メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

ワーグナー「ローエングリン」(バイロイト2018)

2018-09-05 15:18:11 | 音楽一般
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」
指揮:クリスティアン・ティーレマン、演出:ユーヴァル・シャロン
ピョートル・ペチャワ(ローエングリン)、アニヤ・ハルテロス(エルザ)、ゲオルグ・ツェッペンフェルト(ドイツ国王ハインリヒ)、トマシュ・コニェチュニ(テルラムント)、ワルトラウト・マイア(オルトルート)
バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団
2018年7月25日 バイロイト、2018年8月27日 NHK BSPre
 
ローエングリンはテーマも展開も、受け取る側としてなかなかしっくりいかなかったが、2012年のスカラ座、その前の2011年バイロイトあたりから、少しずつ理解が進んだ。だからといって私の評価がそれほど高くなるというのではない。
 
ドイツのブラバント公国で跡継ぎの王子が行方不明になり、姉のエルザに嫌疑がかけられる。悪巧みの首謀者は妻オルトルートに操られているテルラムント。エルザあやうしのところで白鳥の騎士が現れ、決闘でテルラムントに勝ち、エルザの義を立証する。
 
が、実はエルザのためを思っていてかわいそうな境遇に、と訴えるオルトルートに引っかかったエルザは、騎士がエルザとの結婚、その際に約束させた騎士の由来と名前をきかない、他の人ならともかくエルザが問えばそれに応え、ここを去らなければならない、ということに悩む。「鶴の恩返し」、「竹取物語」など、「知りたい」ということに負ける物語はめずらしくない。
 
音楽は作曲者がこの後「指輪」、「パルシファル」と続いていく前段らしい清澄かつ神秘的なところと、ドラマチックな盛り上げのバランスがとれたものとなっている。ただ、聴いていてその流れから大きなインパクトを受けるというところまでは行かない。
 
さてこの作品、録音だけで聴いていた時は、オルトルートの奸計とエルザの葛藤、それもどこから来た何という名のどういう人かということが知りたいということ、いわば表面的なことと、それより今目の前にいる人の本質をどう見るのか、その悩みの話、と受け取っていた。それはそうだが、今回のような演出・映像で見ると、それに女性が男性を受け入れるとは、という問題が鮮明に示される。
 
第3幕、外では婚礼の合唱、例の有名な結婚行進曲がきこえる、二人の寝室、ここからエルザと騎士の間で、「あなたのこと、私がきいても他人に言わなければいいでしょう」というやりとりが続くのだが、衣装と小道具、動きから、ここは最初から二人の初夜の愛の営みで、小道具と動きはかなりエロティックである。エルザがついに直接きいてしまい、騎士は拒否し帰らなければならないと言う。そのとき、刺客としてテルラムントが入ってくるのに気がついたエルザがそれを知らせ「剣を、」と叫ぶ。騎士は剣でテルラムントを刺し倒す。
 
ここで「剣」はもちろん「ジークフリート」でもそうであるように男性の象徴である。つまり二人の愛の営みは最後まで達しなかったということになる。
 
こうしてみると、エルザは自身の弱さに抗しきれなかったが、それでもドラマの最後は勧善懲悪の大団円、という話しではない、ということがようやく理解できた、ということかもしれない。女性が男性を受け入れる時、相手について言葉で明確に語ることができる面とその奥の本質というか、その両面をどう見るか、そのアンビヴァレンツは、というところでワーグナーはエルザを最後は肯定した、という演出解釈だろう。そうでなければ、騎士が去り、弟らしき(これは他のいろんな演出でも奇怪なところがあるのだが)ものが出てきて幕が下りるというなんとも不思議な感じは、後味が悪い。
 
騎士ローエングリンがペチャワ、ときいてえっと思った。この人は二枚目役でももっと遊び人、いかがわしい人という役(主役でも)が似合う人。ここではどうかと思ったのだが、この演出では、ちょっと感じの悪い電気技師(降りてきた社会を惑わす)という位置づけもあったから、これでいいのかもしれない。
エルザのハルテロスは、強さはあるけれど風貌はちょっと地味。
 
そうなるとドラマとして全体を引っかきまわすオルトルートがワルトラウト・マイアだから、カーテンコールが一番盛大だったのは当然だろう。このあとのドキュメンタリー番組で語っていたように、年齢(62歳)からもう十八番のクンドリ―(パルシファル)とイゾルデは歌わないことにしたそうだから、そうなるとこの役とかクリテムネストラ(エレクトラ)あたりということになるようだ。
 
もうあんまり指揮について細かく感じることはなくなってきたが、ティーレマン、手堅かった。
演出は、芝居としてはいいのだが、装置、衣装など、もう少しなんとかならないだろうか。特に後者は貧相というか。メトやスカラに比べ、お金がないということは想像できるけれど。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする