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●漫画・・ 「空手バカ一代」..(2)

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 昭和の格闘劇画の名作、「空手バカ一代」は、講談社の週刊少年マガジンに1971年5月から77年12月まで大長編連載され、ストーリーを作る劇画原作は、昭和の劇画原作の帝王、梶原一騎氏で、作画は前半がつのだじろう氏、後半が影丸譲也氏になっています。前半の、つのだじろう氏作画版は、「超人追究編」「無限血闘編」「彼岸熱涙編」の三部から成っています。後半の、影丸譲也氏作画版は、「昭和武蔵編」「空手巌流島編」「世界制覇編」の三部から成っています。前半は、実在の伝説的武道家、国際空手道連盟初代総裁にして極真会館初代館長、極真流空手開祖、大山倍達氏の、いわば若き空手修行時代の描写ストーリーです。後半部は、もともと本編の主人公である大山倍達氏が、自分の流派道場、極真会館を創設して後の中年期、壮年期、熟年期のエピソードと、空手武術の猛者に成長した直系の弟子たちのエピソードですね。後半部のエピソードは、極真ニューヨーク支部の弟子たちの話や、直系の弟子の若き天才空手家、(物語中では“ケンカ十段”の異名をとる)芦原英幸のエピソードなど、大山倍達師範以外の登場人物たちの活躍を描くエピソードにも、かなりのページ数を割いています。まあ、全体的にはかなりなデフォルメ漫画で、大山倍達とその弟子をモデルにして描いた、熱血格闘アクション劇画の物語ですね。モデルのある娯楽フィクション、と言っていいかと思います。モデルは実在した伝説の空手家、大山倍達ですが、もうストーリー枝葉末節の大半は、劇画原作者・梶原一騎氏の創作エピソードです。娯楽劇画としてあまりにオオゲサに表現しているとはいえ、話の流れの大筋は武道家・大山倍達伝記でしょう。梶原一騎氏創作の登場人物もけっこう出て来ますが、だいたい主な登場人物は実在の武道家や格闘家たちです。最初の頃のエピソードには、戦後格闘技界のスーパースター、プロレスラー・力道山や、「木村の前に木村無し、木村の後に木村無し」と呼ばれた、現役時代にはブラジリアン柔術・グレイシー柔術の開祖、エリオ・グレイシーを破っている、実戦柔道の鬼、不世出の柔道家・木村政彦も出て来るし。

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 この大人気劇画をして、日本国内に第何次かの格闘技ブームを起こし、空手ブームがやって来て、当時、空手道場に通う若者たちを大量に生んだと言っていいと思います。この劇画「空手バカ一代」を読んで、武道家・大山倍達を知り、大山総裁のような空手家に成ることに憧れ、空手を習い始めた人たち、少年や若者は、あの時代、相当な数居たことでしょう。正しく、あの時代の格闘技ブームの牽引役のアクション劇画でした。まあ、もっとも、当時の劇画原作の帝王、梶原一騎氏は空手道だけに限らず、他にもキック・ボクシングや柔道ものなど、たくさんの熱血格闘技劇画作品を量産しましたから、梶原一騎氏の存在が、あの時代の空手を代表とする格闘技ブームを作り上げた、と言っても過言ではないように思います。子供時代からプロレス大好きだった僕も、少年時代、青年時代、梶原一騎・原作の格闘技アクション劇画には、どの作品にも熱狂したものでした。

 「空手バカ一代」はTVアニメ化や映画化もされていて、アニメの方は僕は見たことないんですけど、73年から74年の間の一年間、NET(現テレ朝)系列で30分番組で放映されていますね。そういえば多分、一回も見たことないように思う。まあ、だいたい僕はアニメは中学生までで、後はほとんど見なくなったように思う。原作の漫画は単行本(コミックス)で全編読んでるんですけどね。映画化も何度もされていますが、僕が見ているのは最初の、千葉真一が若き日の大山倍達を演じた作品だけですね。もともと、東映の俳優・千葉真一さんは、学生時代から大山道場(後の極真会館)に通っており、もとからが大山倍達の空手の直弟子であり、実力的にもかなりのツワモノだったんですね。ハンサム顔に、もともと運動神経バツグンの体操選手出身の俳優さんで空手の猛者。千葉真一さんは、なるべくして第一線の、というか日本を代表するアクション俳優になったんですね。サニー・チバは世界的だもんね。

