goo

●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(5) 

5.

 市の外郭の、山地を切り開いて造り上げた、大規模な多目的運動公園は、野球用・サッカー用の二面のグランドを持つ他、各種遊具やアスレチック設備を揃えた広場や、イベント広場も有り、また、緑の自然そのものも残していて、二つ三つの小山や谷合いなどをぐるりと、幾通りもの遊歩道が巡らされている。広域な公園内を、迷路の如く張り巡らされた、通路や遊歩道だが、散策や鍛練歩行用の遊歩道も、いつも大勢の利用者が歩いているメインロードと、ほとんど利用されていない通りとがある。その、普段あまり人が歩かない通路の中には、どうしてこういう道を作ったのか、ひときわ深い森の中へ入って行く、行き止まりの遊歩道もある。この、森の中への遊歩道引き込み路は、普段ほとんど人が入ることがなく、最初に遊歩道として舗装された通路は、その後、全く整備されておらず、何年もの間、放ったらかし状態で、路面は堆積した腐葉土に、さらに落ち葉が重なった状態で、雨でも降ろうものなら泥道然としていて、上空を生い茂る樹木の枝葉が覆っていて、路面が乾くことがなく、常にじめじめして汚い。

 今、その遊歩道引き込み路の一箇所に、十人以上の人が居た。ほとんどが市立中学校の生徒で、この中学校の卒業生で現在は学業にも仕事にも就かず、毎日ぷらぷら遊んで過ごしている、ハイティーンの若者も二人ほど居た。その、中学生ら少年たちのほとんどが、一匹の犬と対峙していた。少年たちと四、五メートルの間隔を開けて立つ、一匹の犬は見た目、大型の日本犬で、毛色は白っぽく尾は巻いていて、仮に秋田犬種としても、相当大きい。少年たちは各々、鉄パイプや木の棒、通販武器の特殊警棒や、鉄製チェーンなどを構えて、犬を取り囲むように、じりじりと動き間合いを詰めていた。

 そして、その、戦闘態勢の少年たちの後方には、一人だけ離れて、魂が抜けたように、ボーッと突っ立った少年。その、通路を挟んだ向かいには、中腰に座る少女と、立っている小さな子供。犬は、一番前で鉄パイプを斜め上に構えた男を、睨み付け、小さく唸っていた。この唸りは威嚇ではなく、怒りの唸りのようだ。犬を、ほぼ半円形に取り囲んだ少年たちは、一番前の男が、鉄パイプを振り降ろしたら、それを合図に一斉に、犬を叩くつもりでいた。そこへ、闖入者が現れた。遊歩道メインロードの方から、遊歩道引き込み路へと歩いて来た、一人の男は、吉川愛子や和也、後能滋夫を無視してやり過ごし、少年たちの塊の、すぐ後ろまで来た。

 くたびれた背広に、ヨレッと曲がったネクタイ。薄くなり始めた頭髪を整髪した頭。どう見ても、中年のサラリーマンのオッサンという雰囲気である。男はツカツカと、少年たちの間を掻い潜って、前に出て来た。

 「いよ~ォ、ジャックの旦那。お久しぶりですね」

 男は、大きな声を出して、少年たちの一番前で鉄パイプを構えた、ハイティーンの少年の前まで出て来た。ひしゃげたような声音で、大きな声だが、随分間の抜けた声に聞こえた。虚を衝かれた少年たちは、呆気に取られポカンとしてしまった。

 「いやぁ~、探しましたよ。随分長い間、お会いしませんでしたね。ジャックの旦那も、お元気そうで」

 男は、犬に向かって話し掛けている。犬の方も、少年たちを睨むのも唸るのも止めて、じっと立っていた。背広姿の、くたびれたサラリーマン然とした男は、ギョロリとした両目が離れていて、鼻は低く、薄い唇の口は幅広く、見るからにカエルに似ていて、ユーモラスな顔をしていた。少年たちの一人が、口火を切って言った。

 「バッカじゃねーの? 犬に話し掛けてら」

 続けて、もう一人が言った。

 「このオッサン、頭イカれてるぜ」

 少年たちが、一斉に爆笑した。男は、少年たちの言動を意に介さず、尚も、犬に話し掛ける。

 「ジャックの旦那。ところで、じじごろう先生はどちらに?」

 犬は無表情に、カエル顔の男をじっと見ている。鉄パイプを持ったハイティーンの少年が、空いた方の手で、カエル男の肩を持ってグイと引いた。

 「おいおい、キジルシのオッサンよォ。もういいから、病院帰って、壁と喋ってろよ。こっちは取り込み中なんだ!」

 またドッと、少年たちが笑った。カエル男は無視する。そしてまた、犬に向かって喋った。

 「いや、ジャックの旦那。実は、俺は、じじごろう先生に相談ごとがありましてね‥」

 鉄パイプの少年が、無視されたことに気分を害し、顔つきが変わった。

 「おい、オヤジ。いい加減にしねえか! いくら頭がおかしいからって、ここから退かなきゃ、タダじゃ済まさねえぞ!」

 今度は、少年たちも笑わない。

 「おい、馬鹿オヤジ。早く、ここから立ち去れよ。でないと、痛い目みるぞ。それもかなり‥」

 チェーンをぶらぶら揺らしながら、中二の西崎慎吾が、精いっぱいドスを利かせた声で言った。リーダー・西崎の言葉に、一同は “くたびれたサラリーマン氏” のオヤジを睨み付けながら、囲むように動く。犬は無表情に、ただ、じっとしたままだ。もう、少年たちと一戦交えようという、怒りや緊張感は見られず、静かに成り行きを見守っているようだ。カエル顔のサラリーマン氏は、ようやく少年たちに気が付いた。

 「何だ、おまえたち。早く、帰れ帰れ」

 荒い言い方だが、ひしゃげたような声音で、まるで迫力のない命令形だ。そして首を回して、少年たちの構えるチェーンや、通販武器の特殊警棒を指して言った。

 「そんな、オモチャみたいなもん振り回してないで、早く帰らんと、大変なことになるぞ」

 相変わらず、鼻に掛かったひしゃげ声だ。それからまた、犬に向き直り、犬に向かって話し出す。

 「ということで、ジャックの旦那。申し訳ないが、ここは俺に免じて、納めてくれませんか。何しろ、この姿のときは俺は、もう、血の海なんか見たくないんで‥」

 カエルのオヤジが、言い終わるかどうかの際で、西崎慎吾がチェーンをひと振りした。

 「ギャッ」 サラリーマン氏が、叫びを上げた。

 西崎の振ったチェーンは、サラリーマン氏の背中にヒットし、グレイの背広に一筋、破れが入った。かなり痛かったのだろう、カエルオヤジは苦悶の表情で、退けぞっていた。

 「やい、オヤジ。頭がおかしいのか知らねえが、ナメた口利いてんじゃねえぞ! 犬に、何言ってやがる!」

 西崎の怒鳴り声に、少年たちの間から笑いが起こる。

 「頭おかしいオヤジは、真っ直ぐ、精神病院帰ってろ」

 年長の少年が、鉄パイプを低く薙ぐように振った。カエル顔のオジサンの、両膝裏にヒットして、オジサンは後ろにひっくり返った。

 「何するんだ!?」

 転んだオジサンが怒鳴るが、ひしゃげ声なので迫力がない。

 「馬鹿野郎、この爺ィ!」

 少年の一人が、転んでペタリと座った状態の、オジサンの顔を蹴る。オジサンは悲鳴を上げて、横に倒れる。西崎が一歩出て、横向きに寝た状態の、オジサンの腹を蹴ると、別の一人が、背中の腰の辺りを蹴った。オジサンが苦しそうに、身体を丸めて喘ぎながら、何か喋り始めている。

 「おまえら‥、こんなことをしていると、中のヒトが‥」

 「うるせえっ!」

 一人が顔を踏んづけて、オジサンの喋りを遮断した。少年たちは、袋叩き状態で、みんなで寄ってたかって、寝転がって丸まったオジサンを、蹴り続けた。

 オジサンは最後に、「中のヒトが‥」 と言って、動かなくなった。

 だが、ピクピクと、全身痙攣はしている。年長の少年が言った。

 「もう止めろ。本当に死んでしまうぞ」

 続けて、もう一人の年長が言う。

 「殺してしまうと、まずいぞ‥」

 このグループの、実質リーダー・西崎慎吾が言った。

 「そうだ。この大人を、殺してしまうのはまずい。もう止めよう」

 吉川愛子は、緊張感と焦燥感で、「どうしよう、どうしよう‥」 と、パニック状態のような気持ちだった。

 スーパードッグ・ジャックと、二年二組の西崎慎吾ら不良グループの、約十人との対峙の間に割って入った、カエル顔のオジサンが、見る見る内に、西崎たち総掛かりで袋叩きに合い、のされてしまった。大人数で、あれだけ痛め付けられれば、多分、重症を負っているだろう。

 「大変だ。どうすればいい!?」 愛子は、成す術なく、ただただ、そう思うばかりだった。

 この近さだ。携帯を出して、警察へ通報しようとしても、直ぐに見つかり、携帯を取り上げられ、西崎らにひどい目に合わされるだろう。

 隣には、幼い弟も居るのだ。それにしても、スーパードッグであるジャックは、どうして何もしないのだろう? カエル顔のオジサンは、犬のジャックに話し掛けていた。オジサンは、その言葉の内容から明らかに、ジャックとは旧知の間柄のようだ。そしてだいいちに、犬に普通に話し掛けるオジサンは、多分、ジャックがスーパードッグだと知っている。愛子は、疑問に思っていた。ジャックは何故、旧知の間柄であろう、カエル顔のオジサンを助けず、黙って見ているのか?

