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●漫画・・ 「トイレット博士」 ..(1)

Photo  最近は、突然お腹が痛くなって、下痢便をすることの多い、Ken-mortimaです。皆さん、お元気ですか。毎日、下痢便を出している訳ではないのですが、此の頃の便状は、時には水便だったり、軟便だったり、初めの方では硬いのに、途中からだんだん柔らかくなって来て、最後らへんにドバッと、ビチャビチャのが塊で出て、飛び散りが撥ねて来たりもします。最近、ビチャビチャウ○コを出しているのはあ、何処のどいつだあ~い‥、あたしだよ!と言いたい感じですね。ちょっと古かったか。もう、このネタもだいぶ古い感になってしまいました。あの人も売れて来たら、衣装もスタイルも変えて来ましたね。最近は普段着でひな壇芸人ですね。今回のお話にSMは関係ありません。下痢の話です。これは原因がありそうなんですが、昨夜はね、上箱が埃を被ったレトルトパックのカレーを見つけて、これ、確か随分前に買ったんじゃなかったっけかな~、とか思いながらも箱の賞味期限見たら、調度1ヶ月くらい前だったんで、ああ、こういうレトルト食品なら、賞味期限が1ヶ月くらい過ぎてても大丈夫だな、と思ったんで皿に移してレンジで温めてご飯に掛けて食べたんですけど、どういう訳か、その20分後くらいからじわじわ腹痛がし始めまして、食後40分後くらいに腹痛がピークに来て、激しい便意をもよおし、トイレに走ったら、最初、少し柔らかげな塊りがボタンと落ちたと思ったら、その後はもう水便でした。おかしいな。でも、レトルトカレーは普通に美味しかったんですよね。ひょっとしたら、その前に飲んだ、コーヒー牛乳系のコーヒー乳飲料かも。冷たかったし。でもこっちは賞味期限は充分あったんです。

Photo_2  あ、済みません。今回の記事は、食前食後や、何かを食べながら読まれるのは、どうぞお控えください、と文頭に入れるべきだった。遅くなってごめんなさい。でも、夏場はね、やっぱり、冷たいものばかりをついつい飲食しがちですからね、けっこうみんな、夏場の下痢は増えますよね。僕なんて、夏場は冷たいものばかりいっぱいゴクゴク飲んじゃう方だし、神経質でストレスを感じやすいキャラクターですから、もう昔から、夏場の下痢は多くて年中行事だったし、若い頃は夏場は一度は必ず急性胃腸炎に掛かって、毎日下痢便というのが1週間以上続いて苦しんでいました。元々、脆弱な精神はすぐにストレスを感じて尾を引く性格なので、冬場も下痢はありましたけどね。若い頃の急性胃腸炎には苦労しましたね。病院に掛かると粉の飲み薬をくれるんですが、これが一時的にはけっこう効いて逆に便秘気味になるんですけど、投薬を止めるとすぐに元に戻って下痢をする。僕は、若い頃の夏場はもう、これがずうーっとでしたね。下痢も水便でしたしね。日中の仕事してる間の下痢は最悪ですよね。忙しいときは本当に困るし、一緒に仕事してる同僚にはとても気を使うし。昔、若い頃の夏場はひどいものでした。

Photo_3  それと皆さんもあるでしょう、ドライブ中の腹痛を伴う下痢の便意。あれはもう本当に最悪ですよね。特に渋滞中なんかにあの、過激便意の嵐に見舞われたりしたらもう、言葉では言い表せないような何というか、苦しさ。たまりませんものねえ、あの苦しみは。脂汗かきまくり、必死で耐える。以前、福祉関係の仕事をしていたときに宿直勤務といって、仕事先に一泊して翌朝帰る勤務があったんですが、まあ、夜勤みたいなものですね、その日は起床時から、ど~も腹具合が悪くて、朝方の忙しい中、何とか暇を作って、一、二度トイレに行って、まあ、下痢便を出したんでしょう、無事に宿直明け勤務をこなして、職場を午前11時頃には出て帰途に着きました。その帰る途中、運転する自動車の中で、再び腹痛が。猛烈な便意。確か、あの日は雨が降ってたんじゃなかったかなあ。何処かで自動車を停めて、パチンコ屋かコンビニに駆け込もう。公園の公衆トイレでもいいが、比較的汚いし雨の日は汚れていそうだし、公園まで行くなら帰路を外さなければならない。道路沿いのコンビニに。それまでは我慢だと、苦しいながらも運転を続けていたら、不思議と激しい便意が納まった。これなら帰宅するまで大丈夫だと、コンビニ通過。そうしてしばらくするとまた便意が。これは困った、次のパチンコ屋かホームセンターみたいな大型店だ。再び我慢して運転を続けると、また納まる。便意の波状攻撃ですね。疲れているし、なるべく寄り道せずに真っ直ぐに家に帰りたい。パチンコ屋もホームストアも通過する。納まっている、大丈夫だ、このまま無事に家に帰れる。自宅の駐車場が近づいたその時、再三の猛烈な腹痛と激しい便意。ああっ、これは苦しい!急いで駐車場に乗り入れて自動車を停め、荷物など帰宅の用意をする。もう、肛門の筋肉は思いっきり力を入れて締めてある。身体中のありとあらゆる力を肛門に集めて筋肉を絞りきり、最大限の我慢を行っている。僕はホモさんなどではないが、もし僕がゲイ系で今この瞬間に、愛する人のモノを受け入れていたら、食い千切るように相手のモノを切断してしまってただろう。まるでサメかワニの口のように、肛門口が。脂汗たらたら流しながらも自動車のドアを締め、部屋の玄関ドアまでの階段を昇る。もう限界だった。

