中年以降、実証に励んだ、とのネット情報はあるけれど、学問スタイルが確立してからでは遅かったもよう。
 教訓。いかに頭が良くとも、本に沈潜してはいけない。せっかくの知性が無駄に消える。野心ある社会科学研究者は、無駄な時間と思っても実社会で苦労してみるのがよろしい。野心が東大名誉教授でよければ、薦めないけどね。それなら、英語をしっかりやって、苦労はアルバイトだけにして、学会で著名な師匠の言うことを「しっかり」聞くのがよろしい。
 「しっかり」ってそういう他人の行動への指令時に使うんだよね。自分で「しっかり」行動するんじゃねえ。安倍とその追随者のことです。

 そこでここまで読んだ人の本日のためになるブログ。皆さんも18歳以上だろうから、投票するときは、どの政党でもいいけど、演説で「しっかり」と言う言葉を使わない奴にしたがいい。従って自動的に、その1、節操があり、その2、権力者よりも自分の理念を大事にする人間ね。

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相互規定性の例

2017-07-15 11:12:01 | 歴史への視角
 こんにちは。くそ暑い中、東京はお盆、3連休ですね。サービス業の方はご不満もありそうな。休みでない方も、まあとりあえず、どっかで休みましょうよ。時間は人間の友。っていうか、冷房漬けもよくありません。来週末は東京だと、文京朝顔・ほおづき市というのがありますね。地下鉄春日下車。ちょっと遅いですが、多少の夏の江戸情緒はあるのでは? 日光は真上から熱いので、帽子をかぶってどうぞ。
 
 さて、時間は大切であるにもかかわらず、人の時間を使ってお代も払わないと。アベではなく、連合。
 「安倍政権が提案している「残業代ゼロ法案」について、労組の連合が、これまでの反対姿勢を百八十度転換し、容認する方針であることが分かった。」ネット日刊ゲンダイ。別に朝日でもいいんだけど。
 その代わりに「対象者に年間104日の休日を確保」って、ただの週休二日制。
 連合も落ちるとこまで落ちたね。労組の皮をかぶった日経連。知らないか。じゃあ第2経団連。これ以上堕ちようがない。
 やつらはてめえらの権威付けに「政府との交渉の立場」が欲しいだけ。
 一利もありゃあしねえ。あるだけ害毒。早く潰れろ。
 もちろん30年前に作ったやつらが悪いんだが。何が「労働者の団結」だ。何が「大きいことがいいこと」だ。まだ関係者はぞろぞろ生きているはずだ。お前もお前も。自らの恥を知って反省しろ。
 と、次第に怒りが、、、下品。
 不思議なことに、左翼ネットは誰も怒ってないのね。当たり前すぎ? 怒る私が変なのだろうか、、、怒るしかないと思うのだが。
 
 まあ、下品になったので、本日はここまで。体調に気をつけて。
 
 
 、、、というわけで、気分を変えまして、マニアの方あて。 
 本日は先週の続き。先週の文中に書きました、なぜ「自衛隊は軍隊ではない」か。長くなりますので。
 (なぜ共謀罪法の有効性には軍隊が要るのか、は教えてあげません。そこまで能天気ではなくて。)

 兵隊は支配者のものではある。支配者は兵隊を指揮権に基づくなりで、これを指揮することができます。
 しかし、支配者はだからといって、兵隊をそのまま内政に投入することはできない。
 これを内政のために動かすためには、人民が軍隊を動かす指揮者となる(ことができる気がする)必要があるのです。実際に指揮をするのは政府幹部か自衛隊幹部ですが。
 現状、自衛隊は特殊団体であり、国民的人民の立場移入の対象にはならないのです。
 私たちは警察の振る舞いを云々することができます。私たちは、公衆の安全を揺るがす他人の行為に対して、おこがましくも観念的に警察庁長官になれるのです。しかして当然に警察庁幹部以下警官は、容疑者を逮捕することができる。
 他方、私たちは災害以外のことに自衛隊を動かすことができない。なぜなら最高の指揮監督権を有する首相さえできないからです。
 正確にいえば、首相でさえ、「させることがない」。法的にはできのですが、実際にさせることはしない。しなければできないのと同じ。

 ここで「私たち」というのは、世間で権力を持ちうる「私たち」です。すなわち、戦前であれば地主層・ブルジョワジー。現代であれば、いまのところ国民一般。もっともそのうちに国民が分裂すれば、資本家層とプロレタリアートの2層の構成員のことです。

 ここで最高法規たる憲法によって自衛隊が合法化された場合、最高指揮官たる首相は、自衛隊を全ての軍事行動に投入できる。自衛隊は全ての軍事行動の主人公となる。
 現代の場合、人民たる私たちが自衛隊指揮官に観念的に同化する回路の成立は、同時に、兵士による自衛隊指揮官への回路を確保します。
 こうして、自衛隊は、国家構成員全体と同一化し、国民軍となる。

 この根拠は事実認知です。
 たとえばマルキストが「隈は右翼だ。やつはアベの秘書だ」といったとします。そうであればアベには僥倖ですが、この内容には2つだけ難点があります。隈がアベの秘書であることをアベは認識しておらず、また、アベには隈に仕事を依頼した認識がない。物事は事実認知がないと役には立たないのです。
 幸か不幸か自衛隊には、災害以外で人民の事実認知に関わる活動がない。この場合、自衛隊の兵力は潜在的可能性の認知に止まり、この認知は自衛隊幹部の業務上の認知以上にはならない。
 この現状から自衛隊の自由を獲得するには、運動による社会的事実の確立しかないのですが、幸か不幸か、自衛隊関係者の運動は、国家構成員全ての認識において、許されてはいないのです。
 ここで首相がどんな性格でもできることが憲法改悪です。
 「国家の防衛のために軍隊を置く」 という、他には何も要らないこの1行により、自衛隊は国家が明示的に認め、どんな一般人も認め、手放しで国家の防衛のための他国への軍備の活用が認められ、ついでにその軍備の一端を国内の治安に活用することができる。さらにそのことに左翼過激派以外は反論ができない体制が実現します。要するに他の帝国主義諸国家及び覇権主義国家、要するに本性を現した「ただの国家」と同じレベルにやっとなれることができるのです。
 
