リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

ネット情報様々

2013-08-25 20:41:55 | その他
 こんばんは。ようやく夏にも翳りが見え。暑かったけれども家事以外には必須勤務がなかった昨日と暑くはなかった今日では、ここまでの夏作業が整理されました。
 ということで満足してしまうのが私。なんでも私が住んでるK県K市小学校では明日から始業式とのこと。わたし的には夏休みの宿題をきちんとやってたのは小学生までだった、と思うのは記憶違いではなさそうです。
 そういう生活をすると、母親が心配しますよね。しかし、これも父親の遺伝のような気がするのですが。私は父は嫌いではありません。 
 まあその辺はどうでもよく。もしも明日休みでかつ涼しかったら、私の今夏の一期一会の1季節の人生も違うかも、というだけで。
 ところが今日は怒りのニュースもなかったので、それも人生、ふつうに夏の埋め草を。

(その1)
 くそwindows8。家人が新しいパソコンでPDFが印刷できないというので、状況を見たらわけがわからない。どこを見ても印刷メニューが現れない。
 即ネット検索。
 kuso-windows8ではタブレット仕様のため、全画面使用のソフトをおつくりあそばされ、早さ優先の大人の使い方をするのではなく、かちゃかちゃ画面切り替えをして印刷をするのだそうです。「面倒なんていっちゃいけませんぜ、だんな。これが今風というもんでさあ、どうぞごゆっくりお遊びください」、てなもんだ。
 いわく「PDF ファイルの閲覧に、今までは、Adobe Reader を使うのが定番でしたが、 Windows8では、もう、Adobe Reader が要らなくなりました。」
 モノは言いよう、とはよくいったものだ。
 
 で、ネットの書き込みの方たちのお奨めに従い 「要らなくなった」ところの Adobe Readerダウンロードで事なきをえました(タダです)。
 みなさまありがとうございます。
 発売早々kuso-windows8を買った方たちはこんな情報もなく、ほんと苦労なさったことでしょう。
 マイクロソフト日本支社は責任の一端でも感じてるのかねえ、、、ゼーロク毛唐は感ずるはずはないが。
 
(その2)
 当家のプリンターepson px-201。詰まってないのに紙詰まりエラーのランプが消えません。
 おまけのようなちゃっちいプリンターなので、(実際、ADSL2年間契約のオマケについてきた)どこも開けられず、完全にお手上げ状態。エプソン「サポート」によると修理費用9千円。どこがサポートだ。
 なんとかならないかとネット検索。
 ところがこんなマイナーなプリンターもなんとかなるもんで。 
 「よろずや工房」というホームページ。 
 答えは、「インクカートリッジの下の部分の部品をがちゃがちゃ動かす」 右下の白いプラスチックのことです。はい、一発で直りました。
 よろずや工房さん自体というのはHP移転だかで、少なくとも私のステータスでは開けませんので、極くわずかのユーザーさんのためここに記載しておきます。ほかのエプソンでも適用できるかもしれませんね。
 
 しかし、エプソンというのもどんな仕事をしてるんだ。何も教えず買い替えさせて儲けようというのか。(昔はよかったんだよね、NECよりずっといい(し、安い)パソコンを作ってたのに。まあそんな人たちはみんな退職しちゃったよね。)

 というように、ほんと、ネット(にたずさわる方々)様々です。
 ただし、皆様、yahooを騙らったメールにだけは気をつけてください。
 まず全部嘘だと思って、それから対応するのが正しいですよ。 
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どんな差別も他人にいわせりゃ合理的

2013-08-17 21:55:37 | その他
 こんばんは、お盆ですね。楽しくお過ごしですか?
 当方宅近くでは花火が上がり、夏らしい雰囲気でした。子どもの頃見ていたのは丸子の花火といって多摩川下流の花火、こちらの花火は九品仏の上に遠く上がっていたものですが。
 
