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「世紀末の牝(メス)シルバー」-武本サブロー・作画(真樹日佐夫・原作)-

  

 空手の女子世界選手権での優勝歴を持ち、法務省外局扱いの全国犯罪調査庁所属でFBI 研修留学経験のある、ナイスバディな日本人女性·白銀純は表向きは女子プロレスラー兼女子格闘家。武道や犯罪調査庁の先輩であり、今は法務省所属の南田雄介に、新たに秘密裏に犯罪調査庁内に発足したマルチョウ部門の専属調査員にスカウトされる。

 白銀純は美人レスラーとして日本のリングに上がり、アメリカ本土やハワイではオクタゴン·ゲージの中で格闘技の試合を行っている。全国犯罪調査庁の中に設けられたマルチョウとは、有識者で構成された超法規委員会なるものが審査し判別した、世の中に害を成す国内の巨悪や凶悪を、秘密裏に超法規措置として葬り去るセクションで、まぁ、いわば“必殺仕事人”のような役目のプロの始末屋ですね。

 本来なら警察が逮捕して検察が起訴するべき巨悪·凶悪だが、ワル賢くズル賢く法の網を擦り抜けて悪を働き続けて社会に害を成している悪人どもを、秘密裏に始末する仕事屋ですね。

 といってそのプロのメンバーは、マルチョウ管理側で繋ぎ役の南田雄介と現場で調査と悪の始末·処理を直接行う、空手の達人·白銀純のたった二人だけ。現場での任務遂行の活動はほとんど白銀純一人の仕事。タマにシルバーこと白銀純が窮地に陥ったとき、上司になるのかな、先輩·南田雄介が助けに入ることもある。

 昼間は女子レスラー、夜は必殺仕置き人、シルバー=白銀純は始末屋の仕事のないときは人気女子レスラーとしてプロレス興行のリングに上がり、巡業で地方回りなどもしている。メインの必殺体術は空手道の技々だけど、アメリカ在住時代にブラジリアン柔術の技術も修得している。

 仕事人として始末する悪党どもは、表向きは大きな企業の看板掲げて、裏側で麻薬密輸や人身売買、違法賭博や未成年売春などなどの違法商売をやって金儲けをしている連中や、日本の暴力団組織や日本で犯罪を働く海外マフィアの組織など、大規模から小規模までさまざまな悪党ども。

 

 白銀純は拳銃も使えるけど、だいたい格闘技のワザで悪党どもを叩きのめしてやっつけて行きますね。中には敵側の用心棒に何らかの格闘技の使い手が居たりして、リアルファイトの異種格闘技戦になったりもしますけどね。

 「仕置の刃-世紀末のメス・シルバー」は原作が真樹日佐夫氏、作画が武本サブロー氏の、凶悪犯罪者打倒の痛快格闘技アクション劇画です。シルバーが潜入捜査などよくやるから、スパイ·サスペンス活劇ものでもありますね。コミックス単行本は全8巻刊行で、リイド社から8巻それぞれが初版発行された時代が1998年末頃から2000年中までの間です。雑誌の初出連載はリイド社の青年コミック誌·リイドコミックですね。

 リイドコミックという青年コミック誌は、さいとうたかをのリイド社が発行する隔週刊(月二回刊)雑誌で、1971年創刊で最初は月刊誌だったようですね。定期刊行の雑誌としては2001年に休刊(事実上の廃刊)になってます。リイド社はさいとうたかを先生関係の出版社で、創業から長らくさいとう先生の実兄の方が代表·社長を勤めてました。

 僕はリイドコミックという雑誌は多分、一度も購読したことはないと思う。何度か、喫茶店とか何処かの食堂でとかで読んだことはあるとは思うけど。リイドコミックに連載された漫画をコミックス単行本で読んだことは何作もあります。リイドコミックにも、さいとうたかをやさいとうプロ所属作家の作品や、他の有名人気漫画家の作品も数多く連載されてました。収録漫画の漫画作家陣も他のビッグコミックや漫画アクションと遜色なかったですからね。

 

 「仕置の刃-世紀末のメス・シルバー」は青年コミックらしくエッチなシーンも満載で、さいとうたかを劇画タッチで描く武本サブロー氏描画のシルバーのナイスバディーな容姿もセクシーで魅力的だし、格闘アクションシーンも迫力ある作画で楽しませます。原作が空手の達人·真樹日佐夫氏ですしね。漫画のセリフまわしも真樹日佐夫ぽいですね。「ワル」や「けものみち」で味わったあの独特のセリフまわしですね。言わば“真樹日佐夫ぶし”というストーリー展開や格闘シーンに、カッコ良いセリフまわし。

   真樹日佐夫さんの小説や原作漫画には、男が熱くなってシビレる独特の“男イズム”が全編に流れててカッコ良いですよね。一方のダンディズムみたいなカッコ良い熱血活劇味というか。「世紀末のメス·シルバー」は主人公が女性になってるから、そういうテイストは「ワル」や「けものみち」などに比べるとちょっと薄まってるかな。

 僕は「世紀末のメス·シルバー」をリイド社のSP コミックスで1999年から2000年内にほとんど初版発行で購読していますが、読んだのは全8巻の内、5巻くらいまでだと思います。全巻は読んでないですね。事件ごとの一話完結の連作漫画で、連続する長い一つのストーリーものじゃなかったですからね。

 日本漫画界のレジェンドの一人である超大御所漫画家、劇画の代表的存在·さいとうたかを氏は50年代後半、貸本漫画からスタートし、60年代半ば頃から市販雑誌漫画に移り、“劇画”を世に拡張して行く訳ですが、さいとうたかを氏が貸本時代後半、自分のさいとうプロダクションを設立してからこっち何十年と劇画家·さいとうたかをを両腕として支えて来た、さいとう先生の盟友が二人居ました。石川フミヤス氏と武本サブロー氏です。

 貸本漫画時代のさいとうたかを氏は、さいとうプロダクションからだいたい毎月一冊、定期的に刊行していたオムニバス貸本誌がありました。「ゴリラマガジン」です。肥満体形でイカツい氏のアダ名が当時から“ゴリラ”で、さいとうたかを氏主催の劇画オムニバス誌だから「ゴリラマガジン」でした。

 「ゴリラマガジン」は分業制さいとうプロダクションの作品が主体で、メイン作家はさいとうたかを氏で、さいとうプロ所属の漫画家が短編漫画を発表し、「ゴリラマガジン」には毎号、短編漫画が三作から四作くらい収録されてました。中にはさいとうプロ所属ではない貸本漫画家の作品も時折掲載されてたと思います。

 だいたい月一冊刊行の「ゴリラマガジン」には臨時増刊の「別冊ゴリラマガジン」もときどき出ていましたが、どれくらいの頻度か記憶してないのですが(二ヶ月に1巻くらい?もっと?)「ゴリラマガジン別冊·MGシリーズ」という貸本誌が刊行されてました。この“MGシリーズ”の作者が、石川フミヤス氏と武本サブロー氏でした。“MGシリーズ”は両漫画家の共作で「ゴリラマガジン別冊·MGシリーズ」一冊のほとんどを“MGシリーズ”の一話が締めてましたね。余ったページに他の短編作品が一つくらい入ってたかも知れない。

 石川フミヤス氏は、さいとうたかを氏が漫画の世界に足を踏み入れた大阪·日の丸文庫時代から、ずうっと行動を共にしたさいとう氏の盟友ですね。日の丸文庫~劇画工房~さいとうプロダクションと常に一緒に漫画作品制作の現場でやって来た劇画仲間です。