 ふと、愛子は、隣に立つ弟を見た。黙ったまま、真っ直ぐ、成り行きを見ている。

 「ねえ、和也。ジャックはどうして、あのオジサンを助けてあげないの?」

 和也はゆっくりと首を回し、姉の顔を見た。妙に落ち着いている。

 「よく解らないんだけど、ジャックさんは、そんな必要を感じてないみたいだ。もう、ジャックさんの怒りも納まってる‥」

 「ハチさんの方は、まだ居るの?」

 「うん。奥の方の茂みの中から見てるけど、ハチさんも、気持ちは落ち着いてる‥」

 「ふう~ん、そうなんだ」

 ジャックが現れてからは、愛子は、自分たちの身の危険に対しては、妙に安心していた。和也が側に居る限りは、スーパードッグが絶対に助けてくれる、という確信のようなものがあった。

 「ねえ、和也。解んないかな。あのオジサン、誰?」

 愛子の問いに、和也は平然と、ボソリと答えた。

 「あのオジサンは、人間じゃないよ」

 驚きで、愛子は大声を上げそうだった。愛子は、もう一度、西崎たちの方を見た。倒れて、うつ伏せになったまま動かないオジサンを、西崎ら、十人近くが取り囲んでいる。ジャックの姿が見えないが、ジャックは去ってしまったのだろうか。

 「和也。だって、ジャックやハチの仲間にしたら、あまりにも弱過ぎるじゃない?」

 和也は、その問いにも、平然とした様子で答える。

 「人間じゃないと思うけど、ジャックさんやハチさんとも、また違うみたい。ただ、あのオジサンは本当は、すごく怖いような感じも、受けるんだよね。よくは、解んないんだけど‥」

 和也は、首をひねって見せた。和也の話に、返す言葉が見つからず、西崎たちの方を見てると、その視線に少年たちの二、三人が気付き、西崎もこっちを見た。愛子の背筋に緊張が走る。西崎が、愛子と和也の方に近寄って来た。他の連中も、リーダー格にならって、ゾロゾロと動く。

 「おい、おまえら。今日のところは、俺たちはこれで引き上げる。今日、おまえらは命拾いしたと思え。いいか。もし、今日ここで見たコトを、先公でも親でも誰でも、少しでも誰かに喋ってみろ。タダじゃおかないからな!」

 西崎慎吾が精いっぱい、威嚇する態度で、愛子と和也に向かって言った。愛子を睨み付けながら、確認の文句で脅す。

 「解ったな!」

 思わず愛子は、一度コクッと頷いた。

 西崎は身体を回して、突っ立ったままの後能滋夫を見た。俯いたままの滋夫は、西崎の顔を見ていない。ツカツカと滋夫のもとへ寄った西崎が、皮手袋をしたままの右手で、滋夫にボディアッパーを一発入れた。西崎は、いつの間にかチェーンは、手下である生徒の一人に渡していた。滋夫が苦しそうに、身体をくの字に折って呻いた。

 「おい、後能。おまえ、今度チクったら、マジ殺すからな。いいな、解ったな!」

 そして再び、愛子の方を向いて、少し声を荒げて言った。

 「あのオヤジは、放って帰れ。いいか、絶対、救急車とか呼ぶな。黙って、真っ直ぐ帰れ。妙な真似したら、おまえらだって殺す!」

 西崎はそう、念押しに脅した。

 西崎が、「行こう」 と一言、言って歩き始めると、一同もゾロゾロ動き出した。一行、十人近くは、遊歩道メインロードの方へ、ゆっくりと進む。生徒たちの何人かが、愛子と和也を、脅しのために睨み付けた。コトを垂れ込ませない、念押しのつもりだろう。西崎を先頭にした一行は、遊歩道メインロードへと出て行き、角の林を、最後の生徒まで曲がり終えて、不良グループは姿が見えなくなった。

 愛子がホッと、大きな溜め息を衝いた。そして、中腰に屈んでいる滋夫はさて置いて、倒れたまま動かない、オジサンのところまで駆け寄った。オジサンは、ピクリとも動かない。サラリーマン氏のグレイの背広は、上下全体的に泥で汚れていた。もう痙攣もしていない。

 「オジサン、大丈夫?」

 愛子は一言、大きな声を出して呼び掛け、サラリーマン氏の傍らに腰を降ろし、その肩口にそおーっと、片手を伸ばした。

 「お姉ちゃん」

 真後ろで、和也が呼んだ。急に声掛けられて、愛子は驚き、慌てて手を引っ込めた。和也は、走る愛子を、すぐ後ろから追っ駆けて来ていたのだ。愛子は振り返り、和也を認めて言った。

 「あー、びっくりしたあー。止めてよ、和也。心臓、止まりそうだったよ」

 先程の和也の洩らした一言、「人間じゃない」 が影響していて、愛子の中には恐怖心も湧いていたのだ。和也の一言は、愛子の、ウダツが上がらないが気の良いサラリーマンのオジサン、というイメージから激変し、今は、得体の知れない不気味な存在、というイメージが、この意識不明状態のサラリーマン氏を覆っていた。

 「あのね。ハチさんが触るな、放っとけ、って」

 和也がそう言うと、ガサガサと音がして、右手の藪から茶色い毛並みの、少し小さな中型犬が出て来た。ハチだ。愛子はびっくりした。和也とハチが、お互いを認め合った。ジャックの姿は先程から、もう何処にも見えない。ハチの顔から視線を外し、愛子の方を見て和也が言う。

 「この男は大丈夫だ、って。明日の明け方には、普通にケロッとしてるって。君たちは早く帰れ、って言ってる」

 愛子は、ハチの顔を見た。知性の宿る目だ。和也が伝えていることは、間違いなくハチの意思の言葉だろう。和也は、スーパードッグのハチと、テレパシーで会話しているのだ。愛子は和也に、たまらなく羨ましさを感じた。愛子は、和也に向かって言った。

 「でも、このオジサン、重症だよ。病院に運ばなくて、本当にイイの?」

 和也は、ハチの方を見た。ハチの目の動きは、何ら人間と変わらない。ただ、何も言葉が出て来ないだけだ。和也は、愛子に視線を移して言った。

 「この男は不死身だ、って。それに‥」

 和也が途中で言葉を切り、ハチの様子を見る。ハチは、上空を見上げた。森の上空は、木々の枝葉が覆っているが、その隙間から空も見える。もう薄暗い。雲間に、月がうっすらと見える。半月の左側が、ぷっくりと膨らんでいる。十日夜の月だ。和也も愛子も、つられて上空を見上げる。薄暗さに愛子は、もう、帰途に着かなければ夜になってしまう、と、少しばかり気持ちが焦った。

 和也がハチの方を向いて、「えっ!?」 と疑問の声を上げた。

 「どうしたの?」 咄嗟に愛子が尋ねる。

 「う~ん、何かハチさんが、あと四、五日すれば解る、って。何だか、自業自得だが、可哀想にな、だとか、って‥」

 「どういう意味なの?」

 そうこう話してる内に、うつ伏せで倒れている、泥だらけのサラリーマン氏が突然、むっくりと起き上がった。四つん這いの姿勢になり、大きく息をした。服は泥まみれで、顔は腫れ上がっていて口や顎は血で汚れている。すぐ近くに立つハチを認めると、泥と血で真っ黒い顔で、ニヤリと笑った。

 「これはこれは、ハチさん。お久しぶりで。じじごろう先生に会いに来たんですが、少し休んで来ます‥」

 喋るのも辛そうに、そう言って、傷だらけのサラリーマン氏はヨロヨロと立った。

 「まあ、身体の方は、少し休めば大丈夫ですが、何しろ中のヒトが‥」

 立ち上がったサラリーマン氏は、見下ろす姿勢でハチに向かってそう言うと、フラフラしながら、遊歩道引き込み路の奥の方へ向かい、やがて林の中へと入って行って、姿が見えなくなった。ウダツの上がらないサラリーマンのオジサンの、姿を見送っていた愛子が、視線を辺りに戻すと、ハチの姿が消えていた。

 「あれっ? ハチは?」

 愛子が和也に問う。和也が茂みの方を指差した。

 「早く帰れ、ってまた言われた」

 「そう。ホントに早くしないと、真っ暗になっちゃうね。和也、リュック」

 「うん」

 愛子は、ショルダーバッグを置いた場所まで戻り、和也も追っ駆けて来て、バックパックを地面に降ろした。

 愛子が、ショルダーバッグのジッパーを開いて、中の物を取り出そうとした時、真ん前に立つ、後能滋夫に気が付いた。滋夫は、先程から大きな樹木の、太い横枝の下の同じ位置に突っ立ったままだ。

 「あはっ、ご免なさい。後能君‥」

 愛子は、ジャックやハチやカエル顔のオジサンの存在に、和也の口から漏れ出す驚きの話に、後能滋夫の存在をすっかり忘れてしまっていて、悪びれた照れ笑いをしながら謝った。滋夫は力なく、情けない顔をしながら愛子を見ていた。口元が動いたので、ごくごく小さな声で返事したのだろう。滋夫の顔は、涙と血で真っ黒に汚れていた。

