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●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(18)

18. 

 晴れた九月初めの土曜日の午前中、大佐渡真理は市立図書館に居た。市立といっても真理の自宅のある市ではなく、真理の家から15キロ近く離れた近隣の市の図書館だ。人口5万ちょっとの地方の市の図書館にしては、モダンな造りでけっこう大きな建物だ。

 この図書館の道路を挟んだ斜め向かいには、真理の現在の恋人である、在吉丈哉の実家がある。丈哉の家は生花の卸し業を営んでいて、花屋の店舗はまた別の場所にある。勤め休日の丈哉は、この日、家業の花屋が、市の大きなイベントがあり、大量の生花を会場に納入しなければならないということで、実家の手伝いに駆り出されていた。

 大佐渡真理も仕事が休みで、休日が合ったということで久しぶりに丈哉とのデートだったが、急に午前中、丈哉が実家の手伝いが入ったということで、丈哉の実家アルバイトが終わるまで丈哉の家の前の図書館で待つことにした。

 真理も調べたいことがあり、丈哉を待つ二、三時間の間、図書館で調べものができるのは都合が良かった。この日の真理の出で立ちは、いつものようにティーシャツとジーパンでラフな格好だ。九月初めの晴れた日は、まだまだかなり暑かった。

 図書館に入って玄関フロアの直ぐ先の広いスペースには、たくさんの長椅子型やチェアー型のソファーが設えてあり、各種新聞や数多くの雑誌類が幾つかのマガジンラックに並べてある。主にシニア層のオジサンたちがソファーに座って足を組み、新聞や雑誌を読み耽っている。冷房のよく効いた部屋で快適そうだ。年配男性ばかりで女性は見当たらない。ソファーの間に二つ三つテーブルがあり、紙コップのコーヒーや缶コーヒーが乗っている。玄関脇には自販機が幾つか並んでいた。そこから買って来たのだろう。

 年配のオジサンたちが陣取るフロアを抜けると、片側に児童書コーナーの入り口があり、前面のガラス張り自動ドアの先はだだっ広い部屋になっている。自動ドアを入って直ぐの脇に図書館職員の受付カウンターがあり、その奥がこの図書館の事務室になっている。

 図書閲覧室は広く、手前に幾つものテーブルと椅子、その奥が先が見えぬほど深く何列かの本棚になっている。図書室の脇のガラス窓沿いには一列、仕切りの着いた一人掛けの机と椅子が何席も並ぶ。

 手前のテーブルにも窓脇の机にも、私服だが学生ふうの若者が数名、席に着いて学習や読書をしている。大学受験を控えた高校生か浪人生だろうか。女性の方が多いようだ。

 図書室に入った大佐渡真理は手前のテーブルの間を抜けて、何列か並ぶ本棚の間に入って行った。

 真理が探す書物は、はっきり言って“超能力”関係の本である。もともと小学生くらいの頃からぽつぽつ心霊現象を経験し、自分にはいわゆる“霊感”があると、子供の頃から認識していた。だが、学校や友達や周りの大人たちの間で変人扱いされては困るので、自分の“霊感”については周囲には決して漏らさなかったし、親にも黙っていた。頭がおかしいと思われたり、疎外されることが怖かったのだ。

 それでも小·中学校でできた二人くらいの親友には、打ち明けたりすることもあった。親友は半信半疑のようだった。今の恋人の在吉丈哉にも、自分は霊感が強い、と話してある。丈哉も半信半疑のように窺える。真理に取っては、打ち明けた相手が信じようが信じまいが別にどっちでも良かった。

 これまで真理は、自分が特に霊感が強いからといって、そういうオカルト関係のことを調べてみようという気持ちは起こらなかった。毎日の日常生活を、家族や学校の友達や職場の仲間と普通に送って行ければ、別に自分の霊感になど関心もなかった。

 子供の頃からたびたび霊感など要らないものと思っていたが、十代も後半に入ると慣れてしまい、自然と人前では隠していて普段どおりふるまっていた。だから霊感とかオカルト関係のことには、自分自身も周囲の人たちも関心を示さなかった。

 ところがこのところ、自分の持つ霊感が敏感に反応することが立て続けに起こっている。都市部繁華街の先の、飲み屋街の場末のキャバクラ店の入るビル、あのビルに近付いたときに感じた異様な気持ち悪さ。背筋にゾッとする悪寒が走ったと思うと、吐き気をもよおした。