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 影丸穣也先生が亡くなられていることは不覚にも知らなかった。今年の6月13日に亡くなられた「まんだら屋の良太」で有名な漫画家、畑中純さんの訃報をネットで知り、その件の詳細を調べている内に、ネットの中の情報で影丸穣也さんが、そのニケ月前に亡くなられていたことを知った。影丸穣也さんは、今年の4月5日に亡くなられていた。72歳だった。ちなみに6月13日に亡くなられた畑中純さんは62歳という若さだった。影丸穣也さんは、もともと漫画家ペンネーム影丸譲也さんだったけど、2003年に「譲也」から「穣也」に改名されたんですね。だから漫画家人生のほとんどは影丸譲也だった。デビュー時の二、三年くらいはほとんど本名のペンネームで描いてた。もともと貸本劇画出身で、1963年頃から大阪日の丸文庫発行の貸本アンソロジー誌「」なんかに作品を描いてた。僕も貸本時代の影丸譲也作品はファンではなかったけど見掛けたことはある。東京トップ社の貸本誌でも描いてたんじゃないかなあ。資料に寄ると、日の丸文庫の時代劇アンソロジー誌「魔像」とかにも描いてたようですね。でもだいたい作風は貸本時代からもうアクション劇画が主体だったように記憶してるけど。サスペンス調探偵ものとか。僕が影丸譲也さんの漫画を意識し始めたのはやはり雑誌からで、最初にインパクトを受けたのは、1968年の週刊少年マガジンに短期集中連載された、原作に世界文学のメルヴィルの名作を持って来て当時の劇画原作の巨人、梶原一騎が脚色した「白鯨」からですね。その後が、同じ週刊少年マガジンに長編連載された偉人立志伝劇画「トヨタ喜一郎」です。そして週刊少年マガジン大長編連載の「空手バカ一代」の後半部を読んでいたときは、僕はもう青年期でしたね。「空手バカ一代」は後にコミックスで全編通して読みますが、初出リアルタイムの雑誌掲載では本屋の立ち読みか喫茶店や食堂、あるいは職場で同僚が読み捨てた週刊少年マガジン誌上で読んでますが、青年期の僕にはこの時代毎号購読していたプレイコミック連載の原作・真樹日佐夫の影丸譲也作画作品、「けものみち」の方が印象深いし好きでしたね。しかし、僕からすれば影丸譲也さんの代表作は何といっても、原作・真樹日佐夫の「ワル」シリーズですよ。1970年に週刊少年マガジン誌上に連載が始まり、そこからプレイコミック連載の「新書ワル」、そして「ワル正伝」、「ワル」完結編まで何と35年に及ぶ長い期間に掲載誌を変え断続的に続いたドラマなんですから。「ワル」シリーズはハードボイルド格闘劇画の傑作ですが、ピカレスクと呼ぶか、ノワール作品の傑作劇画と言っても良いでしょうね。影丸譲也先生の太い線で力強く少し荒々しいタッチは格闘アクション劇画の描写にうってつけで、熱血格闘ものジャンルの作品が多いですね。

 横溝正史原作の本格サスペンス推理「八つ墓村」のコミカライズって、週刊少年マガジンだったっけか。調べました。週刊少年マガジンで1968年連載だから、僕はリアル初出連載で読んでいますね。前出の「白鯨」のコミカライズで僕は、“文学”というものが実は面白いものなのだ、と生まれて初めて知った、という気がする。僕は中一くらいですけど。でも、僕が文学小説を読むのって19歳くらいの年ですものね。1960年代から70年代、80年代前半と劇画ブームの中で大活躍された漫画家さんでしたね。合掌。原作・真樹日佐夫の「ワル」シリーズや「けものみち」の、ハードボイルド・アクションの無頼のストーリーを、穣也氏のその迫力存分の描写力で表現しきって、熱狂して味わった面白さは生涯忘れられない。

※ (2006年9月26日)「空手バカ一代」 ..(1)