 愛子と和也は急いで、お互いのバッグから紙袋を取り出し、口を開いて、滋夫の近くの大樹の根元に置いた。そして愛子は、森の中に向かって叫んだ。

 「ジャックさん、ハチさん、差し入れだからー! 遠慮なく食べてねー」

 そして、もう一言付け足した。 「サラリーマンのオジサンもねー」

 もう辺りは、すっかり暗くなって来ている。愛子と和也と滋夫の三人は、近道の林の中の道なき道は避け、遊歩道の正規のルートへと出て、野球グランドの方へと向かった。グランド先の駐車場には、公園内に来たとき停まっていた、二台の乗用車は既になかった。やはり、西崎たち不良グループの面々が、二台の車に別れて乗って来たのだ。だが、年齢的に彼らに、自動車免許があったのだろうか。愛子は疑った。免許を持っているとしたら、あの二人の年長の不良だが、だがまだ、幼さが残る顔立ちで、せいぜい高校生年齢の面影だった。自動車は、金持ちのワガママ息子、西崎慎吾の調達だろうが、無免許運転で乗り回していたのかも知れない。

 愛子たち三人は、市民公園の出口まで来て、愛子が携帯でタクシーを呼んだ。病院へ行こうかと訊くと、滋夫は真っ直ぐ自宅へ帰ると言うので、タクシーには後能滋夫の家を経由して、駅まで行って貰うことにした。もう、すっかり夜だ。車中、愛子の携帯に、母・智美から電話があり、愛子が現在地を告げると、電話ながら大目玉を喰らった。

 途中、滋夫を降ろして、タクシーは駅前に止まり、愛子と和也は駅に入って行った。ローカル駅の、ローカル線の列車の本数は驚くほど少ない。祖父母の家のある郡部の、小さな無人駅に行く列車の到着まで、あと40分も待たなければならなかった。二人は改札を抜けて、ホームまで登った。ホームのベンチに腰掛ける。真夏の暑さの中、ホームを吹き抜ける夜風が心地好い。

 「ごめんね、和也。ファーストフードのお店でも入りたいけど、差し入れ買うので、お金使っちゃってさあ。もう余裕なくて」

 「ううん、イイよ、お姉ちゃん。僕、ジュース代持ってるよ」

 「そのくらいなら、あたしが持ってる」

 二人は、ホームの柱に据え付けてある自販機まで行って、ペットボトルの清涼飲料水を買い、またベンチに戻った。

 「ねえ、和也。ちょっと訊きたいんだけどさあ‥」

 愛子が、横で、両手で抱えた500ミリリットルのペットのオレンジジュースをあおる、弟の方を向いて話し掛けた。

 「あんた。いつから、そういう力が身に着いたの?」

 「そういう力って?」

 「だからあんた、ハチとかジャックとかと、会話してるじゃん。あたしたちには、あんたの話だけしか聞こえないけど。それに、いろいろと解るし、普通じゃないよ」

 「うん。何だか、ハチさんたちと出会ってから。ハチさんは、僕の頭に話し掛けて来るんだ。何か、妙な勘も良くなったみたいだし‥」

 「そうだよね。私たちの前に、スーパードッグが現れてから。あんただけ、何だか日に日に、変わって行っちゃうみたいで。あたしなんて、全然変わんないのに‥」

 「あのね、僕はサイキックだって」

 「サイキック? 何それ」

 「よく解らないけど、ハチさんが言ってた。ハチさん、今の、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの家にも来たんだ」

 「ええーっ! いつ?」

 「一昨日と、その前。お姉ちゃんは、お母さんたちと居間で話してたもん」

 祖父母と母・智美は、現在別居中になっている亭主である、吉川和臣との正式離婚や、今後の生活のこと等を、よく、話し合っていた。その場には、中学二年生の愛子も加わることもあった。しかし、小学三年生の和也には、不安を与えてはいけないと、大人の話だからと外していた。たいていは、夕食と子供たちの入浴が済んだ後の時間だ。

 「ああそうか。あの間に、奥の部屋に来てたんだ!」

 「うん。で、ハチさんが言うには、サイキックになる人は、人間の10万人とか100万人に一人の割合でなるんだって。生まれた時からサイキックの人も、僕みたいに何かのきっかけでなる人、それから、実は内側に持ってるけど、とうとう死ぬまでその能力の出ない人。また、能力の強弱も人サマザマなんだって。力の種類も、微妙に違うとかって‥」

 「ふう~ん。サイキックって何だろ? 超能力者?」

 「さあ。でも僕は、SFのアニメみたいに念力なんてないよ。ただ、ハチさんたちと話が出来るだけ。あとは勘が良いくらい‥」

 「でもあんた、あの背広のオジサンのこと、人間じゃない、なんて言ってたじゃない? そんなコト、解る訳?」

 「うん。何て言えばいいのか、違うんだ。僕らとは違う、ってコトは解るんだ」

 「ふう~ん。10万人に一人とか、100万人に一人なんてすごいよね。良いなあ、和也は。あたしもそんな、何だっけ? サイキックに、なりたかったよ」

 「うん。でも、悪い面もあるらしいよ。魔物とか悪霊とか、見えちゃうから、そういう闇の存在は本来、隠れていたいから、自分の存在が見えるサイキックを、邪魔に思うらしい‥」

 「えーっ! じゃあ、魔物とか悪霊に、狙われるってこと?」

 「んー、何か、そんなことみたいだね」

 「で、さあ。あの、ヒトの良さそうなサラリーマンのオジサンも、魔物なの?」

 「う~ん、魔物かどうか、解らないけど。普通の人間じゃないと思う‥」

 愛子は、西崎たちにボコボコにやられて、泥だらけ傷だらけになった、男の顔を思い出した。

 「妖怪カエル男‥」

 愛子はそう口に出して、吹き出して笑ったが、和也は真面目な顔で答えた。

 「カエル男とかじゃないと思う‥。何だか、あの人の内側に、恐いモノを感じるんだよね」

 愛子は、和也の態度に笑うのを止めた。

 「ふう~ん‥」 と返事をして、愛子はペットボトルのお茶をひと飲みし、上空を見上げた。

 ホームの屋根のすぐ隣に、月が覗く。上弦の月が成長した、十日夜の月だ。

 「そういえば、ハチも空を見上げてたね」

 「うん。もう僅かだ、自業自得だ、って‥」

 「それ、どういう意味なんだろう?」

 「解らない。でも、その時のハチさんは何だか、憐れんでるような目をしてたよ」

 「ふうん。そう‥。あ、それからあのオジサンが、ほら、言ってたじゃない? 『じじごろう先生に話がある』 とかって。その “じじごろう” って、誰なんだろう?」

 愛子のこの問い掛けには、和也も困った顔をして口を閉ざした。

 「言いたくないの? 大丈夫だよ、和也。お姉ちゃんは絶対、誰にも言わないから。それに、あたしはもう、ハチやジャックというスーパードッグのことも知ってるし。実際、彼らには三度も四度も、会ってるんだもの!」

 愛子が、和也を強く説得する。和也は迷っている様子で、なかなか次の言葉が出て来ない。

 「和也。お姉ちゃんは本当に、あんた以外には、誰にも喋らないよ。勿論、お母さんにも。ねえ、和也。じじごろうって誰よ? あの公園の森に居るの?」

 愛子の執拗さに、和也は仕様がなく、降りて来た。

 「『ワシらのコトは誰にも話さないでくれ』 って、言われたんだよ‥」

 弱りきったふうに、ボソボソと和也が話す。

 「大丈夫。お姉ちゃんは、誰にも喋らない。お姉ちゃんだけだから!」

 愛子の強い口調に、和也は話すことを決心した。

 「あのね、じじごろうさんはほら、五月頃だっけ、話したでしょ。調度、通り魔に襲われた頃。僕が、お姉ちゃんに、野球のグランドの奥の林で初めて、ハチさん見たとき、 “幽霊のお爺さん” が一緒に居たって」

 「ああ、そういえば、あの当時、あんたそんなコト言ってたわね」

 「うん。その “幽霊のお爺さん” だよ。身体がすごく大きくてプロレスラーみたいに、もっと大きいんだけど、いつも裸で、胸毛もゴワゴワ生えてるんだけど、頭が禿げてて、顔は間違いなくお爺さんなの」

 「へえェ~。そんなお爺さんが、あの森で暮らしてるんだ? 要するにホームレス? で、ハチとかジャックとはどういう関係なの? まさか、飼い主‥?」

 愛子が矢継ぎ早に質問する。

 「詳しいコトは解らないんだけど、まあ、仲間は仲間みたいだね。実は‥」

 もう仕方がない、お姉ちゃんには話してしまおう、と一度決めたら、和也は躊躇わずに、自ずから進んで話し始めた。

 「僕が隣の、義行兄ちゃんに頼んで、公園の森に一緒に行ってもらって、通り魔に捕まっちゃったことがあったでしょ。あの時、助けてくれたのは実は、“じじごろうさん” だったんだ。じじごろうさんには 『自分たちのことは黙っててくれ』 って、頼まれたから、だから、警察にも言わなかったんだ」

 「へえ~。スーパードッグじゃなくて、そのお爺さんだったんだあ」

 「うん。そこには、ハチさんも居たけど、通り魔の奴を気絶させたのは、じじごろうさん」

 「身体は大きいのかも知れないけど、お爺さんなんでしょ。だけど、ジャックみたいに、素早く動けたりするんだ?」

 「う~ん、どうかよく解んないけど、あの時はただ、後ろから杖みたいので殴っただけ」

 「えーっ!?」

 「じじごろうさんて、よく、杖みたいな長い棒、持ってるんだ。いつの間にか、通り魔の後ろに現れてて‥」

 「通り魔はその、“じじごろうさん” を見てないんだね? だろうね。通り魔の供述には、何処にも、そんな “お爺さん” の話は、出てないみたいだから。あれは五月だよね。まだ、日に寄っては寒い日もあるし、雨も降るし‥。そのお爺さんは、いつも裸なんでしょ?」