 あのとき、丈哉たちがキャバクラ店に様子を見に行って自分一人になったとき、傍に現れた男。夏場の暑さの中で上下スーツに身を包んだ、一見何処にでも居るサラリーマン風の男は、あれは人間ではないと、はっきりと解った。あのときは、敏感になった自分の霊感が、あの男は魔物だとはっきりと教えた。

 そして八月初めの、ゾンビみたいな怪物になった、事務員の城山まるみが施設を襲撃しに来た、自分と蟹原友宏の宿直番の夜、あの夜中に突然やって来て、気を失って倒れてる友宏と副施設長に注射を打った外国人。初めは解らなかったが、少しして気付いた。あのときのサングラスの白人も人間ではなかった。

 あの晩の城山まるみは見るからに怪物だったが、都市部繁華街先の交差点で会った男とあの晩現れた白人は、見掛けこそ人間の男性だが中身は怪物だと解った。自分の霊感が教えてくれた。間違いない。

 あの晩の白人男性は、今この地域一帯で大騒ぎになってる伝染病の“狼病”の特効薬を開発したという、ヨーロッパの何処かの国の医者と同じ人だ。このところテレビで大ニュースになっている。テレビにあの白人の顔も映ってた。間違いなく同一人物だ。

 城山まるみも“狼病”に感染していた。病状が進んで、あんな怪物みたいになっていた。また、テレビのニュースで言ってたのだが、自分が近付いたとき悪寒を覚え気持ち悪くなった、都市部繁華街先のビル、あのビルに入っているキャバクラ店·ビッチハウスで、狼病感染者がいっぱい発見されたという。何だか発見されたとき全員気を失って倒れていたらしいが、みんな狼病感染者だったらしい。

 何よりも真理が心配し不安に思い、気に留めていることは、あの夜の自分の身体の変化だった。あの夜の何日か前から妙に身体が熱っぽくて、だんだん自分の体温が上昇して行っているように感じ、しかもそれに伴って性欲が強くなって来た。そしてあの晩、堪らずに元は付き合っていた同じ宿直当番の、蟹原友宏を誘ってひとときだけのセックスをしてしまった。

 勿論、今もずっと前からも真理の恋人は在吉丈哉で、如何に以前付き合っていたとはいえ、現在もあの晩も、蟹原友宏には男性として何の関心も持ってなかった。だがあの晩は、自分の異常に高まってピークに達した性的欲望を解放するには、本意ではないが、友宏を相手にエッチをするしかなかったのだ。

 あの後、ゾンビのようになって施設に襲撃をして来た、事務員·城山まるみを撃退するために、今まで自分自身経験したことのない、異常極まりない超能力を発揮して、怪物化したまるみを施設の外へ追い払うことができた。

 あのときは、怪物と化したまるみと向かい合いながら、変に何か自信めいた気持ちの高揚があり、事実、異様な力を発揮して、まるみに大きなダメージを与え、怪物·まるみを怯ませて追い払った。

 そして、あそこで自分の体内に溜まっている力を全部解き放ったことで、真理の身体は正常に戻った。異常な性欲も消えたし、体温も人並みになった。あの晩は、性欲の方は浴室で友宏を相手にしたことで、だいぶ納まりはしていたのだが。

 とにもかくにも真理は、自分の身体が正常に戻ったことにほっと安心していた。もう普段の自分に戻ったのだから、今さら超能力を調べなくとも良いのだが、もしかして万が一にも、またあの変な体調になってしまうかも知れない。だから、普段読書などは趣味ではない真理に図書館は似合わなかったが、暇潰しに、自分で調べられる分は調べてみようと思った。

 真理は、何列にも並ぶ本棚の間の一つに入って行った。ほとんど図書館になぞ来たことがない真理には、目当ての本を捜し出す勝手がよく解らない。キョロキョロと左右の棚を眺め回しながら奥へと進んで行く。

 自分の目指す本棚が、どの辺になるのかさっぱり解らない。かと言って、図書館の職員に『超能力とか心霊オカルト関係の本はどの辺りにありますか?』などと訊ねるのも恥ずかしい。馬鹿にされて笑われそうな気がする。

