クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

歌劇<サトコ>(1)

2006年10月27日 | 作品を語る
今回と次回は、R=コルサコフの歌劇<サトコ>(1898年)についてのお話。前回まで語った<皇帝の花嫁>とは趣ががらりと変わり、こちらはおとぎ話系の娯楽作品である。この作品には、「7場からなるオペラ・ブィリーナ」という肩書きが付いているのだが、そのブィリーナという言葉については、オペラの話が済んだ後に独立した記事で改めて語ることにしたいと思う。とりあえずここでは、「民謡を起源とし、なかば伝説的な主人公を扱った叙事詩的な物語」というぐらいにお考えいただけたらと思う。ノヴゴロドの商人サトコはそのブィリーナに登場する人物の一人であり、またこのオペラの中でいくつかのブィリーナ歌謡が披露されるところから、「オペラ・ブィリーナ」という呼称がつけられたものと考えられる。

さて歌劇<サトコ>だが、これは上演時間が約2時間50分にも及ぶ長大なオペラである。しかし、それにめげず、これからしっかりとその全曲の流れを追っていきたい。

―歌劇<サトコ>のあらすじと、音楽的特徴

〔 第1場 〕

ノヴゴロドの商人たちが祝宴を楽しんでいる場面。キエフの歌い手ニェジェータ(A)が、グースリの伴奏で故郷の英雄についての物語を歌う。彼への返礼として、ノヴゴロドの歌手サトコ(T)が続いて歌う。しかし、彼が歌いだしたのは、遠い国へ船出して新しい市場を開拓したいという彼自身の野心であった。当時のノヴゴロドには海につながる川がなかったので、そんな旅を考えること自体が無謀なものとされ、サトコは皆から嘲笑を受けることになる。まわり中から総スカンを食ったサトコはしょんぼりとその場を去るが、二人の道化がさらに追い討ちをかけるように、彼をからかって歌う。

(※オペラの開始を告げる序奏から、いきなりR=コルサコフ節だ。下降する三つの音を低弦が繰り返し、ゆったりと波がうねる海の情景を描き始める。そして開幕直後の祝宴風景では、男声合唱による非常に力強い歌が聴かれる。続いて歌われるニェジェータのブィリーナも、よく聴いていると背景の管弦楽伴奏が海の情景を巧みに描き出しているものであることがわかる。)

(※第1場を締めくくるのは、パワフルで華やかな舞曲。ここは一種のディヴェルティスマン効果を持つ場面だが、指揮者にとっても腕の見せ所であろう。)

〔 第2場 〕

夜。月の光に照らされたイリメニ湖のほとりで、サトコがグースリを弾きながらしょんぼり歌っていると、水草が鳴り、水面が波立って白鳥の群れが現れる。やがてその鳥たちは、岸に上がるや美しい娘たちに変身する。彼女らは海王オキアン=モーリェ(B)の娘たちで、その中心に王女ヴォルホヴァ(S)がいる。皆、サトコの歌に聞き惚れて出てきたのだ。美しい王女とサトコは、お互いに惹かれあう。王女は、「あなたに黄金の魚をあげるわ」とサトコに約束する。やがて夜が明けると海王が現れ、娘たちを水底に連れ帰っていく。

(※海の乙女たちの出現シーンは、R=コルサコフの巧みな管弦楽法によってとても美しく書き上げられている。特に、木管やハープの使用が効果的だ。波が揺らいで白鳥たちが現れるところと最後の幕切れシーンでは、あの<ラインの黄金>の開幕で聞かれるライトモチーフによく似た音型が出て来る。サトコと王女の二重唱に女声合唱が重なってくる場面も、非常に夢幻的で良い。)

〔 第3場 〕

明け方。サトコの若い妻リュバーヴァ(Ms)が、家で夫の帰りを待っている。やがて帰宅したサトコに彼女は飛びつくが、彼の方は昨夜の不思議な体験にまだ心が支配されている。妻をまともに相手にせず、サトコは思うところあって再び出掛けて行く。

(※この第3場の終曲もまた、海を思わせる音楽になっている。低弦のうねり、それに加わる金管と打楽器。これは、サトコがやがて向かうことになる未来の情景を暗示しているのかも知れない。)

〔 第4場 〕

人で賑わうイリメニ湖の岸辺。町の人々が外国から来た商人たちを囲んで、様々な異国の品々を眺めて楽しんでいる。ニェジェータが、ノヴゴロドの町を讃えて歌う。サトコがそこへ姿を現し、「皆さん、ご存知ですか?イリメニ湖には黄金の魚がいることを」と人々に話しかける。彼は再び、まわりから嘲笑を浴びる。サトコは、彼らに提案する。「では、このイリメニ湖で黄金の魚が獲れるかどうか、賭けをしてみようじゃないか。俺の首と、あんたたちの全財産を賭けて。どうだい」。町の長老たちと数人の商人たちが、サトコと一緒に湖へやって来る。果たして、王女の約束どおり、彼が投げた網で黄金の魚が3匹も獲れたのだった。サトコは一躍、英雄的存在になる。

賭けの成功によってサトコは裕福な男となり、立派な船で堂々と海へ出て行ける立場になった。彼は外国から来た商人たちに、それぞれの国の様子を尋ねる。ヴァリャーグの商人(B)、インドの商人(T)、ヴェネツィアの商人(Bar)らが次々と、故郷のことを歌って聞かせる。それからサトコはやって来た妻リュバーヴァに別れを告げ、大海原に船出するのだった。

(※市場の賑わいは、混声合唱によって壮麗に歌いだされる。ダッ、ダッ、ダー!と始まる力強い三連音によって、いかにもロシア・オペラらしい雰囲気が生み出されているのが痛快だ。二人の道化も再び登場し、その場を盛り上げる。)

(※ヴァリャーグ商人の歌は、時に「ヴァイキング商人の歌」と訳されることもあるようだ。バス歌手が歌う有名な歌曲の一つである。轟然とうなる弦の前奏は、荒々しい海のうねりを描いたものと考えてよいだろう。)

(※それに続くインド商人の歌は、このオペラの中でおそらく最も有名な曲である。リリック・テナーが歌う「インドの歌」のメロディは、実は昭和40年代初頭前後にしばしばTVのコマーシャル・ソングとして流れていた。商品名は、「明○キンケイ・インドカレー」というのだが、そのCMソングの一節、「明○ キンケイカレ~♪」のメロディこそ、このR=コルサコフの「インドの歌」なのであった。私の場合、これは小学生時代の思い出になるのだが、そのオリジナルとなっているオペラ・アリアを初めて聴いたのは大学生になってからだった。その時は思わず、「おおっ、こ、この歌は」と目を大きく見開いてしまったものである。w ちなみに、背景に流れる伴奏もまた、海を描いたものであることは明らかだ。ヴァリャーグ商人が歌う荒々しい海とは対照的に、オリエンタル・ムード溢れる穏やかな表情の海である。)

―この続き、残りの第5場から第7場の内容については、次回。

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