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●小説・・「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(24)

24.

 山々連なる山地の中、ひとつの山の頂上付近の台地の草むらの端、鬱蒼と茂った樹木の1本の幹に、荒縄で身体を縛り着けられ、両足を左右の地面に打ち込まれた杭に括られて、身動きできない大佐渡真理は、全裸に剥かれており、大股開きにされた両腿の付け根の秘部も、古毛布を敷いた上で剥き出しにされている。

 勤務する施設駐車場から退社時の大佐渡真理を、失神させて拉致し自動車で運び、人里離れた山の中へと身柄を抱えて連れて登り、山林で拘束した犯罪者どもは、同じ職場の、管理職の副施設長と職場現場の施設職員、宇羽階晃英主任、蟹原友宏職員、山崎征吾職員の四人だった。

 失神から意識を取り戻した大佐渡真理は、ありったけの力を出して拘束から逃れようと全身を動かしてみたが、頑丈に縛り着けられており、びくともしないような状態だった。助けを呼ぼうにも、口には何やら固いプラスチック製の口箝具が猿ぐつわとして嵌められており、声を上げることができない。せいぜいウーウーと呻くだけが精一杯である。

 大佐渡真理は、どうにもならない万事休す状態に涙を流し嗚咽したが、猿ぐつわに泣き声さえまともに出ない。

 気が付けば、前方にその犯罪者どもの1人がこちらへと迫って来ている。体格の良い大柄な男、かつて真理が男女の交際をしたことのある、同僚の蟹原友宏だ。

 離れたところからこちらを照らす投光器の光を、蟹原の姿が遮って影となり見えにくいが、蟹原は全身裸であり、右肩の小刻みな動きから身体の真ん中におっ勃てた一物を上下にしごいているようだ。

 蟹原の一物が人並み外れて大きいことは、蟹原との交際時に解っていたが、今の影の中でもうっすら形の見えるその一物は、当時よりもまた一段と大きくなっているようだ。

 全身裸で自分の巨大な一物をしごきながら、全裸で縛り着けられ身動きできない自分に迫って来ているということは、蟹原友宏は、これから自分を強姦するつもりなのだと、真理は理解した。

 真理は恐怖におののいた。だがそれも一瞬に近いようなごく短い間だった。

 自分に迫って来る蟹原友宏の姿がはっきりして来た。大ぶりの大根ほどもあろうかという自分の一物を右手で掴んで上下にしごいている。左手の方はこれも大きな袋で垂れ下がった自分のき×たまを揉みしだいている。

 真理は、かつては恋人関係を持ったこともある同僚の友宏にいろいろと訴えようと思ったが、猿轡の箝口具が嵌められた口では、ウーウーという呻き声しか出すことはできない。

 蟹原友宏の顔つきがはっきりと見えるところまで距離が縮んだ。友宏の目が逝っている。目付きが普通の人のそれと違う。何かに取り憑かれて我を忘れているような、異常な目付きだ。

 その男が今、真理に近付いて来た。股間に馬のそれのような大きなものを屹立させ、手で上下にしごき、もう片方の手は大きな一物の下の玉袋を揉みしだいている。目付きは完全に精神異常者のそれだ。

 一瞬間、恐怖におののいた真理だったが、直ぐにこの危険な状況を何とかしなければと冷静な気持ちを取り戻し、その後直ぐに怒りの気持ちが沸いて来た。

 こいつらは私を失神させて山奥に連れて行き真っ裸にして樹木に縛り着けた。そしてこれから男四人で私を性的な玩具として凌辱するつもりだ。そう考えると、怒りの感情がふつふつと沸き、怒りが沸点に登り、許せないという憎悪が頂点に達した。

 真理は自分の全身がたぎるように熱くなったのを感じた。そしてそれを越え、燃えるような熱さを全身に感じる。だが自身は肉体が熱いとか痛いとかやけどをしている感じとかは全くない。ただ自分の身体が高熱を発しているのは自身で解る。

 真理に近付いていた蟹原友宏が、真理の異変に気付いて足を止めた。もう、大きな幹にくくりつけられて座らされている、裸の真理まで5メートルくらいの距離しかない。

 友宏の見つめる真理の全身が赤くなっている。真理の周囲の空気がおかしい。真理の周囲にかげろうが立っている。何だか真理の肉体が高熱を帯びているようだ。

 真理の異変に対して、どういうことなんだろう?と疑問を感じて、友宏は立ち止まったまま、真っ赤になった裸の真理をじっと見ていた。その間も片手は大きな一物をしごき続け、もう一方の手はき×たまの袋を揉み続けている。