 「うん。僕も会ったのは、まだ二度くらいだけど、いつも裸で、腰回りだけ何か、白い布がある‥」

 「ああ、フンドシ。今の季節は、虫に刺されたりしないのかしら?」

 そう言って愛子は、捲り上げた自分の腕を、反対の手で勢いよくバシンと叩いた。

 「チキショー、逃げられちゃった。公園着いた時、虫除けスプレー掛けたの、もう効き目切れたんだね。和也、蚊がいるよ」

 「じじごろうさんのコトは、よく解らないし、ハチさんに訊いても、ハチさんも 『一緒に居て友達みたいなもんだけど、いったい何者なのか解らない』 って。何だか、不思議なお爺さんだよ」

 「和也。あんた、その何だっけ? サイキック。サイキックの能力で、感じないの? あのカエル顔の、サラリーマンのオジサンみたいにさあ」

 「じじごろうさんに会ったのは五月だから、まだ、そういう力はなかったもん」

 「あ、そうか。ハチとかジャックに会い始めて、ジワジワと力が着いたんだものね。良いなあ、和也。スーパードッグと友達になれて。あたしはその、“じじごろうさん” にも会ってみたいよ」

 プラットホームの天井の蛍光灯の一本が、古くてチカチカと点滅していた。愛子は、その先の、天井から吊るした大時計を見た。もうそろそろ、電車が来てもいい頃だ。愛子が首を回して辺りを見渡すと、薄暗いホームに何人かが電車を待っていた。愛子はふと、父親のことを思い出した。一週間前まで住んでいたあの自宅には、この駅から自転車でも、二、三十分で行ける。この一週間、父・和臣は、あの家に帰って来てるんだろうか? 変わってしまってても、やはり実の父親だ。常に愛子は心配になる。

 「ねえ、和也。お父さんのことだけど、あんた、ハチに相談とかしてないの? その、お祖父ちゃん家にハチが来たとき‥」

 「ハチさんが言ってた。『お父さんはもう、元には戻らないだろう』 って。ハチさんにも、まだよくは解らないけど、『多分、未知の病気みたいなものだろう』 って」

 「えーっ! やっぱり、病気?」

 愛子は驚いたが、また、そう、ハチの言葉を告げる、和也の冷静な態度にも驚いていた。和也に取っても、和臣は実の父親だ。和也は窮めてクールに言ってのける。

 「じゃあ、お父さん、入院させなきゃいけないじゃん!」

 そうこう言っている内にも、プラットホームに電車が滑り込んできた。ローカル線の二両編成の電車のドアが開いた。二人が入ると車内はがらんとしていた。夕方過ぎの時間だが、今日は日曜日だ。自家用車を持っていないと生活に不便な地方の、田舎のローカル線。車内は愛子と和也を含めても、十人も乗っていなかった。二人はこの駅から数えて、四つ目の郡部の無人駅まで電車に揺られた。

「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(6)へ続く。

小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(1)

小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 長いプロローグ..(1)

小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 長いプロローグ..(12)

◆(2012-08/18)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(1)
◆(2012-09/07)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ 」 狼病編 ..(2)
◆(2012-09/18)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(3)
◆(2012-10/10)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(4)
◆(2012-10/28)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(5)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(4)

4.

 電車を降り、ホームを中央まで歩き、階段を下る。改札口を抜けて、駅前に出た。真正面にロータリー、左手には屋寝付きの駐輪場。駐輪場前の歩道をロータリー沿いに歩けば、アーケード商店街の入り口に出る。もっとも、このアーケード内は今はもう、シャッター通り商店街と化しているのだが。

 この一週間、登校のため、早朝に降り立った駅前に、夕方来るのは初めてだ。だが逆に、夕方近くは帰宅するのに、電車に乗るため、この駅前に立つ。お母さんが学校側に話して、しばらくはバスケットボール部の、放課後クラブ活動は休むことになった。お祖父ちゃん・お祖母ちゃんの家から学校に通うようになって、電車通学になった。

 勿論、朝は弟・和也と共に出て、電車に乗り、駅から学校までバスに乗る。バスの運行路は都合良く、小学校前にも、中学校前にも停留所がある。それにもう、あとわずか何日かで夏休みに入る。帰宅も、和也が、中学校の授業が終わるまで待って、一緒に帰っている。吉川愛子は、駐輪場に停めてある何台もの自転車を眺めながら、あたしも家から街に出たときは、いつもこの駐輪場に自転車置いてたのにな、と、まだ臨時引越ししてから一週間ちょっとしか経たないのに、感慨深げに思った。

 吉川愛子は、隣に立つ弟・和也に 「行こう」 と、促した。ロータリー沿いの歩道から、駅前から真っ直ぐに伸びる大通りに渡る。この目抜き通りは、地方の街ながら、両側に幾つかのビルが並んで立っている。銀行の支店や郵便局、幾つかのテナントの入った商業ビルだ。その先には、地方にしては比較的高層なマンションも見える。少し遠くには、こじんまりしたビジネスホテルのビルも立つ。

 愛子と和也の姉弟は、ファーストフード店の入ったビル目指して、大通りの歩道を歩いて行った。もう直ぐ先に、看板が見えている。夏真っ盛りの季節だが、愛子も和也も長袖シャツを着て、袖を捲り上げている。下は、二人とも長ズボンだ。愛子は、薄手の、色の褪めたジーンズを穿き、和也は、濃紺の子供用スラックス。和也のシャツはグレイの無地だが、愛子は派手なチェック柄を着ていた。夕方近い気温は、真夏日で相当暑いのだが、二人の目的は市民公園の森の中へ行くことなので、敢えて長袖長ズボン姿なのだ。もう一つ言うと、二人ともキャップを被っていた。

 14歳の少女、愛子のオカッパ頭の髪は、首筋の下の方あたりまで伸び、そこにキャップを深々と被り、とても可愛らしく見えた。バスケットで鍛えた身体はスレンダーで、着飾ればジュニアモデルとして通用するかも知れない。難を言えば、愛子はモデルとしては僅かに足が短い。愛子はショルダーバッグ、和也はバックパックをかるっていた。二人は、何度も来たことのある、ビル一階のファーストフード店に入って行った。

 店から出て来た二人は、いったん駅前近くへ戻り、駅脇に位置するバス停まで来た。市民公園は、山々を切り開いて造り上げた、大規模な総合運動公園だ。この町でも、市街地からかなり外れて、辺鄙な場所にある。愛子たちはバスを利用して、出来るだけ近くまで行き、あとは公園まで歩くつもりだ。帰りは暗くなるだろうから、タクシーを携帯で呼び、駅まで戻るつもりでいる。この地域でも辺鄙な、市民公園近くを通るバス路線は、夕方なぞたった一本だけだ。

 愛子たちは、バス停でバスを待った。和也が、バス停から、通りの向こう側をじっと見ていた。 「何をそんなに凝っと見ているんだろう?」 と、疑問に思った愛子も、同じ方角を見た。中年くらいなるのか、もう少し若いのか、中背で少々太り気味に見える、サラリーマンと思しき男性が立っている。着古したようにヨレッとして見える、背広姿でネクタイもしているようだ。薄くなりかけたような頭髪を、横分けできれいに整髪している。こういっては悪いが、“くたびれたサラリーマン氏” という感じだ。

 和也はまだ、凝っと見詰めていた。愛子が咎めた。

 「和也。あんまりヒトを、じろじろ見ていちゃ悪いよ」

 和也はただ 「うん」 とだけ返事した。

 何かを探しているのだろうか、“くたびれたサラリーマン氏” はキョロキョロとしていた。和也は愛子に言われて、一度は目を外したが、やっぱり、通りの向かい側の男性を見ていた。愛子もつられて、男を見る。よく見ると、離れた両目がぎょろりと大きくて、薄い唇の口幅か広そうで、何となく “カエル” を思わせた。何かおっとりした雰囲気で、見ていると全体的に、ユーモラスな感じを受ける。愛子は、思わず吹き出した。

 笑いながら、和也の顔を見ると無表情に、ただ凝っと男を見続けている。愛子も、「この弟も少々変わった子供だしな」 と考えて、気にせず、「バスはまだかな」 と、バスの来る方角を見ていた。少しして、バスが見えた。愛子が 「来た来た」 と思いながら、何気なく通りの向こうを見ると、もう “カエル顔のユーモラスなオジサン” は居なかった。

 隣の和也を見やると、だんだん近付いて来るバスの方を見ていた。停車したバスに乗り込んだのは、愛子と和也含めて四人だった。バスの中も空いていて、二人は後ろの方の座席に座った。総合市民公園は、市の端っこの、山々を削り開拓して自然を残して造り上げた、大規模な公園施設だ。市内でも、かなり田舎の方にある。市民公園近くのバス停も、田畑ばかりの場所だ。

 自転車で行けば、駅から市民公園までは、急げば20分で行けるが、徒歩だと先ず一時間以上は歩かねばならない。バスでも、市民公園最寄りバス停まで、やはり20分近くは掛かりそうだ。そこから10分は歩かねばならない。愛子はバスに揺られながら、一週間前の自宅でのことを思い出していた。

