梅雨あけを控えた今の時期、田んぼの稲に悪さをする虫の発生が多い。
現代では、大方、農薬で防げる時代ではあるが、昔は脅威だったに違いない。
田んぼに、お札(おふだ)を立て、「害虫退散」を祈る。
かって、虫よけのみならず、疫病除けとしても、お札を祀り、退散を祈ったとされ
地区に伝わる胡四王蘇民祭も、その始まりは疫病退散と言われる。
田んぼの害虫とともに、コロナも退散を・・・・
昭和40年代頃までの、お米が不足する時代には、味はともかく、多収穫品種が、もてはやされ、米つくり日本一を争った人たちは、普通の農家が10aから500㌔程度の頃、倍近い、900㌔もの収穫を挙げた人もあった。
多収品種も多く開発されて、日本一を争わなければ、「となりの爺さま」のやり方を真似ていれば、そこそこの収穫ができた時代があったが、一転して「米余り」時代になり産地間競争が激しくなった。
美味いコメ、良質米、ブランド米・・・は、デリケートで、細かな技術も必要になり、作業も難しくなった。
度々、稲作技術講習会が開かれ、現在の生育状況、今後の天候、病虫害の発生予想、水管理は・・・等々
加えて食味に影響を与える「玄米タンパク質含有率7.3%以下」、失格は安値となる。
細かな技術の指導を受けるために、今日も、片道15㌔ほどの道のりを・・・走る。
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