 友宏は不審に思ってじっと立ったままで、2ヶ月前の施設の浴室の脱衣場で、真理と立ったままセッ×スをしたとき、真理の身体が異様に熱くなったのを思い出した。あのときは友宏は、あまりの熱さに火傷しそうで真理の身体を突き放したものだ。慌てて、風呂場の水道から水を出して、自分の一物を冷やしたことをよく覚えている。

 一方、友宏の背後、離れたところで、下半身裸になった副施設長は、手頃な岩に腰掛け、両股を開いている。その副施設長の股に向かって顔を突き出した山崎征吾は、膝を突き四つん這いの格好をしている。副施設長も山崎征吾も被っていた目出し帽は取っていた。

 「どうした山崎、早くしゃぶらんか」

 副施設長が威圧して言った。山崎は低くしゃくりあげながら泣いている。泣きながらも拳銃を持っている副施設長が怖くて仕方なく、副施設長の股間に垂れ下がった一物に口を持って行った。

 副施設長のそれは、素っ裸に剥かれて太い樹の幹に縛り着けられた二十歳ちょっとの女子が、今から何人もの男たちに凌辱されるというシチュエーションに興奮して、本来は今EDぎみなのだが少しだけ勃起の兆候を見せ、やや硬みを帯びて心もち大きくなり、起き上がった格好になっている。

 しかも、生け贄の女の子は、自分の命令で動かした、部下のたくましい青年たちが拉致誘拐し山林で樹木に縛り着け、今から輪姦するのだ、という自分の王権のような支配力に大いに満足して、気持ちは喜悦でいっぱいなのだった。それに部下の1人の青年には、今まさに自分の一物をしゃぶらせようとしている。

 副施設長は自分の支配力に酔っていた。山崎青年は泣きながらも副施設長の一物を口に咥えた。山崎征吾にはとても口に咥えたそれを噛み切るような度胸はない。

 静かに副施設長が言う。

 「どうした?山崎。口に咥えたら舌の上で転がすように舐めるんだ。優しくていねいにな」

 副施設長は嬉しそうに微笑している。自分の支配欲をぞんぶんに満足させ、最高に気分が良いのだ。

 山崎青年は小さくしゃくりあげながらも、涙顔でべろべろと舌を使って副施設長の一物を舐めた。姿勢は四つん這いのままだ。

 副施設長はニヤニヤと微笑しながら目を瞑り、顔を上げている。恍惚とした表情のようにも見える。

 山崎征吾は学生時代、成績優秀で通して来た秀才であり、大学生時に難関の社会福祉系の国家資格を一発で取得した、前途有望な青年だった。彼は大学を卒業して夢と希望と社会貢献の精神を抱いて、この社会福祉法人の施設に就職した。

 山崎征吾には秀才として通して来たプライドがあった。その前途有望な筈の秀才が中年の男の汗と小便の据えた臭いのする股間を、舌を使って舐めさせられているのだ。山崎青年にはこんな屈辱はなかった。

 山崎青年は夢も希望もプライドも崩壊し、涙が止まらなかった。嗚咽を上げながら副施設長の股間をしゃぶった。

 高校卒であり、学生時代ずっと学業不振な劣等生として来た副施設長には、有名大学を出た秀才へのコンプレックスが強かった。今、社会福祉の世界ではエリート候補生たるスペックを備えた若者に、自らの性器を口に咥えさせることで、副施設長は圧倒的な優越感に浸り、精神的にこの上ない満足を味わっていた。意識せずとも「ぐふふ…」と口から笑いが溢れてしまう。

 山崎征吾が、四つん這いになり、ひくひくと嗚咽を上げながら、自分の勤める職場のオーナー側上司のチンチンをしゃぶる一方で、樹木に荒縄で縛り着けられた丸裸の女子職員、大佐渡真理は全身が怒りの感情でいっぱいだった。

 全身が憤怒の気持ちで充満した大佐渡真理は、頭の中で「こいつらみんな殺してやる!」と思い、実際、真理の身体は全身が真っ赤になっていた。怒りの熱が肉体を赤く染め上げて、見るからに身体が高熱を上げているようだった。