 奥へと続く本棚には、ところどころに“あいうえお順”を表した標識板が挟んである。そういえば、真理が本棚の列に入って行くとき、棚の端の上に比較的大きなプレートが見えた。あそこに書物のジャンルが書いてあるのだ。図書館初体験のような真理は、何も考えずに書列に入って行っていた。どうやら自分の入った書棚の列は“小説”の並びだったようだ。“あいうえお”列の中のところどころに、有名な小説家なのだろう、氏名のプレートが挟んであるところもある。本を読まない真理も、名前だけは聞いたことのある作家名の標識板が挟んである。

 『私の捜している本は小説じゃない』と気付き、真理は書棚の並びの区切りで隣の列に移動した。ここの書棚の列は、本棚の端の上に“評論·ノンフィクション”という標識板がある。このあたりではないかと真理は、ところどころに挟んであるプレートの表示を頼りに、左右の本棚を上下に顔を巡らせて、自分の目指す本を捜して行った。

  “評論”の棚を捜してると一冊だけ『超自然の力』という本が見つかった。経年劣化というのか、けっこう古い本みたいだ。あとは“評論·ノンフィクション”の列には、目当ての本がなさそうだ。隣の列に移る。ここは“趣味·娯楽”のジャンルになっている。“釣り”とか“ゴルフ”とか趣味別にプレートが挟んである。大きく“スポーツ”という棚もある。写真集が並んだ本棚があった。風景の写真集や芸能人の写真集もあるようだ。真理は写真集を手に取って見てみたかったが、自分を抑えて、写真集を詰め込んだ棚の前を素通りし、奥へと進んだ。

 『あった!』真理は心の中で叫んだ。声は出さずに“心霊·オカルト”と書いたプレートの前まで数歩急ぎ足で駈けた。“心霊・オカルト”は“趣味・娯楽”のジャンルになるのだ。心霊とかオカルトなんて、しょせん世間では趣味とか娯楽の範疇なんだな、と真理は思った。真理自身に取っては真剣に悩んでる問題なのだが。

 “心霊·オカルト”関係の本は、一つの棚にせいぜい12冊くらいしかないようだった。真理は本棚から書籍を抜いてはパラパラやり、戻し、また書籍を抜いた。だいたいタイトルから適当に三冊くらい見つくろって選び、小脇に抱えた。“超自然”とか“超能力”とか“心霊”などとタイトルに入った本を四、五冊抱えて本棚の列から戻った。

 窓側に一列、一人用の机と椅子が並んでいるのだが、先ほどは一席だけ空いてたが今は全部の一人席が埋まっている。みんな高校生か大学生くらいの年齢の若者だ。真理は一人席が良かったが、仕方なく広いテーブルの方に進んだ。

 真理ももう22歳になる。イイ歳して心霊·オカルトや超能力の本を調べてるのを、ヒトに見られては恥ずかしいという気持ちがあった。広いテーブルは四つ置かれていて、それぞれの周りぐるりを幾つもの椅子が設けてある。土曜日の午前中、私立図書館は盛況で広テーブルの席も六、七割方埋まっている。

 真理は一番人の少ないテーブルの周りの、空いた席に座ることにして、目の前にドサリと抱えていた本を置いた。持って来た本を他の人に見られると、ちょっと恥ずかしいなと思ったが、座った席の両隣の人とは距離がある。肩越しに覗きでもされない限り、何の本を見てるか他の人たちに解ることはない。

 真理は本のタイトルに“心霊·オカルト”関係よりも“超能力·超自然”と入った本から開いた。パラパラとめくって行く。“超能力”について書かれた本の真ん中あたりに“パイロキネシス”という項目があった。どうもこれが“人体発火能力”のことらしい。

 八月初めの小雨の深夜、真理の勤める施設に侵入して来た、本来は施設事務員の城山まるみ。彼女は“狼病”に感染していてゾンビのような怪物になっていた。しかもゾンビと違うところは機敏な動作もできて異常に怪力だったことだ。現にあの晩は、剣道三段の蟹原友宏を倒してしまった。

 あの夜の真理はその怪物化した城山まるみを撃退することができた。これまでの人生、たった一度だけのことだったが、真理は漫画や映画の中で見るような超能力を使った。あれは間違いなく“超能力”だった。

 施設エントランスで怪物·まるみと対峙したとき、真理の身体の体温が異常にどんどん上がって行った。異常なんてものでなく人間離れして体温が上昇し、自分でも解った、あのときは身体に相当な熱を帯びていた。 

 そして襲い掛かって来た怪物·まるみに掴まれたとき、真理の身体は多分燃えたんだと思う。逆に真理の方でまるみに抱き着くと、真理の身体の前面から物が燃えるほどの熱が出て、実際あのときは真理のTシャツの前面とまるみのブラウスの前面が燃えて焦げてしまった。

