ほそかわ・かずひこの BLOG

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戦略論 26~『闘戦経』の概要

2022-07-12 08:48:50 | 戦略論
●『闘戦経』

 『闘戦経』は、平安時代末期、11世紀末から12世紀初めに成立したとみられる日本最古の兵法書である。
 作者は、大江匡房と考えられている。大江家は、古代から朝廷の書物を管理し伝授してきた家である。
 匡房は『孫子』を研究して、孫子の兵法を源義家に伝授した。義家は、前九年の役や後三年の役で活躍した。だが、匡房は『孫子』の戦略・戦術が優れていることを深く理解したうえで、無批判に摂取することを戒めようとした。
 当時、わが国はシナ文明の文化を模範とする傾向があった。匡房は、国情の違うシナを模倣し、軍事において真摯な努力を怠る者が多くなることを憂慮した。そこで、『闘戦経』を著して『孫子』の欠陥を指摘し、ただ模倣するだけではわが国に適用できないことを示そうとした。
 匡房は、まず神武天皇以来のわが国における政治と軍事の思想を収集して整理した。『闘戦経』は、最初に「我が武道は天地の初めよりある」とする。続いて「第一は日本の武道、第二はシナの兵法」と説いて、日本の武の道から出発する。そのうえで「孫子は詫譎(きけつ:いつわり、あざむく)の書」として、これを批判する。
 『孫子』は、「兵は詭道なり」と説いて、権謀術数をよしとする。『孫子』をはじめとするシナの軍事思想は、総じて「詭道」を中心とする。匡房は、この思想が広がれば、わが国に古代シナのような戦国時代が訪れた時に国が危うくなるという懸念を抱いた。そこで、『孫子』には盛られていない将軍や兵士の精神的な面のあり方を説いた。
 『闘戦経』を貫く基本思想は、「誠」と「真鋭」である。
 『闘戦経』に曰く、「漢の文は詭譎(きけつ)有り。倭(わ)の教は真鋭(しんえい)を説く。詭(き)ならんか詭や。鋭なるかな鋭や。狐を以て狗を捕へんか、狗を以て狐を捕へんか」。その大意は、シナの文献は相手を騙すことを一つの作戦としている。だが、日本の教えは真実をよしとする。偽りは、やはり偽りである。鋭い真実であれば、やがて真実として明らかになる。狐で犬を捕らえることは、できないだろう。犬で狐を捕らえるのが基本だということである。
 このように説く『闘戦経』は、どんな手を使ってでも勝つことをよしとするのではなく、正々堂々と戦うことが大切だとする。
 『闘戦経』には、策略ばかりに頼れば、裏目に出るという考えがある。ちなみに孫武は、優れた策略家だったが、自分が刖(あしきり)の刑に処される計略にかかった。
シナ大陸は広大であり、戦域は大陸に広がる。そういう地理的条件において、戦略という長期的な作戦思想が発達した。これに対し、日本は国土が狭く、地形は山地や離島が多く、敵を追い詰めやすく、短期決戦が重んじられた。海洋に囲まれた島国であるから、いったん戦争が拡大すると、広大な大陸のように外に逃げる場所はない。そこで武人の間で尊ばれたのは、最後は見苦しくなく散る潔さだった。そこには、平安時代末期に発達し始めた武士道の精神が表れているといえよう。
 『闘戦経』は、『孫子』には盛られていない精神面を説く一方、具体的な戦術は説いていない。戦術論は『孫子』を尊重している。また、勝つための戦術として策略を全く否定しているわけではない。
 その結果、『闘戦経』は『孫子』を補助する兵書として成立した。その主旨が『闘戦経』を納めた箱の金文に、「闘戦経は孫子と表裏す」と書かれている。孫子と補い合う関係にあることが「表裏」と表現されている。言い換えれば、『孫子』で戦略・戦術を学ぶ者は、『闘戦経』で軍人としての精神・理念も学ぶことが重要であるという主張である。
大江家では、第38代の大江広元が、鎌倉幕府の時代に源頼朝から実朝の三代にわたって、兵法師範として仕えた。『闘戦経』は、鎌倉幕府の御家人・文官御家人の愛読書だったとされる。だが、北条家の治世になると『闘戦経』は遠ざけられた。以後、『孫子』『呉子』等が武士の間に普及したのに対し、『闘戦経』を学ぶ者は一部の武家に限られた。
 江戸時代に伝えられたのは、伊予松山藩、黒羽藩に過ぎなかった。現存する『闘戦経』は、全体の一部のみである。明治時代に本書の存在が確められ、1926年(大正15年)に海軍兵学校に全て寄贈された。戦前の海軍大学校では、『闘戦経』を講義に用いた。以後、古来の日本兵法思想の研究に欠かせない資料となっている。

 次回に続く。

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