リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

たまにはまじめに

2014-09-27 17:35:13 | その他
 というわけで、本日はこっちが本体。今日はわたしがいつも知らないふりをしているフェミニズムというかリブ運動への疑問。
 昨日、例によりまして食後の食器洗いちゅう、ふと思うに、ボーヴォアールの議論といういうのもあまり解放的ではないなあ、と。
 ボーヴォワール40歳(ウィキがワールだっちゅうんで)。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」。
 良い言葉のように聞こえますけど。私どもの時代には、意識的な少年少女はまず押さえておかなければならない言葉でしたね。その頃は高校1年で左翼なんてあたりまえでしたから。
 ま、ともかく、あんまり科学的ではないけれど、まあ、そういう修辞ですね。そういう修辞が有効な時代があった社会があった、ということです。
 「社会があった時代があった」というんじゃなくて「時代があった社会があった」 ね。そりゃいまだってそこにいきつきもしないイスラム社会ばかりだけれど。
 ただ若い人は、日本ではそういうことは言ってほしくない。

 
 もともと、「第二の性」って本でして。 
 中学生のころ。ざっと目を通したことはあるけれど、表題の趣旨以外は、趣旨が不明でした。って14,5歳でわかるかよ、てなもんですか。
 でも今ネットで検索しても、これはフランス階級的エリート社会でしか必要のない本だとおもうのですね。趣旨は、日本でも、残念なことにその他の国でもあと100年は、必要な本だけれども、って、そりゃなに言ってるかは読まなきゃわかんないよね。
 シンプルに言えば「論旨に」歴史的な普遍性がないのです。「論理に」普遍性はあるのですが、ぎゃあぎゃあいってたってフランスエリートの社会での言葉遣いのイメージしか湧きたてはしない。(こうゆうのは日常言語にするのが難しい)
 ま、ともかくも。

 
 でも私ももう中高年でして、それ以上のこともわかるはずですね。
 なにが悪いか、って、女は生まれからして女だし、ってことで。それをないことにしてもしょうがない。

 
 いや、だからイスラム諸国・ヒンズー国のような野蛮な国ではまずそれを隠すのはしょうがないわけね。さっきはそういうことをいったの。まず、「作られた女像」を壊さないとね。
 しかし、それは像を壊すだけの役目しかない。
 女は女で戦線を固めなければ、それは左翼の1形態にしかならない。早い話、前衛の自己満足。
 女の統一戦線とは何か。 
 女の大部分は、母存在にアイデンティティを持ち、その社会での母文化を自己のものとする。それが全体社会の存在の土台なのだから、それを否定してもしょうがない。ついで、その社会でのそのアイデンティティを実践し。それにより、自己の文化をさらに追加的に創る。それも人間行為者として当然なんだから、それを視野に入れなければ統一戦線など組めない。組めなくてもわたしはよいが、それは男に好都合なだけだ。そういう議論は、左翼の一分派の議論になるだけ。男は「ああそれがヘミニズムネね」とか思っていれば通り過ぎてしまう。
 今は、この2014年の日本の文化に沿って、母と独立女性が対立しているだけ。発表能力の高い女は自分のこと(独立女のこと)しか言わない。そうではなくて、母にアイデンティティを持って成長し成長し終わった人間が持つべき理想を確定していくべきではないのか。
 母だからなにしちゃいけないとか、それは子供に悪いからだめだとかいうことをいってんじゃないのさ。
 母は結婚契約をせずに早く独立して「子供を育てろ」、とか、独立するために、「子供は男に押し付けろ」ということも含めていっているわけ。いやでもなんでも、母存在を視野に入れない以外には、歴史的に多数を取れるフェミニズムは存在しないだろうと。それはフェミニストが往々にいうようには決して付随的なことではない。
 なんどもいうようだけれど、そうでない議論は、男と女の関係論であるフェミニズムではなく、ただの自分の自由を求めるアナーキズムの一分派。
 それで悪いとはいっていません。
 男である私と同じ視点だからね。それでよければ私と一緒に150年待ちましょうや。
 わたしはただ、正しい議論をしたいだけ。

 基本、男の敵が男であるのと同様に、男と女は敵だからね。(女と女はどうか知らないし、女にとって男がどうかも知らないけれど。理論上は、女の敵が女であるのと同様に、女にとっても男は敵じゃないのかね?) (なお、これを男は全部の人間が敵だと書いては何も伝わらない。僕の男の友達は決して僕の敵ではない。)