 物が燃える高熱に耐えきれず、怪物·城山まるみは叫び声を上げて玄関から逃げて行った。

 “パイロキネシス”というのが“人体発火能力”のことらしいが、真理がまるみの身体を抱き締めて高熱で、真理のTシャツとまるみのブラウスが燃えて黒焦げたが、真理の身体は発火したのだろうか?真理は思い返していた。多分、自分の身体から炎が出たとかじゃなくて、あれは身体の前面から高熱が出たのだ。物が燃えるような高熱。

 だから、私のあのときの状況は厳密には“パイロキネシス”ではない。真理はそう思った。

 真理は本を読み進めて行った。何でも“パイロキネシス”という言葉は昔からある言葉ではなくて、この呼び名自体はアメリカの流行作家、スティーブン·キングというホラー小説家が名付けたものらしい。いわゆる超能力でその者の周囲に意識するせざるに関わらず、炎を起こすことができる不思議な力。

 人間が火を起こす器具を何も持たずに炎を出して見せる。本来ならあり得ないことだ。しかしこの現象自体は遡れば中世の頃から文献に記載されており、60年代以降も何度か、火の気の全くない場所で炎が起こり大規模な火災になったという事象は、世界中で記録されており、その火災のときどの場所でも火の気を持たない一人の人間が確認されていたらしい。

 ただ不可思議な火災現場に居た彼·彼女たちは、別に本人が意識して火を出した訳ではなく、仮に彼らが超能力者だったとしても無意識の内に炎を出してしまったものらしい。

 真理は本に書いてあることが面白くなって、どんどんページを繰って読み進んで行った。

 ヨーロッパの“魔女狩り”、中世の末期、15世紀から18世紀頃までの間、ヨーロッパではいわゆる“魔女狩り”が盛んに行われていて、当時の教会や王公貴族、地域の権力者まで、そういう支配層の者たちの手に寄って、その土地土地の反体制的な主張の目立つ者や怪しいと疑いを掛けられた者たち、ほとんどは普通の人たちなのだが、“魔女”と認定されて数多くの人が処刑された。“魔女狩り”と言っても魔女呼ばわりされて処刑されるのは女性ばかりでなく、男性の犠牲者も多かった。

 この“魔女狩り”時代に、古い文献の中には、魔女認定された人々の中に不思議な力を使う者も存在したという記録があるらしい。今から考えれば、この人たちは魔女というよりも“超能力者”だったのではないか、ということらしい。その不思議な力を使う者の中に、自分の身体から炎を出して見せる者も居た、という記録もあるらしい。

 『昔からパイロキネシスを使う人間て居たんだな』超能力について書かれた本を読み進みながら、真理は思った。『あの夜、私が使った力は多分、このパイロキネシスの一種だったんだろうな』真理は自分の身体におかしな力が備わってることに気持ちが混乱していた。『もう、あんな変な力はあの晩だけにして、二度とあんな力は出ないで欲しい』真理はそう強く思った。

 そう言えばゾンビみたくなってた城山まるみは、施設から逃げた後、施設前の道路を山の方へ上る坂道で倒れていた。あの後、警官が発見して意識が戻らないので何処かの病院に収容されたらしい。事務長の話では何でも意識が戻らないまま入院してるんだとか。あれからもう一ヶ月近く経つ。

 あの夜の施設玄関フロアでの私とまるみさんの格闘は誰にも見られていない。施設利用者は誰も起きて来なかったし、蟹原友宏も副施設長も失神したままだった。だから今意識不明の城山まるみが正常な意識に戻らない限り、私のパイロキネシスみたいな変な力は誰にも知られてない。

 ただ、その前の私の身体の異常な変調は蟹原友宏に知られている。本当に不覚だったが私はあの晩の異常な性欲を自分で抑えることができず、浴室の脱衣場で蟹原友宏と行為をしてしまった。

 蟹原友宏という男は、自分が女にモテることや自分の一物の大きさを、自分の周囲の者に自慢して回るような軽薄な男だ。

 事実、蟹原友宏のそれは本当に大きかった。一時は友宏と恋人どおしとして付き合っていたから、真理もよく知っていた。真理は職場の同僚から聞いた。何でもウチの施設の男子職員たちは、施設の男子トイレで並んで、いわゆる連れションするとき、お互いに覗き合って一物を比べるらしいのだ。そうやって施設の全男子職員どおしがトイレで比べあって、いわば一物大きさ比べのトーナメントをやって、蟹原友宏が一番大きかったらしい。

