横浜観光散歩の初日(2月7日)は、シーバスで山下公園に着いてから中華街~元町~港の見える丘公園などをまわって、ホテルニューグランドに着いた。
事前に中華街のことを調べた際に、街の東西南北に門があることを知ったので、それを見ることも目的にした。(漠然と見て回るよりも良いだろうと)
なるべく一筆書きで行けるよう考えたが、ランチ探しの市場通りと元町通りは行って来いになってしまった。
実際に歩いた経路をWeb「YOKOHAMAP中区のマップ」をベースに記録してみた。
中華街のシンボルともいえるのが、各所にある10基の門「牌楼(パイロウ)」。
街の東南西北の方向には、風水思想でそれぞれの方角を表す色と神獣を配した牌楼を設けて街を守るとともに、中国文化を紹介し、観光資源としても活用されている。
牌楼上部の額に門名があり、街の外側はいずれも「中華街」で、内側がそれぞれの名前になっている。
東:朝暘門(ちょうようもん)…青色で、守護神は「青龍」。間口が広く大きな門だった。
北:玄武門(げんぶもん)…玄(黒)色で、守護神は「玄武」。道路の向いはスタジアム。
西:延平門(えんぺいもん)…白色で、守護神は「白虎」。高校と中学校の間の角にある。
南:朱雀門(すざくもん)…朱(赤)色で、守護神は「朱雀」。見た目、スマート。
朝暘門から西へ進む中華街大通りは賑やかな雰囲気で、平日の昼間のわりに人出があった。
善隣門(ぜんりんもん)は、その先の五差路のところにあり、街のシンボルとして最初にできた門(1995年)で豪華な感じ。
「親仁善隣(周囲の国や人と仲よくする)」を掲げた善隣門は中華街の象徴。反対側には「中華街」と書かれ、中華街という呼び名の起源だという。門の完成以前は南京町(なんきんまち)と呼ばれていた。
横浜 関帝廟は、道路から階段を上がって楼門がある。見上げる門はきらびやか。
関帝廟は、多くの人々から尊敬される武将、関聖帝君が祀られている。三国志の英雄として有名な実在の関羽将軍は、後世神格化され、関帝廟における崇拝の中心像となっている。
本殿も凄い。建物は中国から工匠を招き伝統建築工芸の粋を駆使して建造されたという。
楼門も本殿も、屋根の極彩色で細かな彫刻は否が応でも目を見張る。
楼門は裏から見ても装飾が素晴らしい。
参拝の仕方が分からなかったが、楼門をくぐった右側に受付があり教えてもらう。まずは中国式の線香を5本購入し、5つの香炉に供える。次に本殿に入り、係りの方から参拝の仕方を教えてもらい、順に参拝した。
関帝廟通り(関帝廟の前の通り)は、東端に「天長門」、西端に「地久門」の牌楼がある。崇められているんだな~と感心する。こちらは天長門。横浜大世界の看板が目立つ。
ランチ先を探しに市場通りへ入った。幅の狭い道だが、この通りにも北端と南端に牌楼があった。
焼小籠包は食べ歩き(立ち食い)で、台湾揚げと青島ビールは座れる店でいただいた。
横濱 媽祖廟(横浜大天后宮)は、道教の神様を祀る廟で、媽祖は道教の神々の中で位の高い女神であり、最も人気のある崇拝神の一人。航海・漁業の守護神として知られる。
大きく重厚感のある楼門。
本殿は上から見ると八角形になっているようだ。
中華街を朱雀門から出て、前田橋(下は川、上は首都高)を渡り、元町通りを歩く。
元町通りは、1970年代から80年代に流行した「ハマトラ」の発祥地だが、当時は田舎にいたし男なので、情報は少なくブランドで知っているのはキタムラくらい。妻の方が詳しい。小綺麗な通りだった。
この後、階段を使って港の見える丘公園に上がったが、階段はけっこう堪えた。
ところで、いわゆる「中華街」と呼ばれている街は、日本全国に幾つもあるようだが、中でも「日本三大中華街」といわれているのが、横浜中華街、神戸の南京町、長崎新地中華街。長崎は昨年歩いてきた。横浜は今回。神戸は・・・まだ。