●戦略の逆説的論理(ルトワック)
軍事戦略にせよ作戦戦略にせよ、戦略は自己完結的ではなく、我が方と相手方との間の相互作用を通じて展開する。ボーフルは、これを戦略の弁証法と呼んだ。この相互作用的な展開には、常識で考えると奇妙な論理が働く。ルトワックは、その論理を「逆説的論理(パラドクシカル・ロジック)」と呼んでいる。
ルトワックは、あらゆる戦略的行動には「逆説的論理」が働くという。この論理を、より一般的に「戦略の論理」とも言っている。ルトワック著『自滅する中国』(芙蓉書房出版)の訳者解説で、奥山真司氏は、この論理について、大意次のように説明している。
当方の「アクション(作用)」に、相手も「リアクション(反作用)」で対抗してくる時に、パラドックス(逆説)が発生する。物事を原因、過程、結果と直線的にシンプルに考える一般的な思考モデルを「線形論理(linear logic)」という。ところが、戦略的行動は、線形論理とは異なり、対立する相手との相互作用によって物事の形勢が反対方向に転じる。それをパラドックスと言っている。
戦争では、敵味方がお互いの手段に対して対抗したり妨害したりしようとする。こういった敵対者同士の争いが、戦略を逆説的なものにする。自らを過信して「線形論理」に基づいて行動したり、リスクやコストを見誤って不適切な行為を実行した場合、逆説的な論理が働くために、われわれは自らを窮地に追い詰めることになる、と。
ルトワックは、様々な著書で、この「逆説的論理」について述べている。中でも『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)で、最も分かりやすく語っている。その論理を7つに整理して、以下に掲げる。
1.線的なロジックは常に失敗する
直線で最短距離を行くことは、戦略の世界では、敵が存在し、敵が待ち構えているから、最悪の選択となる。迂回路だったり、曲がりくねった道の方がよい。一般常識の世界では、晴れている昼間に行くのが、最良の選択になる。戦略の世界では、敵が待ち構えている。すると夜中の嵐の中を行くべきだ、ということになる。
2.奇襲が重要なのは逆説的論理が発動しないから
この項目は、奥山氏の解説からまとめる。敵は、奇襲(サプライズ)に遭うと、身動きができなくなり、対抗策を打てなくなる。単純に言えば、何もできなくなる。相手が何もできなくなれば、こちら側は、やるべきことを粛々と手順通りに行うだけで、狙い通りの結果を得られる。つまり、いったん奇襲によって相手が何もできなくなれば、逆説的論理は発動せず、直線的なロジックが通用するようになる。奇襲を受けた側は、全く準備ができていない状態で寝首をかかれることになる。
3.戦闘に勝利し続けると敗北に転じる
戦闘に勝利しつづけて前進すると負けがこんでくるような、状況の逆転が生じる。前進すれば、次第に本国から遠のき、距離が不利に働くようになり、兵站が困難になる。逆に相手は、次第に本国に近づくから、有利になる。よって勝利が敗北に変わり、敗北が勝利に変わる。撤退すれば、本国の基地に近づくことになるし、それまで味方だった、もしくは反対していた勢力も、つく側を変えたりするからである。
4.勝利の限界点を越えると敗北につながる
すべての軍事行動には、そこを越えると失敗する限界点(culminating point)がある。いかなる勝利も、過剰拡大によって敗北につながる。ナポレオンのロシア侵攻やヒトラーのソ連侵攻の失敗がその例だ。
米中国交回復も、ソ連の軍事力の規模が「勝利の限界点」を越えてしまったので、米中が協力関係に転じ、それよって、ソ連の弱体化が始まった。
5.大国は小国を破壊できない
大国は、中規模国は打倒できるが、小国は打倒できない。小国は、常に同盟国を持っているからだ。小国は、規模が小さいゆえに誰にも脅威を与えない。だからこそ、別の大国が手を差し伸べるのである。
6.戦術レベル、戦域レベルでの勝利は大戦略のレベルで覆ることがある