 そのトーナメント以来、友宏は『俺はチン×のチャンピオンだ』と威張っているらしい。真理はそんな友宏にも呆れるが、ウチの施設の男子職員たちもそんな比べ合いなどして、どうかしてると思って胸の内で馬鹿にした。

 真理は初体験が中学生のときで、そこからの異性交際が派手で、彼氏ができても長続きがせず、これまで何人もの男と付き合って来た。当然、全部の男たちと肉体関係を持ち、そちらの方では経験豊富だった。惚れっぽい性格で好きになった男と直ぐに恋愛関係に入るのだが、けっこうワガママで気が強い面もあり、喧嘩別れすることが多かった。また、相手の浮気も許せないし、自分も惚れっぽいから交際中でも別の男を好きになることもあった。そういうときは真理は二股などせず、乗り換えるのだった。

 そんな真理が短大を卒業して今の施設に入って来ると、そこに居た、快活で男らしい蟹原友宏を一目惚れして好きになった。友宏は女好きで、調度そのとき付き合っている女が居なかったので、真理と友宏は直ぐに交際し始めた。経験豊富な二人は交際即肉体関係で、一時は毎日のように床を共にしていた。

 これも同僚の職員に聞いた話だが、蟹原友宏は大学生時代、大学剣道部のキャプテンをしていたが、対校試合でふがいない試合をして負けた後輩には、後に部室で、その負けた後輩の顔を跨ぎ、怒張させた友宏の一物で右左と顔面チン×ビンタというのをやっていたらしい。つまりヤツの一物は興奮させると、そのくらい長くて固くて太いのだ。恐るべき蟹原チン×。

 大佐渡真理も、初めて自分の身体に受け入れるとき、自分の陰部が壊れてしまうのではと心配した。しかし若いながらも経験豊富な真理の身体は、真理自身も興奮していたのもあって大丈夫だった。

 蟹原友宏は本当に女にモテる。何かキョーレツな男性フェロモンのようなものを出しているのかも知れない。真理自身も一目惚れから友宏のとりこ状態で大好きだった。だから毎回、異様に太い友宏の物も受け入れた。しかし、友宏が大学時代に付き合っていた同年齢の女とヨリを戻して二股状態になっていることを知って、真理の気持ちは急激に覚めた。

 真理は“超能力”のことなぞすっかり忘れて、蟹原友宏のことを思い出していた。勿論、好意などではなく、逆に憎々しさを含む嫌悪感だった。一昨日の午後も職場で友宏に誘われた。施設利用者さんたちの午後の農作業の支援業務に、男子居住棟の先の非常口から外へ出ようとしたところ、非常口脇のリネン庫に友宏に引っ張り込まれた。

 友宏がリネン庫で待ち伏せしていたのだ。真理を引きずり込むと友宏はリネン庫のドアを閉め、業務中にも関わらず真理を口説き始めた。

 『俺はよう大佐渡、あの晩のお前の身体が忘れられないんだよ。熱くて熱くて俺の息子がまるで石窯に入れられたピザみたく焼けそうだったけどよぉ、あの快感は初めての気持ち良さだった。俺はもう一回でいいからあれを味わいたいんだ、大佐渡。だから頼むよ、もう一回させてくれよ』と友宏が二人だけのリネン庫の中で頭を下げて懇願して来た。

 真理は恥ずかしくて真っ赤になった。そして真っ昼間からこんなことを懇願して来てこの男は馬鹿じゃないか、と思い腹が立った。

 『なぁ~頼むよぉ』と友宏が真理の両手を掴んで揺さぶって来るので、真理は両手を振りほどいて友宏の左頬をバチン!と思い切りひっぱたいた。『ふざけないでよ、いい加減にして!』真理は怒声を浴びせて急いでリネン庫から逃げ出した。

 それから午後は恥ずかしい気持ちと怒りと、悲しい気持ちも混ざって一日沈んだ気分で過ごした。あの夜さえなければ。真理はしつこい友宏にも腹が立っていたが、一番自分自身に腹が立っていた。消えてなくなりたいような気分だった。