 石川フミヤス氏は貸本時代は、さいとうプロ以前から一冊一作刊行の貸本単行本も描いてましたし、また、さいとうプロ所属になってからも“MGシリーズ”以外にも、ときどき一作単行本をさいとうプロから出してました。市販雑誌時代に入ってからはほとんどさいとうたかを氏の片腕として、さいとうプロダクション·チーフ作家としての活躍でしたね。

 武本サブロー氏も、さいとうたかをプロダクションのチーフ作家の一人です。武本サブロー氏は少年時代からの石川フミヤス氏と旧知の仲で、武本サブロー氏も50年代後半、貸本漫画から出発しました。60年代初めに、同じく漫画作家の道に進んでいた旧友·石川フミヤス氏に相談して、さいとうたかをプロダクションに入りました。さいとうプロでは腕を買われてチーフ作家として活躍した訳です。

 僕は小学校一年から小学校五年までほとんど毎日、近所の貸本屋に通ってましたが、「ゴリラマガジン」も大好きな貸本漫画の一つでした。だいたい貸本時代からさいとうたかをの漫画が好きでしたからね。当時の貸本漫画は玉石混淆、絵のヘタクソな漫画家も多かった。小学生時代の僕はストーリーとかよりも絵の上手い漫画本を優先的に借りていた。さいとうたかを氏は貸本漫画家の中でも抜群に絵の上手い漫画作家でした。だいたい、さいとうプロダクションの漫画家はみんな絵が上手かったですね。「ゴリラマガジン」は毎号楽しみに待ってた貸本単行本でした。

 

 さいとうたかを先生は貸本を描き始めた最初、SFを描きたかったそうですが、SFは当時の貸本漫画読者にウケが良くなかった。だから人気の出るアクション劇画を主体にしたそうです。「ゴリラマガジン」もだいたいメイン作品はアクション劇画でしたね。その他には青春ものやときどき学園もの、ごくタマにSF ものとかあったんじゃないかなぁ。青春ものはけっこうシリアスなドラマだったような気がする。タマにホラー作品の短編も載ってたかな。だいたいアクション劇画主体だけど。

  石川フミヤス先生·武本サブロー先生共作の“MGシリーズ”も、やはりアクション劇画で、探偵サスペンスものかな。僕は石川フミヤス氏の貸本の一作単行本は覚えてるけど、武本サブローさんの貸本の一作単行本は読んだ記憶はないですね。貸本漫画は描いて本を出してるだろうけど、さいとうプロ所属以降は「ゴリラマガジン」には短編作品を載せてるだろうけど、さいとうプロから単独作品の単行本出してたのかな?僕が知らないだけで多分、描いてはいるんでしょうね。

  さいとうたかをプロダクションの全盛期には、もう一人チーフ作家が居ました。甲良幹二郎氏です。往時は石川フミヤス、武本サブロー、甲良幹二郎の三人のチーフ作家で、さいとうプロは3班体制で回してました。

  甲良幹二郎さんがいつ頃さいとうプロを離れたのか解りませんが、長いこと、さいとうたかをの劇画作品の表紙絵クレジットには、さいとうたかをの下にチーフとして、石川フミヤス·武本サブロー·甲良幹二郎の名前が記載されてましたね。

  さいとうプロの全盛期って、貸本時代もさいとうたかをは人気が高かったし、雑誌に移って直ぐマガジンの「無用ノ助」は大ヒットしたし、60年代後半に入ってからもう、さいとうたかを劇画は雑誌で引っ張りだこでしたからね。60年代末からは青年コミック誌で引っ張りだこになったし。

  さいとうたかを劇画は60年代後半から90年代までずーっと売れてましたね。さいとうプロの劇画には中年から高齢者までの男性高年齢世代のファンが定着してますから、2000年代以降も一定の人気は保ってますよね。その中でもさいとうプロの全盛期ってやっぱり70年代·80年代かなぁ。

  甲良幹二郎さんも90年代頃さいとうプロダクションを離れたのかな?甲良幹二郎さん単独作品の絵柄もバッチリさいとうたかを劇画タッチの絵柄ですね。さいとうたかをプロで長年仕事して来た漫画家はみんな、さいとうたかを劇画タッチの絵柄になってますね。

  さいとうたかを先生の両腕だった、武本サブロー先生は2008年にお亡くなりになり、石川フミヤス先生は2014年にお亡くなりになりました。御大·さいとうたかを先生は2020年10月現在83歳で元気に「ゴルゴ13」など執筆されてます。さいとうたかを先生は11月3日生まれだからもう84歳か。

  ちなみに「世紀末のメス·シルバー」は実写映画化されていて、映画のタイトルは「SILVER」だけになってますね。主人公の白銀純役を桜庭あつこ、南田雄介役を羽賀研二がやってます。1999年の制作でVシネマのようですね。僕はこの映画は見たことありませんが。

(下世話なスキャンダル話になるけど、お騒がせ芸能人、羽賀研二が当時、梅宮辰夫の一人娘·梅宮アンナが熱愛交際の芸能記事が話題になってた頃、自ずから羽賀研二と親密交際してたと公表した桜庭あつこの芸能情報が世間を騒がせましたが、件の桜庭あつこと羽賀研二はこのVシネマで知り合って交際に発展してたんですね。羽賀研二と梅宮アンナの熱愛報道はアンナの巨額貢ぎや父親·梅宮辰夫の激怒など当時は世間を騒がす話題となりました。)

  桜庭あつこさんてグラビアアイドル出身の女優で後には格闘技の試合にも出場してるようです。あんまりメジャーな女優さんではなかったかな。Vシネマの出演が多く劇場版映画の出演もあるようです。

  真樹日佐夫先生はご自身の原作漫画などを積極的に実写映画化してましたね。特に漫画原作の代表作である「ワル」シリーズは全作で十本以上映像化されていると思います。「ワル」の実写映画はVシネマ作品もありますが何本も劇場版映画になってますね。

仕置の刃世紀末のメス シルバー(SILVER) 未完結セット(SPコミックス) ー武本サブロー

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●小説・・「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(21)

21.

 ワカト健康機器開発株式会社·営業係長、吉川和臣は市の総合病院に入院していた。吉川智美が愛子と和也の二人の子供を連れて隣町の実家に戻ったあと、夫·吉川和臣が一人で二階家に住んでいたが、その内、行方不明となってしまっていた。そして今から十日ほど前、都市部繁華街外れの古ビルの風俗店の中から失神した状態で発見された。一緒に見つけられた数多くの男女はいずれも狼病に感染していたが、特効薬で回復して目を覚まし、退院して行っていた。だが吉川和臣だけは、心臓は動き呼吸はしているが眠ったままだった。

 愛子と和也の姉弟がタクシーで病院に訪れたときにはもう陽が暮れかかり、あたりは薄暗くなっていた。

 初め、病院の表玄関に行ったが鍵が掛かっていてドアが開かないので、建物脇の救急搬入口に回ると、出入口横に守衛室があり、そこのカウンターに面会者記入簿があった。守衛さんは事務所の中に見えたが、愛子と和也は声掛けせずに愛子が勝手に帳簿に記入して病院内へ入って行った。

 病院内には人が居なくて閑散としていた。エレベーター前では、降りて来たばかりの親子連れが出て来て、子供が母親にじゃれついて騒いでいた。愛子と和也はそのエレベーターに乗った。愛子たちは、父親の入院している四階で降りた。二人は母親の智美ともども何度か父·和臣の見舞いに来ていたが、父親はまだ一度も目を覚まさないままだ。

 四階エレベーターホールからナースステーション脇を抜けて病室の方へ行くと、目指す父親の病室の前あたりに人影がある。病室廊下には他に人は窺えない。向こうの二つの人影はじっとこちらを見ている。