大規模戦争のような戦略の世界では、いくら戦術レベルで大成功を収めたり、戦闘で目覚ましい勝利を収めたり、作戦に成功して戦域レベルで相手国領土を占領できたとしても、大戦略(国家総合戦略)のレベルですべてが覆ることがある。最終的な結果は、最上位の大戦略のレベルで決まるからである。
ルトワックのいう「大戦略のレベル」は、資源の豊富さ、社会の結束力、忍耐力(ディシプリン)、人口規模などに左右される。なかでも、とりわけ重要なのが、同盟を獲得する外交力である。奇襲(サプライズ)による逆説的論理の発動の封じ込めも、その上位の大戦略レベルですべて相殺されうる。戦術や軍事戦略のレベルで相手を打ち負かしても、同盟関係という大戦略レベルで劣勢に立てば、戦争に勝利できない。大戦略レベルの外交力によって、全体の結果の大部分が決まる。同盟関係は、自国の軍事力より重要なのである
7.戦争が平和につながり、平和から戦争が生まれる
戦争ではすべてのことが逆向きに動く。戦えば戦うほど人々は疲弊し、人材や資金が底をつき、勝利の希望は失われ、人々が野望を失うことで、戦争は平和につながるのである。ところが逆に、平和は戦争につながることも忘れてはならない。平時には、脅威が眼前にあっても、われわれは「まあ大丈夫だろう」と考えてしまう。脅威が存在するのに、降伏しようとは思わず、相手と真剣に交渉して敵が何を欲しているかを知ろうともせず、攻撃を防ぐための方策を練ろうともしない。だからこそ、平和から戦争が生まれてしまうのである。
以上の7つが、ルトワックの揚げる「逆説的論理(パラドクシカル・ロジック)」の主なものである。われわれは、軍事戦略にせよ作戦戦略にせよ、戦略は自己完結的ではなく、我が方と相手方との間の相互作用を通じて展開することを認識し、またその相互作用的な展開には「逆説的論理」が働くことを理解する必要がある。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『細川一彦著作集(CD)』(細川一彦事務所)
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軍事戦略にせよ作戦戦略にせよ、戦略は自己完結的ではなく、我が方と相手方との間の相互作用を通じて展開する。ボーフルは、これを戦略の弁証法と呼んだ。この相互作用的な展開には、常識で考えると奇妙な論理が働く。ルトワックは、その論理を「逆説的論理(パラドクシカル・ロジック)」と呼んでいる。
ルトワックは、あらゆる戦略的行動には「逆説的論理」が働くという。この論理を、より一般的に「戦略の論理」とも言っている。ルトワック著『自滅する中国』(芙蓉書房出版)の訳者解説で、奥山真司氏は、この論理について、大意次のように説明している。
当方の「アクション(作用)」に、相手も「リアクション(反作用)」で対抗してくる時に、パラドックス(逆説)が発生する。物事を原因、過程、結果と直線的にシンプルに考える一般的な思考モデルを「線形論理(linear logic)」という。ところが、戦略的行動は、線形論理とは異なり、対立する相手との相互作用によって物事の形勢が反対方向に転じる。それをパラドックスと言っている。
戦争では、敵味方がお互いの手段に対して対抗したり妨害したりしようとする。こういった敵対者同士の争いが、戦略を逆説的なものにする。自らを過信して「線形論理」に基づいて行動したり、リスクやコストを見誤って不適切な行為を実行した場合、逆説的な論理が働くために、われわれは自らを窮地に追い詰めることになる、と。
ルトワックは、様々な著書で、この「逆説的論理」について述べている。中でも『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)で、最も分かりやすく語っている。その論理を7つに整理して、以下に掲げる。
1.線的なロジックは常に失敗する
直線で最短距離を行くことは、戦略の世界では、敵が存在し、敵が待ち構えているから、最悪の選択となる。迂回路だったり、曲がりくねった道の方がよい。一般常識の世界では、晴れている昼間に行くのが、最良の選択になる。戦略の世界では、敵が待ち構えている。すると夜中の嵐の中を行くべきだ、ということになる。