 『もうこの施設は近い内に辞めよう』と思って、真理の気持ちは沈んだままだった。

 さらに追い討ちを掛けたのがその翌日、つまり昨日だ。昨日は蟹原友宏は休みで居なかった。昨日の同じ時間頃、やはりリネン庫で突然ドアが開き、またリネン庫の中に引っ張り込まれた。今度のは友宏のように強い力ではない。腕を掴まれ引っ張る力に任せてリネン庫に入ってみると、そこに居たのは山崎征吾だった。蟹原友宏よりも、見た目二回りくらい身体の小さい、山崎征吾が真理を引きずり込んだのだ。

 山崎征吾は今年四年制大学を卒業してこの施設に入って来た男子新入社員だ。頭が良くて、大学在学中に難関の社会福祉系の国家資格を一発で取得したらしい。だがある意味、評判が悪かった。若くて身体が小さいくせに異様に女好きで、異性交遊にだらしないらしい。

 職員間の噂によれば、山崎征吾は同期で入って来た同年代の女子新入社員に手を出していて、肉体関係を伴う交際を続けながらも、別の四十代シングルマザーの臨時採用の職員ともデキてるらしい。そしてこれも噂だが、家では一人暮らしのアパートにデリヘル嬢を呼んでいると聞く。

  山崎征吾は小柄な真理よりも一回りの大きさも感じさせない、男性としては小さな身体だが、異様に性欲の強い男なのだ。男子職員たちの噂では、山崎は小さな身体にトド並みの精力を持つ、という話だ。つまり毎日溢れ出る精力を、素人娘やシングルマザーの熟女や商売女で解消しているのだ。

 その山崎征吾が真理を狭いリネン庫内に引きずり込み、ドアを閉めて二人きりになった。真理は襲われるのではないかと身構えた。いくら身体が小さいとはいえ山崎は男だ。自分よりも腕力がある。

 しかし山崎は穏やかな態度で薄ら笑いを浮かべながら、真理を口説いて来た。

 『大佐渡先輩、カニトモ先輩から聞きましたよ。大佐渡先輩は凄い名器の持ち主なんですってね』山崎はそう言ってニタニタしている。真理は驚いた。四大卒の山崎征吾は短大卒の真理とだいたい同じくらいの年齢だが、職場では真理は先輩だ。

 『カニトモ先輩が言うには、何でも大佐渡先輩の名器は熱くて竈に入れられたピザみたいにチン×が焼かれるけど、それが刺激になってたまらない気持ち良さを与えてくれるんだとか。そう聞きました』落ち着き払った態度で山崎が喋る。真理は恥ずかしくてたまらず、顔が火のように熱くなるのが解った。

 『先輩、僕もね、大学出たばかりだけど自慢じゃないけどいろんな女の人を試して来ました。でもチン×が焼ける気持ち良さとか経験したことありません。是非とも僕の可愛い息子にも味わわせてください。お願いします』山崎征吾はヌケヌケとこんな破廉恥な頼み事をして来た。

 真理は恥ずかしさが吹っ飛び、蟹原友宏とこの山崎征吾に爆発的な怒り感情が沸いた。

 『ふざけるな、この変態!』真理は怒鳴り着けた。真理はドアを開けてリネン庫から廊下へ出た。『待ってください、先輩。僕のチン×も立派なもんですよ!』思い切りドアを閉める真理に向かって、追い掛けるように山崎征吾が叫んだ。山崎は自分の身体が小さい方なので、自分の一物を強調したかったのだろう。

 真理は走ってリネン庫の前を離れた。真理は泣いた。山崎があんなことを言って来るとは、蟹原友宏がこの前の夜のことを施設内の職員たちに言いふらしているのだ。もうこの職場には居られない。友宏に対する怒りよりも、真理は悲しくなってしばらく涙が止まらなかった。

 『こんな職場辞めてやる』このとき真理は誓った。

 真理は図書館に“超能力”のことを調べに来ていたのに、そんなことはすっかり忘れて、職場の蟹原友宏や山崎征吾のことを思い出していた。そして一昨日·昨日と続いたあの二人の破廉恥な言動に、怒りの感情がよみがえって来た。

 真理は自分が今、図書館の閲覧席に座っていることを忘れてしまって、怒りに任せてテーブルを力強くドンッと叩いた。友宏らのことを思い出して、居ても立ってもいられなかったのである。静かな図書室内に大きな音が響いた。

