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●漫画・・ 「ガードマン7-セブン-」..(2)

 67年の月刊少年漫画誌「ぼくら」秋期に連載されていた「ガードマン7-セブン-」ですが、“秋期”ったって通常、月刊誌は号数の前の月に発売されるから、「ぼくら」9月号は8月3日発売だけど、僕の育った町の駅近くの本屋さんには確か、「ぼくら」と「まんが王」は毎月1日には本が来てたと思う。話は逸れて余談になりますが「まんが王」の成り立ちは最初、「冒険王」の増刊号からなんだってね。同じ出版社だが全然知らなかった。まァどーでもいいよーな話ですが。
「ガードマン7」はサブタイトルに「Dマークの男」というのが付いていて、正式な全タイトルは「-Dマークの男-ガードマン7」なんですね。前々から思ってたんだけど“Dマーク”って何だろう?“danger”の意味かなあ?

 漫画「ガードマン7」てお話の設定がおかしくて、敵対するのは大掛かりな国際犯罪組織なのに本編の主人公はガードマンなんだよね。要するに警備会社の社員。刑事でも公安でもスパイでもない。ましてや対組織犯罪の正義の国際組織のスペシャル諜報員や特殊部隊員ではとんでもない。普通の一般市民のサラリーマンだよ。だってガードマンだもの。だから武器も拳銃とか持ってない。武器はムチを使う。多分、この漫画は、この時代に高視聴率で毎週放映されていた刑事・探偵系ドラマ「ザ・ガードマン」の大人気にあやかって企画された漫画だったが、思った程人気が出なかったんで短期連載で終わったのだろう。何年の「ぼくら」の何月号だったか覚えていないが、TV大人気のドラマ「ザ・ガードマン」のコミカライズ読み切りがB6だがぶ厚い別冊付録でついたことがあったのを覚えている(1967年9月号付録)。

 園田光慶の「ガードマン7」は後に単行本化されたことはあるんだろうか?僕の知る限りは多分、コミックス化はしてないと思う。毎号の「ぼくら」名物50P漫画の3本の内1本に入ってたけど、何しろ連載は3回か4回で終了しているし、長編というより中編扱いだろう。合計しても150Pか200Pだから、2、3の短編をパッキングしなければコミックス1冊で発刊できないし。67年「ぼくら」10月号には読み物解説記事で「これがガードマン7だ」とかいう特集も載っていたくらいなのにね。貸本アクション劇画の大ファンだった僕にはお気に入り漫画だったけど、設定が無理過ぎたのか「ぼくら」みたいな「ウルトラセブン」を看板に持って来ている子供雑誌にはなじまなかったのか、いつの間にか、何か、あっという間に終了してた。

 対敵犯罪組織がムチャクチャ過ぎた。日中戦争の戦前戦中、植民地下の中国で日本人に虐待を受け酷い目に合わされた中国人の一人が、怨み骨髄で復讐を誓い、20年以上経った日本で、「日本人みな殺し計画」の実行に入る。それが犯罪組織の首領な訳だが、「日本人みな殺し計画」て、具体的にどういうコトやってたか、しようとしてたか、何しろ僕は子供時代に雑誌で読んだきり再読してないので、詳しいトコはさっぱりなんだが、ま、波止場みたいなところでチマチマやっててガードマン7に阻止されてたけど、結局、最終的にどうなったんだろう?国際犯罪組織は壊滅できたのか??警備会社の腕利きの一社員の手で!