Photo_4  ああっ、出た!感触で解った。尻の辺りが広い範囲で生温かい気がする。力の限り締め付けた肛門括約筋も、ついに限界のときが来て、漏れ出てしまったようだ。洗面所に飛び込んで、速攻、トイレに入るべくジャージズボンを脱いだ。かなりの量を漏らした気持ちでいたが、出ていた塊りは思ったよりも小さかった。良かった。水便でなくて。塊りといっても軟便であり、ベチャッとしている。トイレに入っても水便かと思ったけど、最初に出たのはやはりベチャッとした軟便の塊り。黄土色でなくて、もっと焦げ茶色っぽく、カレーのような色ではなくて、カレーに液状チョコレートでも混ぜた感じの色か。よく見ると未消化の野菜の繊維質のようなものも窺え、カレーで例えるなら具材を挽き肉やみじん切りにした野菜で揃えた、大変コクのあるチョコレートカレー。そんなのあるんかいな。とにかく、ちょっと黒っぽいひと塊が落ちた後は、水便であった。ピュウー、ピュウウ~。腹痛が納まった。しばらく座っていたトイレから出て、僕は、風呂場でお湯を掛けてウ○コだらけの尻と、勢いのいい水流でパンツの裏を洗い落とし、ジャージズボンの裏には汚れは見えなかったが、大変臭かったので洗剤でよく洗った。まあ、このときは少しは漏らしてしまったものの、トイレに入ってしばらくして、ひどい腹痛と人間の限界を試されるような激しい便意の苦痛から、開放されたのでした。漏らしもしたけど、目出度し目出度し。

Photo_5  以上がワタクシの十年くらい前のレポートですが、少量だったとはいえ、ここまでモロに大便を漏らしたのは大人になってからは珍しいことですけど、記憶をたどっても、大人になってからは漏らしてしまったというのは、あんまり覚えがないですねえ。危機一髪、間一髪というのはたくさんありますが、大人になってから、間に合わなくて出てしまった、というのはちょっと記憶にないから、多分、他にはなかったんでしょうね。ひょっとしたら青年の頃に漏らしたことの二、三回もあるのかも知れないが、自分の記憶にはありません。子供の頃はいっぱいありますけどねー。小学生のときは何度もあるんじゃないかなあ。といっても、僕は幼少時から寝小便の癖はなくて、勿論、寝○ソなどは全然ありません。とてもシャーイな小学生だった僕は、授業中に先生に「トイレに行きたい」と、恥ずかしくて言えなかったのですね。僕は好きなんですけど牛乳を飲むとお腹がゴロゴロなる方で、だからたいていは午後の5時限目、6時限目の授業中でしたね。牛乳のせいばかりではないけれど、午後の6時限目の授業中が多かったように思う。僕が小学生だった昔は、まだトイレが汲み取り式の落としツボ型で、授業中に漏らしてしまった僕は、とにかくポーカーフェイスを心掛けて普段どおりに振る舞い、何も無かった如くに笑顔で級友たちと二、三言葉を交わし、トイレに急いで行き、ウ○コがべっとり着いたパンツは、汲み取り式の、その落としツボに捨ててしまい、当時は学校側でトイレットペーパーのようなものは揃えてくれはしてませんから、多分、子供当時の僕は紙は持ってたんじゃなかったかなあ。紙の無いときはどうしたんだろ?しかし、あの時代は定期的に汲み取り屋さんがバキュームカーで来てましたけど、時には僕の落としツボに投げ込んだパンツのせいで、バキュームカーのホースが詰まってしまい、随分、汲み取り屋さんに迷惑を掛けたんだろうなあ。あの頃の、汲み取り屋さん、済みませんでした。