 追伸‥、じゃないな。余談、かな。余談になりますけど、思い出したんだけど、若い頃好きだった影丸譲也先生の漫画で、原作が梶原一騎の劇画、「武夫原頭に草萌えて」という作品。これは雑誌連載でしか読んでなくて、後でコミックス再読していない漫画。昔の熊本舞台で、あれは旧制中学だろうか、旧制高校(?) 、毎日柔道の猛稽古に明け暮れるバンカラ学生の青春譚、というよりも学生青春味も入った武道アクション劇画だね。多分あの時代、70年代後半の、週刊漫画アクション連載だったのだろう、僕は新米サラリーマンで、漫画を読んでいたのは高校二年生までで、大人になって漫画を読み始めるきっかけになった漫画だった。この漫画再読は今度は青年コミックばかりになったんだけど。ここから始まって、毎週毎週隔週と「漫画アクション」「プレイコミック」「オリジナル」「別冊アクション」「スピリッツ」 などなどもれなく読み始めることとなった。漫画雑誌が部屋に溜まる、溜まる‥。江古田の割り合い奥まった通りで、割りと人通りのない静かな通りの、流行らなそうな(失礼)定食屋で偶然取った週刊漫画アクションの「武夫原頭に草萌えて」を一読、この漫画のファンになり、その後すぐに週刊漫画アクションのファンになり、青年コミック全体のかなりなファンとなってしまった。まあ、あの時代の‥ですけど。懐かしいな僕の青年時代の江古田の街。江古田文化って何館落ちかの邦画をやる名画座映画館もあったよね。あの頃、あそこで映画版の「赤頭巾ちゃん気をつけて」を見たっけな。「武夫原頭に草萌えて」はアクションの短期集中連載で5週くらいで終わったとばかり思い込んでたけど、後にコミックス全2巻で出版されているみたいですね。まあ、僕が昔を懐かしがってる、ってだけの話です。

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●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 長いプロローグ..(11)

11.

 市街地に出た吉川愛子は、駅の駐輪場に自転車を停めて、駅前ロータリーから商店街の方へ歩いた。昔は繁華街だった、屋根付きアーケード商店街は今やシャッター通り化し、アーケードへ入る入り口に沿った大通りに、銀行や郵便局などと共に、量販店やスーパーマーケットを兼ねた大規模商店ビルが立ち並んでいた。

 愛子は大通りの歩道を歩いて、一つのビルの一角の、ジャンクフードショップに入ろうとして立ち止まった。見覚えのある姿格好。やや長髪のぼさぼさ頭、半袖トレーナーと黒いズボンは多分学生ズボンだろう。間違いない、二組の後能滋夫だ。愛子は、ピー子から聞いて、もうフルネームを覚えていた。愛子は店に入るのを止め、歩道の数メートル先に立つ、後能滋夫に近付いて行った。愛子が背中側から声を掛ける。

 「後能君!」

 振り返った後能滋夫は、自分を呼び止めた同じ年頃の女の子を、誰だろうという感じで訝しげに見た。やや伸びたおかっぱ風髪型に丸顔、身長は自分よりも少し低い。薄紫色のプリントシャツにジーパンのラフな格好だ。笑みを浮かべ、くりくりとした目で親しげにこちらを見ている。後能滋夫には、その風貌に思い当たらなかった。同じ中学に通う吉川愛子を知らないのだ。ポカンとして凝っと見ている後能滋夫に、愛子は再び呼び掛けた。

 「二組の後能滋夫君、でしょ?」

 「だ、誰‥?」

 何だか蚊の鳴くような小さな声だ。声質や話し方も含め、全体の醸し出す雰囲気が暗く、重たい。相貌も、見るからに暗い感じだ。愛子に呼び止められたことに対して、もう怯えを見せているように窺える。

 愛子は思わず、「暗っ」 と、声に出しそうになって慌てて言葉を呑み込んだ。

 「あたし、四組の吉川愛子。同級生。全然、知らない?」

 「い、いや‥」

 後能滋夫が、半ば震えるような声で返事した。

 「知らないかあ。あたし、バスケ部なんだけどね。まあ、いいや。あのね、後能君。話があるんだけど」

 愛子が、笑みを浮かべたまま親しく話し掛けるが、滋夫は警戒しているような様子に見える。それを感じ取った愛子は、諭すように続けた。

 「大丈夫。あたしは後能君と友達になりたいんだ。だから、今から一緒に話すこと聞くことは一切、誰にも喋らないから」

 そう話したが、それでも滋夫の様子には、警戒心を交えた疑いの表情が見られる。愛子は、後能滋夫が気の毒に思え、同情した。毎日、西崎らグループの連中に苛められ、周囲から疎外されて来て、後能君は、こんなふうな態度を取るようになってしまったのだろう。