 さて、本日は昔話。「ぬるくて汚れた風呂に入る人間が、家族の中で決まっていてよいか」
 このブログの訪問者ですとまずは問題設定がわからないでしょうね。
 九州も熊本ともなれば、鹿児島ほどではないですが、男尊女卑。女は穢れているので風呂は一番最後に入るものです。あるいは、でした。
 ぞれが、合理的かどうか、という問いになりますが、そもそも昔の風呂は薪で炊きますから、ぬるくなったからといってわざわざ外まで出て新しい薪をカマ口に入れ直すなんてことはしない。薪が余っていればしたっていいけど、私なら疲れてるんでごめんですね。
 そこで最後に入る人間は必ずぬるい風呂に入ることになる。
 で、女性は生理があるから、新しいのにはいりゃ風呂が汚れるだろうと。ちょっと遠慮しなさい、そういってしまえばおしまいですな。
 かくて熊本では主婦は一番最後に風呂に入ることになる。
 じゃあ熊本男子はその他の人間よりよほどのクソかというと実はそれほどでもない。
 彼らは彼らなりに、最後にぬるくなるのが分かっているから、初めの人間はカンカンについた風呂に入り、出た後では次早くは入れといい、さらに風呂が冷える行為は極端に排斥する。風呂の戸を開けるとかね。
 まあ、うちのじじいの話ですけどね。
 彼は彼なりには、制度の中で「万全を尽くし」て満足してたんだと思われます。
 「男尊女卑? 違う。俺は合理的な努力をした」
 
 さて、私がいっているのはそうした自称努力、実は自己都合の理屈付けの構造です。
 
 どんな社会も合理的にできている。今の社会は資本の利潤確保に沿ってとても合理的です。
 どんなブラックをやろうが、「やらなければ会社が潰れる、会社が潰れてもいいのか」
 その一言はすべてのアンフェアを合理に変えます。
 (ま、アンフェアなんていかがわしい概念ですが、このへんで手を打っておきましょう)
 それで何か悪いというのか。
 
 悪い。
 
 それらはすべて自分を棚に上げた論理です。自分だけはひどい目にあわず、それが社会の「合理」だとほざいている。(このへん、評論家だと長く言うところ。わたしゃ社会科学研究者なので時間の無駄はやめますよ。)
 人間の差はこれだけ。
 ところで、人間はみな多かれ少なかれなんとか自分が生きていかなければいけませんから自分を棚に上げること自体は、一般的には悪いこととはいえない。
 制度とはそういうものです。悪い人間が作るものでも、また支えるものでもない。まずは自分は痛くないやつらが作り、そして自分が痛い思いをしないように維持するものです。(ま、私も大きな声じゃいわないけどね。しかしそうした自己非肯定の認識が重要なのです。)
 かくて、制度は、どんな悪い制度でも続いていく。これを変えようとして生涯を賭ける人間が相次いで出てくるまでは。
 
 軍備?
 もちろん私の9年前の予言どおり、あと1年半で日本に軍隊ができる。それが合理的だからだ。自分は痛くないやつらが日本からこぼれるほど溢れている。
 そしてその合理性を支えるのは、人間としての倫理よりも自己都合を優先する人民総体である。
 
 ところでうちのじじいときたら倫理の先公だったのだよ。くずが。
 
   などとお盆に言ってはいけませんか。いやもうお盆終わったやね。

 さて今日のためになるブログ。
 昨年はM町のS堂の店員に、1ヶ月で大穴が開く靴をつかまされたといいましたが、今年は幸い良い靴にあたりました。(夏用にする)
 イトーヨーカドーの 「izchia イスキア」
 他のNET記事でも褒めてましたので追随しておきます。私のは6800円くらいでしたが。
 1ヶ月以上経っても靴底が3mmしか減らない。 もっとも取り替えられない仕様なので、減ったら終わりですが。
   それでも底に大穴があいたのを3ヶ月履くよりもよっぽどましです。おすすめ。
   
