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「60センチの女」-上村一夫・作画-

 売れない漫画家、というか売れる売れない以前に漫画家になってる訳でもないような、漫画原稿を出版社に持ち込んでは返されてる、漫画家志望の無職の若者、新沼健二は木造オンボロアパートの、六畳だろうか四畳半だろうか、風呂なしトイレ共同の部屋に1人で住んでいる。

 漫画を描いて出版社に持ち込んでも取り上げて貰えず返されるだけだから収入がなく、アルバイトもしていない。頼りは田舎の親からの仕送りだけど、それも実家の事情で仕送りが途絶えた。

 田舎の農家の母親は父親が病気で倒れたので、家計が苦しくなっているし、漫画家の見込みがないのなら田舎に帰って来て故郷で働けと、手紙で再三帰郷を促して来る。

 そんな今でいうニートの新沼健二のオンボロアパートの棟の隣の、同じようなアパートの棟に若い女性が越して来た。

 越して来たセクシーで魅力的な女の、隣のアパートの住まいの部屋の窓と、貧乏無職の新沼健二の部屋の窓とは間の空間がたったの60センチしかない。健二はなけなしの金で買ってあるパンと牛乳で朝食をふるまい、彼女とご近所として親しくなる。

 “60センチの女”はスタイル抜群の美人で、新沼健二はそのセクシーさにそそられっ放しなんだけど、彼女とは友達関係にはなっても恋人関係とかエッチなことをする関係にまではなることはできない。彼女の方はクールそのもので、健二を恋人男性としては全く見てなくて、性愛的な意味でのその気は全くない。

 “60センチの女”は冷静沈着、クールだけど、おおらかそのものであけっぴろげで、大胆で行動力がある、ミステリアスな美貌の若い女だ。

 健二はあけっぴろげな彼女にいつも発情しているが、彼女の方には全く性的な関心はない。彼女は現代人としてはかなりの世間知らずの人間だ。

 健二は“60センチの女”とご近所の仲良しの友達となり、健二はこの世間のいろいろなことを教え、彼女は“謎の女”として不思議な力でそれとなく健二を助ける。

 彼女は職を捜し賃金が高いので割りの良い、キャバレーのホステスをやって稼ぐ。金に無頓着な彼女は眠っているときに健二に金を盗まれても気にしない。健二はその金で貧窮生活が助かる。その金でパチンコしてすっちゃうんだっけかな。

 そういえば、悪徳編集者にタカられて、飲みに街に出て、街角で偶然、老客を送る“60センチの女”に出会い、金がないと言う健二と編集者のキャバレー代を金持ち老客に奢らせるシーンとかあったな。

 健二は向かい窓の部屋の女を「キミ」って読んでるんだよな。物語の中での不思議な彼女の名前は何て言うんだろう。“60センチの女”がちゃんとした名前で呼ばれることはない。健二は「おーい」とか「ヘイ!」とか「ヨォ!」としか呼ばないし。あとは「君」だけ。

 健二や健二を訪問して来た人たちに何かのっぴきならない危機が訪れたとき、おんぼろアパート二棟の上空、アパートの間の隙間から覗く天空にUFOが現れる。かなり近い上空にUFOが現れて突然消える。健二はそれをたびたび目撃する。その後、健二たちの危機は解決する。

 “60センチの女”は数人の暴漢をいとも簡単にのしちゃうほど腕っぷしが強いし、健二の気付かないところで不思議な超能力を使える。

 健二を心配して高齢の田舎者の母親がアパートに訪れる。“60センチの女”は健二の母親をもあれこれ世話をしてあげる。

 デキが悪く不甲斐ない息子を心配ばかりしてる母親は、しっかり者の“60センチの女”に健二の嫁になってくれないか、と頼む。女は、それはできない、と断る。

 “60センチの女”はまるで健二の母親のように姉のように、情に流されることのないクールな態度ではあるけれど、表でも陰でも、健二を励ましたり助けたりしてる。彼女のクールな態度は一貫してるけど姉御肌で面倒見の良い面を持つ。