 「後能君。あのね、ちょっと込み入った話になるからさ。立ち話も何なんで、ちょっとお店入らない?おいでよ」

 愛子は手招きしながら、後ろのビルのファーストフード店へと、後能滋夫を誘う。滋夫は戸惑いながらも愛子に従い、着いて行って店の中に入った。愛子はファーストフード店の片隅の、二人掛けの席に座ると、テーブルの手前に突っ立ったままの滋夫に前の席を勧めた。愛子は傍らにショルダーバッグを降ろして、気さくに滋夫に話し始める。

 「何か飲み物、買って来るよ。荷物見てて。後能君は何がいい?」

 「あ、僕が‥」 滋夫が立ち上がる素振りを見せる。

 「いいよいいよ。ねえ、何にするの、何か食べる?」

 「じゃあコーラ‥」

 滋夫の声は相変わらず細く弱々しい。

 愛子はそれは気にせず、「オーケー!」 と、明るく応えて席を立った。

 愛子がカウンターで品物を注文し、待っている間、時折振り返り、後能滋夫の様子を見たが、下を向いてモジモジしていたりキョロキョロ店内を見回したり、窓外の通りの様子を探るように見たり、何処か落ち着きがない。まるで、挙動不審だ。同じクラスの西崎ら不良グループに、毎日毎日ひどい苛めをされ、尚且つ校内の周囲の者たち、みんなから疎外され続け、ひとたび家の外に出れば、ああいう挙動不審に近いような態度を、いつも取ってしまう習性が身に付いてしまったのだろうと、愛子は後能滋夫のことを可哀想に思い、西崎ら二組の不良グループの面々に憎しみの感情を覚えた。

 不良グループの連中が、ジャックらスーパードッグに罰を受けたのはいい気味だと思い、出来れば西崎ら入院した連中は、もう戻って来なければ良いのにとさえ思った。その内、カウンターにコーラフロートが二つ並べられた。本当は愛子はチーズバーガーも頼みたかったが、同じ年頃の男子の前だし、自分だけものを食べることは控えた。愛子が小さなトレイにコーラフロートを二つ載せて、滋夫の居るテーブルに戻って来た。

 「ああ、悪いな。お金払うよ。ええっと‥」

 「吉川愛子よ」

 「ああ、吉川さん。えっと、幾らだったの?」

 滋夫は緊張が解けぬまま応対している。

 「いいよ、後能君。あたしが誘ったんだから」

 滋夫は自分の前に置かれた、紙コップのコーラフロートを見ていた。

 「悪いよ。アイスクリームなんて浮いて高いものだし‥」

 「いいの、気にしなくて。今日はね、他の用事があってね。けっこう、お小遣い持ってるから大丈夫。それより、後能君は街に何しに出て来たの? まさか、家がこの近くなんてことないよね」

 駅前を含む市街地は、愛子や滋夫の通う公立中学とは学校区域が違い、別の公立中学の区域になる。

 「違うよ。僕の家はどっちかというと市民公園の近くになるし、今日は小鳥の餌を買いに来たんだ」

 「へえ~、そうなんだ。後能君て小鳥飼ってんだね。インコか何か?」

 「文鳥‥」

 「ああ、文鳥かあ。つがい?」

 滋夫は言葉を発せずに頷いた。愛子が、ちょっと居住いを正したように背を伸ばして、一呼吸置いて切り出した。

 「実はね‥。本題に入るんだけど。あたしにはね小三の弟が居て、市民公園の遊歩道の奥の森の中でさ、その弟が、後能君を見たの」

 愛子の切り出した話に、滋夫がギクリとしたように表情や態度を固くした。滋夫は、愛子がいつのどのことを指して言っているのか、はっきりと理解したようだ。蒼褪めたような表情で滋夫は黙ったまま、愛子の次の言葉を待っている。

 「ごめんね。思い返したくない嫌な事柄なんだろうけど‥」

 愛子は滋夫の顔色を見て、気を使いながら、ゆっくりと話を続けた。

 「弟から聞いたんだけどね、あの時、後能君が助かったのは、実は偶然じゃないんだって。ロープを切った人が居たんだって。“人”がっていうか、まあ、助けた“者”がね‥」

 滋夫は驚いて顔を上げ、愛子の顔を凝っと見た。愛子を見つめたまま黙って、愛子の次の言葉を待っている。愛子は話を続ける。

 「それとね、後能君。これは、絶対に他には誰にも喋らないで欲しいんだけど‥」 と言って、愛子は周囲を見回した。店内に居るのは愛子らの他には、高校生らしきカップルが一組と、離れた席に、背広にネクタイ姿の若い男がハンバーガーを頬張っている。後は、カウンターの店員だけだ。

