世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

長崎の東の高台の風頭山への上りは、東山手にあるオランダ坂とは比べ物にならないきつものですが市街地の眺めは上った甲斐ありです

2021-07-18 08:00:00 | 日本の町並み
 坂の町長崎の2回目は、前回紹介した市街地の南にある南山手から、北東へ市街地の東にある東山手と、さらに東山手の北東にあり本格的な坂道を上らなければならないる風頭山の界隈を紹介します。

 前回の南山手ではいろいろな名前の坂道、名もなき坂道も多くありましたが。長崎の坂道と言えばオランダ坂を思い浮かべるのですが、東山手に上る南の入り口と北西の入り口の坂道の名称はどちらもオランダ坂なのです。もともとオランダ坂という名称は、オランダさん(外国人)が通る坂道といった程度で名づけられ、神戸など長崎以外でもオランダ坂が存在したようです。長崎でも数多くのオランダ坂があったようですが、観光協会公認のオランダ坂は、東山手に通じる3本ということになっているそうです。

 
 
 
 
 
 路面電車で南山手への斜行エレベータの最寄り電停の石橋で下車して、少し戻ってきたに入ったところが孔子廟で、境内に並ぶ白い像の列は壮観です。孔子廟の南側を塀に沿って東に行くと、東山手に上るオランダ坂に突き当たり左折して20%の急坂を上ります。上る途中の左手が東山手の異人館が軒を連ねる場所で、下見板張りで萌黄色に塗られた洋館が軒を接して並んでいます。この辺りからは、遠くに大浦天主堂や、その後ろにあるグラバー園の動く歩道も霞んで見えますし、孔子廟の大きな屋根も上から眺めることができます。

 
 
 
 
 
 昭和会病院のしゃれた建物のところをオランダ坂からそれて右に上っていくと左手に活水女子大が左手に現れます。その手前のレンガ塀に囲まれた坂を下りると左手に東山手十二番館の活水女子大ラッセル記念館があり、女子大関連の展示が見られます。さらに下ると東山手十三番館が現れ、この建物をバックにしたオランダ坂の風景はおなじみの観光写真です。

 
 
 
 
 オランダ坂から表通りに出てメディカルセンター前から路面電車に乗りめがね橋で下車します。東に入って川沿いを左手に行くと眼鏡橋、橋を渡って直進して突き当たると晧台寺で前の通りに面して多くのお寺が連なります。この中の興福寺には中国福建省から平和の鐘が寄贈された直後の訪問でした。寺町の深崇寺の手前を右手に入って急な階段交じりの坂を上っていくと、竜馬の亀山社中記念館で、さらに上ると風頭山、右手にお進と見晴らしの良い公園があり、坂本龍馬増が長崎市内を見下ろしています。

 坂本龍馬は明治維新の礎を築いた偉人と言われていますが、始点を変えると死の商人の面もあったように思います。亀山社中は商社の走りですが、武器で儲けていたということは事実で、竜馬が長生きをしていれば、同じ土佐藩出身の岩崎弥太郎と同じように兵器産業で財を成していたかもしれません。兵器で使われる技術は、平和利用をすれば素晴らしいものが数多くあるのですが、人間の命を金儲けのために使う輩にかかると人殺しの道具になってしまいます。人殺しの兵器は最新のIT技術のかたまりのように思いますが、ノーベルの悲しみを繰り返したくないですね。


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