 
 と、まあ、久しぶりにためになるブログ。こうゆう議論にはふつうなにを読んでもお目にかかれませんぜ。

  
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前フリ

2014-09-27 17:29:48 | その他
 こんにちは。雑草花粉の秋です。今年は目がかゆいのがつらい。鼻水とあいまってエスタックイブの出番多し。アレルギー薬より体調が軽くなるので。
 さて、まずはヤマダ電機 ブラック企業大賞受賞というそろそろ旧聞に属するニュース。
 ただこのタイミングで言わないと、後はヤマダがつぶれるときだけになっちゃうので改めまして。

 「ヤマダ電機 ブラック」で検索すると、ブラック大賞の次の記事は『ひどい・・接客応対の改善が先決!?』だって。
 ほんと、ひどい。
 前から店員が気に入らないのでなるべく買いたくなかったんだけれど。地の利で先日もついいってしまったM店。
 ヒアリングの勉強にCDドライブが欲しかったけれど見つからず、特に仕事もしていないいい年のおじさん店員に丁寧に聞いたら(私、基本は丁寧)、ああこっち、といってすごいスピードで該当売り場へ、「これしかないので、これでよければ」と見せられたのは見本においてあったつもりなんでしょうか、思いっきり汚れたCDドライブ。まじ、汚れで真っ黒け。(いいわけねえよ、、、)と思って、ほかになんとか(取り寄せとか)、、、と聞こうと思ったらもういねえの。後ろ向いて歩いていっちゃってたよ。なに、それ。
 ば~~か。もちろん速攻帰宅。ネット注文しましたが。
 こんな店でなんか買う気するかね。そりゃわたしは心が狭いから頭きたらそれに殉じますがそういう男もたくさんいるでしょ。ここは東京地方。べつにヨドバシだってビッグカメラだってあんだから。

 それで思い出すのが今は亡き株式会社ヤシカ。学生の頃、趣味が高じて(ヨドバシで)買ったヤシカマット124Gという二眼レフのコンバージョンレンズ(くっつけると望遠になる)を買い足しにわざわざいったヤシカ本社のカメラギャラリー。
 20代の茶色のかっこいいスーツのお兄さんにオズオズと聞いたところ、すぐにお答え、「あ、ありませんね、たいしたもんじゃないしね。二眼レフですからね、もう売れないんですよ」、って俺買ったんだけど。ああ、そうなんですか、と世間ずれしていないときでスゴスゴと帰りましたが、心の中は(なんだよ、ヤシカ)。
 株式会社ヤシカ、その後何ヶ月もなくつぶれました。
 とても、納得。
 自分とこの製品をたいしたもんじゃないなんていう社員のいる会社、もつわけねえよ。

 というわけでヤマダもおしまいだね。
 
 長くなりました、あとは別立てで。
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ふてくされ

2014-09-20 21:13:55 | 断片

 こんばんは。今日あたり、森を2分していたつくつくほうしの領分も、秋の虫に明け渡されたかと思える東京地方、ごきげんよう。
 いいことのない中で、一日ほんの2つぐらいの進展を大事に、あとは進展してるかどうかもわからないヒアリングの勉強をすすめるきょうこのごろ。

 
 ろくなことがありませんね。
 話にならないことばかりのなか、朝日新聞によると、法科大学院、”ようやくつぶせそうでよかった”(趣旨)、と法務省幹部がいったとか。ろくな結果も出さない大学院は補助金を半減するから、低レベルはつぶれるだろうという話。

 
 こういうのきくと皆様 「この法務省の野郎は」 と怒るかと思うんですが、そういうの違うとおもうんですよね、というのが「話になる」話。
 法務省の諸君はべつに法科大学院は作りたくなかったはずですよ、知りませんけどね。
 何で知らないのにそういうのかというと、すべて日本の国というのはそういう構造だから。
 「そりゃだめですよ、ぜったい将来に禍根を残します」という官僚の意見をおいて、時の利害関係選挙大臣と大法螺吹きの評論権威者が「木っ端役人がなにをいうか」と横紙破りをする。
 その結果がすべての政策破綻。
 ちなみに、いい政策は政策のコピー職人である国家官僚がリベラルっぽい政治家と経営団体理事に右顧左眄してつくるものなんですぜ。
 なんどもいいますが、わたしは国家関係者じゃありませんが。

