仏教１４９～マックス・ウェーバー

◆マックス・ウェーバー

　２０世紀の初めには、欧米でのインド学・仏教学は、既に目覚ましい発展を見せていた。マックス・ウェーバーは、その成果を取り入れて、世界の諸宗教を比較・研究する宗教社会学を樹立した。
　ウェーバーは、「インド・シナ・イスラームなど高い文明をもっていた文化圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界にのみ近代資本主義が成立したか？」という問題関心を持って、１９０４～０５年に『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を書いた。本書でウェーバーは、近代資本主義の特徴は、勤労の精神、利潤の正当化、合理的な経営の確立にあることを明らかにした。こうした特徴を持つ資本主義は、西欧にのみ成立した。その原因を、ウェーバーは、プロテスタンティズムの倫理に見出した。
　ウェーバーは、先の問題関心を世界の諸宗教の経済倫理の研究へと一般化した。宗教と経済の関係に注目し、儒教と道教、ヒンドゥー教と仏教、古代ユダヤ教等の研究を行ない、それぞれの社会には異なった社会構造に基づく、独自の宗教倫理・経済倫理があることを明らかにした。そして、これらの社会と西欧を比較して、西欧でのみ近代資本主義が発生・発達した原因を追求した。
　ウェーバーは、その宗教社会学において、仏教についても画期的な研究を行なった。初期仏教と部派仏教を含む古代仏教については、五蘊、罪悪観、四諦、輪廻説、十二縁起、サンガと戒律等を論じている。また、大乗仏教については、密教化・呪術化が進行した過程をたどり、世界を「呪術の園」にしたととらえた。
　ウェーバーの問題関心は、近代資本主義の成立の理由だけに向けられていたのではなく、西欧でのみ発達した近代化の本質を問うものだった。ヨーロッパ文明を規定している特質とは何かという問いの一環だった。
　近代資本主義を生み出したヨーロッパ文明の特質を浮き彫りにするために、ウェーバーは、古代ユダヤ教の世界へと歴史をさかのぼった。また、アラビア、インド、シナそして日本の文明を比較考察した。そこでウェーバーが注目したのは、キリスト教的なヨーロッパ文明においてのみ、「世界の呪術からの解放」が進展したことである。「呪術」を追放して、合理的禁欲と計画的自己統制の生活態度を強調するような合理的宗教は、ただ近代西欧にのみ発達した。そこに、ウェーバーは、ヨーロッパ文明の重要な特質を見出した。
ウェーバーによれば、合理化が出現する以前の人間は「呪術」を用いて周囲の世界に適応していた。その「呪術の園」を打ち破ったのが、プロテスタンティズムの倫理である。そして、ウェーバーは、プロテスタンティズムによる「世界の呪術からの解放」を「宗教史上の偉大な過程」と呼び、「世界の脱呪術化」をよしとした。こうしたウェーバーは、密教化・呪術化が進行した世界を「呪術の園」にした大乗仏教を、否定的に評価した。
　ウェーバーは、仏教の多くの形態の特徴を「現世逃避的瞑想」という理念型で表現した。これをプロテスタンティズムの「世俗内禁欲」の倫理と対比して、仏教が合理的な経済倫理を発展させることができなかった理由と見た。
　ウェーバーは、仏教を幅広く研究しており、日本の大乗仏教についても、真言宗、浄土宗、禅宗、浄土真宗、日蓮宗を取り上げている。特に浄土真宗に注目し、真宗の浄土信仰がインドのバクティやルター派と類似していると指摘している。
　ウェーバーは、プロテスタンティズムの合理性の淵源を古代ユダヤ教に見出した。古代ユダヤ教は、ユダヤ民族が偶像崇拝を否定し、神を一元的に抽象化して生み出した唯一神教である。プロテスタンティズムは、ローマ・カトリック教会から呪術的な要素を排除し、キリスト教の再ユダヤ教化を進めた。浄土真宗は、阿弥陀仏を唯一の帰依対象とし、それを徹底した点で一神教的な傾向を示している。また、日本の大乗仏教の宗派の中で唯一、呪術的な要素を排除した宗派である。その点で、欧米人にとって理解しやすい性格を持っている。ウェーバー以後、浄土真宗とプロテスタンティズムの類似性は、比較宗教学における一つの注目点となった。

　次回に続く。

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