世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

ピラミッドの大きさを感じたのは、そばからではなく、遠くはなれたカイロ市内からの光景でした(エジプト)

2015-11-01 08:00:00 | 世界遺産
 エジプトの古代都市のルクソールの神殿の巨大さは、映画の「ナイル川殺人事件」でも重要な画面構成の一つでした。この神殿では、巨大な柱のそばまで人間が近づけるので、その対比で、大きさが際立ちますが、物理的な巨大さではピラミッドにはかないません。今回は、ギザにあるピラミッド氏異変について紹介します。実は、10年前に、ピラミッドは紹介済みですが、その時に紹介できなかったことも含めて述べてみたいと思います。また、ルクソールの回と同様に、写真は8mmビデオを元にしたもので鮮明さに欠けるところがあります。

 ギザにある3大ピラミッドのうち最も大きなクフ王のピラミッドは、底辺の長さが約230m、高さが約140mというとてつもない大きさの石の塊です。こんなに巨大なものが、今から4500年以上も前に作られたということは、とても信じられません。ただ、何の目的で作られたかは、新しい遺跡や遺物が発見される度に新説が現れますが、未だに結論に至っていないようです。ルクソールの神殿群は巨大な柱のそばまで行けるので、巨大さが実感できると書きましたが、ピラミッドだって、すぐそばまで近づけ、中にまで入ることもできるのですが、なぜか大きさが実感できません、不思議です。ところが、意外なことに巨大さを実感できるのは、ギザから離れたカイロ市内からでした。高台から見ると、町並みの向こうにミョキ、ニョキとピラミッドが建っているのが望めます。さすがにデカイ!と感じました。明石架橋の橋脚タワーが神戸市垂水区の内陸部から丘陵地の町並みの向こうに顔を出す風景と似ています。

 筆者がエジプトを訪問してから20年近くになりますが、その頃はピラミッドの入場制限はありませんでした。現在は、午前/午後のそれぞれで150人、計300人/日という上限があるようで、込んでいる日は朝一で入場券を確保しないと内部には入れないのだそうです。人の吐き出す湿気で傷むのを防ぐ目的だそうですが、最近の観光地は、一日に何人といった制限を付けるところが多くなったように思います。文化財保全の意識が高まったのか、観光客が増えすぎたのか、はたまた、勿体をつけて入場料収入を増やそうとのたくらみなのか・・・。

 ピラミッドの中には、正規の入り口ではなく、盗掘のために爆薬で破壊されたところから入って、内部の斜坑を玄室と称する場所まで行くことができます。けれど、行っても何もありません。ピラミッドの中に入れた!ということと、狭い斜坑を閉所恐怖症に耐えて上れた!という感動??があるだけ、と言ってしまうと、味も素っ気も無いかもしれませんが、そんなものです。中は、閉所恐怖症の苦しみだけでなく、中腰で深呼吸の難しい状態のうえに、高温多湿で大汗をかいて急坂を上るといった苦痛もあります。それでも、なぜか人気があるのは不思議です。古代ギリシャ時代の世界の七不思議で唯一残ったのがピラミッドなのですが、現在の七不思議があるとすれば、その一つはこの人気かもしれません。

 
 実は、エジプトを訪問するきっかけとなったのは、幕末の遣欧使節団がその途中に寄ったエジプトのスフンクスの前で撮った写真だったのです。その写真がTVで放映された時に、「そう言えば、スフィンクスは見てないな!」とて、パッケージツアーを申し込んでしまいました。さすがに足の便の悪いエジプトなので個人旅行は断念しました。このスフィンクス、ルクソールでも小さなものを見ましたが、ギザのピラミッドのそばにあるものは、さすがに巨大で存在感も巨大です。ただ、このスフィンクスの首が100年もすると落ちてしまうかも!との予測があります。岩の間にしみ込んだ塩水が再結晶化するときに、岩の割れ目を拡大しているためだといわれています。かつては、「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、これはなんだ?」というなど賭けをし、答えられない人間を食べてしまっていたスフィンクスも、塩分と採り過ぎには勝てなかった、高血圧の一種でしょうかね。

 ピラミッドは、人類が残した大きな極限かもしれませんが、現代のIT技術では逆に小さくする極限に向かって突き進んでいます。今から45年ほど前に、パソコンンのルーツとなる世界最初の中央処理装置は1/100mmの単位でシリコンを加工していました。ところが、最新のパソコンに入っている中央処理装置では2/100,000mm程度になっているので、面積は、長さの2乗で、同じ機能ならば25万分の1の面積で実現でき、現在のあらゆるIT分野の機器の小型化に貢献しています。小さくなることは、処理速度も速くなり、45年前の最新のホストコンピュータは、現在のパソコンの1万分の1以下の能力しかありませんでした。ところが、その小ささが原子レベル迫ってきて、そろそろ限界とも言われいます。大きいほうも、小さいほうも極めた人類は、この先はどこに行くのでしょうか。


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