 
 ま、いいほうはいいとして、悪いほう。言いだしっぺがどんな法曹関係者か忘れたが(ネットに載ってるべ)、どして「俺が悪かった」っていえないのかね。
 おまえらが法律家をたくさん作る、っていったんじゃないかよ。
 それがたくさん司法試験を受けたらはしから不合格にして。そりゃちがうだろうよ。
 ドクターだってそうさ。博士なんかだれも欲しくなんかないのに、たくさん博士受けたらまともな大学は相変わらず博士ださなくて。あるいはようやく出してもいくとこなくて。そりゃそうさ、たんに外聞が悪いから博士課程人口を増やしただけなんだから。日本語もできなくて日本の大学院で勉強なんかできるかよ。
 政治家は博士過程人がいくら増えてもそいつの行く先なんかつくろうとも思わない。かくて被害者は行き場のないドクター本人。
 

 ったく無責任なもんさ。
 悪いのは先のことを心配するこじゅうとのような国家官僚じゃないんだよ。クニの行く末を決めているのは、先のことを考えない政治家と評論家なんだよ。

 
 ってね。もうわたしは老人と中年は見捨てたから、若者への知識付与。

 
 わたしなんざ、何も頼るもんなどないけどね、ひとりぼっちでもがんばれるんだよ。ひとりだよ、なんにも頼れずひとり(=世界中にも歴史上にも準拠人も準拠ポイントもない、という意味)。他人と違うことを、なんの頼りもなく言い続ける、言うだけならある程度自覚があればできるだろうけど、自覚のないやつも多すぎだけど、それをさらに時間を費やして、なんのためにかだれのためにか、進ませ続ける。これはふつう困難だね。
 自分で考えたことなかったけれど、今日食事の後片付け中にふと思うに、これってすごいな、と。
 ていうのも若者向け。
 
 若者は、だれかは自分より偉いだろうという幻想をもてるから、修行も楽なはずだよ。めげないでがんばってくれたまえ。もっとひどい人間もいるんだからって。
 
     ま、わたしには、日常を支えてくれた仲間がいるけどね。
 
 
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今週も土曜日です

2014-09-13 21:14:00 | 断片
 こんばんは。9月だというのに頭の過ごしやすい今日このごろ。もう土曜日。

 ちょっとネットを開けてみたら、「和歌山県みなべ町議会」が、『おにぎりを作る際には積極的に梅干しを使っていこうと町民に呼び掛けることなどを盛り込んだ「梅干しでおにぎり条例」(仮称)の制定を目指している』んだそうな。まったく田舎もんだねえ。おらが町の人間はオラが町の産業に貢献するのが当然だと。条例という権力行使をなんだとおもっているのかねえ、いや、そんなもんだと思ってるんでしょうけどね。中身のある条例は国や県が作ってくれるのを右から左へ素通しするだけからね。自分たちでやれるのは梅干の作り方くらい。
 あなたもそんな町が好きですか? わたしはそんな村役場は大嫌いです。あ、やくばじゃなくてぎかいか。田舎じゃおんなじさ。

 ま、土曜日なので、朝日新聞問題でお茶を濁そうかと。
 
 池上とかいう男の記事の掲載拒否問題は、これはアサヒの社長の夜郎自大な性格のようにも見えるので社会学的にはつまらないね。
 もっとも、夜郎自大だけが社長につくという構造が、大手マスコミの宿命といえばちょっと面白い?
 要は、手下は「社会改革を」、みたいな人間の中で、それじゃあ資本主義国家のご意見番にはなれない。なれなければ新聞社はつぶれる。この矛盾をへとも思わないやつでないと経営社長にはなれないということさね。これは、わたしがマスコミの歴史の勉強をした対象の今から75年前以降のアサヒはすべてそうさ。
 
 で、原発社員の悪口さ。
 これも夜郎自大なアホ社員が、つい、正直にアサヒの報道姿勢を今に適用してしまったんだね、つまり、なんとか他人をけなしてやろうという根性さ。
 むかしはこれがバレなかったんだよ。なぜかって、他人をけなす基準がイデオロギー評価だったからね。
 新聞なんか他人をけなせば売れるんだが、この基準がイデオロギーだと絶対的、擬似客観的だから、大衆がおとなしければけなしようもない。結果、「あいつは右翼だから国を戦争に追いやる」 とか言ってけなしてりゃよかったんだね。
 ところが、この基準がもはやなくなってしまった。
 なくなっても当人たちは前とおんなじに記事を書く。新聞なんか他人をけなせば売れるんだ、先輩たちもそういっている、まかしとけい、俺はいつも2ちゃんでやってるんだぜ。
 って、その結果は2ちゃん記事だ。至極当然。
 