 新沼健二と“60センチの女”は彼氏·彼女の恋愛関係ではなく、無論、夫婦のような関係でもない。見方によっては母親や姉のような面倒見の良さで接している。健二の方は性的な対象として興奮することも多いけど、ご近所の友達で止まっている。二人の仲は男女の親友に近いかな。

 コメディータッチで、都会にいそうな情けない貧乏若者の独身男性の日常生活を描いた漫画、という面が大きいけど、一方、主人公·健二の、ある種相棒のようなもう一人の主人公、“60センチの女”は自分から正体を明かすことはないけど、超能力を使ったり、ときどきUFOが現れたり、どう考えても宇宙人で、そういう面ではSFコミックとも言える。

 健二と彼女が二人で海水浴場の海に遊びに行くシーンのとき、広々とした海の遠くを眺めながら、彼女が涙を流すと、涙のひと粒に、とある惑星が寿命なのか何か自然異変なのか科学の大規模暴発なのか、惑星ごと破壊してしまうシーンが映る。そしてその後、爆発した惑星から逃れる一艘の宇宙船が映り、宇宙船の内部の様子が映る。宇宙船の内部の席に固定された大勢の中に“60センチの女”の姿もある。

 彼女がどういう理由で地球にやって来たのか、を読者に説明する場面を詩的に表現している。無論、健二も誰も登場人物はそのことは知らない。彼女はミステリアスな、謎の魅力的な女のままで物語は進行する。

 あ、そうそう、“60センチの女”は地球の食べ物はラーメンでも何でもおいしく食べてるんだけど、キャベツが大好きでキャベツを主食みたく丸かじりで食べる。部屋に大玉キャベツのストックが山になってて、終いには近くに畑を作ってキャベツを育てるんだっけかな?何かそんなシーンもあったよーな。

 「60センチの女」は双葉社の青年コミック誌「週刊漫画アクション」の1977年9月から78年11月まで連載されました。

 僕は双葉社の青年コミック誌「週刊漫画アクション」を自分の20代、ずーっと愛読してましたが、毎週欠かさず購読していたのは多分、1985年までだと思います。ひょっとしたら1986年まで読んでたのかも知れません。

 ただ「週刊漫画アクション」を毎週購読し始めたのが70年代後半のいつからだったかはっきりしないんですね。「60センチの女」は当時面白く愛読していて、多分、新連載から連載終了まで欠かさず雑誌連載で読んでます。後にアクションコミックス単行本全6巻で再読してます。

 「60センチの女」の新連載が1977年9月ということは、77年にはもう「週刊漫画アクション」を毎号購読してたのかな。小学館の「ビッグコミック·オリジナル」は1976年から毎号購読してました。これははっきり覚えてます。ビッグ·オリジナルの方は76年7月から連載が始まった「少年の町ZF」が大好きで、毎号楽しみにしていて続きが待ち遠しかった。

 僕の20代前半の記憶に、「週刊漫画アクション」に連載されてた「武夫原頭に草萌えて」という漫画を、当時の西武線沿線·江古田の街の裏通りの定食屋で、カウンターに置いてた汚れた雑誌のアクション誌上で読んで、凄い面白いと感動して、この続きが読みたいと、そこから「週刊漫画アクション」を毎号購読し始めた、というエピソードがあったのだが、調べると「武夫原頭に草萌えて」のアクション連載開始は1977年の12月からだ。

 僕はアクション連載の「60センチの女」をアクション誌上で最初から最後まで読んでいる。ということは、僕が江古田の定食屋で初めてアクション読んで、掲載の「武夫原頭に草萌えて」読みたさにそれからアクションを毎週買い出した、というエピソードは記憶違いだということになる。この記憶が思い込み間違いだということだ。

 昔の記憶ってけっこうそういうのあるよね。思い込み違いしてる。まぁ、しかし、二十歳前後の思い出だとすれば四十数年前の記憶だしな。年寄りになってから思い返してる若き日の思い出だし。

 まぁ、どっちでもいいですけどね、上村一夫先生のSF風味の生活コメディー劇画「60センチの女」は、当時、僕は毎回面白く読んで大好きな漫画の一つでもあった。だから雑誌連載で一度全編読んでるのにコミックス単行本が出る都度、新刊買って読み直してる。コミックス全6巻持ってたし。多分、本は引っ越しの際、捨てちゃってるんだろうけど。

 僕の20代前半、東京、今の西東京市の西武線沿線保谷駅から歩いて5分のアパートに住んでいた、都会のサラリーマン生活時代。懐かしい。

 若い時代、さっぱりしてて冷静沈着、姉御肌で面倒見が良く、知的そうで万能な、セクシー美女が直ぐ近くに居て親しい友達付き合いできれば、と、いやいやモロに恋人付き合いできれば、と空想的憧れを持って漫画を愛読していたのかも。

 それは、ヒロシに取っての怪物くん、ケンイチに取ってのハットリくん、のび太に取ってのドラえもん、新一に取ってのミギーみたいな存在が自分にも欲しい、という空想的憧れだったのかも。

 だから恋人としての万能美女が欲しい、というのでは、ちょっと違っていたのかも知れない。

 上村一夫先生の作品は上村先生オリジナルの作品もいっぱいありますが、いわゆる“原作付き”も多いですね。原作者の書いたストーリーがあって、上村一夫氏が原作ストーリーに沿って作画して、漫画に仕上げる作品。

 この時代は劇画全盛時代で上村一夫作品も劇画として扱われていたのかな。青年コミック誌、成人コミック誌に掲載される漫画は当時はほとんど、劇画と呼んでいたんじゃないかと思う。当時隆盛だったエロ漫画雑誌に掲載される漫画も、エロ劇画と呼ばれてたし。

 上村一夫劇画の原作付き作品の、原作者で多かったのは、小池一夫氏、真樹日佐夫氏が多かったですね。その他にも超売れっ子作詞家の阿久悠氏の原作作品も初期に多い。他に、笹沢左保、滝沢解、西塔紅一、梶原一騎等々多数。元ヤングコミックの編集者だった岡崎英生氏の原作も多いなぁ。やまざき十三、関川夏央、矢島正雄原作などもありますね。

 週刊漫画アクション誌上で「60センチの女」の連載が終了して直ぐ、「星を間違えた女」がアクションで1978年の12月から始まり、80年の3月まで連載が続きます。「星を間違えた女」も「60センチの女」同様、上村一夫先生オリジナル作品です。

 人気連載作品だった「60センチの女」の内容が読者にとてもウケていたので、続けてアクション誌面に連載される上村一夫作品も、設定が同じような漫画になっています。

 ぶっちゃけて言うと「60センチの女」の主役が地球にやって来た宇宙人の美女で、続けて連載された作品「星を間違えた女」の主役もキャラクターの個性は変えてあるが、同じ地球に舞い降りた宇宙人の美少女です。

 70年代80年代、上村一夫氏の漫画はどの雑誌にも連載や短編掲載が載ってるような引っ張りだこ状態で大人気でした。ほとんどが青年コミック誌だと思います。成人コミック誌にも載っていたけど。少年誌ではあんまり見掛けなかったなぁ。

 上村一夫先生は1986年の1月に惜しくも45歳という若さで亡くなられた。武蔵野美大デザイン科卒でもともとイラストレーターとしてデビューしてた上村先生の劇画のタッチは独特で魅力的でした。あの絵柄は、同時代に同じようなタッチの同業者を見なかったし亜流も生まなかった。独特の天才の絵柄は、なかなか他の者が真似できなかったんでしょうね。

 

 “ヒルのようなぬるっとしたなまめかしさ”と評されたんだっけかな、上村氏の描く“美女”の独特な魅力。当時は、あの“美女”の描画に魅せられたファンは数多く居て、僕もその一人でした。そのなまめかしさと躍動するときのセクシーな魅力。あの絵柄にも魅了されて愛読してましたね。

 僕の好きだった上村一夫劇画には、「修羅雪姫」など小池一夫氏原作の作品も多いのですが、真樹日佐夫原作の「おんな教師」「ゆーとぴあ」が好きだったなぁ。

 真樹日佐夫氏原作のストーリーは真樹氏独特の趣向や味が如実に表れるものなのに、原作者が真樹氏だと解らせないほど、上村一夫氏の画風、タッチ、独特の作画力·構成などの才能がありましたね。

  

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