 ン十年も昔読んだ、雑誌の一漫画の話の内容の、詳しいところはすっかり忘れています。いくら国際犯罪組織といえど「日本人みな殺し」は難しいだろうなあ。日本はアメリカと日米安保結んでるし、つい前までアメリカの統治下にあった時期だし。日本に当時の水爆4個くらい落としても、死ぬのは日本人だけではないし。敗戦後の日本には在日の中国人だってけっこう居たろうし。毒ガス?毒ガスもチマチマしてるなあ。あとは細菌兵器か。いずれにせよ、在日外国人にも被害は及ぶし、アメリカが黙っちゃいまい。だいいち、「日本人みな殺し」ってあんまり意味ないよね。“昔の怨みをはらす”という復讐を遂げることはできるかも知れないけど、莫大な金が掛かるだけで一銭にもならない。侵略支配して奴隷下に置き金を搾り取るのなら解るが、怨みをはらす目的だけでは大掛かりな国際犯罪組織を組むのは先ず無理だろう。
まァ、昔の少年漫画の話ですけどね。

◆2011-03/07 「ガードマン7」..(1)

◆2011-03/10 「ガードマン7」..(2)

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●漫画・・ 「ガードマン7-セブン-」..(1)

 ネットヤフオクの古書レア物懐漫雑誌で、67年の月刊誌「ぼくら」10月号が出てて、多分かなり高値で落札されてたと思うけど、価格は忘れた。一峰大二の「ウルトラセブン」の新連載号で、巻頭グラビアはTV放映開始の「ウルトラセブン」の写真記事、続く2色カラー口絵4Pは「これがウルトラセブンだ」みたいなイラスト図解記事。そして一峰版「セブン」の本編第一回が始まる。巻頭カラーと4Pめがカラーだ。植物宇宙人ワイアール星人の巻ですね。

 で、この号には確か「ガードマン7-セブン-」の第二回が載っている。新連載が前の号の9月号だった筈だ。園田光慶さんのアクション劇画。貸本漫画の主流の一つにアクション劇画があって、貸本で主体的にアクション劇画描いてた漫画家で、貸本衰退後市販雑誌に移って一番成功したのは、さいとうたかをだけど、その次にメジャー雑誌で成功したのは園田光慶じゃなかろうか。いや、貸本出身のビッグネームは水木しげるとか白土三平とか居るけど、ジャンルが違う。

 園田光慶さんは雑誌に移った後、原作付きのいろいろなジャンルを描いた。「赤き血のイレブン」や「車大介」の熱血スポーツもの、「あかつき戦闘隊」という大河戦記もの、ハードボイルドアクション劇画の決定版「ターゲット」などなど。園田さんは雑誌に移ってからの60年代後半から70年代、けっこう人気がありかなりの売れっ子でしたね。

 「ガードマン7-セブン-」て僕、66年の一峰「ウルトラマン」連載中の「ぼくら」連載作品だと思ってた。確か「ガードマン7」は9月号新連載で巻頭カラー扉だったと記憶してるから。「ぼくら」66年9月号の一峰「ウルトラマン」はグリーンモンスの巻で、大判別冊付録だった。8月号ネロンガの巻の新連載では、本誌巻頭カラーだったんだけどね。そこの記憶からぼんやり、「ガードマン7」は66年の作品と漠然と思ってた。67年の漫画かあー。しかし「ガードマン7」はあっさり終わる。多分、67年の12月号で終了したんじゃないかな。僕は大好きな漫画だったんだけどね。一般的な読者人気はあんまり出なかったんだろうなあ。
..という訳で(2)へ続く。

◆2011-03/07 「ガードマン7」..(1)

◆2011-03/10 「ガードマン7」..(2)

 

※2011-3/10の記事「ガードマン7」..(2)の文中で、67年の月刊誌「ぼくら」連載、園田光慶先生の「ガードマン7」という作品は、単行本化されていない筈だというようなことを書き込んでますが、ここの記事「ガードマン7」..(1)の冒頭に挙げている画像は、正に「ガードマン7」単行本の表紙絵ですね。後に単行本化されてたんですね。発行元が「東考社」となってますが、東考社といったら、あの“劇画”の命名者である大家、辰巳ヨシヒロ先生の実兄になる、桜井昌一氏がやっていた貸本出版社ですね。でもこの表紙絵を見る限り、A5貸本版というより新書版コミックスのようですね。貸本終末期のコミックス単行本でしょうね。

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