 「実はね、あたし昨日、後能君が西崎たちグループに苛められてるところから、ずっと見てたの」

 滋夫の驚き顔は、ますます顕著になった。両目はいっぱいに見開かれ、口は呆気に取られたように、ポカンと開いている。

 「あたしはね、昨日の事件の唯一の、目撃者だったの。ごめんね、後能君」

 「いや。別に、謝るようなことじゃないし‥」

 下を向いた滋夫が、消え入るような声で言った。

 「正直、あたしも西崎らが怖くて、集団苛めを止めに入れなかった‥」

 「誰でもそうだよ。で、その、吉川さんはずっと見てたんだ?」

 「うん。そう、見てた。だから知ってる‥」

 「僕はあいつらの苛めを受けてて、地面に屈み込んで必死で耐えてたんだ。だからいったい何が起こったのか、全く解らないんだ」

 愛子と滋夫はお互い、緊張した面持ちで見つめ合っていた。

 「僕の上では何が起こってたの? 本当に、竜巻みたいな突風が急に吹いたりしたの?」

 「違う‥」

 「ええっ?」

 滋夫が、彼なりに大袈裟に驚いて見せたが、愛子は言いよどんだ。全て話してしまうには、小さな決心が要るようだった。

 「突風っていうか、信じられないことなんだけど‥。突風みたいにものすごいスピードで動いて、あいつらを弾き飛ばしてたのよ」

 「はあ?」

 滋夫の不思議そうな顔。ちょっと呆れたような様子が入っている。

 「って、そう思うわよね。だって、見ていたあたしにも見えなくて、いったい何が起こってるのか、全然解んなかったんだもの。ただ、あいつらが弾き上げられて宙に浮いて、その後、地面に落下しただけ。あなたを助けた者たちは、あまりにも速く動いていて、人間の目では捉えられないのよ」

 愛子が言い切ると、滋夫は、ただただポカンとしていたが、やがて吹き出しそうなのを我慢しているような顔をした。微妙に笑顔で、明らかに呆れ返っている表情だ。それを読み取った愛子が言った。

 「ま、信じないのも無理ないわ。あたしにも、突風が右から左から吹いて、あいつらを吹き上げたのにしか見えなかったもの。でもね、その後、突風の正体は、軽く倉庫の屋根を飛び越えて着地したの。その時、地面に立って動きが止まったから、だから突風の正体が解ったの。要するに、あたしに見えたの」

 まだ滋夫は、ポカンとしたままで聞いている。

 「つまりね、市民公園の森で、ロープを切ってあなたを助けた者と、昨日の昼間、学校の裏で西崎らを弾き上げて、地面に落下させて大怪我させた者たちは、同じなのよ。だから、後能君は同じ者たちに、二度助けられたのよ」

 滋夫は、呆気に取られた顔に驚きの表情が重なり、何も言葉が出ないでいる。愛子は続ける。

 「でね、実はあたしも、その者に一度は助けられてるの。弟と一緒のときだけど。そして弟は、それを入れて二度、助けられてるのよ。つまり、後能君とあたしたち姉弟、三人は同じ人たちに‥。あ、同じ者たちに、助けられたという共通点を持ってる訳よ」

 「どうして、“人たち”って言わないで“者たち”って言うの?」

 「人じゃないからよ。あたしたち姉弟を助けたのも、後能君を救ったのもね、実は犬なの。スーパードッグ」

 「スーパードッグ‥?」

 「そう。彼らは、途方もない力を持ったスーパードッグなの。後能君が、公園の森でロープが切れた後、地面に座り込んでたとき、犬が現れたでしょ。あれは、スーパードッグなのよ」

 滋夫は、おかしな冗談を言われて担がれているような気持ちでもあった。こういう場合はコミュニュケーションとして、爆笑してみせた方が良いのだろうか。滋夫は戸惑った顔をしていた。

 「その時の、ロープを切ったのも犬ならば、西崎たちを地面に落として大怪我させたのも同じ犬。スーパードッグなのよ。あたしたち姉弟が助けられたのも、同じスーパードッグ。信じられないだろうけど、本当なの。でね、あたしは今日、今からそのスーパードッグたちに、弟と会いに行くつもりなの。後能君も一緒に行こうよ」