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人々が他人に表現する根拠とは

2013-08-11 21:26:30 | 社会学の基礎概念
 みなさまこんばんは、ってさっきお話しましたか。
 本日は終戦記念日のせいか、NHKで日本帝国陸海軍の犠牲兵士の称揚をやっておりまして、まったくBBCの爪の垢でも煎じて呑めという、意味不明か、状況で、頭に来て。
 (BBCは階級社会イギリスで社会統合のため、決して支配階級=貴族・資本家におもねることはないという趣旨、というか現状認識があります。日本は国家が手を下さなくとも統合されているんで、政府資本家階級は甘えてますな。)
 
 歴史なんてそれについておしゃべりするだけでいくらでも意味付与ができるということがよく現れています。なぜって、戦死者だってみんなそれぞれに、9割の人たちは、自分なりの理由を見つけて死んでったんですからね。
 歴史教科書がどうだの、っていいますが、全然本質的じゃない。俺らの頃なんかヤマセンでも、もっと右翼的でしたよ。
 問題は、そういう国家の攻撃に多くの民衆のように尻尾さげて追随するのか、橋下のようにエサまでもらって攻撃された泣きまねをするのか、ってことですね。
 
 というわけで、本日の話題は Ten Gallon Hat 抱えて、「イデオロギー表明」の話。といってもまとまな話題で。 前回の3時間前の「断片」テーマは、素面でしたが。
 余談ですが、バーボンは嫌いでウイスキーは好きな人は Ten Gallon Hat お勧めですね。間違えればスコッチです。安いし。
 
 で、イデオロギーの表明の仕分け、あるいは特徴。
 その1 支配者階級=支配者というシステムにちょっと座ってみたらどうしようもなく快感だった、という橋下のようなチンピラのたぐい。
 これはいくらでも快感を追求するために、自分の権力範囲を増大させようとします。といってたかだか村役場のおいちゃんですからできることといえば教育委員会の私物化ですな。「教育の中立が永遠としての国家の条件だ」、なんて真理は、生まれてから一度も考えたこともない、ただの阿呆のことです。
 (注:私はAB型なのでときどきこんなふうに(この場合国家を。橋本のはからかいじゃなくて心底本心) からかって書きますが、もちろん国家などそんな条件を満たしゃあしませんぜ。誤解なきよう。私は筋金入りのアナーキストです)
 
 その2 正式な国家権力者です。自民党のことですが。これは、国家という武力権力を増大させることが、「自己だけではなく」国家という存在の全ての賞賛を得ることだと知っていますから、アメリカなんか足元にも及ばない世界に誇る民主憲法なんざ早く変えたい。
 国家にとって、拷問のできない武力なんてありえませんぜ。
 国家は拷問でも何でも、自分には刃向かうやつは痛めつけて泣こうが死のうがどんなことをしても抵抗を絶滅させる。それが自民党憲法案です。まったく、殺人者セクトの悪口が聞いて呆れる。お前のことだよ、右翼某。
 
 その3 それと比べたら庶民なんてかわいいもんです。
 抽象的にいうと「利害上の表現者」は、一般に正直です。
 彼らは別に騙そうとしているのではなく、シンプルに自己の希望を、その当時の支配規範に沿って表現する。 支配規範は、その社会で生きようとする人間にとっては必須のイデオロギーですからね。競争社会がいいといえば、競争で負けるかもしれないけれど、とりあえず今はそのとおりに頑張っている小零細企業主は。それを表明せざるを得ない。

 その4 他方、評論家はそうではない。
 評論家とは、自己の言論を回りの人に受け止めてもらってなんぼ、という、表現次第で生理性が決定される連中のことです。 
 右翼は、自分の生理性の供給確保と、弱い者への悪口という優越。 あるいは、自分を拘束しようとする正義の共産主義者への現実的悪口をいうことで、賞賛と優越を勝ち得ようとする。
 ま、評論家の中でも人道主義者はいますし、彼らは人道の中での正義を表明することで、自己の精神上の安楽が得られる。もちろん、肉体上の安楽でないことを庶民の皆さんには知っておかれたいですけどね。