 相変わらず遅く帰って来た、父・和臣。変わり果てた家の主人にもう、家族の誰も、相手しなかった。この夜も、父は家で食事も摂らず、風呂にも入らなかった。母・智美は勿論のこと、二人の子供たちも、和臣とは一言も口を利かなかった。深夜、愛子と和也は、二階の部屋に納まりベッドに就き、母・智美も就寝に、和臣とは別の、元客室であった自分用の寝室に退き込んだ。もう、ひと月以上も前から、両親は寝室を別にしている。

 二階の愛子は夜中に、「きゃあーっ」 という、女性の悲鳴を聞いてベッドから飛び起き、愛子には、一階からの、母・智美の叫びだと直ぐに解り、急いで階下へ降りた。リビングには、寝室から飛び出して来た、母・智美が荒い息を吐きながら、血相を変えて構えていた。母が寝ていた寝室の前には、薄笑いを浮かべて落ち着き払った、父・和臣が立っていた。

 階段から降りてすぐの場所で、愛子が叫んだ。

 「どうしたの!?」

 母・智美は、恐怖に歪んだような顔で居る。そして大声を上げた。

 「和也、二階に帰ってなさい!」

 愛子がその声に驚いて、後ろを振り向くと、階段の一番下に和也が、子供用のバットを持って立っていた。父親はニヤニヤ笑いながら、一言も喋らずに、寝室へ戻って行った。その背中に愛子が、一言投げ掛けた時だけ、寝室の前で一瞬立ち止まった。

 「今度お母さんに何かしたら、許さないから!」

 和臣は何事も無かったように、黙って一階寝室へ入り、ドアを閉めた。その後、智美は、娘・愛子の部屋で寝た。床にマットレスを敷き、タオルケットを掛けて寝すんだ。翌朝までずっと、幼い弟、和也のことを心配していた。二階隣室の和也には、部屋に施錠して、何かあったら大声を上げるように言い置いて、二人は部屋で寝すんだ。

 中学二年生の愛子は、もう当然、大人の営みを知っていた。夜遅く帰って来た和臣は、それまでは二、三ヶ月以上も、家族にまるで興味が無いみたいに、何事につけ、家族を相手にするのを面倒くさがっていたのに、この晩は、口も利かずに先に、元は客室の寝室に入った智美を追い掛けて、その寝室に入り、床に横になっていた智美に覆い被さり、求めて来たのだ。

 人間が変わってしまった夫には、今の智美は、不信感と不気味さと嫌悪しか抱いていない。智美にしてみれば突然、和臣が智美の肉体を求めて来たのは、恐怖以外の何物でもなかった。

 一晩、娘の愛子と共に二階の子供部屋で過ごした智美は、翌朝、愛子と和也に学校を休ませて、和臣が勤めへと家を出た後、家の軽自動車に身の回りのものを積めるだけ積んで、智美の実家へと向かった。

 それが、今から一週間くらい前だ。その次の日から、愛子と和也は電車通学となり、智美は勤めを二日ほど休んだ後、またパートの仕事に出勤した。不思議なことに、和臣以外の家族三人が揃って、家を出てしまい戻らないというのに、智美の携帯にも智美の実家の電話にも、この一週間、和臣からは全く連絡が無い。勿論、愛子の持つ携帯電話にも、父親から一度も掛かって来ない。

 愛子はひとしきり思い出してから、大きな溜め息をついた。窓外の景色を眺めていた和也が、心配そうに姉の顔を見る。愛子はニッコリ笑って、応えて言った。

 「もうそろそろだよ。そこから市民公園まで歩くよ」

 バスを降りた姉弟は、田畑の中、一本道を歩いた。向こうに小山や林が見える以外は、民家も少ない。しかし、このあたりから自動車で10分も掛からずに、一週間前まで暮らしていた、自分たち家族の家がある、新興住宅地だ。

 愛子は、「あの自宅からだったら、市民公園は自転車ですぐなのになあ」 と思った。前方に、こんもりと繁った深い森が二山、三山見える。総合市民運動公園の森だ。二人はそこに向かって、てくてく歩いた。愛子のショルダーバッグも、和也のリュックも暖かい。二人のバッグの中には、差し入れのハンバーガーやフライドチキンなどが入っていた。

 二人は歩き続け、公園内に入って行き、やがて、和也たち少年野球チームが練習に利用している野球用グランドが見えた。グランドの方向目指して歩く、二人が駐車場の脇を通った。今日は日曜日で、和也たちチームの練習はない。練習のあるときは、何台か乗用車や軽トラックが止まっている。練習日の夕方遅くは、ここはチーム所属の子供たちのお迎えの、保護者たちの車でごった返す。和也は、一週間前から練習に参加していなかった。母親の実家に越して電車通学になり、しばらくは野球の練習には行けなくなったのだ。勿論、母・智美がチームの監督やコーチに、話を着けている。

 まだ陽はあるが、もう夕刻だ。野球やサッカーの練習がなければ、空っぽの筈の駐車場に乗用車が二台、停まっている。この夕方の時間に、散歩やジョギングなどに公園を利用する場合、ここからは離れた、別の駐車場に車を停める。今、ここから見渡しても、野球用グランドにもサッカー用グランドにも、人の姿は見えない。別に、誰かが少人数で、キャッチボールに戯れてる訳でもないのだ。グランドには誰も居ない。愛子は怪訝に思った。

 「この2台の車に乗って来た人たちは何処に居るんだろう?」 愛子はそう思いながら、後ろに弟・和也を連れて駐車場の脇を抜けて、野球グランドに向かって歩いた。いつものバックネット裏になる、通りの位置まで来た。愛子が自転車でこの公園に来たときは、この通りの反対側の端に、自転車を停め置く。愛子と和也二人、立ち止まって考えた。

 このまま通りを真っ直ぐ行って、遊歩道に出て、あの林の中まで行くか。それとも近道で、グランドの真ん中を横断して、向こうに見える林に入って行くか。まだ陽はあるし、そろそろ夕刻だがもうしばらくは暗くならないだろう。

 「まだ明るいから、藪の中通って行こうか」

 二人は、グランドに入る、低い鉄パイプの柵を乗り越えた。グランドの中央を歩きながら、愛子は、変わり果てた父親のことを考えた。もう長い間、考えまい考えまいとしながらも、つい頭に浮かんで出て来てしまう。昔は、あれほど愛すべき、私と和也の実の父親だったのだ。今でも、実の父親ではあるが、人間の中身が悪い方に変わってしまった。

 智美の話を聞いた祖父母は、「病院に入院させた方が良いんじゃないかい?」 と言っていた。母・智美としても、もう “離婚” は考えている様子だ。それも気持ちは “決心” に近いようだ。父親・和臣は何故、私たちに何の連絡もして来ないのだろう? そこまで家族に関心が無くなったのか。愛子は涙が出そうになった。愛子はまた自分に言い聞かせた。もう父親のことを考えるのはよそう。

 ふと、愛子は和也の方を見て、「和也は今の父親のことをどう思っているんだろう?」 と思った。最近の和也は変わった、という気がする。何だか、あのスーパードッグたちと出会ってからこっち、和也のキャラクターが微妙に変わって来た気がするのだ。もともと口数の少ない子供だったけど、この頃はもっと、家族とは余計なことは喋らなくなり、妙に大人になったような気もする。小学三年生で “大人” はおかしいが、最近は和也の「ワガママ」や「甘え」をとんと見なくなっている。子供ながらに、母親・智美の置かれている状況や事情が解っていて、心配し配慮しているのだろう。

 やがて二人はグランドを突っ切り、林の手前の叢まで来た。愛子がショルダーバッグから虫除けスプレーを取り出し、和也の顔や露出した部分に噴霧してやり、自分の顔から首筋、袖を捲り上げた腕にスプレーを掛ける。グランド境界の側溝を跨いで叢に入った。数メートル進むと林の藪の中に入る。道なき道を茂みを掻き分けて、地面の草や落ち葉などを踏む音を立て、二人はさらに進んだ。グランド手前通路から遊歩道へ出て、ぐるりと遊歩道を回って行けば、かなりの遠回りになるが、この林を抜けて直線距離を歩けば時間的には全然違う近道となる。

 二人は木々の間の茂みを抜けて、目的地である遊歩道奥の引き込み路の、手前十メートルくらいのところまで来た。和也が立ち止まって一言喋った。

 「お姉ちゃん、誰か居るよ」

 そう言われて愛子も立ち止まり、林に隠れた前方を凝っと見ながら、耳を澄ませた。小さな音だが、ガヤガヤとしたような人の声が聞こえている。木々の枝葉や茂みが影になり前方が見えないが、確かに人がそれも数人居るようだ。

 「本当だ。和也、あんたよく解ったわね。一人じゃないね。何人も居るみたい‥」

 小さな音だが、聞こえて来ているのは、何人もの笑い声のような気がする。笑い声の聞こえて来る方角は、遊歩道引き込み路の、調度、後能滋夫が樹木の枝にロープを掛けて首吊り自殺をしようとして、スーパードッグの一匹、ハチに命を救われた場所だ。木々の中、遊歩道の端に、ひときわ幹周りの太い、大きな木が一本立っているところだ。愛子は音を立てないように注意して、静かに移動した。和也もそっと、愛子の後ろを追いて来る。