 さて、国防軍の成立の次に、首相が実際に軍を動かしますね。そうすると(運動が結果を出したのと同様の意味で)、最高指揮官が兵士を動かした、という事実は、最高指揮官との(現状では存在する)行為共同性を根拠に人民にもその権限の受領の夢想を与える。
 同様に、将兵も最高指揮官との行為共同性という根拠と、ならびに、人民の子であり友人である自分の存在という共同的根拠によって、最高指揮官であることの夢想を授かる。ここから(1佐であれ2士であれ、大佐であれ二等兵であれ)将兵の、主体的な政治介入が可能となります(年寄り用に注記すれば、主体的なら全部良いというわけではないのです。)。そして、実際に国防軍の意思が現実化したときに、すべてのサイクルが完結し、支配権力者は万能となるのです。(トランプも、バカでなければ万能だったのに。バカと知られちゃいけないね。)
 もっともとりあえずは将兵の方々は何もいえない。よく自民党が言い訳にするように、そうそう突然には物事は変わらない。が、始まれば条件が累積され加速度的に進む。で、とりあえず現状では、海外派遣を含めた軍事の立場からの自由な行為の事実の確立と、その一部の遂行(を形式的に、しかし民衆に明示的に、命ずる最高指揮官たる首相の姿)が必要なのです。
 それによって自由な将兵は、後で裏切られることを知らぬウヨやヤクザにとっても、革命寸前までは友である右翼にとっても、操作可能な権力であり、左翼にとっては現状では鎮圧部隊の確立となるのです。詳しくは言ってあげない。

 もっとも本当は、現状でも兵士が存在しているのだから自衛隊を軍隊に仕立てることもできます。が、それには首相に根性がいる。どこに根性のある人材が隠れているか分からないので、これも教えてあげない。

 さて、おしゃべりしすぎたきらいがありますが、こういう内容では、題がむつかしい。普通に書くと右翼もやって来るし。で普通に書きません。で、追記。
 この一般国民と兵士のように、ある社会的部位と別の社会的部位とは、カテゴリーとして分けられても相互的に規定される。
 この相互規定性を「相互関係」などといってすましていてはいけない。もちろん、兵士も同じ国民だから、などと一般化してもいけない。まず初めに分ける。しかして見直す。みられるように、弁証法とは相互関係ではないのです。一方関係の二重性というのが正しい。一方関係であるからその関係にある規定性が人間の頭脳でも理解できるのであって、「相互関係」の規定性は、人間には抽象的=無内容な「相互関係します」という意味しか理解ができないものです。そんな「意味」が存在するとして、ですが。
 もちろん分けないことはそれ以前の話。全部が霧の中です。「首相が現実に軍を動かせば、国民も兵隊も相互関係的に自分でも軍隊を動かせる気がするようになる。(そして実際に自分の計画に組み込み、社会に発声し、支配権力はその中で自分に都合のいい声を増幅させていく)」。前段は、なにもいっていない。(まあ隈の本文も簡単すぎますが)
 しかしてそれぞれの側面について見直す。
 最後に両者を合わせて把握する。二つの過程が生じているのが現実だ。というわけです。
 「それが正しい」ということではありません。それ以外に人間のアタマでは理解できないでしょ、ということなのです。
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取るべき方針の事例的叙述

2017-05-22 20:28:15 | 歴史への視角
 こんにちは。遅くなりまして。突然の夏もよう、、本日はようやく野菜が安くなってきておりました。
 
 さて、と溜まった新聞に目を通すと、相変わらず変化なし。毎日結論の出ないアベの交友問題と共謀罪とトランプいじめばかり。共謀罪は少し進展しましたね、と相変わらず白けた書きようですが。
 ま、通れば、反政府行動者には全てチェックが入るわけで、私のようにおしゃべりなだけなら、とりあえず警察も人手不足の折から、ざっとサーベイされるだけでしょうが、それでも原稿が遅れると書店も同調しだすので、別に好んでいるわけではありませんが。
 とはいえ、前にもいったように、こういう権力対応は、仮に今回パスされてもいつかやって来るわけで、もちろん状況認知として知っていないといけませんね。
  (以下、「平穏な」今の時代から圧制の時代の手前までどう進むか)
 で、やって来るとどうなるか、といえば、もちろん反政府活動で名前の出た人間は全て調べられますね。官憲もご苦労さまです。最近は女性警官も多いので、こういう人たちがネット検索で、LGBTとか自然エネルギー推進活動とか受動喫煙運動とか有機農業推進とかのネットを見て、どんどん人的情報を貯めるわけですね。まあ、私もアナログなので「見て」なんていっちゃってますが、どうでしょうか、官憲なんて基本アナログだと思うのですが。
 で、濃そうな人間を男子私服が現場的に辺りをつけていって、背景網を明確にしておく。
 他方、具体的な悪そうな現場逮捕者について、貯蓄された情報の網から、その人の編み目を見つけて、その周囲の人々に対してどんどん恫喝していくわけですな。 「そんなことをしてるとAさんみたいになっちゃいますよ」「あなた若いからってやってると、就職できる会社なくなりますよ」
 そうして一人二人と歯が抜けていくと、あれよあれよと加速度的に運動が収縮する。取りまとめ人が一体何が起こっているのかも気づかないまま、残るのは純粋党派運動員ばかりとなって政府は悠々ご安泰、ってわけですな。(圧制の時代にどう入るかは、その手前の時代の実際次第)
 
 ご安泰じゃあ困りましょう。新聞もつまんなくなりますぜ。記事は政府広報と巷のメロドラマしかない、って政府の悪口のない新聞なんて誰もカネなんか払いませんわな。ストレス解消にもなりゃしない。(某S新聞のように弱いものいじめのストレス発散でもしますか)
 もっとも、新聞は困るでしょうが、トータルとしての人民は困りゃあしません。支配ある限り、それへの対応形態が変わるのみ。
 まず意識者としては、まだ人民が慣れないうちにどんどん弾圧の実態を広報すべきでしょうね。とりわけ欧米民主主義的価値観に沿ったものがよろしい。
 LGBTとか自然エネルギー推進活動とか受動喫煙運動とか有機農業推進とかは必ず狙われますから、そうしたものを主体に。
 とはいっても日本はセクト主義者ばかりなので、このとき仲間割れを起こすんですよね。(左翼のことはわざわざ言うに及ばず)「われわれはあいつらのごとき悪漢ではなく『一般市民』だ」 の類い。今でさえ口から泡飛ばしてるくらいだから、危険が身に迫ると、もっと必死になって区別化の所業にでるわけですな。
 冗談じゃねえよ、バ~カ。とは思えど、これは研究者の問題ではないから。