 ほんと、なにも弁護の余地などない。
 
 まあ、慰安婦問題は知らないけどね。知らないし知りたくもない。どうせ、おんなじ構造さ。
 おかげさまでド迷惑もいいところだ。右翼に謝る前に、弱みを作ってご迷惑をおかけしたと慰安婦・支援者にあやまれ。
 
 
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ほら、勝った。異能の攻め

2014-09-11 21:39:14 | コーヒーブレイク
 こんばんは。
 さっそくですが、もう4、5回前のエントリー、将棋の木村。異能で攻めればいいのに、といった私の言葉通り、本日の王位戦、羽生先生を異能に攻めて、ようやく星を返しました。あと2回勝たないといけないけど。
 どのくらい異能かというと、周りのプロの将棋指しも、コンピューターソフトも「そんなことしちゃだめだ」 という攻め手。将棋ファンはおわかりですよね。
 そらみたことか。わたしの理論は常に正しい。
 あとから、重箱の隅をコンピューターに突っつかせて何か言ってるやつもいるようですが、てやんでえ、見ていたファンはみんなご存知ですね。

 
 それにしてもあほなコンピューターソフト。将棋の手の善悪を点数なんかにして出して。もっともらしく。
 この前申し上げましたように、コンピュータがほんとに強ければ、その手の評価はゼロか百しかない、って。自分は勝つから100だで。それ以外は相手がどんな手をやろうがゼロ。
 それをまあしったふうに点数にして、それも間違ってるようじゃお笑いだ。

 
 などなど。

 
 こんなことは本来のお客様には関係ないですよね、単に自分が正しかったことの宣伝。
 
 本来のお客様には朝日新聞の失態につけ込む支配者の手先共の姿をけなすのがよいのでしょうが、あいにくわたしには朝日新聞でさえ資本主義者の傀儡新聞、評価の対象にもならない。(どっちかというと毎日のほうがすき)
 というわけで近況報告だけ。

 
 現在、一歩一歩、新規書籍を、ホームページダウンロード化すべく作業を進行させちゅう。
 もっともわたしもあたまにきたので、装いを変更させる所存です。
 もう関係ないやつは相手しないの。
 前からそうだったけど、その関係なさの範囲をぐんと広げました。

 
    わたしの行動はすべて気持ちだけの束。

 
    ところで、まったく話題が変わるようですが、みなさんちゃんと賃労働してますか? いつか報われますから、ここは我慢してかせでくださいませ。

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しきりなおし

2014-09-07 14:04:34 | 断片
 こんにちは。きのうは頭に来てまたブログを汚してしまったので、またトップページ保全の仕切りなおし。

 あたまにくるとつい匿名相当の立場を忘れてほえたてて大変失礼いたしました。
 これは卑怯なのでいけませんね。自分にとっては本名なのでつい忘れてしまう。

 たかだか若いときの一時の詩人が歌手職人に身を落としただけのこと。ぎゃあぎゃあわめくほどのことではありませんでした。たんに、そんなやつではないと思いこんでいた私のせいです。

 それにしても、この仮の名の身分もうっとおしいなあ、なにか機会があれば戻るのもいいのですが、ほとんど隈の名で仕事をし終えたところで、ねえ。

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年寄ったからってウソつくんじゃねえよ

2014-09-06 20:56:44 | 断片
 さだ。
 まあ、なにかと不満な出来事はありつつも、はしからわすれちまおうという気持ちに素直についてくる中高年頭脳がうっとおしい今日この頃。

 
 ようするにあれこれいいたいことはあったけど忘れちまったよ、問題は今も流れているさだまさし。

 
 今は昔の「案山子」を歌うのはいいが、食器を洗う私の耳に、続いていわく、「これは津和野という町があってね、、、」
 ば~~かやろ。そんなもんじゃないだろ。歌っていうのは、詩っていうのはそんなもんじゃないだろ。
 お前の頭にどこで浮かんだ着想だろうが、歌いたかったお前はそんなもんじゃないだろ、若かったお前、お前はどこの場所の歌であれ、その中身が歌いたかったんだろ。
 真摯なおまえはどこへいったんだ。