 だんだん近付いて愛子は「あっ」と小さく驚きの声を上げた。愛子はちょっと急ぎ足になって近付く。一人は、愛子たち吉川家の自宅にも来訪した大佐渡真理だった。愛子は真理に霊能力があり、和臣の寝室の異変を見破ったことを思い出していた。

 一つの病室前の廊下に、恋人の在吉丈哉と並んで立つ、大佐渡真理はナースステーション方向を見て、こちらへやって来る二人を認め驚いた。前に居る少女は中学生の吉川愛子だ。そしてその直ぐ後ろの子供を見て愛子は戦慄した。愛子の弟の吉川和也が居るではないか。

 サイキックである大佐渡真理は、どういう訳か同じサイキックの吉川和也の近くにある程度の時間一緒に居ると、和也と離れた後少しして、身体に変調をきたすのだ。その変調は性欲が高まるという形で現れる。しかもその性欲は時間が経つに連れて高まり続け、ピークに来ると尋常ではない性欲の波が押し寄せ、気が狂いそうになるのだ。そしてそのとき、真理のサイキックとしての超能力、パイロキネシス的な力が発現する。

 真理はそのお陰で一度、心底困り果てたのだ。もうあの苦しみは御免だ。真理は在吉丈哉の背後に回って、隠れるような態度を取った。

 丈哉がおかしな態度を取る真理を振り返って声を掛ける。

 「どうしたんだよ?真理ちゃん」

 吉川愛子·和也の姉弟は二人の直ぐ目の前まで来た。愛子が挨拶する。

 「お久し振りです、大佐渡のお姉さん。こんばんは」

 愛子は丈哉にもペコリと頭を下げた。丈哉も自分の後ろに隠れる仕草を見せる真理に戸惑いながら、愛子と和也を見て会釈する。

 大佐渡真理は在吉丈哉の後ろから肩越しにそーっと顔を覗かせ、吉川姉弟を見る。吉川和也と目が合ってしまった。ハッと真理はまた丈哉の背中に隠れた。和也は子供らしくポカンとしている。

 真理の気持ちは尋常ではない。あのサイキックの子供と合ってしまった。これでしばらくしてから自分ではコントロールできない性欲の波に襲われて、居ても立ってもいられない、どうしようもない気分に支配される。真理は丈哉の背後で恐怖に震えた。

 吉川姉弟は真理のおかしな態度にポカンとして立っている。

 突然、真理は丈哉の片腕を掴んで引っ張り、駆け足でナースステーションとは反対方向に病室廊下を走り始めた。いきなり強い力で引っ張られた丈哉は驚いて声を上げる。

 「おいおい、どうしたんだよ?真理ちゃん!」

 丈哉はつんのめって何歩かたたらを踏みながらも、真理に着いて行く。真理は吉川姉弟の方を振り返ることもなく、丈哉の腕を引きながら廊下の奥へと走る。

 廊下の奥の行き止まりに非常口と書いた鉄製の扉があり、真理が急いでドア取っ手の下のサムターンを捻るとドアが開いたので、真理は丈哉の手を引っ張りながら建物脇に付設された外階段へと出た。

 病室前で放心状態で、廊下の奥へ走り去る二人の背中を見ていた吉川姉弟だったが、二人の出て行った開けた非常口扉が閉まると、和也は興味なさそうに病室の中へとドアを開けた。愛子が慌てて和也に続く。

 「ねえ、あのお姉さん急にどうしたのかしらね?」

 愛子が先に病室に入った和也の背中に問い掛けたが、和也は「さあ…」と一言返しただけで手前のベッドへと歩く。和也は立ち去った二人には関心がないようだ。

 四人部屋の片側だけ二つベッドが並んでいて、反対側はがらんとしている。二つのベッドとも浅黄色のカーテンが掛かっていて、人1人入れる分だけ開いている。和也がベッドの横に立った。続いて愛子が隣に並ぶ。

 タオルケットを掛けて吉川和臣が眠っている。縦縞パジャマの衿が見える。和臣は仰向けで寝息を立てて動かない。

 「お父さん、肩を揺すって呼び掛けたら目を覚ましそうなのにね」

 愛子が言った。吉川和臣がこの病院に運び込まれてから、吉川姉弟は母·智美と共に何度も見舞いに来ていた。これまで何回も身体を揺すったり大きな声で呼び掛けたりしたが、とうとう目を覚ますことはなかった。しかしいつも規則正しい寝息を立てている。心臓もちゃんと動いていて間違いなく生きているのだ。

 和也は小学三年生とは思えないくらい落ち着いていて、ポケットから折ったハンカチを取り出した。それを静かに開く。隣の愛子が覗き込んだ。開いたハンカチの上では、何匹かの寄生虫のように白っぽく、小さな細いものがうごめく。見るからに気持ち悪い。愛子は思わず顔をしかめて横を向いた。

 和也はじじごろうの呼ぶ“子ちんぽ”を眺めながら、もう一方の手で摘まもうと指を伸ばす。子ちんぽというだけあって、もやしみたいに細い寄生虫状のものは先が膨らんでいてほんのり赤く、ちんちんの亀頭に見えなくもない。

 和也が指で摘まんだ三匹の子ちんぽを、父親の口元へ持って行き、そっと下唇に置いた。細かにうごめく三つの子ちんぽは、少し開いている唇の隙間から、何かの小さな幼虫のように自ずから、ジワジワと這って口の中に入って行った。

 愛子は隣から、何かおぞましいものでも見るように顔をしかめながら、父親の顔を覗き込んでいる。

 和也は三つの子ちんぽが父親の口の中に入ってしまったのを見て取ると、片手の掌に開いたハンカチを乗せたまま、愛子の後ろを通ってカーテンを抜け出た。愛子が、どうしたんだろう?と和也の行動をいぶかしんでいると、和也は隣のベッドへ入ったらしい。

 愛子も和也を追って隣へと行く。愛子が隣のベッドのカーテンを入ると、そこには一人の若い女性が眠っていた。

 目を瞑り寝息を立てる顔を見て愛子は驚き、思わず声を上げた。

 「ああっ、この人知ってる!人を殺して指名手配なってた女の人だ」

 興奮した愛子が隣の和也の顔を見詰めたが、和也は落ち着いたままだった。

 「お姉ちゃん、でもこの人は狼病の病気で悪いことしたんだよ。ここにじっと寝てるってことはお父さんと同じで、狼病治療薬を打って病気は治ってるんだよ」

 愛子は和也にそう諭されて黙ったが、自分の弟ながら小学校三年生で落ち着き払ってこれだけの冷静な理屈が言えるとは、いったいこの子は天才にでもなったのかと改めて思った。和也はスーパードッグのハチやジャックと関わってから変わってしまった。

 和也が片手の掌のハンカチに乗る子ちんぽを見ていると、おそるおそるという程で愛子が訊いた。

 「ねえ、じじごろうさんは全部で6個の子ちんぽをくれたんでしょ?3個をお父さんに飲ませて、この人に半分上げちゃったらお父さんの効き目はあるのかしら?」

 「うん。でもこの人も眠ったままだったら可哀想だと思って」

 吉川和臣の隣のベッドで眠る、社会福祉施設事務員·城山まるみは、狼病ウイルスに感染してゾンビ怪物化し、恋人だった藤村敏数の現恋人になる有馬悦子を殺害して、潜伏先の狼病感染者の巣窟ビルで黄色ヒトオオカミに失神させられ、その後、正常だったときの勤務先の社会福祉施設に現れ、潜在意識下で蓄積していた日頃の恨み感情が、本能的にまるみを突き動かしてパワハラ副施設長を襲撃した。