 さて、日本人民の持つ(普遍的な)行為論的将来のテーマはなんでしょう?
 自分は支配者ではないという認識(の奪還)です。
 自分は支配者でも支配者の友だちでもない。支配者の敵だ、という認識です。幸いにもそれを、「共謀罪」なる制度をもって、支配者の側から教えてくれるんだそうなのです。なんてバカなんだ、というか苦しまぎれなんでしょうか。
 つまり、被支配国家が武力的弾圧が顕在化せずに存立している(できている)(先進国の持つ)理由は、観念上では、被支配人民が自分は支配されていると認知せずに、支配者と同等だと誤解していることなのです。
 残念なのか幸せなことに、我々のような先進国被支配人民は、後進国人民のおかげをもって、支配者と同等だという誤解も、ある程度までは、それも誤解ではなく正しい。その正しさは過激派セクトの活動家を含めて適合するのです。そんなもん、爺さん相手に否定できるガキは一人としていない。
 しかし、本質は誤解だ、ということをこれから日本権力者はどんどん教えてくれます。ありがたいことだ。
 この人民の誤解を解く。それは先進国の持つ義務であり、なおかつ、全世界の人間の人間への支配の終了への一歩という光栄な義務です。ま、旗持ちの光栄ですが。
 上前一歩小、解放一大歩。
 まことに、権力がいかがあがこうと、人民の小さなこの一歩を止められるものではない。官憲的人民についても、その少数の権力者志向部分を除いて、同様に一歩を前に進めるのである。
 指導員は、この圧倒的な日本人民全員を一塊として前進させるよう、セクト主義に走らず、ちゃんと指導してくれ給え。
 
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警察権力の昂進条件

2016-10-29 10:20:58 | 歴史への視角
 こんにちは。気温も次第に季節に追いついてきました。昨夜はタオルケットを毛布に変えたところです。
 世間ではいつか出るのが決まっていたポケモンの犠牲者が出たり、年寄りから免許を取り上げないからあたら若い命が消えたり。外は危険だらけです。10歳以下のガキから自転車を取り上げるのも急務ですね。以前、狭い歩道の曲がり角で目一杯ペダル踏んでるガキに正面衝突されそうになりました。危険を感じて歩みをのろくしてなかったら、もろ。命はどうでも、ふつう突然仕事を3日も休むなんて大変な問題ですよね、予定詰まってるのに。
 
 さて、まずはご報告、世の中に家庭教育支援法案なんてものがあって、われわれの城たる家族にまで支配権力を及ぼさんとする勢力があるそうです、と、新聞の投書にありました。「ご報告」と呼ぶのは、一週間前の新聞に載った、という話で、先週の題材ですよね。一言あってしかるべきでしたが、見逃してしまいました。「親学」一派だそうです。日本会議のやつらね。むかし大阪で条例作ろうとして敗れたイメージがありますが、並み居るド田舎では着実にできているそうな。熊本なんか被災支援もしたくありませんな。
 とゆうようなことを、各派機関紙が載せていない。
 かっこつけだけの機関紙はおいて、なんで赤旗が載せないかねえ。
 こういう草の根の権力ネットが一気に体制を持ってくんだぜ。権力ネットをばかにしちゃあいけねえ。
 それにしても右翼って考えること一緒なのね。単純に、政治家になって権力を振るいたかったけど、無能で政治家にさえなれなかったやつがなるんだろうね。ただの口舌の徒。思想なんてありゃあしない。右翼の世の中になったらぶるぶる震えているだけの弱虫。でもなんでもいいからなんとか権力を揮(ふる)いたいんだね。哀れなやつらだ。
 
 さて今週は不愉快なニュースはいくらもあって、書くのも不愉快なので、感心した話を、でドゥテルテ。やっぱこいつは庶民的によい。
 私儀、いつも庶民としての気持ちをイデオロギーに流されないようにしておりますが、いいでしょ? みなさん。悪口雑言だとかというけれど、ホントもウソも初めからなく、いいからフィリピンはまかせろ、みたいな清々しさがあります。
 で、なにがいいって、あの暗さがいい。小説を地でいってますよね。過去に何があったんでしょうか、ほんと、官僚体制なきスターリン。命捨ててますね。わたしは大審問官たるスターリニストにはなれてもスターリンには到底及ぶことはできない、と自分のことで安心しました。庶民で十分。
 で、本題は、武力権力の行使。
 国民が分断されている中での戦争介入、人殺し化は、その他の武力権力たる警察権力の行使を昂進させる。
 というテーゼ。
 これはもう本にしませんので、この場限りの貴重な発表。
 軍による他国民の殺害と自分たちの死亡は、庶民に国家殺人に対する賞賛と優越を与えます。庶民は、「他国民を殺害するのは悪ではない」 と思いたがるし、他方、「よくもやったな」 とも思うんですよね。そうすると当然に、国家のための警察も、「よし、俺だって」 と思うし、思うだけじゃなく実行するし、庶民もそれを見て喝采する、というわけです。 で、後になって汐が変われば「俺たちは騙されていた」 とか、カエルのツラで言う。
 ここで「国民が分断されている」というのは、分断されていないと警察権力の行使が鈍ることを指しています。分断自体が社会的ストレインを高める、ということですね。もっともイギリスのように安定した分断というのも、過去にはあったところですが。
 こういうのは形式社会学ではなく、社会過程をめぐる抽象、といいます。どう違うかというと、抽象理論の基礎に行為理論がある、というわけで。
 なので、だいじょぶ、歴史の動きは加速度がつきます。自衛隊の国防軍化以降、すぐにアメリカのようなファシズムです。許される党派は自民党のみ。
 何がだいじょぶか、って、未来の革命情勢ですかね。
 
 すでにドゥテルテの話題ではありませんね。あと別の話題も、とは思いましたが、話が重要すぎましたのでバランスが悪く、本日はこの辺で。
  
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次のスケジュールはこれ

2015-07-18 11:01:54 | 歴史への視角
 こんにちは。お暑いところ、東京地方、きょうはミンミンゼミが鳴き始めました。あと1ヶ月でお盆も終わり、もうすぐ秋ですね。と思えば、暑いのもいいものです。うそですが。暑いのはだいきらい。
 それでもなんとか次回作のてにをは直しもほとんどできました。なにしろ基にした前回作(行為の反逆)は、書きたいように書く、というポリシーでしたので悪口雑言ばかり。なので、ひたすら悪口の削除。よくもまあこれだけ憎まれ口を、というようなものですが、そういうところは筋を通す?ので。でもまだ読みづらいなあ、、、どうしようかなあ、、、
 