Photo_6  小学生の頃の僕は、カッコを着ける、というか伊達で、綺麗に言えばまあ、ファッションで、長ズボンばかり穿いていたから、午後の授業時に大便を漏らしてしまったことが、バレてしまったことはありませんでした。子供ですから、勿論、夏場に半ズボンを穿いていたこともありましたけど、漏れ出てしまったウ○コが短パンの裾からポロポロ落ちた、ということは記憶にないので、授業中にウ○コが出てしまったのは、多分、全部、スラックス系の長ズボンのときだったんでしょうね。僕は小さい頃はトランクス系のデカパンを穿いていたんですけど、ひょっとして小学校上級ではブリーフを穿いていたのかなあ?僕の幼少時にはまだ、ブリーフのような洒落た洋パンツは出ていなかったと思う。もう、小学生の頃、どんなパンツを穿いていたかなんてよく憶えてないなあ。小学校上級で漏らしたことは憶えているけど、多分、低学年でもけっこう漏らしているでしょうねえ。でも、級友や先生にバレて、見つかってしまったという記憶はない。子供の頃の僕はけっこう、ポーカーフェイスや演技がうまかったのでしょうねえ。まあ、こうやって書き込んでますけど、僕も、そんなにいつもいつも、ウ○コを漏らしていた子供ではないですけどね。ポーカーフェイスの演技で誤魔化し、切り抜けた、とはいっても、当然クラスの僕の席の周囲では異様に臭かったでしょうから、案外バレていて、みんな優しい子供たちで言わなかったのかも。はやされたり馬鹿にされたり、からかわれたことが一度も無いですからね。

Photo  う~ん、中学校では先ず間違いなくブリーフ穿いていたから、小学校上級では多分、もうブリーフだったでしょうね。パンツを、ブリーフからトランクスに変えたのはいつ頃からだろう?30歳を過ぎてからかと思っていたけど、27、8歳頃、みんなで海にキャンプに行って、この時代、僕は海辺に行くといつも陸上スポーツ用の短パンを穿いていましたから、マリンスポーツのときも海に入るときもこの、陸上(競技)スポーツ用パンツのままじゃぶじゃぶ海に入っていた。このキャンプの時、下に穿くサポーターがなくなって、トランクスの上に陸上短パン穿いて海に入ったら、トランクスの裾が陸パンの下からはみ出ていて、恥ずかしい思いをしたことを憶えてます。このときは女の娘もいっぱい来てたし。だから、27、8歳の時は既にブリーフは止めて、下着パンツはトランクスを穿いていたんですよね。今の僕は、ニットのトランクス形の、いわゆるボクサーパンツというヤツですね。別にイイですね、僕がどんなパンツを穿いていようと。今回はパンツの話ではありません。ウ○コの話です。

Photo_7  中学生になってからも一度はウ○コを漏らしてますね。ただ、何年生のどんな時かははっきりとは記憶してませんが、先ず、一度は漏らしているのは間違いありません。ひょっとしたら二回くらいは漏らしているかも知れません。人間の記憶のメカニズムは、極力、嫌なことは忘れるように出来ていますからね。人間の頭脳が、嫌なことをいつまでも覚えているように出来ていたら、人は皆、気が狂って自殺してしまうでしょう。中学生になっても僕はシャーイな少年だったから、やはり、授業中にトイレに行きたいと恥ずかしくて言えなくて、多分、漏れ出てしまったのでしょう。そしてやはり、ブリーフに溜まったひと塊の便をパンツごと便ツボに捨てて、汲み取り屋さんを困らせたのでしょう。そういう意味では、今の時代、日本のほとんどの小・中学校は、水洗トイレに整備してあるでしょうから、在りし日の僕のように計らずも授業中に大便を漏れ出させてしまった少年は、その証拠の便の始末に困るでしょうね。今の子供は、学校で授業中に漏らしてしまったらどうしてるんだろう?それからやっぱり思うのは、僕と同時代の女の子の中にも、授業中にお腹が痛くなって便意をもよおしながらも、やはりシャーイで、昔の時代の女の子だから余計に、恥ずかしくて先生にトイレに行かせて欲しいと言えずに、仕方なくついつい漏らしてしまい、秘かに便の処分をした女子生徒も、中には多分、居たんでしょうね。僕の子供時代、僕以外にもウ○コを漏らしてしまった子はいっぱい居た筈だ。だって子供だもの。そうやって子供はまたひとつ成長する。