 その後、施設近くの通りで銀色ヒトオオカミである白人医師、ロバート·シルバーウルフに失神させられ、狼病治療薬を注射されて後、意識不明のまま警官隊に保護された。

 そしてその後、現在はこの病院に入院してさまざまな治療を施されるが、眠ったまま意識を回復しないでいた。

 城山まるみは、今はこの病室で吉川和臣の隣のベッドで和臣と同じ症状のまま眠っている。

 「お父さんに3つ、このお姉さんに3つ食べさせてあとは様子を見るよ」

 和也はそう応えて、眠っている城山まるみの口元に摘まんだ子ちんぽを持って行く。

 愛子はこんな綺麗な寝顔をした若い女性の口の中に、見るからに気持ちの悪い寄生虫のような変な生き物を入れるのは、何かおぞましい気持ちがして、気分が悪くなり吐き気をもよおすような気がして来た。

 まるみの下唇に置いた3匹の子ちんぽは細かく震えるように蠕動して、まるみの口の中に入って行く。愛子はしかめていた顔を思わず横に向けた。

 和也は子ちんぽがまるみの口の中に入ってしまったのを認めてから、姿勢を真っ直ぐにし、愛子の方を向いた。

 「さあ、お姉ちゃん帰ろう。そして明日また様子を見に来よう。もしもこれで目覚めなかったら、もう一度じじごろうさんのところに行ってみるよ」

 愛子は「うん」と返事して城山まるみのベッドのカーテンから出た。二人はもう一度、父親の寝顔を見てから病室を出た。

               *

 大佐渡真理は大変なことになっていた。真理と在吉丈哉は一緒にラブホテルの中に居た。

 二人は丈哉の自動車で病院をあとにしていたのだが、途中で真理が、運転する丈哉にしがみついて来て、危うく事故を起こすところであった。真理の様子が明らかに違っていた。丈哉が乗用車を路肩に停めたあとも、真理は丈哉の身体にしがみついた手を放さない。丈哉は、真理が何かの病気の急な発作を起こしたのかと慌てた。

 真理はあえぐようにふり搾った声で「お願い…」と言って、丈哉の首に抱き着いて来た。丈哉が「病院へ戻ろうか?」と訊くと真理は片手で丈哉の股間をまさぐり始めた。

 真理は、サイキック·吉川和也に会ったことで身体に異変が生じたのだ。一ヶ月以上前に吉川和也と出会ってその後しばらくして、異常に性欲が高まるという体調の異変が生じたが、二度目に会ったこの日、やはり身体がおかしくなってしまった。前回は和也と別れてしばらくしてから異変が出たが、今回は体調の異変が出るのが早かった。

 あえぐように真理がホテルに入ろうと懇願するので、丈哉は真理を自分から引き剥がして、再び自動車を走らせた。そして一番近くにあるラブホテルに飛び込んだのだ。

 ホテルの部屋に入るや否や真理は急いで自分の衣服を脱ぎ始めた。丈哉が「真理ちゃん、先ずシャワーを浴びよう」と促したが、真理はそんなまだるっこしいことしてられないとばかりに、自分でブラジャーもパンティも取ってしまった。そして丈哉に抱き着いて来た。

 「もう、タケ君、早く服脱いでよ!」

 真理が丈哉に怒ったように先を促す。丈哉は明らかに異常な態度の真理に戸惑いながらも、ズボンのベルトを外してズボンを降ろした。

 真理はもう待ちきれないというように、急いで丈哉のパンツを降ろすと現れた丈哉の一物をいきなり咥えた。丈哉のムスコも、丈哉が戸惑いながらも真理の裸を見て興奮し、屹立していた。

 かつて高校球児だった筋肉質の丈哉の一物は、そんなに大きくはないが硬くていきり立っている。それを真理は咥えたあと、サオを舌を使って舐め回したりきんたまを口に含んだりしている。

 丈哉は気持ち良くなって恍惚とした表情になっている。

 「もうっ、ボケッとしてないで早く上も脱ぎなさいよ!」

 丈哉の一物から口を離して、真理が怒ったように丈哉に命じる。怒られた丈哉は慌てて上の服も脱いで全身裸になった。

 素っ裸になった丈哉を全裸の真理が勢いよくベッドに押し倒し、真理は丈哉の身体中を舐め回した。

 丈哉もこれまで幾度も恋人の真理と床を共にして来たが、こんなに積極的なのは初めてで、今までの真理とまるで人格が入れ換わりでもしたかのように、態度が全然違っている。

 丈哉は真理の様子に疑念を抱きながらも、真理の積極的な性戯に興奮し、恍惚となって来ている。

 真理自身も頭の中では自分がおかしくなってるとは解っているのだが、肉体のコントロールができなくなっていた。全身に嵐の中の津波のように性欲の大波が押し寄せ、ケダモノという表現では足りない、男の身体をむさぼり喰らう性の怪物のようになってしまっていた。

 頭の片隅にはこの状況を何とかしなければという思いもあるのだが、全身、特に局部に押し寄せる異常な欲望はどうにもならなかった。

 「あんたも私を舐めなさいよ!」

 真理が怒鳴って、丈哉はただ「はい」と素直に返事して真理の上になった。丈哉は真理の異様な状態に恐れも抱いていたが、何よりも真理の放つ何とも言えない激しい色気に興奮して、丈哉自身も性欲の虜になってしまっていた。この真理の今の状態はおかしいという疑問もはなから抱いていたが、激しい性的興奮の前にそんな思いはふっとんでしまっていた。

 丈哉は、真理を抱き締めている内に真理の体温が上がって来てるな、と感じていた。身体中を舐め回してても、真理の体温はかなり高くなってる。これは40度以上あるんじゃないか?何か熱病なのでは?と不審に思いながらあちこち舐め回して、真理の両腿の間の局部に舌を這わせると、真理の秘部から溢れ出ている体液がいやに熱い。まるで塩からいお湯を舐めてるようだ。

 丈哉はこれまで何度も真理と寝ているが、この体温も体液の熱さも異常だと思った。しかも何だかだんだん温度が高くなって行ってる気がする。

 丈哉が顔を上げると当の真理は興奮してあえぎ声を出している。丈哉も興奮したままだったが少しばかり冷静さを取り戻して真理に訊ねた。

 「真理ちゃん、おかしいよ。やけに体温が高い。異常だよ。病院行った方が良いんじゃないか?」

 それまで恍惚とした表情であえぎ声を上げていた真理が頭を起こして丈哉をにらみ、怒ったように言った。

 「うるさいわねぇ!あんた、さっさと入れなさいよ!」

 真理に怒られて丈哉は「はい」と素直に返事して、真理の両腿を開いた。真理の秘部からは体液がしたたり出て湯気が立っている。相当熱そうである。丈哉は秘部の深い穴が融けた溶岩が噴き出す火山口に思えて、こんなところに自分のモノを入れて大丈夫だろうか?と心配になった。

 だが丈哉も興奮したままだし真理も入れろと言って来るので、丈哉は自分のモノを挿入した。熱い。熱いけど気持ち良い。気持ち良さに任せて丈哉は高速で出し入れを繰り返す。真理は身体を反らせてあえぎ続ける。

 丈哉が熱いけど気持ち良いと感じて恍惚となっていたのが、また熱さが高まり、異常な高熱になって来た。だんだん我慢できない熱さになって、気持ち良さよりも耐え難い高熱に苦痛を覚えて来た。

 「あつっ、あつっ、あちちち!」

 たまらず丈哉は叫んだ。丈哉は思わず自分の一物を引き抜こうとする。しかし真理の局部が強烈な力で締め上げて抜くことができない。真理の身体そのものもかなりの高温になっている。早く自分のモノを引っこ抜いて身体を引き剥がしたい。丈哉は悲鳴を上げた。

