ほそかわ・かずひこの BLOG

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戦略論38~大モルトケの生涯と思想

2022-08-05 07:45:22 | 戦略論
●ナポレオン戦争から第1次世界大戦までの時代

 ナポレオン戦争は、第1次ヨーロッパ大戦と言ってもよい戦争だった。ユーラシア大陸西端のヨーロッパの大陸部からロシアにまで、戦域が広がった広域的な大戦争だったからである。この見方をすれば、第1次世界大戦は、ヨーロッパにおいては第2次ヨーロッパ大戦、第2次世界大戦は第3次ヨーロッパ大戦ということができる。
 ナポレオン戦争から第1次世界大戦までの時代は、産業革命の本格化、機械工業及び重化学工業の発達が進んだ時代である。
 産業革命の進展によって、動力革命・エネルギー革命が起こり、機械工業が発達し、多くの技術革新が起こった。化石燃料の使用、蒸気機関の発明、鉄道の敷設、通信の迅速化等である。また新たな技術を利用した生産力の増大は、国家や社会に大きな変化をもたらした。以後の戦争は、こうした技術を活用し、また変化する国家・社会に対応するものとして実施された。
 この時代をけん引した軍事理論家が、陸のヘルムート・フォン・モルトケ。海のアルフレッド・セイヤー・マハン、ジュリアン・コーベットである。

●モルトケ(大モルトケ)

◆生涯

 ヘルムート・フォン・モルトケは、ナポレオン1世以降、最高の軍事的天才と言ってよい。プロイセン及びドイツの軍人で政治家、軍事学者で、近代ドイツ陸軍の父と呼ばれる。甥で第1次世界大戦当時のドイツ軍参謀総長モルトケ (小モルトケ) に対して、大モルトケと称される。
 モルトケは、1800年に生まれ、1891年に没した。1858年にプロシアの参謀総長となり、88年まで勤めた。産業革命以後に生まれた当時の最新技術である鉄道と電信を積極的に利用し、電信による迅速な命令伝達を行い、鉄道で大部隊を主戦場に輸送して、敵主力を包囲殲滅する戦略を確立した。こうした戦略を実施するための軍制改革を行い、近代的な陸軍を編成した。彼が参謀部に設けた総括的作戦指令の制度は、その後に近代化されたあらゆる国の軍隊の模範となった。鉄血宰相ビスマルクの下で、デンマーク戦争、普墺戦争、普仏戦争を指導し、戦術家としても天才的手腕を振るって勝利をおさめ、ドイツの統一に大きく貢献した。
 モルトケは、従来の戦略にとらわれず、状況や時代の変化に対応する柔軟性を発揮した。モルトケの戦略は、分散進撃し、包囲して一斉攻撃することである。これは、ナポレオンの作戦を理論化したジョミニが内線作戦を戦いの原則としたのとは、正反対である。モルトケは過去の常識を覆し、鉄道と電信の発達によって分散進撃して攻撃時のみ集中させることが可能となっているから、外線作戦が有利であると主張した。この戦略は、武器の進歩、兵士の年齢構成の変化等も考慮して生みだしたもので、見事にその有効性を実戦で証明した。

◆思想

・最初に考慮すべき事柄を比較検討せよ。それからリスクを冒せ。
・敵に遭遇すれば、計画は必ず変わる。
・戦争に時代や状況を飛び越えた一般原則は存在しない。
・戦史から勝利の公式を見つけることはできない。
・戦略とは、勝利が達成されるまで変化する戦況に臨機応変に対応することである。
・戦略は、知識以上であり、実際生活への応用であり、流動的な状況に従う創造的な思考の発展であり、困難な状況における行為の芸術である。
・戦争は、勝利しても自国民にとっては一種の不幸である。領土の獲得も賠償金の獲得も、人間の命を償い、遺族の悲しみを埋め合わせることはできない。
・永遠の平和など夢にすぎない。しかも決して美しくない夢である。戦争とは神の世界秩序の一環である。戦争においてこそ人間の最も高貴な美徳、勇気、自己否定、命をかける義務心や犠牲心が育まれる。もし戦争がなかったら世界は唯物主義の中で腐敗していくであろう。

 次回に続く。

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