 さて、世間はどしゃぶり。昔は九州、四国の梅雨後半の「集中豪雨」というニュースでしたが、今は「台風」ばかりですね。みなさまはいかがでしょうか。室戸岬の防波堤の写真がネットにでてましたが、毎年毎年あんな巨大な波に何度も叩かれて壊れないというのもすごい、と思って確認したらやっぱり11年前壊れてるんですね。壊れたコンクリーで家々がつぶされたような。どうもたいへんなものです。
 
 ついで、国立競技場白紙とか。2500億なんてわかんないしょ。わたしは、建築費としてはわかりません。ので、皆様のお手間をとらせず、例を。スカイツリーが650億円だそうです。ヘリ空母いずもが1隻1200億。F15が1機100億。じゃ、たいしたことないか。ま、足りない分は東京都が税金からだせば。わたしは都民じゃないし。いやなら石原と猪瀬に請求すれば。さんざん東京でやる、絶対やる、って言ったんだから。都知事が代わったら冷たくするなんて話はないな。どうせウラで知ってたんでしょ。都議会議員だって、自民党には了解ずみとしか思えないなあ、知らないけど。舛添も責任を持って他人のせいにしないでもらいたいものです。
 
 おつぎ、とうとう戦争法衆院成立で。まだ参院通ってないのに水をかけるようでなんですが、次の話を。まあ、ここはクライのであまり威勢のいい方はこないでしょう。
 次の、というのは、この戦争法はただのブラフ。安倍もこんなのを作りたいわけじゃない。
 次の狙いは、この法を使って、既成事実の作成と、国民の感情の操作。
 つまり、この法が施行されて実質が伴えば、(何かの不利益が出ないと裁判ができないので)誰かがすぐに訴えて、違憲判決が出る。このときに、その反動で改憲しようという、こっちが本旨ですので、って他人の心は知りませんよ、もちろん。
 知りませんが、そのためには、権力者は次のように算段中です。
 まずは、1 いまさら後へ引けない状況を作ってしまう。
 もひとつは、2 その間に戦力行使の過程で、国民に他国への怒りや恐怖を抱かせて、国民投票で改憲賛成、軍備増強、の基礎を作ってしまう。その手段は厭(いと)わず。
 って、知りませんよ、権力者じゃないし。
 でも、こんなことは自衛隊幹部有志と自民党のグループで検討済みのことです。ぼくは知りませんが。世の中というのはそういうものです。

 従って、反対の方たちは、この法の実施の早いうちに違憲訴訟をして、かつまた、法実施に伴う、国民の怒りを誘う謀略を実行させない、ということが肝要。
 違憲判決が早ければ、まだなんとかなりそうな。さすがに、「今ならまだ」、大法廷は腐っていないと思われますので。すぐ腐りますが。
 
 「これではお前がいつも非難する『守り』ではないか」 といわれましても、できちゃったものは潰すぐらいしかしょうがない。
 攻めの手としては、平和憲法のイスラム国家群からの称揚か、アメリカが恐怖する日本軍国主義復活の計画(があることにして)の暴露か。でも後者はアメリカが恐怖しないといけないから謀略としても高度すぎるでしょうね。韓国も中国もバカだよね、自分の首を絞めて。

 要するに、反対派も組織があるなら後手に回らず先回り先回りを心がけるべし、ということです。でなきゃ、権力にとっては、赤んぼ相手と同じ。もっとも、組織単位では、反対活動をするのが目的な反対の方たちが大勢だからねえ、、、
 
  ほんじつはしらないはなしをずいぶんしてしまいました。

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思想は人民を裏切ってはいけない

2015-07-11 21:28:36 | 歴史への視角
 こんばんは。お暑うございます。東京地方、向日葵の次にはもう白粉花が咲いてきました。オシロイバナといえば、昔、実家の庭でベッキーちゃんのお母様と白粉花で遊んだような、、、なに言ってんだ、お前、という声も聞こえますが、「世の中は狭い」。これは何回も転勤、退職をした私が、よく後輩の方々に言う言葉ですが。
 そういえば、新入社員の方々には初めての夏。みなさま、体とシャツ等は、仮に食べる野菜を少なくしても、洗うようにしたほうがいいですよ、シャツしわくちゃでもいいから。臭いと社会的評価激減です。って、いまどき風呂のないアパートはまれか。銭湯、驚異的に高いけど。ってゆうか、銭湯なんてないか。
 ま、重要度の表現ということで。風呂の次には、野菜は食べないけんとよ。あまりにも高いけど。キャベツくらいは1個買って。
 
 というわけで、本日は事情で実家に行って、実家の駅の前の家財道具屋で時間つぶしの際、ふとみれば籘製のランプシェードというか電灯の笠、13000円。誰がこんなもん買うんだよ、すぐ壊れるし、と一瞬思いましたが、若いころはそんなこと考えなかったやね。一つの文化的アイテムが傍らにあれば、コーヒー1杯で、いくらでも世界を、宇宙を語れましたね。若い衆はいまでもそんなことをやってんのかな。アンバランスな家財道具は意にも介せず。いいですねえ、なんとも高い精神性。しょうがねえなあ、若人の特権。
 
 さて、本日の話、その2。朝日新聞に欽ちゃんのインタビュー記事がまるまる1面あって。含蓄深いことばかりで感心しましたが、なかで、芸人は、どんなに下手くそでもだれかに応援されるようならそれこそが大事な素質だ、と教えられた、とありました。
 たしかにねえ、芸人、相撲取り、昔の将棋指し、みんな(金を持った)誰かが応援するから生きてこれたわけで。
 これは含蓄が深すぎて整理されないまま、よく覚えておこうと思います。
 
 その3。朝日新聞、憲法学者にアンケートして、”回答122人中104人が違憲、合憲は2人”とか書いておりました。
 わたしはご存知のとおり穏健派ですが、そんな記事には、だからなんやねん、と思いますね。
 要するに、「戦争法を作るなら改憲しろ」、ということで、なにも平和的な状況を報道したわけではありません。本当に残る問題は、これまでの左右両派がいう論議が、平和志向に寄与しているのか軍備増強に寄与しているのか、という1点。
 そもそもある人々が左翼であることの意義は、これから作る法律が憲法に合っているかどうかではなく、そもそも派兵して日本人民が兵士として人殺しになっていくのがいいというのか、殺されていくのがいいというのか、これだけのはずです(注:人間にとって侵略と自衛は違うものだ、ということは、「正当防衛」観念や「死刑正当論」が存在することで証明されます(=他人もそう思っている、という意味)。べつに9条改憲論者ではありませんが)。あとの論議は、改憲して適法にすれば誰にも文句をいわれずにしたいほうだいにできるのですから。それも言えないで、なんの「ヒダリ」?
 まあ、私のような穏健派のいうことといえば、世の中というのはそういうものです、くらいなとこですが。
 今の状況は、まだそこまで突き詰まる世界情勢ではない、というだけのこと。早い話、中国が発砲したら、戦争法案はすぐ通り、違憲判決がでれば1ヵ月後国会議決、3ヵ月後、国民投票で憲法改正成立。まあ、それだけのことです。そのことだけを見ていてもしょうがない。
 もちろん、しょうがないから指をくわえているんじゃなくて、焦点を絞るところは、原則的な人民の立場を堅持する、ということだ、ということです。
 闘いは今日は敗れても明日もあさっても続いていく。さて15年後、このときに裏切りの過去がある思想など、糞の役にも立たない、ということです。何年後か何十年後か、人民を救うのは人民の思想以外にはありえない。もちろん、こういう主張はマスコミに向かってなど言ってはいません。要するにブル新。まともな新聞記者も、もしかすると1人はいるかもしれませんが。
 