 「熱い~っ!ギャア~!」

 丈哉は真理の身体を押して自分のモノを引き抜こうと懸命になった。調度、腕立て伏せの格好で全力で腰を引き上げている。とにかく自分の一物が熱い。これは火傷くらいじゃ済まないかも知れない。自分のチンチンが黒焦げになって根元からもげてしまうかも知れない。丈哉に突っ張った両腕で両肩を押し着けられている、下の真理も苦しそうな顔をしている。

 丈哉は両膝を立て両腕を突っ張り、渾身の力で腰を引く。そうやって全力を出している内に、スポンッ!とワイン瓶のコルク栓が抜けるような音がして、丈哉のモノが真理のオマ××から抜け、勢いで丈哉はベッドから落ちて床に転がった。

 丈哉はベッドから落ちたとき、勢いがついていたので窓側の壁で頭を打ってくらくらし、直ぐには起き上がれなかった。

 ベッド上の真理は全身に汗をかき、息づかいが荒く苦しそうな顔をしている。両股は拡げたままだ。股間からは湯気がもうもうと立っていた。

 真理が悶えるように顔を左右に振り、苦しそうな声を上げた瞬間、開いた股間の真ん中から突如、火を吹いた。ゴオッと両太腿の間の女の秘部から一瞬、炎が吹き出たのだ。

 仰向けに寝て両股を拡げた下の部分のシーツはびっしょり濡れていて、そこには火は着かなかったが、一瞬だが勢いよく出た炎はその先の両膝の間くらいのシーツの濡れてないところに火を着けた。

 一回だけ一瞬吹き出た炎は、ベッドのシーツに火を着け、シーツが燃え始めた。

 炎が上がり始めた頃、床に転がっていた丈哉が頭を押さえて、ふらふらしながら起き上がった。床に座り込んだ形で横を向くと、ベッドが燃えている。炎が上がり煙が立っている。驚いた丈哉は大声を上げた。

 「真理ちゃん、大変だ、火事だァーッ!」

 ベッド上の真理は強烈なセックスの後の余韻に浸っているのか動かない。

 丈哉がよろよろしながら立ち上がって真理の両肩を揺すった。とするやいなや火災報知器の激しいベル音がけたたましく鳴って、天井から激しい雨が降って来た。

 天井の熱探知機か煙探知機が反応して天井設置のスプリンクラーが作動したのだ。部屋の広い範囲にかなり激しいシャワーが降り続ける。ベッドの上の丈哉と真理はびしょ濡れになった。

 廊下で「火事だ、火事だ」という大声で叫ぶ複数の声が聞こえ、廊下を慌ただしく走る音がする。丈哉と真理の居る部屋のドアがいきなり開いた。

 「大丈夫ですか!?」

 大丈夫か?という心配する言葉だが怒鳴るような声を上げて、男性が入って来た。このラブホテルの従業員らしい四十がらみの半袖ワイシャツ姿の男だ。ホテル側で緊急に部屋のロックを解錠したのだろう。勢いよく吹き付けたスプリンクラーの大量のシャワーで、シーツの火は消えていた。

 既にスプリンクラーは止まり、ベッド上の二人は放心したようにポカンとしていた。真理はベッドに座り込みベッド脇に立つ丈哉が真理の両肩を抱いていて、二人とも素っ裸でびしょ濡れになっている。二人ともしばし何が何だか解らないといった状態で固まったままだ。

 「いったいどうしたんですか!?」

 従業員の男が咎める調子で怒鳴る。

 「ああ…あぁ…」丈哉が返事するが言葉が出て来ない。丈哉自身も何が何だか訳が解らないのだ。真理はポカンと放心状態のままだ。

 従業員の男は焼け焦げたあとびしょ濡れのベッドのシーツと天井の作動の止まったスプリンクラーを目で確認して、ベッド上の二人に言った。

 「火は消えてボヤということで済んだけど、火災報知器と連動で消防署が来る。警察も一緒に来るから、とにかく服着て待っててください。事情聴取があるだろうから」

 従業員の中年男が厳しい調子で言って、部屋から出て行った。

 また部屋に二人だけになって、真理は、今回のことは警察にも誰にも話さないでくれ、でないと私は生きて行けなくなる、と丈哉に懇願した。真理のことを愛している丈哉は、このボヤ火災は丈哉の寝タバコが原因と話そう、と真理に約束した。

 実際、どうしてベッド上でシーツが燃えたのか丈哉には解らなかった。確かに真理の身体が異常に高温になったのは事実だが、シーツが燃えるほどの高熱とも思えないし、熱源かも知れないと疑っても真理自身は何ともなっていないのだ。スプリンクラーの水を浴びた後の真理の身体の体温は人間の平熱になっている。

 真理自身もおそらく自分の身体が異常な高温になったことがシーツが燃えた原因だろうと思っていたが、まさかそれでベッドのシーツが燃えたとは信じ難く思われた。

 異様に激しい性行為の直後で、興奮と快楽の波が納まらぬ中で半分以上意識が飛んでいるような状態で、真理はまさか一瞬自分のま×この穴から火を吹いた、などとは己れの身体のことながら全然感知していなかった。

 真理のま×こから一瞬吹いた炎は無意識の中で起きた現象だったのだ。

 丈哉が立って歩き、自分と真理のシャツとズボンを拾ってきた。全部ビショビショだ。真理がおもむろにブラジャーを着け、絞ってからパンツを穿く。二人は絞ってシャツを着て、下は二人ともジーパンだったのでそのまま足を通した。

 暦的には秋口とはいえまだまだ残暑のある日々で、このラブホテルに入るときにはもう辺りは宵闇が降りていたが、肌寒いと感じることはなかった。二人は濡れたままの衣服を着てもそれほど苦にはならなかった。というか、今起こったこととこれからの警察の聴取などで頭がいっぱいで、濡れた衣服のことなどどうでもいい気分だった。

 二人が身仕度を終えた頃、外から消防車とパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。サイレン音がどんどん近付いて来て大きくなったと思ったら、突然サイレン音が止んだ。

 消防車とパトカーがラブホテルの敷地に入って止まったのだ。

 

※この「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(21)はこれで終わります。以降「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(22)へ続く。

 

◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(10)2014-5/18
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(11)2015-5/21
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(12)2016-2/20
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(15)2018-2/28
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(18)2019-5/31
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(19)2020-1/30
◆「じじごろう伝Ⅰ」・・狼病編(20)2020-10/12

 

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●小説・・「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(20)

20.

 一台のタクシーが市民運動公園の入り口で停まった。

 「坊や、ここで良いの?」

 客席の子供は「うん」とだけ返事をした。合成樹脂製の財布から千円札を取り出して、運転手に渡す。

 「待ち合わせしてるって人は誰もいないみたいだけど?」

 百円玉と十円玉のお釣を用意しながら、運転手は問う。

 「多分、もう来ると思うから、おじさん大丈夫だよ」

 子供が答えると、運転手は後ろを向いて小銭を渡しながらまた言った。

 「そうかい?なら良いんだけど、こんな夕方になるとこの運動公園もひとけがなくなるからねぇ」

 運転手は乗せた客がまだ小さな子供なので心配していた。

 「大丈夫。僕はケイタイ持ってるし」

 子供が脇に置いてあるリュックサックを持ち上げながら言うと、運転手は後部座席のドアを開けた。

 子供は運動公園の入り口に降り立ったが、運転手は心残りな面持ちで子供を見ながら、直ぐに自動車を出すことを躊躇った。子供が窓ガラス越しに、運転手に笑顔を見せると気の良さそうな中年の運転手はやっと自動車を発進させることにした。

 タクシーが走り去って、見えなくなるのを確認すると、吉川和也は公園の中へと歩いて進んだ。

 駅までは電車で来て、駅前でタクシーに乗った。運転手が心配そうにするので財布の中の何枚かの千円札を見せて、公園で親戚の叔父さんと待ち合わせていると嘘を吐いた。運転手は疑り深そうな顔で和也を見ていたが、お金を持っていることが解ったので乗せることにした。