 
 ひきつづき続く谷村との番組、さだ、イデオロギッシュ。いわく、「ぼくらが歌わなきゃいけないから」
   はあ……

 
 昔、吉本隆明が四季派の悪口に、「中原中也も生きていれば戦争賛歌を歌ったにちがいない」といった件で、ここにも反論を書きましたが、吉本もいい加減に書くからそういう目に会う。基本は彼の洞察は正しい。その洞察の根拠を散文的に書けないから、というかもちろん自分でもわからないからバカなことを書き、人にバカだと言われる。

 
 なぜ四季派が、国家を挙げて戦争にひた走りに走るさなか、戦争賛歌を歌ったか、それは彼らが吉本が言うように花鳥風月を歌ってきたからでは決してない。
 彼らが大衆の心を歌ってきたからだ。
 もういいかい、このへんで。もう話わかったろ、おじちゃん無駄な話すんのきらいなんだよね。
 

   はあ……
 佐田も同様に大衆を信じている。
   はあ……
 そうして、大衆が戦争になだれ込むのだ。歌うたいや漫才師が、新聞や義務教育学校があおりたてた国家万歳の大衆の気持ちを支えつつ、彼らの望む戦争へとまい進させたのだ。
 それは決して、軍部や政治家が強制したからではない。
 もちろん特高や憲兵は強制したが、政治家も陸海軍大将も、大衆の行方を確認して、大丈夫だという確認ののち、戦争へ突入したのだ。

 
 いやなものをみてしまった。
 自分の心にウソをつくようになっては、詩人はおろか、人間は、おしまいだ。

 
 
    中原中也は大衆のことなど見るはずもないことは、以前に書いた。

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PCの病気が直った

2014-09-01 14:33:53 | その他
 うれしい。うちのPC、どんなPDFファイルを開けても開くんだよ! ここも! そこも!、ほら、これも! すばらしい! 直ったんだ!

 
 なんて、わかんないひとにはわかんないでしょうが、とても感動! 健康っていいことです。

 
 でさ、問題だったのが、
 『Internet Explorer でPDFファイルを開けない』ってやつ。インターネット上で開けようとすると、開かないでエラーのメッセージがでるのさ、文面はそれぞれ若干違うけどね。PDF全部じゃないんだけど、ファイルの大きさに関わらず、100KBでも開かず、といって20MBで開くのもあるし。
 アドベのせいじゃないの。ダウンロードしてからなら、みんな開くのね。

 
 で、検索していただくとわかりますが、先達の情報が出てて『「McAfee Security Scan Plus」が悪さをしている「ようだ」』なんて話なのね(どうもありがとうございます)。
 でもわたしのは3ヶ月前に買ったPCの同梱ソフトというかお仕着せのマカフィーの90 日期間限定版。
 
 しかし、ぜったい怪しいよな、と、そこはケチなので待った、今日が92日目(昨日忙しかった)。「もう保護しない」というのですっかりアンインストール。代わりにノートンを入れました。(去年、3台分用のを買って、1台分余ってた。)さあ、どうなるか、、、

 
 開く開くどんどん開く。うれしい、、、

 しかしひどい話だ。買ったの新品の富士通のPCだよ。なに考えてんだ、マカフィー。
 
 別の、Tさんの知恵袋への質問「PDFファイルで開けるものと開けないものがあります。McAfee Securityを無効にすればいいとのアドバイスを見たのですが、これはどうやれば無効に出来るのですか?誰か教えてください。 」が2012/3/25付け。
 2年以上前だよ。知ってる人は知ってるんだよ、ってことはマカフィーだって知ってるんだよね。
 なのに一言のごめんもなし。2年間(以上)ほったらかし。もう直しましたなんていわせないぜ。わたしゃこの5月末日に新品を買ったの。
 サポート画面見たって見つけられやしない。あまりにも人を馬鹿にした。

 
 同梱ソフトって宣伝のためにあるんだよね、まったく良い宣伝でしたぜ。カネだして買ってこれじゃたまりませんし。
 どうせノートンいれたからいいけど、McAfee無料版も同罪としか思えませんから(なにしろ取り替えたらおっけーなんだし)、Scan Plusを入れてない方もそのおつもりで。

 
    (ちなみに、ウイルスバスター、サポートよかったですよ。いちおうPC知ってる人間になら。ごくろうさまでした。でも結局、2011が悪いのかvistaが悪いのかどっちですかね。)
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