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米帝と後進国国家の主体性

2015-02-07 21:04:32 | 歴史への視角
 こんばんは。お寒うございます。日中3度では暖房なしでは室内でさえとうてい活動のできない今日この頃、外に出るだけで生理的疲労が、、、体力の自信がきれいに消えました。
 だいたい、今日など髪を切ったわけですが(注:3千円の節約のため、2ヶ月に1回、自分で散髪する)とても切り捨てた髪が少なく。働いてた前回は昼食はコンビニ弁当で栄養豊富だった時期だったのが、今は家で昼飯を作ると健康的すぎて髪に回る栄養の余裕がないのだ、と思われ。もちろん。単に2ヶ月分、歳をとったともいえないわけではありません。

 
 さて、イスラム問題に敬意を表して、安倍が殺害後会見、やけにしおらしいじゃないか、と、思ったのはやはり私の人の良さで、最後までしゃぶり尽くす気だね。端的にいって後藤さんを日本人の鑑と持ち上げときゃなんだってできるからね。さすがにそこまでやれば化けてでられるだろうけど。

 
 で、こんなときは正論をいうの(だけ)がとりえのマルクス主義K派。ホームページ見るとやはり正論でしたね、反人民的殺害糾弾と、ひるがえって安倍=アメリカ帝国主義の空爆非難。ほんと、まれでいいからまっとうな意見を聞かないとウツになっちゃいますよ。

 
 さて、と口で言いながら、わずかにいまいち。これではミンミン革命時代の日本共産党じゃないかね。
 基本さあ、イラクとか、他の地域も、国家だぜ。米帝はいいけど、資本主義初期のそんな中東国家は、彼らの利害で動いてるんだぜ、違うとでも? 彼らの利害、わかりやすくいやあ原蓄さあ。帝国主義の侵略を片方で受けながら、それに乗っかった中央国家による国内周辺の破壊、あるいは再編、それが中東に限らず、後進国家以前地域の状況だろ? 違うかね。
 C派が「違う」というのはわかるんだが、なぜK派が、というのもわかんねえなあ、ほんと科学的蓄積など、残るところにしか残んないんだよね。
  

 ついでに、まれに旧職場の人と飲み会をするのですが、ちょっと前の飲み会。亡くなった方がいて、葬式にいろんな人が来て、ある日共系の人が言うに「あの人って案外いい人ね、昔はもう敵対してたけどね」とか。 
 そうでしょ。お二方とも高卒でそれぞれに付き合いの中で片方は日共、片方は青解って(え、、、なにかいったっけ?)いやさ過激派ってそんなのどこの派だろうが関係ありゃあしないさ。いい人たちが左翼になる、それがどんな左翼だろうと、お互いにケンカするような人たちは、付き合いでなっちゃった人たちさ。ほんとにイデオロギーで左翼党派を選んだ人は、逆に、他党派とけんかなどしやしない。自分の葛藤を知ってるから「それはそれ」ってわかるからね。
 わたしゃどちらの個人とも昔からお友達さ。

 
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都知事選雑感

2014-02-10 21:14:58 | 歴史への視角
 こんばんは。まだ残る雪の都会の道を自動車が飛ばし、ママチャリの中高年婦人を脅かす今日この頃。誰が事故ったってそうそう運転者に同情はできませんやね。

 さて、隣国東京都では知事が決まりまして、メンシェビキ桝添、桝って違うか? 変な名前ばっかだね。
 「メンシェビキって、左翼じゃねえ、自民党だ」 って?
 だからそういう理解じゃ何もわかってない。
 世の中というのは常に、『世が世なれば』 ということなのよ。
 彼氏はなかなか人民に従順なものさ。地方権力的にはうってつけ。
 前のやつ、なんつったっけ? 論外。根性悪くて誰にも味方されないやつなど追い落とされて権力の座にはつけやしないさ。
 
 ますなんとかなんか、昔、厚生大臣の頃に、ここでも書いたけど(このブログも長いね)、ほんとに何も知らんくせにいいかっこばっかしてね、しかし口先じゃなく無知でも頭と体使ってやってたことを断然評価してる左翼隈。こんなに頭と体使って民衆側で政治してたやついないよ、(これも名前を変換できない)某総理大臣が体だけは使ってることは認めるけどね。
 
 それにつけても田茂が見、いや、これもひどい、変換できねえ、ボルシェビキ田母神、60万票。
 いやもちろんナチス田母神でいいんだけれど、それじゃあリクツが見えてこないから、あえてね。
 朝日新聞なんか無視しくさって、「どうせわたしゃ流れの笹舟」ってゆう正しい自己認識がありありだね。もう10年もたちゃ「田母神先生」だよ。
 投票した若いやつの率を上にひきあげてきゃ、あと10年たちゃ第1党じゃねえか。
 もちろん現実は第2党どまりだけどね。
 この第2党というのがまたリクツでね、社会というのは最後の一瞬までは、資本家直結派が第1党にいざるをえないからね。
 要は、「今は先のない人々がウサ晴らしにウサを晴らせる対象に票を入れる。しかし、第1党になるにはその時代の資本家の意向を汲まなければいけない」 というあまりに当たり前な話をしてるんだけどね、それにしてもボルシェビキ60万票は、もうそこまできたか、という感慨があります。
 
 左翼諸君、わかる?
 死んだブントの人たちはわかるよね。昔から人間てそういうもんだよね。 
 
 革共同はわかってるかねえ、君たちの理論だと、極右に鈴木の100倍も票が入る国はもう絶望したほうがいいんじゃないかね。
 「いや我々はこれからだ」 って、だって君ら、50年の歴史を誇ってんだろ、何も起こらなかった50年の長い歴史。これ以上何年待てと。
 まあ、別に君たちに期待もしていない。そもそも君たち政治主義者がそれを分かる瞬間が、ナチス田母神がボルシェビキ海父仏に代わる一瞬なのだよね。歴史というのはそういうものなのさ。
  
 まったく、思い出しゃあ、口先だけの御都合主義者ばかりだね。
 というわけで、若人は歴史の見方を勉強してください。じゃ、ここんとこ3回も書いたから来週は飛ばしね。
 
 ついでに感想、小泉進次郎。
 かっこはいいが、みんなに受けることを覚えてしまってしかもポリシーにしてしまって、親父はちょっと失望してると思うがな。そのへん、次男だよね。メンシェビキにもなれん。
 「お前だって栄二郎」 ってすんませんな、これはHPに載せたようにアナグラム。
 わたしは長男。
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政治革命・社会革命の概念

2014-02-09 21:00:59 | 歴史への視角
 暖房だけが頼りの零下の1日が過ぎ、東京地方、また太陽の暖かさがうれしい日が帰ってまいりまして。ほんと申し訳ない。
 
 というわけで昨日いった「政治革命」と「社会革命」問題。
 いいかえると、政治権力の変更と社会経済体制の変更は
1 どちらが先か、
2 または社会経済体制の変更のみで足りるか
3 または政治権力の変更があればなんとかなるのか
という問題。
(ま、その他に遊びの議論はいろいろと。しかし、観念用語の弄言。意味なし。)

 ここで、
1 どちらが先かでは、日本マルキストが「政治革命は経済体制革命より先」、構造改革論者が「経済体制の変更が大きな役割を果たし得る」
2 アナーキストが、「社会体制の変更のみで足りる(のと同時に政治権力を滅す)」
3 スターリニストが、「政治権力の変更があれば、「経済体制変更は何とかなる」。
 という区分けになっております。

 で、『お前は、アナーキストだというから、「2」なんだろう』という展開が想定されますね。

 で、要は、こんな区分けがそもそも間違い。
 『あ、きたねえ』 てなもんでしょうか。
 
 全人民にとっては

1 まずは現在の支配をなくすには政治権力に勝たなければならない。
2 といって支配権力に勝っても、その先に衣食住が確保できる生産力が保証されていなければならない。
3 この2つの絶対的必要条件の下で、確保された状態から、
4 さらに、この状態の確保をし続けつつ、
5 支配権力も、
6 さらに生産に抜きがたくひっつく共同体権力も、
7 二つながら無力化していく
これらの一連の過程、これが論議の前提です。したがって、

 第1に、高度な生産力の前提のもとに
 第2に、政治革命を起こし
 第3に、その政治権力の下で意思的に
 第4に、諸権力を廃止する「社会制度を構築する」。
 
 これがアナーキストの枠組みであり、当然に、マルキストがこれを聞いて拝跪しなければならない革命原則です。

 じゃあなんでロシアがあんなに、って。あるいは中国があんなに、って。
 それは簡単な事情なのだよね。要するに、いったん間違った状況に入り込んでしまえば、誰が考えようが、その道への答えは一つ。ただ、その答えに色合いのバリエーションがあるだけ。
 スターリンだトロツキーだといったところで、大同小異。
 役人の首を切ることが自称民衆の味方の首長やその取り巻きが唯一できる行為であるのと同様に、バリエーションとして権力者が趣味でできるのは粛清と、他国(=他地域)の犠牲だけ。
 そりゃ、「ロシア資本主義が日本より進んでた」とかね、そんな話したがるやつもいて。笑止ではないけれども。じゃあそいつらってどんな意味でそんな発言をしたんだろうね、くたばりぞくないの元教授のおっさん(悪口じゃなくて、基本、年齢的に死んでるんだよね)、グルジアにも資本主義が席巻してたのかい? いや、いまでも誰とかの教授連はそういつと同様に判断してるんだろうけど、そんな文章が目に入る機会がないから。
 なにがいいたいのかって、そんな日本の経済学教授の認識と同様に、ボルシェビキも全帝国の必要物資をロシア地域に集中強制運搬したんだよね、ってことで。モスクワ、聖ペテロ地域こそ、全世界が認める「ロシア」なんだよね。

 それが唯物史観というものです。

 もちろんそんなことはトロツキーはわかってたし(わざわざ参考文献書くかね、どうせみんな読んじゃいねえよな、「裏切られた革命」)、スターリンだって=スターリンの取り巻きだって分かってた、(参考文献はないの。利益本位の国民文庫が絶版にしちゃったからね)。わかってねえのは日本の自称理論家と、欧米のあかんぼ社会理論家だけね。
 かわいそうなんだよ、現実に翻弄される、っていうことはね。それは指導者だって同じこと。とうてい自称理論家の口先「批判」などとは次元が違うの。もちろん、それで虐殺魔となればその責めを負うのは当然だし、本人も当然そう思っているだろうしね。毛沢東みたいなもんだ。心ならずも天安門の御真影になっちまったけどね、当人はそんなもんであろうとしたはずもない。自分の「罪」はじゅうじゅうご存知だったろうさ。

 というわけで、ご覧のあなた、14歳の生徒さん、いわゆる厨房? なにバカにしてんだよね、自称若者たち。自分はなんも考えてないくせに。で、中学生のあなた。隈の理論はあと20年経たなきゃ流行りませんが、10年くらいで一応市民権を得ます。そこであなたがほかに研究することなかったら、これお奨めね。『後進国資本主義革命(あるいは「離陸」革命)の世界資本主義的視座』。ロシアであれ諸後進国家はすべて、首都地域だけがマネッジの対象であり、後進国でもそれならなんとか格好がつく。
 それは革命家という上流支配層の、当該支配システムに対する世界的な視座からの賞賛と優越の帰結でもあった。そして現実もそうなったし、そうなり続けている。もちろん、飢餓と虐殺との引換えにだが。
 なんてことの原理は、隈の基礎理論に加えて、近々の応用理論に出しますし。それを基礎にあなたも立命館とか大阪市大とかの教授になってください。わたしに限っては純学問的努力には興味ありませんのでそれ以上展開しませんし。(と書いてから、あれ、まだあるのかね大阪市立、そういえば統合が、、まだ女子大までか、、、)