 滋夫は、キツネにつままれたような気持ちだった。この、吉川愛子という同級の女子は自分をからかっているんだろうか。しかし、態度は真剣に感じられる。この子はまさか、頭が少しおかしいのではないかとさえ思った。

 「後能君、何かあたしのこと疑ってるみたいね。そりゃあそうよね。こんな話、俄かには信じらんないわよね。でも本当なんだ。だから、今から一緒に実物に会いに行こうよ。実際に本物のスーパードッグに会えば解るでしょ? ね、だから、行こうよ。あたしの話が嘘かどうか、確かめるためでもいいからさ」

 愛子は、一生懸命に滋夫を誘った。愛子の真剣さに気圧されて、愛子の話を半ば信じ掛けてはいたが、しかし、まだ中学二年生だとはいえ、“スーパードッグ”だの、常識的に考えて信じられるような話ではない。

 半信半疑のままだが、愛子の熱心に誘う気持ちに押されて、滋夫は 「うん」 と、返事してしまった。

 「やったあー」 と、喜んではしゃぐ愛子。

 「ねえ、あたしは自転車だけど、後能君は?」

 愛子の問い掛けに滋夫は、自分も自転車で来ていて愛子と同じく、駅の駐輪場に停めてあるということだった。早速、今から二人で一緒に、ここから自転車で市民公園までツーリングで行こう、ということを愛子が半ば強引に決めて、二人はコーラフロートを飲み干し、愛子は、二匹のスーパードッグへの差し入れのハンバーガーやフライドチキンなどを、カウンターに頼んで出来上がるのを待った。その間、滋夫は同じ通りに並ぶペットショップに、小鳥の餌を買いに行った。

 二人は駐輪場で待ち合わせて、一緒に自転車で並んで行くことにした。市街地から市民公園まで、中学生の愛子が一生懸命こいでも自転車で30分近くは掛かる。愛子は弟のことを思い、小学三年生の体力で、よく自転車で行ったなと感心した。二人は、40分近く掛かって市民公園の入り口まで着いた。

 全ては、和也たち少年野球の練習が終わってからだ。別に急ぐことはない。二人並んでのんびりとこいで行った。それでも公園グランドでは、まだ少年野球の練習は行われていた。愛子は、これはもうしばらく待たなければいけないぞと思い、少しイライラ気分を起こした。和也を待つ時間がもう少し掛かる旨、傍らで停めた自転車の両ハンドルを握って、ボーッとした雰囲気のまま立つ滋夫に言った。滋夫は、あいまいに頷いた。よほど優柔不断な性格なのだろう、ここまで来て、まだはっきりしないような顔をしている。

 愛子は今にも滋夫が 「やっぱり帰る」 とか、言い出しはしないかと内心は心配していた。滋夫はバックパック姿だ。あのリュックに、つがいの文鳥の餌が入っているのだろう。滋夫には、早く家に帰って文鳥に餌をやりたい、そういう気持ちがあるのかも知れない。愛子は半ば強引に誘って、滋夫に悪いような気もした。野球用グランド沿いの通りの端に、自転車を停め、愛子は歩いてバックネットに近付いた。

 キャッチャー役の子供、バッター役の子供のすぐ後ろに立つ、コーチの岡石青年の傍まで行った。今日は、怖い感じのオジサンの監督は居ないらしい。愛子は弟の和也同様、滅多に愛想笑いを使わない、中年コワモテ顔の監督が苦手だ。それに引き替え、このコーチのお兄さんは爽やか青年で、とても好感が持てる。チーム選手である子供たちのママたちからも、人気が高いようだ。

 振り返った岡石青年が、愛子に気が付いた。

 「よォッ。ええと、和也君のお姉さんだね」

 「吉川です」

 「うん。今日はお母さんじゃなくて、お姉さんがお迎え? いいんだよ別に、和也君は、僕が車回して送って行ったって」

 「ありがとうございます。けど、今日は弟と自転車で帰ります」

 岡石青年は、顔を上げて通りの方を見た。通りの奥に停めた二台の自転車の傍に、中学生くらいの男の子が立っている。

 「はは~ん、ボーイフレンドと一緒か。和也君と三人でサイクリングで帰るんだな」

 愛子は、岡石コーチが、弟・和也をダシに使って、ボーイフレンドとサイクリングを楽しもうとしているみたいに取ったのかと思い、両手を胸の前で大急ぎで振って、強く否定して見せた。