 真理の異変に気付き、戸惑う蟹原友宏は前方の真理を見詰めながら、じっと立ち止まったままだった。まだ、自慢の巨チンは大きな大根のようなまま、自分の腹の前におっ立てていた。

 如何にも高温そうに全身を真っ赤に染め上げた、真理の周辺の空気が揺らいでいる。かげろうだ。友宏は真理の身体が現実に高熱を発しているのだと気付いた。真理が縛り着けられた樹木の幹から、わずかに煙が立っているような気がする。真理の開かれた股間が自分の方を向いている。

 真理のところどころがボッと燃えた。真理を縛り上げてる荒縄が燃えたのだ。

 友宏は戦慄した。と、同時に強い危険を感じた。これから何が起こるのかは解らないが、とにかく一刻も早く逃げなければ危険だ、と本能的な内なる声が教えた。

 “逃げよう!”と決めた瞬間、それは遅くて、友宏の方を向いた真理の股間がまぶしく光った。

 友宏は目の前に巨大な火の玉が飛んで来るのが見えた、と感じたら次の瞬間、自分の一物がボーッと燃え上がった。

 友宏の自慢のチンチンは少し前に丹念にオイルを塗り込んでいただけによく燃えた。大根のような友宏の一物はまるでタイマツのように闇夜に燃え上がった。

 ギャアーッと叫び声を上げながら、友宏は地面を転がり回る。

 樹木の根本に股間を拡げた格好で座り込んでる真理は、自分を縛り着けていた縄を全て焼き尽くし、手足が自由になっていた。尻の下に敷かれていたボロ毛布は既に焼け、背後の幹は煙を上げている。周辺に樹木の焼けるにおいがただよう。

 身体が自由になった真理だが、そのまま座り込んだ姿勢で、幾分自分の腰を上げて、地面を転がり回る友宏のさらに向こうに自分の股間を向けた。

 ギャーギャーとうるさく声を上げながら地面を転がる、友宏の周辺の草にも火が燃え移っている。

 友宏の叫び声に林の方へ顔を向けた副施設長。征吾は嗚咽しながらも副施設長の一物を口の中に含み、器用に舌を動かしている。

 副施設長が友宏が地面を転げ、友宏の周辺の草が燃えているのに気が付いた次の瞬間、自分の方に向かって大きな火の玉が飛んで来た。

 副施設長は岩に腰掛けたままで、逃げようと決める間もなく、ただ巨大な火の玉が自分の方に飛んで来るのに驚いた。

 飛んで来た大きな火の玉は、副施設長の胸のあたりに着弾した。下半身裸の副施設長のワイシャツが燃え始めた。山崎征吾は急に副施設長が立ち上がったので、副施設長の一物から口を離して、勢いで後ろに尻餅を着いた。

 山崎征吾はびっくりして副施設長を見上げた。「うわー、うわーっ!」と声を上げながら副施設長が飛び跳ねている。副施設長のシャツに火が着いて燃えているのだ。副施設長は両手でバタバタと自分の胸や肩を叩いて必死で炎を払っている。

 山崎は何が起きているのか解らずぽかんとしたが、尻餅を着いたままの格好で首を回し、林の方を見た。奥の林の手前は草むらが燃えている。蟹原友宏の姿がない。

 奥の林は煙が立っていてよく見えない。キョロキョロ視線を動かすと燃える草むらの端っこに大きな人間の姿が転がっている。あの倒れているのが蟹原友宏だ。蟹原はあのままでは焼け死んでしまう。

 山崎が友宏の近くまで行って見ようと身体を起こしたとき、煙が立って見えない林の方から、突如、大きな火の玉が飛んで来た。火の玉は両手を拡げて抱えるほどの大きさがあり、自分の腰を降ろす直ぐ隣に落ちて、その場の草むらを燃やし始めた。山崎は驚いて飛び起きた。

 胸の炎を払い、なおも地面を転がり、何とか自分にまつわった炎を消した副施設長は立ち上がり、煙が立っている林の方を見やって、拳銃を振り上げて叫んだ。

 「何だ!何が起こってる?」

 副施設長は、自分の立つ回りの草むらも燃えていて、林の樹木に縛り着けた大佐渡真理や、そちらに向かっていた蟹原友宏が煙で見えなく、友宏が立っていたあたりは炎が強くなっている、という状況に動揺し慌てふためいた。

