因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団7度 dim voices2『象』

2019-06-22 | 舞台

*別役実作 伊藤全記演出1,2,3,4,5,6,7公式サイトはこちら スタジオ空洞 23日まで
 古今東西さまざまな作品に果敢に挑戦する劇団7度と伊藤全記が、別役実の初期代表作に取り組む。本作は燐光群の上演を見た記憶があるのだが、残念ながら当ブログに記載は見当たらない。

 スタジオ空洞を縦長に使い、演技スペースを客席が対面式に左右から挟む形を取る。観客が入場した扉と階段は劇中重要なモチーフとなり、池袋駅周辺の喧騒から離れた小さな地下スタジオが、いつの時代のどこの場所とも特定できない、まさに7度だけの演劇的時空間に変貌する80分である。

 別役実の原作戯曲は、原爆症に蝕まれている「男」が物語の主軸である。彼の叔父はかつて被爆による背中のケロイドを見世物にしていた。死が近づくにつれて、叔父はかつてのあの街へ帰ろうとする。そこに叔父の妻、医師、子どもを産むことを願うがそれが叶わない看護婦、叔父のケロイドに触れようとする女の子など、戦争の傷跡がまだ生々しく描かれており、社会的、政治的な要素を否応なく感じさせる。

 伊藤全記の7度版に登場するのは、三人の女優である。必ずしも物語の筋を追わず、冒頭の「男」の台詞が何度も発せられる。スタジオ手前には、劇中の「アカイツキ」を想起させる凹凸のある円形のオブジェがあり、スタジオ奥は鏡張りで、目の前の女優、鏡に映る女優、観客を見ることで、物語は変容していく。

 自分にとっての別役実の戯曲は、演劇集団円や文学座など新劇系の劇団が、戯曲を丹念に読み込んで、舞台に立体化することで成立する劇世界であった。しかし7度の『象』は、戯曲のみならず観客の概念を解体してゆく。

 正直に言うと、会話を聞き取り、物語の流れを追うことができないため、しばしば集中を欠き、少なからず困惑したのも確かである。彼女たちがつぶやく「アカイツキ」は、311の原発事故で燃え上がる炎かもしれない。初演から長い年月を経た戯曲を上演する場合、とかく「上演の意義」や「今日性」を求めがちであるが、今夜の舞台は安易な解釈を拒否する鋭さがあり、まだ粗削りで、多くの人の共感を得る舞台成果には至っていないものの、観客が自分でも気づかない「戯曲の風景」を垣間見せ、「人物の声」を聴きとろうとさせる。

 伊藤全記と劇団7度がしていること、しようとしていることは、観客が作品からあらかじめ受けたものとはほどとおい。しかしそこから新たに戯曲を知り、演劇ができることの可能性を目の当たりにできる。もしかするとこの感覚は、当日リーフレットに伊藤が記した「『ホンモノ』と『ニセモノ』の間でゆらいでいる間」であるとも言えそうだ。

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