 その5 一方、党―― 一般的に左翼のそれは、社会経済的利害からは中立です。
 表現する党の基盤はカンパであり、その表現基準は党による賞賛と党内の優越です。
 それゆえその限りで、党イデオロギーは真理に近い。 もちろん、当該上記の理由で「近い」に過ぎませんが。 
 彼らの表現根拠は、彼らの亡霊のような理想への党拘束認識にすぎません。
 かくて、彼らへの庶民の評価も通歴史的に決まっています。 「冷酷な政治主義者」。それは彼らの自己認識でもあります。そんな言葉は痛くもかいくもない。それは人民に身を捧げ心を捧げた末に悪魔に魂を取られるはずの、左翼党員の勲章です。
  
 さて、若い衆、すべてがバチあたりなことです。 
 人間に必要なものは「平等」という正義と、もう一つは、他者存在の容認的認識、すなわち人間的感情の保全と表現、この2者だけです。
 「ありうる神」が欲するものも、人間の一般的存在、すなわち誰でもが同じ平等と同じ幸せ。  
 それだけのはずです。  
 この瞬間。「クリスチャンは死ね」、といいたい衝動が起きたのは、もうすでにコップにないTen Gallon Hat のせい、ということにしておきましょう。 
 
 さて、おまたせしました、ためになるブログ、本日のテーマ。
 散々苦労しましたが、ウイルスバスターの12年版以降はまあなんとか使えるようだ、というのが私個人の50時間かけた暫定的結論です。12年版以前(日本語でこういうときの「以前」は、「未満以前」を指します)の人は早いうちに更新することをお奨めいたします。
 
    尤さん、薄給でしょうががんばってください。 

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同じ本のようでも

2013-08-11 17:08:06 | 断片
 こんにちは。暑いですねえ。東京地方も37度。
 いつもの夏は工事現場の人を思って「もっと日当出せよ」 と思っていたところですが、今年はホームレスの人が暑そうだなあ、と。自分的に、生きて過ごすだけで(熱さが)堪らなくなってしまった。やだね、中高年。
 わかんねえよな若い人には。私だって20年前、30代の頃はクーラー持ってなかったし。
 で今日は、新聞勧誘の人も、このくそ暑いのに3年後までの勧誘運動。
 読売新聞ならどう見たってやり方がヤクザなんで心おきなくシンプルに断るんですが、朝日新聞だって。おい、朝日、大丈夫かよ。 
 で、暑いと頭がヒートアップして集中できない私、本日も埋草。いえ昨日今日で10時間もまだパソコン直しが続いていて。
 
 おととい、「不思議な国のアリス」を読みたくなって図書館で探したところ、ありゃびっくり、アリスの「童話」が大人の書架に。
 という意味は、なんのワンダーな興味を引かない訳本があった、という意味で。
 いってみれば「子どもが夢の国にいった(だけの)話」という訳本、まあ、そういう意味じゃアリスちゅうのはそんな本だろうさ、そりゃそうだけどそんなもん読みたかねえや。
 しょうがねえ、子どもの頃の夏休みに読んだあの不思議な文庫本はどこにいったのか、とネット検索したら、世の中、上記のごとき子どもの本ばかりのもよう。オタクの柳瀬は別として。
 ははあ、これじゃあ文化の継承にもならないわな。
 
 私の読んだのは、不思議の国のアリス 岩崎民平訳 角川文庫 のようだけれど、昔の日本のアリスの人気って、こういうペダンチックなもんだったと思うんだよね。もともと政治運動になじめなかった(けれど出自は政治運動者である) 文化運動者的オタッキーのもちもんだよね。そこから少女趣味者たちがルイス・キャロルを流行らして。柳瀬なんかそれに乗っかっただけで。
 それがいまは、といえばこんな健全な童話になってしまって、、、
 
 いや、要は、原著は変らずとも意味を変える書物がある、ということで。言葉の意味も、その言葉の集成が人の行動にもたらす意味も。何が変ったのかは、わからねど。まあ時代かねえ、、、
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「動かしているのは俺たちさ」

2013-08-04 18:03:44 | 歴史への視角
 こんばんは。お暑つうございます。って東京地方、それほどでもないんだけど。
 なんとか30度くらいで真夏の日にちを稼ぎたいものです。早く9月にならないかなあ、、、
 今日は土日休みですが、次の(3)連休っていつだろうとカレンダーを見るのですが、あると思った連休がない、えー、そうだっけ、、海の日とかってあんじゃないの、、、
 休みの日に次の休みを調べんのもなんだな。もしやと体温を測ると案の定1度ほど上昇中。暑さ当たりだな。ほんと中高年なんちゅうもんは幼児化するんじゃ。
 
 まあ、どうでもいいですが、要するに世の中どうでもよく。
 パソコンのウイルス状況排除に悪戦しているうちに(ウイルスバスター、どうも怪しい)、選挙とかってあったようで。ま、私も行きはしましたが。
 ま、結果も興味なし。
 私のような唯物史観者は、だから人民史観だから、人民のいいかげんさを見せつけられていやなもんさ。
 ちょっと注釈すると、前も言ったように、アベノミクスとかって要するに国庫金消費の需要創出ね、だれだってやればできるキリギリスの「好況」。キリギリスだろうがなんだろうが、人民はそれが勝利するように民主選挙を按配する。それは資本家が投票しているわけじゃないからね。
 自民党の勝利は決して自民党のせいじゃないわな。投票した人民のせいさ。それが唯物史観というものです。
 つまんねえやつらさ。
 とゆうのも、麻生のナチス発言と一緒で、正しいだけの舌禍だけどね。
 
 先に別なことを言っとくと、前も言ったように、このように自民党もバカじゃないからね、静かに9条のみ改正でいきますぜ。このブログの読者なら「9条だけならいい」なんて思わんでしょうね、もちろん。軍事を経済に組み込んだら口先ばかりはある自由も終わりだからね。
 
 で、元に戻って、こちらの舌禍。
 人民なんてしょうがねえやつらだ、なんて選挙運動や党派新聞で言ったら舌禍さ。あたりまえ。麻生というのはとことんバカと見える。
 「ちょっと待てい。俺は自民党に投票などしていないぞ」、って、俺だってしちゃいないさ。
 問題は、実は、現代日本のような『資本主義の爛熟というのは、下層共同体の分裂を指す』、ってことなんだがね。
 おお、いっぺんに難しい。
 
 発達した資本主義の中の人間は自由だけどね、資本主義での人が自由に生きられるというありがたい構造が、実は個人の利害という下部構造に足元をすくわれるのですな。
 そこでは、利害によって、下層の共同体が分裂するのであり、それがまた、マルクスの単なる外形的洞察のとおり、一方で資本主義の安定と一方で資本主義転覆という下部構造を育てるわけ。
 すなわち、資本主義転覆のイデオロギー的力は、マルクスの洞察の理屈づけとは異なり、自分以上の支配階級のない資本家という安定的上層の賞賛を夢見る下層階級と、下層階級内での賞賛を是とする階級との戦いの結果なのだ。
 夢見るおめでたい下層階級は、あるときに、それが夢であることをばらされる。その一瞬こそがブルジョワジーの最後のときなのだ。
 いいかえれば、それまでは上層階級は安楽椅子でふんぞり返っていられるということではあるが。

 これは現実そのまんま。はっきりいっただけ。なんの頭脳的苦労も要りゃしない。
 ただ、こうしてはっきりいえる地点に達するのに、少しばかり苦労がいるんだけどね。
 
 (専門的な注:今言及したのはイデオロギー場面のみ。下部構造自体は別に進展します)
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