 「蟹原ーっ!おーい友宏ーっ!」

 副施設長が蟹原友宏を大声で呼ぶが、無論、返事はない。

 奥の林の方は盛大な煙が立って見えず、炎が強くなっている。草むらの両脇の木々にも火が着いたらしい。もう“山火事”の様相になって来た。

 副施設長が首を回して見ると、台地から山を下る道の方へ逃げて行く山崎征吾の背中が見えた。

 副施設長の頭に怒りが沸き起こった。副施設長は会社のオーナーサイドとそこで働く、使用人である被雇用者たちを、江戸時代以前の武家社会の主従関係で考えている。オーナーサイドの施設長や自分は主君であり、雇われてる者たちは皆“家来”だ、という意識でいる。山火事然とした危険な状況の中に、主人を放って家来が自分だけ逃げようとするとは何事ぞ、と激怒感情が爆発した。

 「うわぁ~」と声を上げ、両手を万歳の格好で上げて逃走する、山崎征吾の背中に向けて、副施設長は手にした拳銃を撃った。

 5連発のリボルバーはサイレンサーなど着けていない。2発の大きな銃声がこだました。

 山崎征吾はバンザイした格好のまま、山から下りの獣道を前のめりに倒れた。台地の端で、目出し帽を脱いで、突っ立ったまま呆然としていた宇羽階晃英は、目の前で現場の部下になる山崎征吾が背中に銃弾を浴びて倒れたので、さすがに驚嘆して倒れた山崎に駆け寄った。

 台地の草むらもあちこち燃えていて煙がもうもうと立ち始めた。宇羽階はまだ火の手の来てない獣道の傾斜で、山崎の身体を起こして抱え、大声で「山崎っ!」と呼んで身体を揺すった。

 副施設長の撃った銃弾は背中から山崎の心臓に命中したようで、口から血を流す山崎征吾に意識はなかった。

 職場の自分の若い部下を拳銃で撃ち殺すという、信じられないような暴挙を犯した副施設長を、宇羽階は意識のない山崎を抱いたまま首を回して睨み付けた。

 しかし、当の副施設長は、続いて飛んで来た大きな火の玉が足元に着弾し、黒焦げて穴の空いたシャツと下半身は裸の姿で、草むらを跳び跳ねていた。台地はもうかなり炎が回っている。急いで逃げないと炎に包まれてしまう状況だ。

 下半身裸で穴の空いた黒焦げシャツ姿の副施設長が、逃げようと山の下り道の方へ跳んで来た。副施設長は目の前の視界に宇羽階晃英の姿が入ると、山崎を抱えて中腰の宇羽階の顔に回転式拳銃の銃口を向けた。

 副施設長は、山火事の様相を帯びて燃える奥の林と、自分の立つ草原に、もうパニック状態になっていた。宇羽階が見るに副施設長の目がおかしい。狂気をはらんだ目をしている。

 宇羽階晃英は「ああ、これで俺は死ぬのか」と覚悟した。

 黙って自分を睨んでいる宇羽階に向かって、副施設長が言い放った。

 「奥で倒れた蟹原は焼け死ぬ。勿論、大佐渡もだ。山崎も死んだ。だからおまえも死ね、宇羽階。俺は1人で山を降りる」

 宇羽階は諦めて目を瞑った。

                 

 大佐渡真理は立ち上がっていた。真理の回りは煙で充満していた。地面の草むらも周囲の木々も焼けて炎に包まれている。丸裸の真理は自分の身体が真っ赤な色になっているのを解っていた。自分を縛っていた縄が焼けて手足が自由になったときに手も足も腹も見えるところは全部見た。自分の見えるところの肌が全て赤い。

 真理は自分の身体が高温を発しているのは解る。しかし不思議と自分自身は熱いという苦しさを感じない。周辺の木々が燃えて炎が熱いのは解るのだが、高熱に包まれた熱さの苦しさは全くないのだ。そしてここまで煙が充満しているのに苦しくない。

 先ほど、自分の性器から火を吹いた。真理は驚いていた。怒りの感情が頂点に達して爆発したとき、自分の股間から火の玉が出たのだ。“火球”と呼んでよかった。ゴオッと音を立てて火球が飛び出て二十メートルくらい遠くまで飛んで行った。

 ちょっと恥ずかしい気持ちになった。火球は五つくらい出て飛んで行ったろう。発射と言ってもいい。何しろその火球が飛び出たところが問題だ。こんなことってあるだろうか。

 恥ずかしくてたまらない気持ちもするが、そのお蔭で助かっているのかも知れない。自分をこんな山奥に連れて来て縛り着けた男どもはどうしたんだろう?