 タクシー運転手は小学校三年生くらいの子供が一人で夕方の運動公園へ行くというので心配もあったが、膨らんだリュックサックからはフライドチキンの良い匂いがしているし、子供の、行き先の公園で知っている大人が待っているという話に嘘はないだろうと信じて、市民運動公園まで自動車を走らせた。

 駅から公園まで自動車を走らせて5分で行ける。タクシー運転手は公園で待つ大人は、どうして駅まで迎えに来ないのだろうとも一瞬疑ったが、近いところだし取り敢えず公園まで子供を乗せることにしたのだ。

 吉川和也は公園の中を独り進む。日曜日の夕方の公園には人が居なかった。この市民運動公園はだだっ広い。野球用グランドとサッカー用グランドを設け、子供用にアスレチックや遊具を備えた広場もある。休日は朝早くから野球·ソフトボールやサッカーの試合で賑わい、午前中から公園の中を縦横に散策する年配者や老人も多い。季節によっては多目的広場でバーベキューをする集団も居る。でも休日に人が多いのも午後3時頃までで、4時頃になると公園内に居る人もちらほらとなる。

 和也が歩く日曜日夕方の公園内には他に人の姿が見当たらなかった。もう直ぐ夕暮れどきになるだろう。リュックを背負った和也は急ぎ足だった。暗くなると怖いからではない。帰りが遅いと母親や姉が心配するからだ。

 野球用グランドの前まで来た。公園内通路を真っ直ぐに遊歩道に入るのが正規の道のりだが、森の中に入るのは野球用グランドを突っ切って林の中を進んだ方が近道だ。グランドの中に入ろうとしたとき、遊歩道の方から人がやって来た。

 立ち止まって和也が人影を見てると、とぼとぼと歩きながらこちらへ近付いて来る。小太りのおじさんだ。ちょっとヨレた着こなしだが背広姿で身なりはちゃんとしている。薄くなりかけた髪を無造作に分けている。柔和な顔立ち。

 和也は直ぐに気が付いた。このおじさんは人間ではない。だが敵でもない。この男が自分を襲って来ることなど微塵もない、とよく解っていた。

 和也はグランドの低い鉄柵の前に立ったまま、凝っと男を見詰めていた。何だか男の様子が変だ。

 和也は男が自分に気が付いたら、直ぐ話し掛けて来るものと思っていた。だが男は思い詰めたような心ここにあらずといった表情で、まるで和也の存在がそこにないかのように和也の前を通り過ぎようとする。

 和也は男を呼び止めようかと迷ったが、結局やり過ごした。男はとうとう和也の存在に気が付かず終いのように、和也の前を通り過ぎて離れて行った。とぼとぼ歩く男の背中が小さくなって行く。

 勿論、和也は男が人間ではない異形の者だと解っていた。そして現在、自分たち家族の誰も住んでいない、空き家である筈の自宅にこの男が寝泊まりして、ちゃんと掃除までしていることも知っていた。

 少し前に姉·愛子と一緒に空き家になってる自宅に行ってみた。姉が話すに、一階の父母夫婦の寝室は父が独りで使うようになって後、部屋一面に真っ白く蜘蛛の巣が張り、蜘蛛の糸だらけでとても部屋の中に入れない状態と聞いていたが、どうしたことかその部屋の中は綺麗に片付いていた。

 父母夫婦が使用していた当時以上に綺麗に片付いて見える部屋を覗いて、直ぐ、和也は何とも言えないモノを感じた。いわば“妖気”みたいなものを。綺麗に整理整頓された部屋だが、この部屋に何か人間ではない怪物のようなものが居た、そういう気配が残っている。

 姉の言う、部屋いっぱいに張った蜘蛛の巣は、多分その怪物が片付けて綺麗に掃除したのだろう。

 そのとき、姉·愛子の方は部屋の中を眺めながら、口をあんぐり開けて呆けたように驚いていた。部屋の中一面を覆っていた蜘蛛の糸が綺麗になくなってしまっていたからだ。元の寝室よりも綺麗にされてある。それから愛子は弟·和也に、確かにこの部屋の中が蜘蛛の巣だらけで真っ白だったのだと、興奮して手振り身ぶりで説明したものだ。

 和也は興奮して話す姉の話を信じた。和也には解った。この部屋には少なくとも二匹の怪物が関わっている。蜘蛛の巣を張った方とそれを綺麗に片付けた方だ。だが和也も、蜘蛛の巣を張った方の怪物が、変身した後の自分たちの父親だとは解らなかった。

 グランド沿いの道を小さくなって行く男が、グランド端下の角を曲がって姿が見えなくなると、和也は振り返り、森の奥を目指すためグランドの低い鉄柵を高跳びのベリーロールのように乗り越えて、グランドの中に入った。和也の目指す森の奥へ行くには、森の遊歩道を進むよりもグランドを横断して林の中に入って行く方が近道なのだ。

 広いグランドを渡りきった和也は、グランド奥を囲む森林へと入って行く。林の中の木々と草むらの中には道がある訳ではない。ズック靴と半ズボンの小学三年生の和也には、草むらを分け行って進むのはけっこう大変だ。秋場に入ると草むらでマムシが仔ヘビを産むと聞いたことがある。和也は気を付けて一歩一歩森の中を進んだ。ヘビを踏んで咬まれてしまう危険を考えてだ。

 木々の間をすり抜けて草むらを進む和也が、次の一歩を踏み下ろそうとしたとき、「待て、和也」と声が掛かった。少ししわがれているが力強い声だ。和也は上げていた片方の足を中空でピタリと止めた。下の草むらでザザザッと音がした。蛇が草の間を通ったようだ。和也は足を下ろして、キョロキョロと周りを見た。

 和也には声の主が解っていた。林の中は木々の葉が日の光を遮り、薄暗い。

 「今のはマムシじゃ。この季節に入るとマムシは仔を産むから気性が荒くなっとる。やたら咬むからな」

 その声がすると、和也の斜め前の大木の幹の影から、裸の大男が現れた。裸の上半身の胸板は広くてその下の腹部も引き締まっている。だが大きな身体の上に乗る顔はしわくちゃな老人だった。じじごろうだ。

 「じじごろうさん!」

 和也が歓喜に溢れた顔で叫ぶ。和也がこの市民公園奥の森林へやって来た目的は、じじごろうに会うためだったのだ。

 ふんどし一枚だけで裸姿のじじごろうが、幹影から出て来て裸足で草むらを踏み歩く。煮しめたように茶色くなった、元は多分白色だったろうふんどしから出た両足の太ももは筋肉りゅうりゅうで丸太のようである。

 「マムシが気性が荒くなっとると言うが、この時期は仔を産むためによく餌を取る。活動が活発じゃからな、人もよく咬まれるんじゃ。日光を浴びるのに道端にもよく出とるしな」

 草むらを踏みしめてじじごろうが和也に近付いて来た。

 「ねえ、じじごろうさん。マムシは口から子供を産むって本当なの?」

 直ぐ傍まで来たじじごろうに和也が訊ねた。

 「あれは迷信じゃ。マムシは尻尾の方の尻の穴から小さな仔ヘビを産む。卵は前もって身体の中で孵すのじゃ」

 「大人の人から、マムシは口から子供を産むから夏の終わりや秋の初めは、生まれて来る子供を毒の牙で噛まないように、何でもかんでも手当たり次第咬んで毒牙を抜くって話、ウソなんだ?」