 遊歩道の手前7、8メートルのところに生えている、比較的大きなj樹木のところまで来て、幹影に隠れて様子を伺う。愛子は思わず 「あっ!」 と声を出しそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。二組の西崎慎吾が居るではないか。不良グループの領袖、西崎と、その取り巻き連中だ。ほとんどが二年二組の生徒だ。西崎は頭に包帯を巻き、白いネットを被っている。病院を退院は出来たが、まだ完治していないのだろう。他の生徒連中は四人くらいだが、やはり同じように頭に包帯とネット姿の者も見える。いづれ、この場に居る生徒全員がこの間、ハチとジャックのスーパードッグに懲らしめられて、怪我を負った連中だ。

 そして、生徒とは別に、見知らぬ、人相の悪い男が、もう二人ほど居た。中学生ではない。もっと年長だ。ラフな私服を着ているが、見るからにチンピラ然としている。だいぶ前だが、 クラスメートのピー子や二年一組の武田虎太に聞いたことがある。西崎慎吾には学校の外では、年上の用心棒的存在が着いているらしい、と。高校中退のニートで、ぶらぶら遊んでいるチンピラのような不良で、西崎慎吾が資産家の親の威光で、ふんだんに持っている小遣い目当てで、学校外では西崎とつるんで遊んでいるらしい。

 そして愛子はまた、さらに驚いた。茂みの影で見えにくいが、ここからの愛子の視界で見える、一番端っこに、後能滋夫が居た。下を向いたまま、直立不動の姿勢で立ったままだ。俯いている顔の表情は、泣いているようにも見える。周囲の不良グループの連中はみんなニヤニヤ笑っている。下卑た笑い顔だ。

 「さあ、やって見せろよ。慎吾君が見たいんだよ。どうやったんだ? 早くしろ!」

 西崎慎吾の取り巻きの一人が、俯いたままの後能滋夫に向かって、楽しそうに大きな声で言った。

 「後能、おまえ。ここで首吊りしてみて、失敗したんだろ。俺たちの前で、もう一度やってみろよ。今度は、俺たちがちゃんと見届けてやるからよ」

 二組の生徒の一人が、からかうように言って笑った。他の者たちもゲラゲラと笑う。後能滋夫は、気を付けの姿勢で下を向いたまま、黙っている。

 「後能。この野郎、おまえ、またチクリやがったろう? 先公どころか、警察からも訊かれちまったよ!」

 他の生徒が怒鳴るように言った。中学校で五月末に起きた、校舎裏手の用具倉庫裏での、二年二組生徒七名集団大怪我事故の、怪事件で、校内捜査に警察が入ったとき、二組生徒で一人だけ無傷で無事だった後能滋夫は、教頭や学年主任や担任の教師連と、複数の刑事から仔細に、何度も執拗に状況や事情を訊かれ、西崎ら怪我を負った生徒全員から、毎日苛めを受けていたことを話してしまい、刑事のあまりのしつこさについ、自分が、首吊り自殺未遂したことまでを喋ってしまっていた。

 後能滋夫に日常的に苛めを行っていた、怪我した生徒たちは、教師や刑事から訊き取りのときに、その苛め行為に関して注意されたらしい。おそらく、あまり深く考えない配慮の乏しい教師か警察官が、滋夫の自殺未遂行為まで、生徒に話してしまったのだろう。勿論、教師や警察官は、「苛めた相手は自殺を考えるまで傷付いているから、反省して、これからは苛めは止めろ」 というようなことでも言って、不良グループの生徒たちを諭したのだろう。浅はかにもほどがあるが。

 後能滋夫を苛めていた面々は、特に不良グループ・リーダーの西崎慎吾は、自分たちが大怪我を負ったのに、後能滋夫一人が無傷だったことが許せなかった。グループの面々も、一人で考えると、「どうしてあいつだけが無傷なんだろう?」 と不気味だったが、不良グループ七、八名という人数が揃えば、恐怖心などなくなり、ただただ、一人だけ無事だった滋夫が憎くてたまらなかった。

 「おまえ、チクったのこれで二度目だよな? 今度は、ご丁寧に警察までもだ。『自殺考えるまで追い込まれました』 ってか? ふざけんじゃねーよ。死にてえんだろ? 見ててやるから早く首吊れよ!」

 見ると、大きな樹木から真横に伸びる太い枝には、新たにロープを括って輪っかが取り付けられていた。後能滋夫の後ろの、少し上方にロープの輪がある。滋夫は相変わらず、下を向いたまま固まっている。よく見ると、両手が小刻みに震えている。小さな嗚咽が漏れているようだ。満を持したように、西崎慎吾が一歩前へ出て来て、おもむろに言った。

 「おい、おまえ。あの時、俺たちが大怪我をして入院したって言うのに、だいたいおまえだけが無傷だったっていうのが、俺は許せねえんだ。俺はなあ、病院のベッドで毎日、退院したらおまえを死ぬほど、ギタギタにシメてやるって、そればかりを考えて、傷が治るのを待ってたんだ。長かったけどな。やっとこの時が来たんだ‥」

 慎吾の言葉が終わると、取り巻きの一人が怒鳴りながら、俊敏に動いた。

 「解ってんのか、この野郎!」

 生徒の一人の強烈な蹴りが、滋夫の腹部に入った。滋夫が、「ギャッ」 と、叫びとも呻きとも取れる声を上げて、自分の腹を押さえながら、前にくずおれた。膝を衝いて蹲り、呻き声を上げ続ける。

 「バーカ。早く、首吊って死ね!」

 前に出て来た西崎が、丸く蹲っている滋夫の、横腹下、腰のあたりを蹴った。滋夫が悲鳴を上げる。年長の用心棒格の二人は、ニヤニヤ笑いながら成り行きを眺めている。生徒の一人が前に出て来て、地面に蹲ったまま呻いている滋夫に、覆い被さるように腰を降ろす。

 「おい、後能。慎吾君が 『早く首吊れ』 って、言ってくれてるだろ。早くしろよ! みんな、待ってんだからよ」

 周囲の少年たち全員が、ゲラゲラ笑った。滋夫の両肩を鷲掴みして、無理やり滋夫の身体を起こす。もう一人生徒が出て来て、手を貸して、滋夫を両サイドから力ずくで立たせようとする。

 「さあ、後能。立たねえか!」

 滋夫は泣き顔で抵抗していた。生徒たちの後ろの方から、一人が箱を抱えて前に出て来た。

 「これがあるぜ」 生徒は、抱えていた箱を地面に置いた。汚れた木箱だった。

 板を張り合わせて組んだ、昔でいう、りんご箱みたいなものだ。

 「ロープの下に置けよ」 一人が言うと、一人が 「おうっ」 と軽快に返事して、箱を置き直した。

 西崎が言下に言った。

 「どうだ、後能。覚悟は出来たか?」

 それを合図に、滋夫を両脇から抱える二人が、無理やり立たせて、滋夫をロープの下へ運ぼうとする。滋夫は、イヤイヤをして駄々をこねるように暴れ、泣きじゃくった。生徒二人が引き摺るように、ロープ下まで連れて行く。滋夫が暴れるので、滋夫の片足が当たって、ロープ下に伏せるように置いた木箱が、撥ね飛ばされて転がった。これに触発され、カッとなった西崎慎吾が怒声を上げて、両脇から抱えられ吊るされた格好の、滋夫の腹部に蹴りを入れた。

 滋夫が、「ギャッ」 と叫びを上げる。

 「おい、そのまま持ってろ!」

 西崎が生徒二人に命令口調で言うと、ポケットから皮手袋を取り出し、急いで右手に嵌めた。西崎は左手で、頭を垂れている滋夫の顎を持ち上げると、皮手袋の右手のげんこつで、滋夫の左頬を思いきり殴った。また滋夫の悲鳴が上がる。滋夫を右側から抱き抱える生徒が、片手を使って、下を向いている顔を上げた。滋夫はくしゃくしゃにした泣き顔で、口の中を大きく切ったらしく、口の左端から血が滴っている。滋夫の顎のあたりは、涙と血でぐちゃぐちゃな感じで、滋夫は 「ヒック、ヒック」 と嗚咽していた。

 西崎慎吾を始め不良グループ連は、滋夫の汚れた顔を見て、またみんなゲラゲラと笑った。滋夫を抱える一人が言った。

 「後能。おまえ、死にたいんだろう? せっかく慎吾君が親切で、首吊り手伝ってやろうってしてんのに、嫌がっちゃ駄目じゃんか。せっかくの慎吾君の友情、無駄にすんなよ」

 この言葉に、一同がまたドッと笑った。

 「やめろーっ! お兄ちゃんを苛めるな!」

 突如、子供の声がしたと思ったら、チビッ子が飛び出して来た。

 左側の林の中から、勢いよく出て来た子供は、どう見ても、十歳にもならないくらいのチビッ子だ。野球帽を深々と被り、バックパックを背負った子供は、後ろから二人に抱きかかえられた後能滋夫と向き合う、西崎慎吾の前に立った。

 「何だこいつ‥?」 一同はポカンとしていた。

 「後能。おまえの友達って、こんな幼児かよ? 友達が、助けに来てくれたって訳だ」

 一人が喋ると、弾かれたように全員が笑いだした。

 「後能。おまえ、良い友達持って幸せだなあ」 爆笑が続く。

 「お兄ちゃんたち、こんなに大勢で、たった一人を苛めて、中学生にもなって恥ずかしくないの!?」

 子供が言った。全員が笑うのを止めた。西崎慎吾の顔色が変わった。

 「何だと、このクソガキ‥」

 西崎が一歩出て、小学校中学年程度の子供を、蹴飛ばした。子供の身体がゴロゴロと、後方へ転がる。

 「和也っ!」 叫びを上げて、同じ左手の林から、吉川愛子が飛び出して来た。

 倒れた和也の小さな身体に寄り添い、「和也大丈夫?」 と声掛けた。愛子は、弟・和也を抱き起こしながら、西崎慎吾を睨んだ。

 そして、不良グループの一同を見回した。愛子は、可愛い弟を足蹴にされ、文句の一つも言ってやろうと思ったが、西崎以下十名くらいの人数が揃う、不良グループの面々を前にすると、さすがに恐怖心が先に立ち、睨むのが精一杯だった。