 そういえば自分に向かって歩いて来ていた蟹原友宏はどうなったんだろう?

 真理は丸裸のまま裸足で歩いた。自分の回りの焼ける木々の炎に手や腕が触れようが身体ごと炎に入ろうが熱くも何ともない。髪を触ってみた。髪も普通にある。燃えてなくなってることはない。

 とにかく山を下りなければ、と思って真理は炎と煙の中を宛どなく歩いた。

 その内、サイレンの音が聞こえて来た。山火事が山の麓の里の人たちに解るまでひどくなっているのだ。山の方に消防車が向かって来ている。ひどい山火事になれば何台も何台も消防車はやって来るだろう。

 真理は、とにかく山を下って降りなければと、炎と煙から逃れるように歩いた。不思議と裸足で地面を歩いても熱くも痛くもない。ただ、草や木の根や地面の感触は解る。

 真理は思った。「とにかく人に見つかってはいけない」と。真っ裸で異様に真っ赤な身体で歩くところを、誰か人に見つかってはとんでもないことになる。この山火事の中で警察に保護でもされたら取り調べが大変なことになる。

 私の性器から火球が飛び出したのを見たのは蟹原友宏だけだ。多分、友宏は焼け死んでしまっただろう。私の身体から出た火球が山火事を起こした、などと世間に知れたら私はこの先、生きて行けなくなる、などと真理は考えながら山を下る獣道を探して歩いた。

 蟹原友宏の焼死に対する罪悪感はあまり感じなかった。怒りで身体が熱くなって来てから、何だか怒り以外の細かな感情が鈍感になり、頭の中がボーッとしてる気がする。

 麓の方から聞こえて来る消防車であろうサイレンに、真理は、早くこの山から降りなければと草や笹や木の枝をかき分け、藪の中の獣道を探して、下って行った。

 しかし真理にはどの方角へ下って行けば良いのか、さっぱり解らない。闇雲に獣道を降りて行っても迷うだけかも知れない。自分が連れて来られたこの山は標高はたいしてないが連山になっていて森林が深い。ヘタをすると森林の中で迷ってしまい山林から出れなくなるかも知れない。それに警察に保護されていろいろ訊かれるのも嫌だ。

 獣道を下って歩きながら、この方角へ降りて行って大丈夫だろうか、と真理は困惑していた。真理はふと自分の腕を見て、身体の赤みが抜けて来ているのに気が付いた。自分の肉体の熱が冷めて来ているのが解る。怒りの感情も、もうすっかりなくなっている。あるのは真っ暗な山の中で、たった1人で歩く不安だけだ。

 振り返ると、山の頂き付近は燃え続けている。山火事の炎はこちらには這っては来なかった。背後が山火事で燃えている明るさはあっても、やはり山中の獣道は暗い。まだ寒さは感じないが、何しろ素っ裸だ、初秋の夜の山の中ではその内、寒くなって来るだろう。

 真理が「どうしようか…」と不安を強く感じたとき、突然、頭の中に子供の顔が浮かんだ。まだ十歳くらいの小さな男の子の顔だ。勿論、よく知ってる顔で、あの吉川和也君だ。

 真理は驚いた。こんなときにどうして、あの吉川和也君の顔がまざまざと思い浮かぶのだろう?まだ小さな子供の吉川和也君は私と同じサイキックだ。だが彼がどんな特殊な超能力を持っているのかは解らない。

 吉川和也の顔が頭の中にはっきりと思い浮かぶと、どうした訳か不安な気持ちが薄れて行った。それどころか何となく気分に余裕が出て来た。何だか知らないが大丈夫な気がして来た。