2.奇襲が重要なのは逆説的論理が発動しないから
この項目は、奥山氏の解説からまとめる。敵は、奇襲(サプライズ)に遭うと、身動きができなくなり、対抗策を打てなくなる。単純に言えば、何もできなくなる。相手が何もできなくなれば、こちら側は、やるべきことを粛々と手順通りに行うだけで、狙い通りの結果を得られる。つまり、いったん奇襲によって相手が何もできなくなれば、逆説的論理は発動せず、直線的なロジックが通用するようになる。奇襲を受けた側は、全く準備ができていない状態で寝首をかかれることになる。
3.戦闘に勝利し続けると敗北に転じる
戦闘に勝利しつづけて前進すると負けがこんでくるような、状況の逆転が生じる。前進すれば、次第に本国から遠のき、距離が不利に働くようになり、兵站が困難になる。逆に相手は、次第に本国に近づくから、有利になる。よって勝利が敗北に変わり、敗北が勝利に変わる。撤退すれば、本国の基地に近づくことになるし、それまで味方だった、もしくは反対していた勢力も、つく側を変えたりするからである。
4.勝利の限界点を越えると敗北につながる
すべての軍事行動には、そこを越えると失敗する限界点(culminating point)がある。いかなる勝利も、過剰拡大によって敗北につながる。ナポレオンのロシア侵攻やヒトラーのソ連侵攻の失敗がその例だ。
米中国交回復も、ソ連の軍事力の規模が「勝利の限界点」を越えてしまったので、米中が協力関係に転じ、それよって、ソ連の弱体化が始まった。
5.大国は小国を破壊できない
大国は、中規模国は打倒できるが、小国は打倒できない。小国は、常に同盟国を持っているからだ。小国は、規模が小さいゆえに誰にも脅威を与えない。だからこそ、別の大国が手を差し伸べるのである。
6.戦術レベル、戦域レベルでの勝利は大戦略のレベルで覆ることがある
大規模戦争のような戦略の世界では、いくら戦術レベルで大成功を収めたり、戦闘で目覚ましい勝利を収めたり、作戦に成功して戦域レベルで相手国領土を占領できたとしても、大戦略(国家総合戦略)のレベルですべてが覆ることがある。最終的な結果は、最上位の大戦略のレベルで決まるからである。
ルトワックのいう「大戦略のレベル」は、資源の豊富さ、社会の結束力、忍耐力(ディシプリン)、人口規模などに左右される。なかでも、とりわけ重要なのが、同盟を獲得する外交力である。奇襲(サプライズ)による逆説的論理の発動の封じ込めも、その上位の大戦略レベルですべて相殺されうる。戦術や軍事戦略のレベルで相手を打ち負かしても、同盟関係という大戦略レベルで劣勢に立てば、戦争に勝利できない。大戦略レベルの外交力によって、全体の結果の大部分が決まる。同盟関係は、自国の軍事力より重要なのである
7.戦争が平和につながり、平和から戦争が生まれる
戦争ではすべてのことが逆向きに動く。戦えば戦うほど人々は疲弊し、人材や資金が底をつき、勝利の希望は失われ、人々が野望を失うことで、戦争は平和につながるのである。ところが逆に、平和は戦争につながることも忘れてはならない。平時には、脅威が眼前にあっても、われわれは「まあ大丈夫だろう」と考えてしまう。脅威が存在するのに、降伏しようとは思わず、相手と真剣に交渉して敵が何を欲しているかを知ろうともせず、攻撃を防ぐための方策を練ろうともしない。だからこそ、平和から戦争が生まれてしまうのである。
以上の7つが、ルトワックの揚げる「逆説的論理(パラドクシカル・ロジック)」の主なものである。われわれは、軍事戦略にせよ作戦戦略にせよ、戦略は自己完結的ではなく、我が方と相手方との間の相互作用を通じて展開することを認識し、またその相互作用的な展開には「逆説的論理」が働くことを理解する必要がある。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『細川一彦著作集(CD)』(細川一彦事務所)
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