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民主党9条改正案

2013-09-08 09:00:49 | 歴史への視角
 そら出た。日本軍だ。言ったとおりでしょ。
 ってよろこんでちゃいかんな。
 (あら、yahoo見出し、消えちゃった。
  「民主党の枝野幸男・憲法総合調査会長が憲法9条の改正案をまとめた。武力行使に歯止めをかける自衛権や国際貢献の要件を記し、必要最小限の集団的自衛権行使を認める。」  これで自民党とさらに右にシフトして妥協でおしまい。「自衛のための組織」でなく、「自衛のための軍隊」に変えてね。)

 右翼のバカや左翼教条主義者にはわからないだろうが、これが歴史というものです。
 中身はかんたんな話です。
 国家武力は、その経済的基盤の確保に全力をあげる。
 被支配人民も、被支配の根拠である経済的基盤の確保に、しぶしぶ、あるいはお祭り騒ぎで、乗る。それが状況で現実の姿を変える。
 それだけ。
 それが「被支配」というものです。
 そして、資本が軍事に体制として組み込まれ、どうにも動きが取れなくなるのが、これからです。とはいえ、この時点で笑ってちゃいけませんな。

 「枝野は革マル」? (まだ検索見出しに出る)
 それはそれは。ごしゅうしょうさまで。


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独立する「倫理」

2013-09-01 17:09:53 | 歴史への視角
 こんにちは。まだくそあついきょうこのごろ。
 それでももう秋で、今日は朝、窓を開けたらアオマツムシが飛んできてパソコンにへばりつきました。もちろん雌ですが。(なぜ、もちろん?)
 いや、なんの虫か分からなかったんですが、小学校から使っている学習小事典では、アオマツムシは1.5cmと書いてあるし、こいつは3センチもあるからカメムシの仲間ではないか、とか。
 例によってネット検索で、体調2~2,5cm、写真はこれ、と明快にそれとわかりました。
    しかし、3cm以上あるのだが、、、
    この前来たゲジゲジも、優に5cmあったし。栄養がいいのかなあ、、、
 
 さて、本日は、下部構造に独立する「倫理」とは何か。
 ここんとこ、笑止なウェーバーの話題とかありましてね。ウェーバーって『職業としての政治』
 
 まあ、一般論からいえば、道徳や倫理というのは『賞賛と優越』の問題で、要するに評価の問題です。
 人間自分の問題ではありはしない。下部構造に直規定されている、人間として口に出すのも恥ずかしいような羞ずかしいような内容です。
 いわく、「心情倫理」などといい、要するに自分の内部の評価基準がよしとすればそれでよいという。
 一方「責任倫理」といい、結果が他人からいいといわれればそれでいいという。
 こういっちゃなんですが、情け無い話ですね。
 すべて行為は、自称自分、あるいは他人による評価次第で決めるわけだ。
 ネット検索すればこんなのしかでてこない。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51797599.html
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51503469.html
 何を言ってんだ、馬鹿野郎。
 ほんとに何も考えず言葉を当てはめるやつら=評論家というのは、世間ですわりがいいんだろうねえ。
 精神的苦労もしねえでうらやましいよ、といえば、こいつは常套句のつもりで「おれは前みたいなエリートじゃねえ、庶民と同じ苦労人なんだ」、というかもしれないが、残念でしたね、わたしゃどこもかしこもエリートじゃないんで、そんな悪口はかすりもしない。
 知るはずもないから教えてやるのだが、前衛的右翼や左翼のコアは、池田信夫が言うような他人の評価で動いているわけではない。もちろん、私も展開したように、運動の大雲影は、大衆人池田と同じ感性と認識で動くのだが、しかし、そのコア、中核(「中核派」ではない)、要するに前衛は、そんなもので動きはしない。もちろん、かの「時代」になにもできなかった池田に分かるはずもない世界のことだが。
 
 本当は上記両者で折り合いがつかない中でどう生きよう、と思う(悩む)者が、本当の倫理者なのだ。
 人間は、社会の中で生きていることを確認しつつ、それが「自分だ」ということまで認識する。
 すなわち、自己の行為がこういう結果を生む、あるいはこういう結果と同時にああいう結果しか生まない。それを認識した上で、さあ、お前という自分はどうする、という問いかけに答えるところが人間のありようなのだ。
 そこで、自分のであれ他人のであれ、評価を選ぶことなど、やむをえないとはいえ、他人に偉そうにしゃべってこれが私の「倫理」でござい、などというのは頭老人ボケじゃねえか、といわれてもしかたのないことだ。
 まあ、そんな人たちばっかりだからシンプルに唯物史観が適用されて社会がわかりやすくてよいのだが。
 
 しかし、あるべき倫理とはそうしたものではないことが唯一60年代の日本で確認されたのだ。
 すなわち、『主体性』。
 
 下部構造に抗し得る倫理とは、「評価されることを選ぶ」のではなく、「耐えることを選ぶ」という事態なのだ。
  
 自分の満足と行為の結果など、そんなもの、折り合いがつくわけがない。そんなことはやってみれば分かることだ。 池田などにやれるはずもないが。
 そこで問われるのは、それではお前は何を我慢するのか、という問いかけだ。
 自分の道徳観に合わない行為か、不十分な行為結果か、それともその全部か。
 この選択は社会の道徳ではない。自分個人が引き受けなければいけない「自分の中での罪」なのだ。
 そんなもの我慢してどうする?
 そんな場所から生きていく。それは他人の評価(そのもの)ではなく、自己が選んだ現実をどう変えていこうか、という投企なのだ。
 「投企って何? 人間なんてみな存在者なんだから、そんなの普通の人間が普通にしてることでしょ」 
 違あう。
 
 わかるかねえ。図式化。
 1 心情倫理・・・結果はどうでようと私は私の信じた道を。それが私の心の神の評価だ。
 2 責任倫理・・・結果次第だ、どんな汚い手を使おうが、結果が他人によければいい。それみたことか、民衆が拍手をしている。
 そして
 3 本来の倫理・・・こうすれば、ああなる。そんなことは分かっている。では、私は私の良心の範囲内でそうすることができるのか。そうしたことに耐えてゆくことで自分にOKを出すのか。日々とは、その問いかけの答えである。 
 そこにはすでに他人の評価を期待する余地はない。自分自身の頭の中で、危ない綱渡りをしていくほかはないのだ。
 きれいごと? 美的麗辞? レトリック?
 疑うやつはやってみれば分かる。そこには具体的な他人の評価が入る余地などありはしない。
 もちろん、疑うやつにやれる仕業ではないのだが。
 
   昔も似たことを書いたけどね、こういうのは本になっていないので(「知性の反乱」くらいさ。その他の自称主体性論者など、ただの社会道徳家=社会評価懇願主義者にすぎないので注意。)、ときどき私が書かないと、日本でさえすでに分かっている人間など残っていないかも知れなそうだしね。
   