 真理がポジティブな安心感と気持ちを心に得たとき、下りになった獣道の先に小柄な生き物がいるのに気が付いた。

 如何に背後の山の頂上付近が山火事で燃えて炎の明るさがあるとはいえ、当然街灯などの明かり一つない闇の中の山中だ。月明かり星明かり以外の明るさは皆無だ。林の中の小動物など見えよう筈がない。

 だが自分の前、2メートルくらい先にいる動物は解る。犬だ。小柄な犬だ。別にこの犬の身体が光を発している訳ではない。だが、不思議とよく見える。しかもこの犬に全く敵意も怖さも感じない。むしろ安心できる存在に思える。

 犬はこちらを向いて「着いて来い」と言っているように思える。犬が獣道を下り始めた。真理は犬のあとを着いて降りる。

 犬は茶色い色をしていて中型犬よりもやや小さい大きさで、柴犬などの日本犬ではない。垂れた耳など、洋犬の雑種だろうか?

 犬はときどき止まって真理の方を振り返り確認している。ちゃんと着いて降りて来ているのが解るとまた進む。

 真理は何だかこの犬に対して安心感と、それ以上の頼りになる信頼感を感じた。今の真理には不安な気持ちが全くなく、この犬に着いて降りて行けば、きっと戻れる、というポジティブな気持ちが溢れていた。

 藪の中を先を行く犬が幾分、降りる速度を速めた。真理もそれに連れて少しスピードを上げて獣道を下って行く。

                  

 副施設長に拳銃で撃たれて口から血を吐き意識のない山崎征吾を抱き抱えて、山の頂上の台地から下る細道に膝を突いて中腰の宇羽階晃英は、両目を瞑って「ああ、俺はここで死ぬのか」と諦めた。

 宇羽階には小学五年生の可愛い娘がいる。二つ年下の愛妻もいる。二人の姿を思い出しながら「俺はこんな山の上で、こんな奴に命を奪われるのか」と無念に心を砕きながら、強く瞑った両目から涙が溢れ出た。

 大きな銃声が鳴った。宇羽階は「撃たれた!」と思った。「これで死ぬのだ」と思って完全に諦めた。

 が、何処も痛くない。何ともない。直ぐ前でドサリと倒れる音がした。宇羽階がそーっと目を開けた。

 宇羽階は驚いた。目の前に副施設長が倒れている。どうしたことだ!?と思ってまじまじと倒れている副施設長を見た。副施設長の身体は横に倒れたままピクピクと痙攣している。まだ生きているようだ。

 「宇羽階くん、邪魔。ちょっと避けなさい」

 聞き覚えのある声が背後からした。宇羽階が振り返ると吉高事務長が立っていた。拳銃を構えている。やはりリボルバーだ。それを片手に持って突き出している。

 吉高事務長は宇羽階の脇を、草道を2歩ほど昇ると倒れて痙攣をしている副施設長の身体の前に立った。

 銃声は副施設長のリボルバーからではなく、吉高事務長が副施設長を撃ったものだった。

 吉高春美は宇羽階らが勤める社会福祉施設の女性の事務長だ。年齢は40を少し出たくらいだろうか。

 宇羽階の驚きはこれ以上ないものだった。吉高春美は、普段は施設の管理棟の事務室でデスクワークをしている、普通の中年くらいの年齢のOLだ。その女性がリボルバーの拳銃を持ち、自分の上司になる副施設長を撃った。しかも落ち着き払った態度でいる。

 海老のように丸くなって痙攣を続ける副施設長を見下ろす格好で立って、吉高事務長は副施設長の腹部に向けて拳銃を持つ腕を伸ばした。そして引き金を引く。リボルバーの銃声がこだました。吉高事務長はトドメを射したのだ。

 平然として立つ吉高事務長に山火事の煙が寄せて来る。吉高春美はゴホゴホと咳をした。折しも火の手がこちらへ向かって来ている。宇羽階も煙を浴びて咳き込んだ。

 吉高事務長が宇羽階の抱いている、意識のない山崎征吾の片手に自分の拳銃を握らせようとしている。

 「何をしてるの、宇羽階くん!早く山崎くんを降ろしなさい。山崎はもう死んでるわ。助からない。さあ、早くここを立ち去るわよ!」

 吉高事務長が宇羽階に怒鳴った。吉高春美は両手に黒い布製の手袋を嵌めて、上は長袖の薄手の黒いブラウス、下も黒いスラックスを穿いて全身黒ずくめだ。靴も黒色のスニーカーを履いている。

