ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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沖縄:琉球めぐる心理戦は孫子の兵法~村井友秀氏

2013-07-10 08:54:59 | 時事
 防衛大学校教授・村井友秀氏は、6月18日の産経新聞に「琉球めぐる心理戦は孫子の兵法」という記事を書いた。
 村井氏は、「現在の中国はもはや、貧農とプロレタリアートによる世界革命を目指す共産主義国家ではない。19世紀以前に世界的超大国であった中華帝国の再現を目指す過激な民族主義国家である」という認識を持つ。「中華帝国の再現を目指す過激な民族主義国家」という点については、私もこれに近い認識をしている。拙稿「共産中国の国家目標」等に書いてきたところである。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12.htm
 習近平国家主席は、総書記に就任した昨年11月15日、「中華民族の復興」を掲げた。国家主席就任後の本年2月25日にも、「中華民族の偉大な復興を実現することは中華民族の最も偉大な夢である」と述べた。この思想のもとは、毛沢東にある。習氏は毛沢東を崇拝している。毛沢東は、漢民族の矜持と強烈な反米感情に彩られた現代の中華思想を懐き、19世紀清王朝末期に失った地域覇権を取り戻そうと考えた。共産主義は本来、インターナショナリズムの思想だったが、スターリンによってナショナリズムに逆転し、さらに毛沢東によって中華思想と結びついたのである。ナショナリズムと結合した共産主義は、ファシズムに類似したものに変容する。ファッショ的共産主義である。既に中国は、マルクス・レーニンの名を掲げてはいても、実態はウルトラ・ナショナリズムを基盤とするナチス・ドイツに似た国家に変質している。また中国は、東アジアにおける地域大国であるだけでなく、世界覇権国家アメリカに挑戦しようとしている。これは、西洋文明とシナ文明の中核国家同士の争いである。サミュエル・ハンチントンが予想した「キリスト教文明」対「イスラム・儒教文明連合」の対立が現実になるとすれば、世界覇権をかけた米中対決となるだろう。
 さて、村井氏は、「中華帝国の再現を目指す過激な民族主義国家」において、「民族主義的な中国指導者が対外戦略を考えるとき、思い浮かべる教科書はマルクスではなく中国の戦略家であろう」として、孫子の兵法を挙げている。この点は、東アジア安全保障、中国軍事史の専門家ならではの見方である。
 『孫氏』の謀攻篇には、「兵力が敵の十倍あれば敵を囲むだけで敵は屈服する。兵力が敵の五倍あれば躊躇なく攻めよ。兵力が敵の二倍ならば敵を分裂させよ。兵力が敵よりも少なければ逃げて戦いを避けよ」とある。
 村井氏によると、中国は軍事費で日本の防衛予算を追い越し、日本が保有していない空母、原子力潜水艦、長距離ミサイルや核兵器を持つ。しかし、日米同盟と自衛隊の能力を考えれば、中国の指導者は中国が圧倒的に有利だという自信は持てないだろう。村井氏は、仮に彼らが「優位に立っていると判断した場合でも、孫子が言う10倍や5倍の優位ではなく、せいぜい2倍程度の優位であろう」と推測する。そして、ここが村井氏の主張のポイントなのだが、「2倍程度の優位だと中国の指導者が認識していれば、中国が採る対日戦略は日本を分裂させることである。日本を軍事力で圧倒する道筋が見えない場合、対日戦略の中心は日本の世論を分裂させる心理戦・世論戦になる」、そこで「中国が期待する日本世論分断のポイントは沖縄だ」と村井氏は見るのである。この見方は妥当だと思う。
 本年5月8日人民日報が、沖縄の帰属は「歴史上の懸案であり、未解決の問題だ」とする論文を載せたが、それまでの経緯、及びその後ろの展開については、拙稿「中国の沖縄略奪工作と琉球独立運動」に書いた。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1903580104&owner_id=525191
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20130602
 村井氏は、中国が沖縄を標的に心理戦を展開するのは、孫子の兵法によるものだと指摘する。『孫氏』に、戦いの真髄は騙し合いであるとあり、あらゆる手段を講じて敵の弱点を突くのは兵法の常道であると、と村井氏は説く。日本国民及び沖縄県民は、中国がこうした戦術を以て日本の世論を分裂させる心理戦・世論戦を仕掛けていると想定し、防衛意識と団結心を高める必要がある。
 以下は、村井氏の記事。

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●産経新聞 平成25年6月18日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130618/plc13061803180005-n1.htm
【正論】
防衛大学校教授・村井友秀 琉球めぐる心理戦は孫子の兵法
2013.6.18 03:16