 愛子は心の中では、失敗したと後悔し、「どうしよう!?」 と焦っていた。林の中の樹木の、幹影から覗き見て様子を伺っていたときは、愛子は、このまま気付かれないように後退し、林を出て、電話を掛けて警察に通報しようと考えていた。まさか、後ろに居た弟・和也が、突然飛び出して行くなどと、思いもしなかったのだ。

 西崎ら不良グループは怖かったが、和也が危険な目に合っているのに、出て行かない訳にはいかない。愛子の顔を凝っと見ていた西崎慎吾が、思い付いたように言った。

 「おまえ、見たことあるヤツだな」

 それに答えるように、不良グループ生徒の一人が言った。

 「おまえ、吉川だろ? 女子バスケの‥」

 「ああ、なんだ。ウチのバスケ部か」

 「確かこいつ、二年四組だよ」

 西崎慎吾が、和也の元に中腰になっている愛子を、足元から頭の先まで嘗めるように見る。他の生徒たちはともかく、西崎と年長の用心棒役の二人は、愛子を見る目付きが違っていた。愛子は危険を感じ、緊張した。

 どうにかして、この場から逃げ出さなければ、危ない。そう思う愛子は、緊張と焦りで、ゴクリと固唾を呑んだ。しかし、愛子には一縷の望みがあった。ここは、この運動公園の森の中は、スーパードッグのテリトリーなのだ。多分、この地が、彼らの棲み家に間違いない筈だ。スーパードッグの一匹、ハチは弟・和也を訪ねて、家までやって来たくらいだ。

 「きっと来てくれる‥」 愛子は思わず声に出し、小さく言った。

 「おまえ、何ブツブツ言ってんだ?」

 愛子は黙って、和也を抱く腕に力が入る。用心棒役の年長二人の内、一人がおもむろに西崎に話し掛ける。

 「慎吾クンさあ。俺たちがここでやってるコト、後でこいつらに先公とか警察とか親とか、大人に喋られると面倒なコトになるじゃん。まさか今、こいつら三人とも首吊りさせる訳にも行かないしさ。今日のトコロは、帰って誰にも何も喋らねえように、この三人とも適当にシメとくのが良いんじゃねえかナ?」

 年長の不良は二人とも、西崎よりも二つ三つ年上になるが、自分たちに遊ぶ小遣いを回してくれる、西崎に気を使っているようだ。やはり、あくまでこの不良グループのリーダーは、金持ちのワガママ息子、西崎慎吾なのだ。

 「そうだな。しかし、この姉ちゃんの方は、ちょっと惜しいけどな」

 もう一人の年長が言った。

 「女だけ、この林の奥に連れ込んでも、良いんじゃね?」

 もう一方がそう言って、西崎の顔を見た。リーダー・西崎は、自分の顎を左手指で弄びながら、思案顔だ。

 「そうだな‥。子供は適当に蹴飛ばして泣かせて、後能はもう少し痛め付けて、女は、俺と哲さんたちと三人で、森の中に連れ込もうか‥」

 西崎は、用心棒役の年長の一人を、“哲さん” と呼んだ。そして後ろを振り返り、配下となる不良グループのクラスメートたち、六、七名に向かって言下に言った。

 「ガキと後能をシメた後、おまえらは車で待ってろ」

 西崎の言葉に、愛子は背筋に、電流のように冷たいものが走るのを感じた。恐怖心に身体の緊張が高まり、凍ったように固まってしまった。小刻みに身体が震えている。年長不良の一人が、ニヤニヤ笑いながら、座り込んだ姿勢の愛子と和也に、一歩近付いて来た。愛子は恐怖に、悲鳴を上げそうだった。

 その時、ガサガサと藪を掻き分ける音がして、遊歩道引き込み路の奥の方に、一匹の犬が出て来た。西崎たち不良グループの塊から、調度六、七メートル離れた地点か。白い大型犬だ。不良グループ生徒の一人が言った。

 「何だ犬かよ。嚇かすなよ」

 他の生徒が言う。

 「けど大きいぜ。日本犬だな。秋田犬か何かか?」

 「襲って来ねえかな?」

 年長の一人が叫んだ。

 「おい、誰か。鉄パイプ、持って来てただろ!?」

 返事が聞こえ、生徒たちの後ろの方に居た一人が、前に出て来て、用心棒役に、1メートルくらいの長さの鉄パイプを渡した。

 愛子は、爆発的な喜びで、胸が張り裂けそうになっていた。「ジャックだ! ジャックが来てくれた」 愛子は心の中で叫んでいた。ふと、愛子の腕の中に居る、弟を見ると、和也もジャックの方を凝っと見ていた。

 「おい、吉川。おまえ、何喜んでるんだ?」

 無意識になってしまっていた愛子の笑顔に、生徒の一人が気付き、愛子に向かって言うと、鉄パイプを片手に持った用心棒役が、静かに言った。

 「ふん。まあ、任しておけよ。秋田犬だろうが土佐犬だろうが、頭ぶち割ってホームランだ‥」

 男が、鉄パイプを斜め上に構える。西崎が叫んだ。

 「おい、おまえら。木の棒でも枝でも、何か武器になる物、捜せ!」

 不良グループが散った。

 「慎吾君、これ!」

 生徒の一人が西崎にチェーンを渡す。別の生徒が、特殊警棒を振って伸ばし、前に出て来た。数メートル離れた犬に対して、不良グループの面々全員が身構えた。いつの間にか、後能滋夫は解放されていて、樹木の横枝から下がったロープの輪の斜め下で、ボーッと突っ立っている。

 「それにしてもけっこうでかいぜ、この犬。俺は、飛び出しナイフしか持ってねえ」

 「大丈夫だ。横からかっ飛ばしてやる!」

 用心棒役の二人が話しながら、じりじりと動く。犬の方も、少しばかり近付いて来ている。チェーンを持つ西崎と、伸ばした特殊警棒を構える生徒が、斜め前方へと動く。二人の後ろにも、生徒の一人が、木の枝のような棒を構えている。数人で犬を囲み、一気に叩こう、という作戦らしい。

 後方からだが、不良グループの面々の動きを、黙って凝っと眺めていた愛子は、正直、可笑しかった。相手は、あのジャックなのだ。グループ全員が、いくらどんな武器を構えようが、それこそ “一蹴” だろう。西崎ら不良グループの面々、ここに居る全員が、また病院送りだ。まだ傷が完治していない西崎は大丈夫だろうか? などと、愛子は憎き西崎慎吾の心配までする、気遣いを無意識に起こしていた。

 愛子と和也のところからジャックまで、表情を見るには距離があり、愛子には、ジャックの眼光までは解らなかった。愛子は、いつかの校舎裏手のゴミ焼き場近くで見た、ジャックの眼光を身に染みてよく覚えている。あのときのジャックの目は、心底恐ろしかった。目というか、全身から放つ、何だろう、猛獣の迫力のような “気迫” か、恐怖を導く激しい “オーラ” か。不良グループを前に、今のジャックは、あんな眼光を放っているのだろうか?

 今、愛子の眼前には、不良グループの面々が立ち構え、愛子からは不良グループの連中の背中が邪魔して、ジャックの姿は視界に入らなかった。膝を衝いて中腰の姿勢の、愛子の前で、座っていた和也が急に立った。

 「あ、ハチさんだ」

 「えっ?」

 愛子が驚いて首を伸ばし、ハチの姿を目で探すが、前方はグループ生徒の背中ばかりだ。

 「ハチさんは、藪の中に居る‥」

 「ええっ? あんた解るの?」

 「うん。解る。ジャックさんを説得してるみたいだ‥」

 不良グループの面々は全員が、白い大型犬に気を取られていて、和也と愛子の会話には気が付かない。愛子が和也に訊く。

 「で、ハチさんはジャックに、何て説得してんの?」

 「殺すな、って」

 和也の答えに、愛子は仰天した。和也が続けて話す。

 「ジャックさんは、あの人たちを皆殺しにするつもりらしい‥」

 愛子は驚いたままで、何も言葉が出て来ない。

 「ハチさんが、死体の山はまずい、とかって止めてる。けど、お姉ちゃん。あの、一番前の人が鉄の棒を降り下ろしたら、その先は多分‥、みんな死ぬ」

 「あああ‥」 と、言葉にならぬ声を発して、蒼褪めた愛子は、腰を抜かしたように尻餅を衝いた。

 生徒たちの背中で、ジャックの立っているであろう、前方は見えない。愛子の視線と同じく、前方を凝っと見ていた和也が、急に振り返った。

 「どうしたんだろう?」 そう思った愛子も、和也にならい首を回した。遊歩道引き込み路への入り口、遊歩道メインロードの方だ。男が一人、立っていた。

 男はこちらに向かって歩いて来る。「あっ!」 愛子は小さく声を上げた。

 あのオジサンだ。そう。駅前のバス停で、和也が凝っと見続けていた、“くたびれたサラリーマン氏” だ。中背で少し小太りの、中年かもっと若いのかよく解らない、カエルのような顔をした男だ。男は普通に歩いて、こちらに近付いて来たが、愛子たちには目もくれず、不良グループの後ろまでやって来た。