 図書室内の誰もが一斉に真理を見た。ハッと真理は我に帰った。顔を真っ赤にして真理は小声で「済みません」と弱々しく言った。受付カウンターから女性の職員が睨むようにこちらを見ている。真理はそちらに向かってもう一度頭を下げた。

 『いかんいかん、駄目だ駄目だ』と真理は自分に言い聞かせながら、再び開いた書物に向かった。超能力に関して書かれている行の活字を目で追って行くのだが、どーも、活字が意味のある文章として頭に入って来ない。真理は日頃本など読まないから、読者慣れしてない面もあるのだが、また頭の中を蟹原友宏のことがよぎる。

 勿論、蟹原友宏は昔の一時の彼氏であって、今や好意など全く無い。むしろ憎々しさと怒りがこみ上げて来る。友宏の腹の立つことがまた思い出された。

  蟹原友宏と付き合っていたときは奴に惚れてたから意識しなかったが、今から思うとあいつはかなりサディスティックな性癖の奴だ。

 あいつは行為のとき、いつも奴の異様に大きい一物を無理やり口に入れて来る。今、二月初めの節分のときに太い巻き寿司を丸かぶりで食べる、というのが日本中で流行ってるが、あんなもんじゃない。あいつは人間離れしたような大きな物を口に突っ込んで来るのだ。本当にびっくりする。

 大きな物を喉奥までムリムリ入れられるから、こっちは苦しくてたまらず、喘ぎ声を上げる。その声をあいつは、女が性的に興奮して悦楽に浸って上げてる喘ぎ声だと勘違いしているのだ。こっちは、喉の奥までボンレスハムみたいのを押し込まれて、窒息寸前で苦しい声を上げてるのに。あいつは本当に馬鹿だと思う。

 そうやって友宏と付き合っていた頃の情事の模様を思い出してると、腹が立つのが頂点に達した。思わず、また力任せにテーブルをドンッと叩いてしまった。

 静かに本を読んだりノートを取ったりしていた図書室内の全員が顔を上げ、一斉に真理の方を見る。これで二度目だ。堪りかねたのか受付カウンターから職員の女性がツカツカとやって来た。

 「お客さん、ここは図書館です。皆さん静かにされてますので物音を出すのは気を付けてください」

 真理に向かって女性職員は咎める調子で少々きつく言って来た。真理はひたすらに謝った。

 小さくなった真理は、もうここを出ようと立ち上がり、持って来てた四、五冊の本をたいして読みもせずに、抱えて本棚に戻しに回った。

  本を棚に戻し終えた真理が図書閲覧室を出て、図書館玄関前の広いフロアに立つと、調度、図書館の玄関戸を開けて、在吉丈哉が入って来た。丈哉の姿を見て真理はホッとした。

 丈哉は優しいし、高校時代野球部に居たこともあって、男らしくてからりとした面もある。けっこうしっかりもしている。男性としては身体は大きな方ではないが、その一物の方も普通の大きさがあるし、しかも興奮すると固い。やはり丈哉くらいの大きさが調度良い。蟹原友宏の物は大きさが異常だ。あの頃は惚れていたから受け入れたが、もうあんなデカい物は金輪際御免だ。

 そういえば友宏と付き合っているとの噂のある、施設同僚の女子職員、沢多田文香、あの女は友宏の大きな物を口でも下の方でも受け入れて、いったい大丈夫なんだろうか?確かに沢多田文香は真理に比べて大きい。身長も高いし、細身だが肩幅など骨格がけっこう大きそうだ。まぁ、プレイボーイ·プレイガールどおし上手くやってるんだろうな。

 「真理ちゃん!どうしたんだ?ボーッとして」

 自分の考えに耽っていた真理は、図書館玄関フロアに入って来た丈哉に声掛けられて、我に帰った。

 「あぁタケくん、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。何でもないんだ」

 「そうかい。図書館はどうだった、何か調べものでもしたの?」

 「いいや。あたしはあんまり本なんて読む方じゃないから、図書館は柄じゃないみたい」

 「そうか。真理ちゃん、天気も良いし、今から俺の車でパーッとドライブしようぜ!」

 真理は恋人の丈哉に快活に返事して、二人は図書館を出て並んで丈哉の乗用車へと向かった。

 

 ■ じじごろう伝Ⅰ-狼病編..(18)はこれで終わります。次回、じじごろう伝Ⅰ-狼病編..(19)へ続く。

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◆じじごろう伝Ⅰ-狼病編..(15)2018-2/28

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