 吉高事務長は直ぐに宇羽階の脇を抜けて何歩か下った。ぽかんとする宇羽階に再び怒鳴る。

 「急いで山を降りるのよ!山崎の身体は拳銃を握らせてそこに置きなさい。早く!」

 吉高事務長は大声でそう言うと、急いでまた数歩下った。宇羽階を煙が包んで来る。宇羽階は咳き込みながらも山崎征吾の身体を地面に横たえ、立ち上がった。振り返り、山崎の片手に拳銃が握られているか確認する。ぼやぼやしてたら煙どころか火の手も来て焼け死んでしまう。吉高事務長は既に7、8メートルは下に下っている。

 煙に包まれる中、宇羽階晃英も急いで山道を下る。飛び跳ねるように駆け足で下って行く。宇羽階はハッと気が付いた。彼は上はシャツを着ているが、副施設長にズボンとパンツを脱げと命令されて、下半身は何も穿いてなくてフリチンなのだ。

 宇羽階が振り返って頂上付近を見上げると、もうもうと煙が立ち、炎も見える。とても頂上の台地には戻れないし、ズボンもパンツも焼けて形もないだろう。横たわる副施設長と山崎征吾の付近も煙に包まれている。二人の身体が焼けてしまうのも時間の問題だろう。

 先を行く吉高事務長の姿が見えなくなった。上方は山火事の炎で明るいが、事務長が行ってしまった下方は真っ暗だ。とにかく降りようと宇羽階が何歩か下ると、下に小さな明かりが見えた。多分、事務長が懐中電灯を持っていてそれを点灯したのだ。

 宇羽階は小さな明かりに向かって山道を急いで下った。

 事務長が待ってくれていた。

 「何をやってるの、宇羽階くん!早く急ぐのよ」

 宇羽階はまた怒鳴られた。

 宇羽階は懐中電灯を照らして先を行く事務長を追って、藪の山道を急いで下る。

 真っ暗いが先で山道が二手に別れているのが解る。事務長は自分たちが登って来た道と違う方に降りる。

 「事務長、そっちじゃありません。車はこっちの道です」

 宇羽階が事務長の後ろ姿に叫んだ。

 事務長が振り向いて怒鳴った。

 「あんた馬鹿じゃないの!?そっちの本道の方に行けば消防や警察が登って来るでしょ。私たちは四人の死体を放って下ってるのよ!」

 そういえばさっきから麓の方から消防車のサイレンが鳴っている。何台も来ているようだ。多分、パトカーもやって来るだろう。

 事務長は黙ってまた本道とは違う脇道を下る。宇羽階はそれを追い掛けた。

 宇羽階には事務長の考えが解った。「山崎に拳銃を持たせたのは、拳銃を握る副施設長と相討ちで双方とも死んだように工作したのだ。要するに副施設長、蟹原友宏、山崎征吾、大佐渡真理の四人で施設のワゴン車で山に来て、山の上で四人が何らかのいさかいになり、殺し合いにまで発展し、山火事に捲き込まれて全員死亡したというストーリーにしたのだ」宇羽階はそう推理しながらも事務長の後を追った。

 「俺も事務長も決して消防や警察に見つからずに山を降り、この山火事や四人のことには全く無関係で知らなかったことにするのだろう」宇羽階は事務長の考えをそう読んで、山の麓に降りて落ち着いたら、事務長にそう含まれるのだろう、と思った。

 宇羽階晃英は事務長の背中を追って、山中の林や藪の山道を下って行った。

 

★「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(24)はこれで終わります。この物語はまだ続きます。次回、狼病編(25)へ続く。

 

※この物語はフィクションであり、実在する団体·組織や個人とは全く関係がありません。また物語の登場人物に実在するモデルはいません。

 

◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編23(2022-1/14)

◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編22(2021-4/29)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編21(2020-10/15)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編20(2020-10/12)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編18(2019-5/31)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編15(2018-2/28)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編12(2016-2/20)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編6(2012-12/1)
◆じじごろう伝Ⅰ 狼病編1(2012-8/18)
◆じじごろう伝Ⅰ[ 長いプロローグ編・狼病編] 登場人物一覧(2013-5-28)

◆じじごろう伝Ⅰ 長いプロローグ編1(2012-1/1)

 

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