 「いえいえ、違います違います。そんなんじゃありません。彼も、クラスの違うただの同級生です」

 若いコーチはニヤリとして、「解ったよ。練習はあと30分くらいで切り上げるから、後ろで見てて待っててね」 と言って、グランドの方を向き、ちびっこ選手たちに大きな掛け声をかけた。

 愛子は、自転車の方へと戻りながら不満だった。愛子が恋愛対象の彼氏として好きになるタイプとしては、後能滋夫や武田虎太などは全くの圏外もいいところだ。どちらもボサーっとした雰囲気があり、滋夫は暗く、こう言っては悪いが陰気な感じで、虎太の方はそれで居ていつもニヤけたお調子者だ。愛子は、武田虎太のニヤニヤしたニキビ面を思い出してゾッとした。

 愛子はけっこうイケメン好きで、コーチのお兄さんはタイプではないが、同じような爽やかなスポーツマンタイプが好きなのだ。同じ中学の三年生の先輩に、愛子の憧れの男子生徒が居たが、彼には同級の付き合っている女子の先輩が居た。彼はサッカー部のキャプテンで、ピー子も大好きで憧れていた。

 愛子は、滋夫のもとまで行って話した。

 「練習は、あと30分は掛かるようね。今は季節柄、一年で一番日が長い時期へんでもあるし、五月から夏場は練習時間が長いのよね」

 「うん、良いよ、待ってる。弟さんは何処に居るの?」

 「和也? 和也はねえ、外野。今年入ったばかりの小三だし、ほとんど球拾いね」

 愛子がグランドの奥を指差し、滋夫が首を回して目で追った。

 「和也がね、一番最初に会ったのはもう一ヶ月近く前になるけど、あのグランドのまた奥の林の中なの。あそこ。あの林を真っ直ぐ進んだら、例の遊歩道の森の中になるわ」

 滋夫は、何だか思い詰めたように凝っと、グランド奥の林の方を見ていた。愛子が気持ちを察して言った。

 「あ、ごめん。嫌なこと、思い出させちゃったかな」

 「え? あ、いや。ちょっと考えちゃって‥」

 「ごめんね。あたし気が利かなくて‥」

 「いや、そうじゃないんだ。あいつら、いつ頃出て来るのかな、って思って」

 「あいつらって、西崎たちの退院時期?」

 「うん。怪我した連中の内、入院しなかった四人の中で三人が今日、学校出て来てたんだ。一人は休んでた。で、あいつらグループの三人は、今日は居るのかどうかも解らないくらい、おとなしかったんだ。多分、結局、リーダーの西崎が居ないと、あいつらはそうでもないんだ。西崎が居ないと、不良グループっていう程はムチャなことはやらないんだよ。でも、西崎が戻って来たら、また元に戻ると思う‥」

 愛子はここで初めて、不良グループで病院に入院したのが、西崎ら三人だけだと知った。滋夫にはよく解ったのだ。西崎の居ない不良グループの面々は、積極的に後能滋夫に対して苛め行為を仕掛けて来ることは先ずない。しかし、リーダーの西崎が退院して戻って来れば、また、最低最悪の愚かな遊びに興じようとして来るだろう、と心配しているのだ。

 「だからさ、だからこそ今日、今からスーパードッグたちに会って、仲良くなっておこうよ」

 滋夫は黙った。スーパードッグなどと言われても、やはり素直に信じることはできない。半信半疑なのだ。愛子は実際、目の前でスーパードッグたちを見ているが、滋夫は自分の周りで不思議なことが起こっただけで、実際に自分の目で確認した訳ではない。太くて丈夫なロープが切れたことも、自分を苛めて嬲っていた連中が気が付いたら全員、倒れて負傷し呻いていたことも、不可思議この上ないことではあるのだが。

 愛子が気が付くと、コーチの岡石青年が二人を見ていた。愛子と滋夫が、何かしら真剣な様子で話しているのが気になったのだろう。およそ、仲の良い少年少女のカップルが取るような態度には見えないようだ。少年の方は、何か心配事でも抱えて悩んでいるような様子だし、少女の方はそれを諭し励ましているように、何か懸命に話している。コーチの訝しげに見る視線に気付いた愛子は、取り敢えずここから離れて、他の場所で、和也の練習が終わるのを待つことを考えた。

 「後能君、場所を変えよう」

 「えっ、今から僕たちだけで行くの?」

 「いや、あそこには和也も一緒じゃないと、犬たちは来ないと思うんだよね。だから、それは和也を待ってから。ちょっと待ってる時間も掛かるみたいだし‥。あたしに着いて来て」

