ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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日本の心51~天下は天下の天下なり:武士道の政治

2022-01-14 10:12:05 | 日本精神
 戦国時代の武士は、なによりも戦闘者でした。しかし、徳川家康によって戦国時代に終止符が打たれると、武士には天下を統治する為政者という役割が課せられるようになりました。ここで武士道は、天下公共のために尽くす道として発展していきます。
 家康は江戸に幕府を開くと、朱子学を公認教学としました。朱子学によって幕府権力の正統性を理論化しようとしたのです。林家の祖・林羅山は、家康に対し「天下は一人の天下にあらず、天下は天下の天下なり」という思想を伝えました。為政者は国家を私物とし、ほしいままにしてはならない、天意に従って天下万民の安寧のために努めねばならないというのです。この「天下は……」の語句は、常に家康の胸中にあったものであり、江戸時代の政治思想の要となったものです。
 江戸前期の儒学者・中江藤樹(1608-48)は、武士のあるべき姿を「士道」として説きました。藤樹の「士道」とは、戦国時代の侍の道を儒教によって発展させたものであり、「君子道」とも言えます。「士」とは為政者を意味し、仁義という道徳を行う人間です。こうして、武士は天下国家を治めて人倫の道を実現すべきものとされました。
 藤樹の弟子・熊沢蕃山(1619-91)は、その思想を継承し、岡山藩主・池田光政の下で実践しました。蕃山によると、臣下の人馬や道具は主君から賜った知行でまかなうのだから、「我物ながら主君の物」であり、主君の領国統治の手助けをなすための手段です。主君の領国は将軍から預かっているものであり、将軍はまた天下を天より預かっているのです。したがって忠孝も、単に私的な主従関係の道徳ではなく、天下統治のための道徳となります。忠孝とは、主君の個人的な意思に従うのではなく、「道理にしたがうを以て忠とも言い孝とも言う」とされます。そして主君の天職は「仁政を行ふ」ことであり、臣下の天職は「君を助て仁政を行はしむる」ことに求められました。
 蕃山と同時代、山鹿素行(1622-85)は、次のように述べています。
 「人君というものは、天下万民のためにその頂点を立てたものであって、人君はその地位を自分自身のためのものと考えてはならない。(略)それ故に、民が集まって君主が立てられ、君主が立って国が成立するのだから、民は国の本と言うべきである」(『山鹿語録』)と。
 「人君」つまり君主は、天の意思によって天下万民のために立てられたものだ。民が集まって君主が立てられ、君主が立って国が成立するのだから、民は「国の本」と言うべきであるという思想は、日本的デモクラシーとも言うべきものです。素行において、「忠」とは、家臣が主君に利益をもたらすことではなく、国家天下のために心を尽くすことであるとされました。これが、天下公共の理念にかなった忠義であると素行は考えたのです。
 蕃山・素行に続いて、荻生徂徠(1667-1728)は彼らの説いた武士道を、さらに発展させました。徂徠は言います。
 「御政務の筋は上の私事ではない、天より仰せ付けられた御職分である。(略)下たる人にても御政務の筋に関わることを申すは、暫(しばらく)の内、上と御同役である。(略)下たる者も遠慮すべき事に非ず」(『政談』)。
 徂徠によれば、君主も家臣も領国の統治を、天から命じられた公職にあります。政治の目的は、君主の私的利益の実現ではなく、「治国安民」という公共の利益の実現に向けられなければなりません。家臣の主君に対する忠義も、単に個人としての主君を利することではなく、天意に応えるために主君が実践する「治国安民」の仕事を補佐することに他ならないのです。
 林羅山・中江藤樹・熊沢蕃山・山鹿素行・荻生徂徠と続く系譜は、武士道における天下公共の精神の発達過程と見られます。この精神は、各藩の藩政に生かされていきます。なかでもそれを最も徹底したのが細井平洲であり、平洲に学んだ米沢藩主・上杉鷹山でした。松代藩家老・恩田杢もまた、同じ精神を持って、藩政改革を成功させました。
 社会道徳が非常に低下している今日、私たちは、かつてわが国に厳然と存在した公共の精神を、武士道の中から学ぶべきだと思います。

参考資料
・笠谷和比古著『武士道と現代』(産経新聞社)
・同上『武士道と日本型能力主義』(新潮選書)

 次回に続く。

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