王様の耳はロバの耳

横浜在住の偏屈爺が世の出来事、時折の事件、日々の話、読書や映画等に感想をもらし心の憂さを晴らす場所です

TV 「泣きながら生きて」

2006-11-12 07:33:59 | 社会
今月の3日夜 フジTVでドキュメンタリー番組「泣きながら生きて」が放映された
爺はこれが張麗玲の作品だと知らなかったので見過ごした
ところが老妻が見ていて大変感激だとの話をしてくれた なにしろ30年以上夫婦をやっているから「あれあれ」「それそれ」「例のなにだろー」で固有名詞は出てこないが「あの人の作品」と見当が付いたわけ

以下は彼女の話と爺の想像をつなげた話で「変形伝言ゲーム」ですから間違えは全て爺の責任です

恐らく天安門事件後1990年直前だろう 上海に住む丁さん(35歳)は考えた
若い頃文化大革命にぶつかり下放政策で農村部で働き通し 勉強をする暇が無かった
折から日本の日本語学校留学ブーム 働きながら卒業できると思ったのだろう 親類から42万円という(中国人にとっての大金)金を借り集め北海道は阿寒の日本語学校に妻子を残して旅立つ
大きな希望と裏腹に着いた阿寒はコンビニさえ一軒も無いような寒村で働きながら学べる様な所で無い事がわかる
後はお決まり 借金は返さねばならない 生活の糧を求めて東京へ出る
以降賃金の安いアルバイトを昼は2箇所夜1箇所と1日中働きまくりの生活が始まる あっという間に滞在期限が切れお決まりの不法滞在となる
その間働いた金は上海の妻子に送り続ける
都電荒川車庫付近の安アパート、風呂も無い 風呂は湯沸かし器のお湯を使い行水もどきで済ます生活 終電の終わった線路を歩いて帰る毎日の様だ
別れた時小学生?だった娘が成長し8年後?に米国NYに留学し医師になる事が決まる
娘は訪米の為成田に寄りトランジット(乗り継ぎのため24時間日本に滞在が可能)を利用して父に会う 丁さんは不法滞在だから成田空港付近には顔を出せない
荒川のぼろアパートで知る父親の苦労と娘への想い 娘は母子を捨て父が日本へ行ってしまったと思っていた様子
時間が来て笑顔で別れる父娘 お互いに姿が見えなくなるとどっと出る涙涙
妻ももらい泣きでうるうる

上海の妻も娘を訪ねる名目で米国入りのヴィザを申請 やっとの事でヴィザがおりる 今回も成田でトランジット 13年振りに対面し夫の苦労を知る 夫は妻を捨て日本で適当に遊び暮らしていたと思い込んでいたのに 妻は夫の送金に手を着けず貯金 娘は自分の働きで学校に通わせていた お互いの苦労が分かる 笑顔で別れる二人 
姿が見えなくなるとお互いに涙涙涙

それから4年 娘は医師になり丁さんも帰国して夫婦で暮らしているらしい
良かった 良かった

張麗玲さんの作品はこれまでに「小さな留学生」「若者たち」と見ました 本編も機会があれば再放送を見たいと思いました

コメント (14)
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