 愛子は自転車を動かし、跨って先に出た。滋夫も自転車に乗り、追い掛ける。二人は公園内の通路を走り、遊具やアスレチックの設けてある広場に来た。児童公園スペースだ。ここはよく、主婦や老婆が小さな子供を遊ばせに連れて来るのだが、今日は誰も居なかった。愛子は、滑り台や低い鉄棒に並ぶブランコに滋夫を誘った。ここで時間をつぶして、和也を待つことにした。

 少年野球チームの練習が終わる頃を見計らって、野球用グランド前通路まで戻ると、息子を迎えに来た母親らが何人も待っていた。整列したチームの男子小学生の面々の前で、コーチの今日の練習修了の話と挨拶が終わるのを待った。六年生の長身の男の子の号令で、みんなが帽子を取って一斉に挨拶をすると、各々ばらばらと解散した。自分の荷物を持って、迎えに来た親のもとへ走る子がほとんどである。後片付けのほとんどは、練習終了挨拶の前に終わっている。

 荷物を提げて吉川和也が、姉・愛子のもとにやって来た。愛子の傍らに立つ、後能滋夫を和也が凝っと見ている。

 「や、やあ‥」

 滋夫が緊張しながら、和也に声掛けた。後能滋夫は、小学生相手でもぎこちない。すぐに、愛子が和也に話す。

 「あのね、差し入れ買いに駅前に出たら偶然、後能君に会ったの。一緒に行っても良いでしょ? 和也。だって、後能君は一応当事者なんだし‥」

 和也は困ったような、はっきりしない表情で姉と滋夫を交互に見る。和也は黙ったままだったが、内心では何だか今日は不発に終わるような気がしていた。ハチもジャックも、ましてやじじごろうも、差し入れの食べ物に釣られてのこのこ出て来はしない、と思えるのだ。勿論、じじごろうの存在は、愛子にも一切話していないが。

 そうこうしている内に、岡石コーチのワゴン車がグランド脇の通りに入って来た。愛子、和也、滋夫が、自転車の傍らに立つすぐ側だ。バックネット裏あたりに停まり、コーチのお兄さんに送ってもらう子供たちが、車に荷物を積み始めた。子供たちが乗り込んでサイドドアをスライドして閉めると、運転席のドアを開けて岡石コーチが、愛子と和也の方を向いて声掛けた。

 「寄り道なんかしないで、早く帰るようにね。お母さんが心配するから。気をつけて帰ってね」

 愛子は大きな声で、「解りました」 と返事したが、実は、これから三人で遊歩道奥の森の中へ入って行くつもりなので、コーチに対して嘘を吐いたようで、ちょっぴり悪い気がした。岡石コーチのワゴン車が、通りを出て走り去ると、グランドの周辺は愛子たち以外は誰も居なくなった。

 しばらくあたりの様子を見た後、愛子はショルダーバッグから虫除けスプレーを取り出して、自分と和也の腕や首筋や顔部分に振り掛け、滋夫に手渡した。そうして、愛子たちは自転車を野球用グランド前に置いて、三人で歩いて、遊歩道へと入って行った。遊歩道を歩き続け、林から森の中へと進み、遊歩道奥の分岐した、滅多に人の入らない、例の引き込み路へと三人は入って行った。木々の生い茂る森の中であり、普段でも薄暗いところで陽も落ちて来た。

 愛子たちは、後能滋夫が首吊り自殺を実行しようとしてロープの切れた大きな樹木の前に、愛子が買って来た差し入れのハンバーガーやフライドチキンなどの袋を置いた。昼間でも薄暗い筈のこのあたりは時間が経ち、どんどん暗くなって行く。もう陽もかなり落ちてしまったことだろう。和也だけは何となく、今日は彼らは現れないだろう、と予感していた。引き込み路・遊歩道の地面の上に置いた差し入れの袋は紙の上部を開いており、フライドチキンなどの香ばしい匂いがあたりに漂っている。

 三人はしばらく待って、あたりはもうすっかり闇になった。もう帰らないと、母親が心配して捜しに来るかも知れない。愛子はバッグから懐中電灯を取り出して、帰ることを決めた。三人は遊歩道を引き返すことにした。吉川愛子は全身の力が抜けてしまうくらいに、落胆した。

「じじごろう伝Ⅰ」 長いプロローグ..(12)へ続く。

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