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「動かしているのは俺たちさ」

2013-08-04 18:03:44 | 歴史への視角
 こんばんは。お暑つうございます。って東京地方、それほどでもないんだけど。
 なんとか30度くらいで真夏の日にちを稼ぎたいものです。早く9月にならないかなあ、、、
 今日は土日休みですが、次の(3)連休っていつだろうとカレンダーを見るのですが、あると思った連休がない、えー、そうだっけ、、海の日とかってあんじゃないの、、、
 休みの日に次の休みを調べんのもなんだな。もしやと体温を測ると案の定1度ほど上昇中。暑さ当たりだな。ほんと中高年なんちゅうもんは幼児化するんじゃ。
 
 まあ、どうでもいいですが、要するに世の中どうでもよく。
 パソコンのウイルス状況排除に悪戦しているうちに(ウイルスバスター、どうも怪しい)、選挙とかってあったようで。ま、私も行きはしましたが。
 ま、結果も興味なし。
 私のような唯物史観者は、だから人民史観だから、人民のいいかげんさを見せつけられていやなもんさ。
 ちょっと注釈すると、前も言ったように、アベノミクスとかって要するに国庫金消費の需要創出ね、だれだってやればできるキリギリスの「好況」。キリギリスだろうがなんだろうが、人民はそれが勝利するように民主選挙を按配する。それは資本家が投票しているわけじゃないからね。
 自民党の勝利は決して自民党のせいじゃないわな。投票した人民のせいさ。それが唯物史観というものです。
 つまんねえやつらさ。
 とゆうのも、麻生のナチス発言と一緒で、正しいだけの舌禍だけどね。
 
 先に別なことを言っとくと、前も言ったように、このように自民党もバカじゃないからね、静かに9条のみ改正でいきますぜ。このブログの読者なら「9条だけならいい」なんて思わんでしょうね、もちろん。軍事を経済に組み込んだら口先ばかりはある自由も終わりだからね。
 
 で、元に戻って、こちらの舌禍。
 人民なんてしょうがねえやつらだ、なんて選挙運動や党派新聞で言ったら舌禍さ。あたりまえ。麻生というのはとことんバカと見える。
 「ちょっと待てい。俺は自民党に投票などしていないぞ」、って、俺だってしちゃいないさ。
 問題は、実は、現代日本のような『資本主義の爛熟というのは、下層共同体の分裂を指す』、ってことなんだがね。
 おお、いっぺんに難しい。
 
 発達した資本主義の中の人間は自由だけどね、資本主義での人が自由に生きられるというありがたい構造が、実は個人の利害という下部構造に足元をすくわれるのですな。
 そこでは、利害によって、下層の共同体が分裂するのであり、それがまた、マルクスの単なる外形的洞察のとおり、一方で資本主義の安定と一方で資本主義転覆という下部構造を育てるわけ。
 すなわち、資本主義転覆のイデオロギー的力は、マルクスの洞察の理屈づけとは異なり、自分以上の支配階級のない資本家という安定的上層の賞賛を夢見る下層階級と、下層階級内での賞賛を是とする階級との戦いの結果なのだ。
 夢見るおめでたい下層階級は、あるときに、それが夢であることをばらされる。その一瞬こそがブルジョワジーの最後のときなのだ。
 いいかえれば、それまでは上層階級は安楽椅子でふんぞり返っていられるということではあるが。

 これは現実そのまんま。はっきりいっただけ。なんの頭脳的苦労も要りゃしない。
 ただ、こうしてはっきりいえる地点に達するのに、少しばかり苦労がいるんだけどね。
 
 (専門的な注:今言及したのはイデオロギー場面のみ。下部構造自体は別に進展します)
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パンドラの函

2013-05-05 09:28:00 | 歴史への視角
 こんにちは、連休勤務の方、ごくろうさまです。
 
 さてここんとこ改憲論議がかしましいようで。
 しかも9条ではなく96条なんだと。ほんと政治家は小者ぞろいで。左翼セクトと一緒ですね。
 なんでも自分の思いで動くようにしとかないと、何もできない。オモチャ遊びごっこですな。

 ほんとうは右翼的には、「庶民」や、したり顔の是々非々たちと大同団結して、「憲法は大事だ、実態と合わない憲法ではいけない。ともかく9条を実態と合わせましょう」とかいって9条を穏便に変えちまえばいいんです。マスコミだって反対なぞしやしない。「それでいいのか」なんて下向いて呟いて終わりさ。
 それで民主日本も終わり。
 日の丸と君が代と「軍隊」があれば、国家権力にできないことなど何もない。

 つまりね、いま「個人主義」に手をつけるふうを見せると、資本家だっていやがるのさ。誰だって国家のいうなりになんかなりたくないからね。
 今「国家」に何かして欲しい一般人は、公共事業関係者か補償金その他の金銭要求者だけでしょ。
 
 ところが、軍隊ができれば、海外投資確保もできるし軍備投資もできる。もちろん海外NPOにも恩を売ってね。こうして資本家は軍隊ナシではなにもできない世の中となる。庶民だって軍隊が動き出して、そこで苦境に陥るのを何度も見せつけてやれば、「軍隊もっと強くなれ」とか思うのさ。
 そこでようやく「お前らも国家に貢献しろよ」といわれれば、資本家も反対などできやしない。 それは軍産複合体などというだいそれたシステムではなく、ただの経済が軍と結合する、という状況です。これでおもむろに「国民は国家のために存在する」って改憲動議すれば党派、階級を超えて賛成多数、その頃はアベも草葉の陰かもしらんが泣いて喜ぶでしょう。
 世の中というのはそういうものです。
 ただし、「軍隊」はステルス機やミサイルがあるオモチャ箱じゃない。開けてしまったパンドラの函、誰にも収拾はできやしない。あとはいきつくところまでいくだけで。ま、全体軍国主義=合衆国アメリカと同じですね。


 なんて大事なことを右翼に教えていいのか、って?
 右翼に教えてんじゃなくて、「庶民」に教えてんのさ。
 「現にある自衛隊を認めて何が悪い」って、要するに自分の首を締めるってことだってね。
 もっとも、私はこの先10年のことなんか興味ないの。私の理論は、20年先。日本資本主義が熟しすぎて腐れ落ちる時代に花開くからね。
   若い人は熟して腐るなんて知らないんだろうけどね。
   モノは熟したら腐って地に落ちるだけなのだよ。
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