≪中華帝国目指す民族主義国家≫
 現在の中国はもはや、貧農とプロレタリアートによる世界革命を目指す共産主義国家ではない。19世紀以前に世界的超大国であった中華帝国の再現を目指す過激な民族主義国家である。
 「中国共産党の『中国』とは国土が最大であった1840年頃の清朝の中国である」(英国のアジア専門家、フランシス・ワトソン氏)といわれている。国家主席の習近平氏はこの2月25日、「中華民族は近代以降、列強から度重なる侮辱を受けた。中華民族の偉大な復興を実現することは中華民族の最も偉大な夢である。我々(われわれ)は現在、歴史上の如何(いか)なる時期よりもこの夢を実現する自信があり、能力がある」と述べている。
 民族主義的な中国指導者が対外戦略を考えるとき、思い浮かべる教科書はマルクスではなく中国の戦略家であろう。中国知識人の常識の「孫子兵法」には、「兵力が敵の十倍あれば敵を囲むだけで敵は屈服する。兵力が敵の五倍あれば躊躇(ちゅうちょ)なく攻めよ。兵力が敵の二倍ならば敵を分裂させよ。兵力が敵よりも少なければ逃げて戦いを避けよ」(謀攻篇)とある。
 現代の中国も、兵力が少なかった時期には問題を棚上げして戦いを避けた。21世紀に入り、中国の軍事費は日本の防衛予算を追い越した。中国は日本が保有していない空母、原子力潜水艦、長距離ミサイルや核兵器を持つ。中国が軍事力で日本より優位に立ったと考えても不思議ではない。現在、中国は「日本は現実を直視すべきである。釣魚島はすでに日本の一方的支配から中日双方の共同管理に転換しつつある」(共産党機関紙人民日報系の国際情報紙、環球時報=5月3日付)と唱えている。

≪日本の世論分裂させる戦術≫
 しかし、日米同盟の存在と自衛隊の能力を勘案すれば、現在の日中の軍事バランスが中国側に圧倒的に有利だという自信を中国の指導者は持てないであろう。優位に立っていると判断した場合でも、孫子が言う10倍や5倍の優位ではなく、せいぜい2倍程度の優位であろう。2倍程度の優位だと中国の指導者が認識していれば、中国が採る対日戦略は日本を分裂させることである。日本を軍事力で圧倒する道筋が見えない場合、対日戦略の中心は日本の世論を分裂させる心理戦・世論戦になる。
 中国が期待する日本世論分断のポイントは沖縄だ。3月16日、「日本は琉球の宗主国、清朝政府の同意を得ずに琉球を併呑し、現在でも日本は沖縄に対する合法的主権を有していない」(中国誌、世界知識)との論文が雑誌に掲載され、5月8日付人民日報は「琉球王国は明、清王朝の時代には中国の属国であり、日清戦争後の下関条約で台湾と釣魚島、澎湖諸島、琉球が日本に奪われた。歴史的に未解決な琉球問題を再び議論できるときが来た」と主張した。
 中国が沖縄を標的に心理戦を展開するのは、米軍基地をめぐる様々(さまざま)な問題で日本政府と沖縄県の対立が深まっているという中国側の認識による。中国中央テレビは5月4日、「日本政府の政策に沖縄県民が憤り、沖縄の独立を求める声が大きくなっている」と報じた。「06年3月4日、琉球全市民による住民投票が行われた結果、琉球市民の75%が日本からの独立を望み、25%が自治の拡大を求めていることが明らかになった」(10年9月19日の中国ネットニュース、環球網)との記事が広く引用されるようになってもいる。

≪独立機運の捏造もいとわず≫
 この記事は全く事実に反しており、中国国内でも疑問視する声がある。香港誌は「琉球で独立を問う住民投票が行われたことはなく、この資料は一部の琉球独立運動家が捏造(ねつぞう)したものである。また、独立を主張する者の多くは独立を口実に日本政府と駆け引きをして利益を得たいと考えている者で、本当に独立を望んでいる者は少数である」(亜洲週刊13年第20期)との見方を示している。
 事実に反する記事を引用する中国の研究者やジャーナリズムは沖縄をめぐる問題に無知なのではない。彼らは事実関係を承知している。だが、彼らの任務は真実の追究にではなく、共産党の政策のバックアップにある。「孫子兵法」には戦いの真髄(しんずい)は騙(だま)し合いである(兵詭道也)と書いてある。あらゆる手段を講じて敵の弱点を突くのは兵法の常道である。中国には「日本の反中国行動を抑制するためには、沖縄で『琉球国』独立運動を育成することが効果的である」(5月11日付の環球時報)という意見が根強く存在する。
 ただし、今回の人民日報の記事に対しては沖縄でも、「尖閣問題で日本政府が妥協しなければ、琉球に問題を拡大するというメッセージであり、中国の戦術だ」(5月10日付沖縄タイムズ)という見方が有力である。9割の県民が中国には良くない印象を持っている(沖縄県公式ホームページ)沖縄で、中国の心理戦・世論戦が成功する可能性は高くない。日本人が一致団結し、勇気をもって脅しに屈しなければ、中国の心理戦が日本に入り込む余地はない。(むらい ともひで)
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