Photo_2   後はねえ、ウ○コの思い出というと、大人になってからは、そう、記憶に残るような印象的な大便漏らしはないなあ。先程も書いたけど、危機一髪、間一髪でまぬがれていることは多い。若い頃、営業の仕事で会社のライトバン車を運転して、遠くの得意先へ出向いた帰りのこと、郊外の国道を走っていて渋滞した。多分、事故渋滞か何かだったんだろうけど、全くと言っていいくらいに車の流れがない。渋滞のセールス車の中で僕は腹痛に襲われた。激しい便意。たまらない苦しさだけど、大渋滞中。それでもわずかにはノロノロ動いている。国道の両脇は田んぼや草むらの広っぱで、自動車から飛び出して横っちょに行けば、すぐにでも座り込んでラクになれる。だが、バンの中は運転する僕一人だけ。ノロノロでも一応流れはある訳だから、車を放ったらかしには出来ない。脂汗で地獄の苦しみ。このときも激便意の波状攻撃で、納まってみたり、もう限界線が来てみたり。神様に祈り続けながら超我慢していると、渋滞が解け、自動車を爽快に走らせることが出来るようになり、とうとう最後まで我慢をし通して何処かの店舗のトイレに駆け込んで、無事に、会社の車の運転席を汚さずに済んだ。こういう経験のある人はけっこう居るんじゃないかなあ。渋滞中の腹痛と便意は、本当に地獄の困りものですよね。

Photo_3  う~ん、後はねえ、記憶の中を総ざらいで捜すと、そうですね、ほんのチョッピリ、というのが十年くらい前にありましたね。これもやはり宿直勤務の朝で、夜勤タイプの仕事ですが仮眠時間がありまして、早朝に起きて明け勤務に入る。やはり前日からお腹の調子が悪かったのですが、深夜の1時半か2時頃に仮眠に入って、朝5時半に目覚ましを掛けていた。早朝の目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響いて、宿直者用のベッドで飛び起きたのですが、その時、その飛び起きの勢いで腰というかお尻に力が入り、「あっ!」と思わず叫んでしまった。「やばい!」と起き抜けて風呂場へ直行、パンツを脱ぐと幸い、ほんの少量だけ軟便が出ているだけ。もうホント、指先程度でホッと安心、風呂場のシャワーで尻を洗い、パンツを替えてOK。ジャージズボンにまでは、ウ○コの汁なぞは沁みてはいませんでした。まあ、これはたいしたことはありませんでしたね。後で同僚の職員たちに話すと、どうしてベッドのシーツを替えなかったかと怒っていましたけど、ジャージズボンに沁みてないものがシーツにまで着く訳がないですからね。すっかり大人になってからのことですが、まあ、たいしたことはない話ですね。まあ、だいたいこのくらいかなあ、ワタクシのウ○コの話は。

 という訳で漫画です。ここまで上記、延々とウ○コの話ばかりを書き連ねて来たのは、実は今回の漫画のお題が、日本漫画史上に類を見ない、『ウ○コ』が一大テーマだという、日本のギャグ漫画史上に不滅の金字塔を打ち立てた、大長編名作ウ○コ漫画巨編、「トイレット博士」だからです。『ウ○コ』を、ギャグ漫画の分野とはいえ、長編連載漫画の要の柱に、どーんと太く一本通ったテーマとして据えたというのは、本当にすごいことだと思います。長編ギャグ漫画の中で単発的に、下ネタとしてのウ○コネタを一箇所、二箇所、使うことはよくありますけど、僕自身こういう、一貫したウ○コテーマ漫画を他には知らない、大変稀有な貴重な漫画作品です。
 しかし、週刊少年ジャンプ誌上に毎週、7年間も長期に連載が続いたという、大長編ギャグ漫画としては、漫画のテーマを毎回毎回『ウ○コ』を持って来るというのは、作品の作り手側としては大変苦しいことであり、7年間もの長期連載での実質、『ウ○コ』テーマは前期だけであり、作品の後の、中期後期はまた別の方向のテーマへと移っております。だから、タイトルは「トイレット博士」のままで、長い連載の途中からは、ギャグ漫画としてのテーマは別モノの趣向になってますけどね。

 日本ギャグ漫画史の歴史に残る、不朽の名作ウ○コ漫画、「トイレット博士」お題の記事を1回で終わらせるのは大変勿体ないので、これは次回へと続きます。Kenの漫画読み日記。今回のお題、「トイレット博士」はこの記事を(1)として、次回「トイレット博士」(2)へと続きます。乞うご期待。でももう、僕のウ○コに関する思い出は書ききってしまった感があるなあ。次回は漫画作品そのもの、「トイレット博士」についてイロイロと書き込みましょう。では、次回(2)をお楽しみに‥。

    

◆(2008-07/14)漫画・・ 「トイレット博士」 ..(1)
◆(2009-12/13)漫画・・ 「トイレット博士」 ..(2)

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