因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

第5回したまち演劇祭in台東 したまちばなしー物語が生まれるところー 文学座有志『十三夜』

2014-09-08 | 舞台

*樋口一葉原作 久保田万太郎脚色 鵜澤秀行演出 第5回したまち演劇祭in台東の公式サイトはこちら 一葉記念館 8日12時と15時の回 
 樋口一葉の名作を一葉ゆかりの土地で上演する企画だ。チケットは何と500円!地下鉄三ノ輪駅から徒歩8分、大きな神社やお寺のある大通りから奥まった場所にある一葉記念館、その1階のライブラリーとギャラリーの細長い、というか細くて短く狭いスペースを使っての朗読会である。演技スペースには椅子が4脚並ぶ。開演が告げられると和服を着た俳優5名が下手より登場。人物4名に語り(牧野紗也子)が1名である。両サイドには障子風の衝立があり、そこには出番待ち、あるいは出番の終わった俳優が控える。

 十三夜の月が美しい夜のこと。夫の仕打ちに耐えかね、一人息子を置いて実家に逃げて来た娘の「おせき」(鈴木亜希子)に両親(鵜澤秀行、藤堂陽子)は驚き悲しむが、嫁いだ相手の妻とし て耐えるように諭し、おせきもそれを受け入れて実家をあとにする。その帰り道、おせきは懐かしい人(采澤靖起)に再会する。小一時間の短いあいだに交錯する人々の思 い、人が生きるこの世のつらさに胸が痛む物語である。

 一葉記念館のなかにホールのようなものがあるのかな?と想像していたので、前述のようなちょっとした空間で行われるにとまどった。しかし始まるや否や雑念は消え去り、樋口一葉の描く悲しい世界に没入することができた。
 俳優は椅子にかけたままで台本を読む。ほんとうにシンプルな朗読だ。だからよけいにしっかり聴こう、みようと気持ちが前のめりになる。丁寧に稽古を積み上げたことが窺われるせりふの一言ひとこと、ぎりぎりまで抑制しながら、それでも気持ちが溢れでるとき、相手のことばをじっと聞いているときの表情にひきつけられ、これまで数回みた本式の舞台のときよりも集中でき、堪能した。何と贅沢で充実した体験だろう。

 娘の告白を聞いて母は仰天し、相手の不実をなじって泣く。完全に娘の味方になって、反射的と言ってもよい、まさに女親ならではの反応だ。演じる藤堂陽子は感情を露わにしながらも、そうすまい、ちゃんと筋道立てて話そうと懸命な母親の心持ちをみせて観客の心を引き寄せる。しかし父は娘と妻のことばをただじっと聞き、辛抱を説く。演じる鵜澤秀行の表情はあまり動かないが、その底にどれほどの悲しみや決意があるかと想像させる。死んだ気になって耐え抜けと言うときの親の気持ちとは、どんなものなのか。
 そして娘のおせきは父のことばを最後まで聞かず、遮るように「わかりました」と答えるのだ。聞きたくないのではなく、もうこれ以上父に辛いことを言わせたくないからだろう。何度もみていたのに、今日はじめて気づいた。朗読だから気づけたのではないだろうか。

 こうした企画を、もっと多くのさまざまな場所で試みることはできないだろうか。一葉記念館休館日の今日だから実現した企画であろうが、平日2回の公演では観客は非常に限られており、もったいないというか申しわけない。夜の早い下町で、営業が終わったあとの蕎麦屋さん、休館日の図書館ロビーなど、仕事帰りの人がふらりと立ち寄り、一幕の朗読を楽しめたらすてきである。

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