 「迷信じゃな。尻の穴からじゃ」

 和也は、ふう~んと納得したように頭を上下して、じじごろうを見上げた。

 小学三年生の和也から見て、じじごろうは巨人だった。いつもは手にしている六尺棒を今日は持っていない。

 気が付いたように和也が話す。

 「じじごろうさん、さっき、あのオジサン見たよ。あの、人間の格好してるけど人間じゃないオジサン。何か元気なかったけど」

 「ほう。和也はあれを知っておるのか。ふだんの格好しとってもあれが人間ではないと解るんじゃな」

 「うん、解る。あの人は優しいオジサンの顔してるけど、本当は怖い怪物だ」

 「まぁ、そうじゃな。和也が正体を見抜いたとなると、何か言って来たか?」

 「うんうん、通り過ぎて歩いて何処か行っちゃった。何か元気なくて考え込んでるみたいだった」

 「そうか。あいつは今、人間でいう“厨二病”なんじゃ」

 「中二病?」

 和也はじじごろうを見上げながら、驚いたように声を上げた。“中二”という言葉に反応したのだ。

 「今、世間では若者たちが“厨二病”とか言って騒いでおるじゃろ」

 「知らない」

 「そうか。小学三年生では“厨二病”といっても解らんか」

 「中二でしょ?ウチのお姉ちゃんだ。中学二年生だもん」

 和也は“中二病”とは何のことやらさっぱり見当も付かず、凝っとじじごろうのしわくちゃ顔を見上げていた。

 「まぁ、年頃の悩みじゃな。子供が十代半ば頃になって来ると、背伸びして大人ぶってイロイロ悩み出すコトを、馬鹿にして誰かが中二病と呼んだんじゃな。青春期の悩みじゃ。ヤング世代の青くさい悩みを、からかって“厨二病”と呼ぶ連中が居るのよ。それがイイトシになってもまだ続いておる奴らが居るとかな」

 じじごろうにそう説明されても和也はよく解らなかった。とにかく先程の見た目中年サラリーマンのオジサンが、若者が悩むようなコトで何か悩んでるんだろうな、と理解した。

 「さっきのオジサンが、その、まだ中二病が続いているの?」

 「いや、あいつは今頃、中二病が始まったんじゃ」

 そう答えてじじごろうは腰を降ろして、大木の太い根っこに座った。じじごろうの禿げ頭の大きな顔が和也の目の前に来た。

 「あのオジサンっていったい幾つなの?」

 和也は目の前のじじごろうに訊いた。和也はあの中年サラリーマンが普通の人間ではないことはよく解っている。

 「さあな。あいつも二百歳は生きとるじゃろ。三百まではいっておらんと思うが」

 「二百歳!二百何十歳も生きてるんだ!」

 和也は驚嘆した。

 「あれはふだん人間の格好しとるが魔物じゃからな」

 「魔物って凄いね」

 そう言って、子供の和也は芯から驚いていた。和也の前で座り込んでいるじじごろうが、白髪混じりで目尻に少し垂れた眉の、眉根を寄せて少々険しい表情を作った。

 「和也。おまえもワシやハチなどと接する機会が増えて、意に介さず魔物に出合うことが起こるやも知れん。いや現に今もヒトオオカミとすれ違うたしな。おまえはいわゆるサイキックじゃ。魔物が判る。魔物とは本来闇に潜んで生きる者たちじゃ。自分たちのことを気付かれることを好まん」

 じじごろうは和也から視線を外し、何を見るとはなし森の奥を眺めている。和也は黙ってじじごろうの話を聞いている。

 「ワシやハチやジャックのこともそうじゃが、他の目に付いた魔物たちのことも決して他人に話すな。とにかく魔物のことに絡むと災いを呼ぶことにもなりうる。魔物に対しては素知らぬ態度で居ることが一番じゃ」

 途中からじじごろうは和也の目を見て諭すように言った。

 「うん。解ったよ、じじごろうさん」

 和也はじじごろうのしょぼしょぼとした老人の目を見ながら、素直に応えた。

 じじごろうがふと気が付いたように、和也に訊ねた。

 「ところで和也君は、今日は何しにここへ来たんじゃな?」

 和也は「ああ…」と言いながら、背中のリュックを降ろして、リュックの口を開けて幾つかの紙袋やレジ袋を取り出して草むらの上に置いた。もうだいぶ冷めて来てるとはいえ、辺りに香ばしい肉の匂いが漂った。

 「こりゃあいつも済まんのう。ハチやジャックが喜ぶじゃろう」

 和也はじじごろうを見てニコリとしたが、何かモジモジしている。

 「何じゃ?何か言いたそうじゃのう」

 和也の表情が子供ながら深刻な顔つきになった。

 「ごめんなさい、じじごろうさん。実は相談があって来たんだ」

 じじごろうは黙ったまま和也を見ている。

 「そのぉ~…」

 和也が言い難そうにしていると、じじごろうの方から切り出した。

 「おまえさんたちの親父のことか?」

 和也の顔がハッと明るくなった。

 「そうなんだ、じじごろうさん!」

 「おまえんとこの親父は今どうしてるんじゃ?」

 じじごろうが和也の顔を見ながら訊ねた。

 「実はお父さんは“狼病”だったんだ」

 「ああ」

 話を聞くじじごろうの方は事情を知っているふうである。顎を少しばかり動かして話の先を促す。

 「狼病の方は、何でもヨーロッパから来た偉い先生が狼病の特効薬を作ってたそうで、その薬でお父さんの狼病は治ったらしいんだけど…」

 和也は銀色ヒトオオカミのことは知らない。

 「お父さんは眠ったまま目が覚めないんだ。間違いなく生きていて息もしてるけど意識がないままなんだ」

 和也が少々興奮して訴えるように喋った。

 「今も病院のベッドで寝てるのか?」

 じじごろうが訊いた。

 「うん…」和也が小さな声で返事して頷いたまま、じっと地面の草むらを見ている。じじごろうは大木の幹に背中を預けたまま、何も言わずに見上げている。二人の頭上高く木々の枝葉が覆い、隙間隙間に小さく空が覗いている。

 和也が顔を上げて思い切ったように、また喋り出した。

 「あつかましいようだけど、じじごろうさん!もし、じじごろうさんやハチさんに何か“力”があったら、その力で眠ったままのお父さんを起こすことができないかと思って。実はそれでお願いに来てみたんだ。そんなことできないのかも知れないけど、ひょっとしたらと思って…」 

 和也が子供ながら切実な調子で一気に話した。じじごろうは遠くを見るような顔をしてしばし黙ったままでいる。和也は黙ってじじごろうを見詰めたまま、じじごろうの言葉を待っている。

 「しょうがないのう…」

 ポツリとそう一言いって、じじごろうは大木の根っこに腰掛けて草むらに投げ出した両足の膝を立てると、座ったままがに股に足を開いた。胯間を一枚の煮しめたように汚れたふんどしの布が覆ってある。

 やおら、じじごろうは片手でふんどしの端をたくった。ふんどしが寄せられると股の間から、ごろんと大きな一物が転がり出るように姿を表した。じじごろうの胯間を見詰めていた和也は、両目をまん丸く見広げて、じじごろうの股ぐらから現れた丸太のような物を目にして驚いた。大きい…。あまりの大きさに驚いて声が出ない。

 ふんどしから出たじじごろうの一物は太さもかなり太いが、その長さも、ずる剥けた亀頭の先がべたりと地面に着いている。和也は去年の暮れに家にお歳暮で貰って箱詰めされてた、でっかいボンレスハムを思い出した。

 また、竿部分は肌黒く亀頭部分の黒光りする紅色の大きな一物を見ながら、和也は父親と一緒に入浴したときのことを思い出していた。まだ小学三年生の和也は母親や父親と一緒に風呂に入っていた。母親が愛子と和也を連れて実家に帰ってからは、祖父と入ったり最近は一人で入浴するようになっている。

 「うわぁ~、お父さんのモノよりも何倍も大きいや」

 しげしげとじじごろうの一物を見詰めながら和也が感嘆の一言を発した。横にたくし上げたふんどしからは、一物と一緒にきん×まの片側もはみ出して見えている。シワシワの黒い袋も大きく、一物の下でだらんと垂れている。

 じじごろうはふんどしを横にさらにたくし込んだ。デカいちんちんは根元まで現れ黒いシワシワきん×まもあらかた姿を現した。和也は目を見張ったまま喰い入るようにじじごろうの股間を見続けている。

 和也が大きなちんちんの付け根をよく見ると、黒い剛毛のちぢれ毛のジャングルの中に、白っぽいものが何本も伸びている。ひょろひょろと長く、タワシのようなちぢれ毛のあいだあいだに、けっこうな本数があるようだ。その白っぽいひょろ長いものをよく見ると、モヤシみたいにも見えるが、エノキダケの1本1本にも似ている。

 和也は不思議なものを見つけたように、じじごろうの股間をじっと見入っていた。和也は不思議に思い、じじごろうの股間を指差して訊ねた。

 「ねえ、じじごろうさん。そのキノコみたいな白いものは何なの?」

 和也には股間のちぢれ鋼毛の中にポツポツ生える白い長ひょろいものが、群生した塊のエノキダケの1本1本に見えた。

 「これは子ちんぽじゃ」

 じじごろうは明快に答える。

 「子ちんぽ?」

 「あぁ、ちんぽの子供じゃ」

 「へえ~、知らなかった。ちんちんって子供が生えるんだ。本当にキノコみたいだね」

 「いや、普通は生えん。ワシだけじゃ」

 「ええっ、僕たちにはちんこの子供は生えないの?」

 「そうじゃ。つべこべ言うな。黙っとれ」

 じじごろうがうるさそうにぶっきらぼうに言う。和也は怒られたと思ってしゅんとなり、黙って下を向いた。

 下を向いて地面を見たままの和也だったが、目の前のじじごろうが何やらゴソゴソやっているので顔を上げ、じじごろうの股間を見た。

 じじごろうは片手でふんどしを横にたくし込んで、もう一方の手で股間に生えた子ちんぽをプチンプチンと抜いている。和也はそれを黙って見ていた。

 じじごろうは自分の股間から抜いた何本かの子ちんぽを和也の目の前に掲げた。見ると、じじごろうの大きな手の指先に摘ままれた、幾本かの白く長ひょろいものは、まるで寄生虫か何かの気味悪い虫のようにくねくねと動いていた。股間からむしり取られた子ちんぽは生きているのだ。

 和也はゴクリと唾を飲んでじじごろうの摘まむ“子ちんぽ”を凝視した。

 「和也。これをおまえの父親に飲ますんじゃ」

 驚いて、じじごろうの顔を見る和也。「え?」と言ったきり言葉が出て来ない。

 「こいつは病人の身体の中の悪いものを退治してくれる。これが生きておる内に親父に飲ませろ」

 「でも…。お父さんは眠ったきり全く起きないんだ。飲めないかも知れない…」

 「大丈夫じゃ。こいつは生きておるから口に持って行けば勝手に身体の中に入って行く。そして身体の中を巡り巡って悪いバイ菌も妖力を放つ悪い“気”もみんな退治する」

 じじごろうが力強く言った。和也は口を真一文字に結んで子供ながら真剣な表情で首を縦に降って頷いた。

 「ハンカチは持っておるか?」

 和也は半ズボンのポケットをまさぐってハンカチを出した。

 「子ちんぽが五つ六つある。これをハンカチに包んで病院へ持って行け。全部でも半分でもいい、できるだけ早く親父の口に入れろ。和也、おまえ自身の手で入れるんじゃ。解ったな」

 和也はじじごろうの大きな手から何本かの子ちんぽを受け取った。和也の小さな手のひらの上で寄生虫のように細かく動いていて気持ち悪い。それを和也はていねいにハンカチに包んでポケットに入れた。

 「今から行った方がいいかな?」

 「子ちんぽはまだ死にはせん。明日でよかろう」

 じじごろうはそう言うと木の根っこから腰を上げて立ち上がった。

 「さあ、今日はもう陽も暮れかかっとる。早く帰りなさい」

 和也は急いで草むらの空のリュックサックを拾い上げて背負った。

 「じじごろうさん、ありがとう!」

 和也が深々と頭を下げた。そして勢いよく身体を回して、林の中を急ぎ足で来た道どおりにグランドの方へと向かった。残ったじじごろうはやおら草むらの上の和也の持って来た食べ物の袋を持ち上げて、森の奥へと帰って行った。

 和也は林を抜けてグランドに出て、グランドを突っ切り、公園内の通りに出て公園出入口を目指す。誰もいない夕方の公園に人影が現れた。和也の姉、愛子だ。

 「和也!こんな遅くにこんなところで何してんのよ!?」

 愛子が和也に向かって声を掛けた。若干、怒りぎみだ。

 「お姉ちゃん!」

 和也は驚いた。まさか愛子が公園に来るとは思ってもみなかった。和也と愛子はお互いに向かって歩を進め距離を縮めた。愛子は七分袖Tシャツにジーンズというラフな私服姿だ。

 「家に居ないから心配して探したのよ。やっぱりここだった」

 咎める口調に愛子の怒りの気持ちが表れている。

 「お姉ちゃん、大変だよ!お父さん目が覚めるよ!」

 愛子は弟·和也の興奮した様子にびっくりした。愛子は和也に落ち着くように言って、いったい何があったのか訊ねた。

 和也はどうして今日公園の森にやって来たかの理由から、じじごろうとのいきさつまで事情を説明した。そして驚き顔の愛子に、ポケットからハンカチを出して、何本かの“子ちんぽ”を見せた。ハンカチの中で細かく動く、まるで寄生虫のような子ちんぽを見ると、愛子は口を手で押さえてのけ反り、気持ち悪がった。

 「こんなもので本当にお父さんは目覚めるの?」

 愛子は叫ぶように言った。見るからに気持ち悪い寄生虫のような白くうごめくものが本当に何か効果があるのか、愛子は懐疑的だった。

 「だって、じじごろうさんが口に入れたら、身体の中を回って病気を治す、って言ったんだもん」

 「だって、そのじじごろうさんの股ぐらに生えてたんでしょう?メチャメチャ汚ないじゃん」

 愛子が顔をしかめて言う。

 愛子はハチとジャックは知ってるが、じじごろうは見たことがない。しかし和也から聞いたじじごろうの様相で、何となく大きな裸のホームレスで不潔な老人、という印象でイメージを描いていた。

 「でもお姉ちゃん、実際、今のお父さんはどうやっても目を覚まさないんだ。何だってものは試しでやって見るべきだろう?」

 和也が大人びた口調で愛子を説得する。和也はハチやジャックやそのじじごろうと親交を持つようになって、とても小学三年生とは思えないほど精神的に大人びたように、愛子は思う。

 「だから明日、僕は病院へ行くんだ」

 「ものは試しでやって見るって言うんならさ、和也。今から行ってみようよ。まだ今から行っても面会時間大丈夫だよ!」

 閃いたというように明るい表情になって愛子が言った。和也は二つ返事で頷き、明日独りで行くつもりでいたが今から愛子と一緒に父のもとへ行くことにした。

 愛子と和也は公園の出入口へ急いだ。夕方も遅くなって来た公園出入口には全くひと気はなく、愛子がスマホを取り出して駅前タクシーに電話をしてタクシーを呼んだ。

 

※「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(20)は終わります。以降「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(21) へと続く。

 

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