「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(5) へ続く。

◆(2012-08/18)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(1)
◆(2012-09/07)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ 」 狼病編 ..(2)
◆(2012-09/18)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(3)
◆(2012-10/10)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(4)
◆(2012-10/28)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(5)

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

●漫画・・ 「スリルくん」

 9月30日日曜朝放送のテレ朝系列「題名のない音楽界」が、懐かしの昭和30年代40年代の海外ドラマテーマ曲特集で、非常に懐かしかったけど、“海外ドラマ”といっても全部当時の、アメリカTV連続ドラマの日本語吹き替え日本国内放送ものだ。ゲストがデーブ・スペクターさんだった。デーブ・スペクターという人も日本のTVのワイドショーやバラエティーで随分前から見ていた人だけど、いったい本業は何してる人で、年齢は幾つなんだろう? え~と調べたら、「TVプロデューサー」が第一番の本業のようですね。何か、日本の番組を海外に、主にアメリカにでしょうが、紹介している、というか、売り買いしている仲介役みたいな仕事してるのかな(?)。そういうのとか、日本と海外のTV情報を紹介している、やはり仲介役か。TV番組とかTV情報の輸入輸出のバイヤーみたいな仕事か(?)。“TVプロデューサー”というからには、TV番組制作にも携わってるのかな(?)。今の番組制作って、総合プロデューサーが居て部分的には分業的で、パートパートに振り分けられているのかも知れないから、デーブ・スペ久ター得意分野の製作の仕事をやっているのかも知れないな。まあ、デーブ・スペ久ターの仕事がどうだろうと何だろうと別にイイんですけど。え~と、1954年生まれですね。俺よか年上になります。58、9歳くらいですね。番組内オーケストラが演奏していたのは、国内TV放送黎明期、往年のアメリカ輸入ドラマのテーマ曲。「バットマン」「鬼警部アイアンサイド」「ローンレンジャー」「ヒッチコック劇場」「スパイ大作戦」「コンバット」「奥様は魔女と、どれも本当にとても懐かしいメロディー。こういう子供の頃、聞いたメロディーは脳裏にこびりついて離れませんね。全然関係無いんですけど、さっき、YouTubeでCarly Simonの名曲Jesse」の2007年のホールライブらしいのを聴いて、懐かしいしやはり名曲でハートにジーンと痺れて気分良かったです。これも懐かしい! 「Jesse」は俺は確か78年か79年頃に新宿のレコード店で輸入版で買って来て聴いた。ちなみに「ローンレンジャー」は、僕が高校生の頃の何かの科目の先生で、「俺は今度車をローンで買って、今、ローンをいっぱい持っているから、“ローンレンジャー”だ」というギャグを言っていたのを、今でも記憶しています。 

 ということで、漫画ですが、今回は「スリルくん」です。「スリルくん」は、懐かしの往年の海外輸入ドラマとも、カーリー・サイモンの名曲「Jesse」とも関係ありません。「スリルくん」は60年代ギャグ漫画で、上記の昔々輸入ドラマのテーマ曲は50年代末から60年代のもので、年代的には符合しているけど、♪「Jesse」は70年代終わり頃の洋楽ロックだし。まあ、いいか。みんなワシが「懐かしい」モノということで。板井れんたろうさんはもう76歳にもなるのか。1936年生まれで天秤座だから、もう76歳になられる。1950年代末から60年代に活躍された漫画家さんで、大学行ってる人は珍しい。日大卒だそうだ。あの吾妻ひでお氏は弟子筋になるんだな。そういえば若干、絵柄も似ているかな。まあ、板井れんたろう先生は70年代以降も活躍されてるけど、やっぱり板井れんたろう先生といえば、昭和の少年漫画月刊誌、黄金時代のギャグ漫画だよねえ。1970年頃にはだいたい、付録がいっぱい付いた往年の月刊誌は消えるんだよね。板井先生の作品も70年代に入ってからはあんまり見なくなって来て、僕自身はもう70年代半ばには見なくなったんだけど、昔ながらの月刊誌で一番最後まで残ってた「冒険王」に、70年代半ば頃まで連載が載ってたろうか。同じ秋田書店発行の「まんが王」はいつ頃休刊(事実上の廃刊)になったんだろ。「冒険王」は70年代後半頃から、児童向けの特撮やアニメのTV番組専門誌みたくなっちゃったもんね。「まんが王」の休刊は70年代半ば頃かな。

 「スリルくん」は秋田書店の往年の月刊誌、「まんが王」に長らく連載されました。「冒険王」の弟雑誌、「まんが王」。僕が子供の頃、「まんが王」と講談社の「ぼくら」だけが例月の1日発売で、「冒険王」や光文社の「少年」など、その他の雑誌は毎月6日発売だった。月刊誌が待ち遠しくてたまらない僕は、本当は「少年」が欲しいのに、待ちきれなくて毎月、1日発売の「まんが王」か「ぼくら」を買っていた。僕が児童漫画を読み始めたのは1962年の暮れ頃か、63年初頭で、月刊誌を購入し始めたのも1963年に入ってからだ。多分、「ぼくら」の方から買い始めたと思うのだが、63年には「まんが王」も続けて購読している。僕が「まんが王」を読み始めたときから既に、板井れんたろう氏の「スリルくん」は載っていた。60年代ギャグ漫画家の代表格が赤塚不二夫と森田拳次のツートップなら、板井先生は、そのすぐ下に位置していたギャグ漫画家と言っても良いのではないか。板井れんたろう氏の代表作と言われるとね、どうしてもTVアニメ化された「おらぁグズラだど」とかになっちゃうんだけど、60年代のギャグ漫画シーンでは各児童漫画誌に連載を持った、当時の売れっ子の一人でもありましたね。「ドカチン」とかもTVアニメ化されたんですよね。「おらぁグズラだど」も「ドカチン」もアニメ化作品というよりも、どちらかというとアニメ企画先行のコミカライズ作品ですね。やっぱりアニメ化された作品の方が広く一般に知れ渡るから、どうしても“有名”というネームバリューで「代表作」になっちゃうけど、僕個人的には、板井れんたろう先生の代表作は、光文社の月刊誌「少年」に連載された「ポテト大将」と、秋田書店「まんが王」長期連載の「スリルくん」ですね。

 「スリルくん」といつも一緒に居て遊んでる親友が、名前が“デン太郎”。後から思った推測ですけど、多分、“板井れんたろう”氏の名前をもじったんでしょうね。「スリルくん」て「まんが王」でどれくらい続いたんだろう? 多分、1962年の内には「まんが王」でもう連載が始まってたから、僕が読んでたのが65年くらいまでで、多分、67年頃までは連載されていたと思うんだけど。済みません、定かではありません。僕が「まんが王」読んでたのは65年頃までですからね。あるいは、断続読みで66年か。板井れんたろう先生の漫画は後は、同じ秋田書店発行の月刊誌「冒険王」で見ましたね。「ドタマジン太」なんか読んでました。「ドタマジン太」は「冒険王」で71年頃まで連載されてたんじゃないかなあ。板井れんたろうさんの作風はジャンル的には“ギャグ漫画”ですが、赤塚的なギャグと言うよりは、「生活ゆかい漫画」ですね。代表作の「ポテト大将」「スリルくん」共に子供の“生活ゆかい漫画”そのものです。劣等生の小学生の悪ガキの子供が、勉強が大嫌いで遊びといたずらが大好きで、小狡くて、遊び以外は怠け者で、毎日の子供生活の中でいろいろと作戦を練るが、結局失敗し、先生や父母や近所のカミナリオヤジとかおまりさんに激しく怒られて、ひどい目に合うというオチなんですが、基本的に根っからの明るい性格で鈍感でめげない子供。根は“良い子”なんですね。だいたい“ガキ大将”というよりは、勉強も運動も喧嘩もダメで、劣等生ですね。

 この時代の月刊誌連載の「生活ゆかい漫画」には、お話の内容に、その月その月で季節感があって良かったですね。冬場は、「冬休み」「雪合戦」「スキー」とかで、夏場は「夏休み」「海水浴・プール」「山のキャンプ」とかですね。5月号は「子供の日」、12月号は「クリスマス」。必ず、その月号月号の季節感が入っていた。月刊誌の月号数は一ヶ月早いからお話舞台もひと月早いんですけどね。あれも楽しかったな。記憶しているお話エピソードは、夏場に家に居ると暑くてたまらないので、デパートへただ涼みにだけ行くトコロとか。小遣い持ってないから。まだまだ家庭にクーラーの無い時代で、扇風機だけでしたね。あの時代はエアコンが出て来る前でクーラーしかなかったんじゃないかな。冬場のデパートはどうだったんだろう? 後は、10月号では必ずのように近所のカミナリオヤジの家の庭の柿を柵越しに盗もうとして失敗して、カミナリオヤジから全力で逃走するシーンとか。懐かしいなあ。自分もスリルくんも同じ年頃だったし。僕も小4か小5の頃、桃泥棒に失敗して、桃の木のある家のオヤジから厳しく怒られたのを覚えてます。スリルくんもデン太郎もドン吉もユー坊もみんな、はるか遠くへ行ってしまって、決して帰っては来ない‥。

 僕は「スリルくん」のコミックス単行本を見た記憶がないのだけど、1989年か90年頃発刊の「ペップおもしろ漫画ランド」全10巻の中に収録されているんですね。第5巻「スリルくん」。その前に秋田サンデーコミックスとかでコミックス化はされてたんだろうか(?)。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする