王様の耳はロバの耳

横浜在住の偏屈爺が世の出来事、時折の事件、日々の話、読書や映画等に感想をもらし心の憂さを晴らす場所です

文科省 が相撲協会に 「国技剥奪?」

2007-09-30 00:02:29 | スポーツ
相撲協会「国技はく奪」突きつけられた(日刊スポーツ) - goo ニュース

金曜日の夕刻のTVニュースだったと思います。
北の海理事長の前で4-5回頭を下げている初老のおじさんを見ましたが、この方が最近文科相に就任した渡海氏の様でした。

TVでは葬儀の場面で「笑い顔に見える人」、謝罪の場面で「不貞腐れて見える人」とか場違いに写る人が居ます。これは顔の造作の問題ですがまま誤解を与えがちです。今回文科省が「時太山不審死の件」で相撲協会の理事長を呼びつけたのであるなら、もう少し人の目にどう見られるかを考えて行動した方が良かったのでないかと思いました。

まあ威張って見えれば問題が解決する訳でありませんから「文科省の意図が返答しだいで財団法人資格を取り消す」ほどの物であれば、見かけの問題より迫力は有りますね。

爺は未だに時太山の死亡の経過が良く分かりません。
誤解が有るといけないので、時太山こと斉藤俊さんの若すぎる死に哀悼の気持ちを捧げます。またご近親の皆様に謹んでお悔やみ申し上げます。

さて爺が今一分からないのは:
春まで高校生で17歳であれば高校中退であろう。父親の会見を聞いていると「高校で(爺注:どうにも中途半端な人間なので、勉強する気も見えない。体も大きいので)根性不足なので相撲部屋でたたきなおしてもらおう」と考えた様にみえる。
どうして新潟の人が時津部屋と関係があったか爺は知らない。叔父さんという人の引きかもしれない。
大切なことは「本人が関取として死に物狂いで精進する気が無く、親がやるべき躾を相撲部屋に任せたセンスがわからない」分かるとすれば斉藤君は体もでかく気に入らなければすぐ暴れ留めに入る人を殴る蹴るとか無かったのであろうか。

時津風部屋の時津風親方も「相撲に精進する気構えが無い若者を預かりどう教育指導するつもり」であったのか?
そもそも物凄いミスマッチでなかったのか」?

爺は稽古事は柔剣道空手位しか分からないからそこから考えれば、投げられて受け身一つ十分取れる様にするまで、柔道でも3ヶ月は掛かるであろう。しかもいくら若い言っても三ヶ月も毎日稽古をしていて休養を与えなければ体がぼろぼろになってしまう。
しかし、報道では序二段になり化粧回し姿の写真が出る。素人にろくな稽古の指導もしなくて序二段というのがプロ相撲の世界なのであろうか?
序二段とは柔剣道の初段とは全く意味が違うのであろうか? 土俵にあげるな日々の稽古に教育課程(カリキュラム)が無ければいけない。
この辺の妥当性、それがない異常性どちらかに一切の論評が無く「不審死」に関心が集まっている。

本人にやる気が無くて、稽古に教育課程がなければ17歳の若者は「やってられないや」と退職(脱走)を図るのは当然である。
無理やり連れ戻してからの扱いは、警察の捜査によるがおそらく集団リンチ事件なのであろう。

以上が爺の何か今ひとつ納得行かない、そして誰も触れない問題の様な気がする。

さて文科省は以下の記事にある様な厳しい指示?をした。
それにつき爺が思うには「日本相撲協会」とか「理事長」とか名乗っても欧米流とかトヨタやキャノンの様な日本企業でも近代経営が確立した組織ではなく「各部屋の親方」を核にその時々の力を得た「部屋の親方」が茶屋の権利や横綱名跡の後継に便宜を図り、宥めすかし、金を撒き頂上に君臨して「理事長」と呼ばれる典型的な日本の芸事とか家元制度となんも変わらない様に思える。
従って上からの指示命令は、徳川幕府の命令と同じで譜代と親藩(自分の部と同系部屋)には届くにしても、別の部屋(外様)には届かない様に見える。
おそらく「朝潮親方」が朝青龍の問題で非難を浴び、「こんな奴が協会の広報部長か」と罵声を浴びせられても、協会では毎週月曜「定例理事会」とか「常任理事会」とかで協会の意見集約を図っておりその場には「広報部長の朝潮」が同席する。発表する事、しない事、次の機会まで言わないとかそんな検討が緻密になされているようにも思えない。しかも理事一人一票の発言でなく「現役引退時の番付け位置が重いとか」

双葉山が開いた名門時津風部屋も力士13人とか。幕内にも入れぬ力士が29歳を頭にごろごろしている。プロの相撲道であるなら25才までにしかるべき番付けの地位にならなければ廃業が自然である。それを十両より下位は入門日による年功序列では17歳のチャランポランはいじめの格好の対象であろう。まして親方が「可愛がれ」とか言えば。

北の海理事長はよほど真剣に考えないといけない。
しかし財団法人をやめて株式会社相撲興行社に組織変更して、なんでもありの相撲興行にかえれば「八百長疑惑」なんか関係なくなる。80連勝でも10場所連続優勝でも演出して相撲人気を盛り返せば、「災いを転じて福となす」返し技である。


日刊スポーツ:
大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(当時17=本名・斉藤俊さん)が兄弟子らから暴行されて死亡した問題を受け、文部科学省は28日、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)を呼び出し、問題についての独自調査、関係者の処分、再発防止策の検討など5項目の改善要求を突き付けた。協会の対処が甘いと判断した場合、監督官庁の同省が認める財団法人の資格も取り消す構えだ。国から見放された場合、大相撲は「国技」の看板を失うことから、協会側も対応策を検討し始めた。

 日本相撲協会が、国から強烈なダメだしを食らった。刑事事件へ発展必至の重大問題を受け、北の湖理事長は、文部科学省の松浪健四郎副大臣から5項目の要求を突き付けられた。

 (1)警察の捜査と並行して真相を究明すること
 (2)(1)の結果を踏まえ、関係者に必要な処分を行うとともに、必要な措置を講ずること
 (3)再発防止策を検討すること
 (4)過去の類似事例の検証を行うこと
 (5)「力士の指導に関する検討委員会」に有識者など外部の者を加えること。

 1925年(大14)12月28日、財団法人日本相撲協会が誕生して以来、同省からここまで具体的な指示を受けた例はない。「(渡海紀三朗)大臣からのものですから、当然守っていただかなくてはならない。以上について逐次、文部科学省に報告を行うこと」と松浪副大臣。従わない場合は、財団法人資格はく奪の制裁に出ることも示唆された。

 国が日本相撲協会を認めなければ、「大相撲は国技」の看板を取り上げられることになる。北の湖理事長も事の重大さに迅速な行動を起こした。午前11時、協会に同省から電話で「問題の説明をしてほしい。理事長も来てほしい」と要請されると、協会職員とともに午後1時に文部科学省へ。松浪副大臣と対するや「深く反省し、けいこの在り方を考えなくてはなりません」と頭を下げた。その後渡海大臣とも面会。大臣の「こういう事件が起きるのは遺憾。公益法人の事業として力士の指導監督、養成において状況を見極める必要がある」の言葉を受け、さらに「申し訳ありません」と陳謝した。

 報道陣を前にしても反省の態度を示した。朝青龍問題では一切表に出なかったが、カメラの前に立ち「いろいろとご指示がありましたので、それを着実に改革しながら頑張っていきたい」などと話した。協会に戻ると「警察にお任せしているから」などとした前日までの方針を一転。「捜査と並行しながら、(独自の)調査もしていきたい」と話した。

 財団法人と認められて82年。これまでの問題も内部で処理し、世間の常識とは乖離(かいり)してきた角界だけに、5項目の要求のすべてに対応するのは、容易ではない。「土、日に動きはありませんが、週明けからにでも」(北の湖理事長)。いまだに認識の甘さは否めないが、日本相撲協会は今、大きな岐路を迎えている。【柳田通斉】(引用終わり)
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戸籍なし男児や生活保護世帯とか

2007-09-29 05:08:46 | 社会
戸籍のない男児保護 教育放棄?学校も通わず 杉並(産経新聞) - goo ニュース

産経新聞の記事であるが、記事そのものが速報風なので、全体が見えない。
東京杉並で10歳の男児が児童相談所に保護されたそうであるが、戸籍も住民票の登録も無いらしい。

しかも学校に通った形跡がないのだそうだ。そうかも知れない。住民票の登録が無ければ就学通知も来なかったであろう。
7歳で入学ならもう3年生であろうに。読み書きは出来るのであろうか? 心配である。

記事では「住んでいる家に立ち入り」と書いてあるし、一緒に居たのが「親族かどうか不明」としているので誰かと生活はしていたらしい。
ではどうやってその人は10歳の男児を育てていたのであろうか?
小学校にも通わせられない位貧乏だったとか?
「生活保護世帯」であったのだろうか? それなら「世帯の状況」は幾らかは把握できそうな気がするが?
疑問点は尽きない。
連日新総理の金の問題、破廉恥な事件、残虐な事件、高利回りの詐欺など派手なニュースが多いのでこの件の続報は期待できない。
10歳の坊やには頑張ってもらいたい。

さて「生活保護世帯」を考えていたら偶然読売新聞で:生活保護世帯 6年連続で過去最高との記事を目にした。
爺は何度も書くが日本は金が無い国ではない。
使うべき優先順位に間違いが有るのである。
昨年10月7日のエントリーで2005年度の生活保護世帯について書いた。
事態はそのときより悪くなっている。
当時安倍総理の下、大田経済相が景気回復策を立てても結局日本経済の回復はほとんど無かった。福田総理の下、再任の大田経済相はまだ経済の回復とその為の重点を大手輸出企業のてこ入れに走る。
ここ10年以上金融機関救済の為の0金利、海外との金利差による円安、税金の諸控除の廃止により「庶民の懐」は徹底的に痛めつけられた。
個人消費を回復させるきめ細かな政策を取らない限り「日本経済の回復」など絵に描いた餅である。
この上、国の債務残高の整理と特別会計と一般会計の無駄遣いの廃止に言及しないで「抜本的税制改正」にあわせ消費税率引き上げは政府による愚作の仕上げとなる。

扱いは小さいがどちらも深刻な日本の現況をそっと伝えている。

産経新聞:
戸籍がなく、学校にも通っていない10歳くらいとみられる男児が、東京都杉並区の児童相談所に保護されていたことが27日、分かった。男児は都内の一時保護所に保護されているが、男児と一緒にいたのが親族かどうかは不明で、児童相談所では男児が落ち着くのを待って、養育状況などについて聞き取る方針。
 関係者によると、杉並区内で「おかしな児童がいる」との通報があったため、児童相談所で調査を開始。その結果、(1)男児に戸籍や住民票がなく身元が確認できない(2)学校に通っている形跡がない-ことなどから、児童相談所では保護者によるネグレクト(養育放棄)の疑いがあると判断。警視庁と連携して生活していた民家に立ち入り、男児を保護した。
 都では「不法滞在の外国人の子供や、置き去りにされた子で戸籍がない例はあるが、今回のような例は極めて異例だ」としている。(引用終わり)

読売新聞:
2006年度の生活保護世帯数(月平均)は107万5820世帯と前年度より3・3%増え、6年連続で過去最高を更新したことが28日、厚生労働省の社会福祉行政業務報告で明らかになった。
 生活保護世帯数は14年連続の増加で、被保護者数も11年連続の増加となる151万3892人だった。厚労省は「雇用情勢の改善で世帯数の伸びは緩やかになっているが、高齢者の増加が全体を押し上げている」としている。
 生活保護世帯の内訳は、「高齢者世帯」が47万3838世帯(前年度比4・8%増)と最も多かった。「障害者・傷病者世帯」は39万7357世帯(同1・9%増)、「母子世帯」は9万2609世帯(同2・3%増)だった。
(引用終わり)
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ミャンマーで日本人死亡

2007-09-28 05:20:35 | 海外
死亡の長井さん、「町にデモ取材へ」通信社に連絡(朝日新聞) - goo ニュース

ミャンマーで日本人ジャーナリストの長井さん(50歳)という方が銃弾に当たってお亡くなりになりました。
謹んで冥福をお祈り申し上げます。

週の初め頃から「ガソリンや通勤バスの価格が5倍ほどにも高騰し市民の生活に深刻な影響が出た」
「(市民に同情的な)僧侶が町に出て政府に抗議のデモの先頭に」
「デモの数は2万人(多分大都市ヤンゴンでの話)」
「アウン・サン・スー・チー女史収監」
「軍精鋭部隊がデモ隊に発砲、2名死亡」そのあと死者が4人とかは聞いた覚えがありました。
でもその中に日本人が入っていたとは驚きです。

この件は観光客がたまたま巻き込まれたのでなく「取材活動中」の様ですので民間人の(ある程度予測された)殉職という事になるのでしょうね。
胸を銃弾が貫通と聞いていますから相当前列に位置して取材をしていたのでしょう。
さて今朝のTVを見ていると「現地の大使館を通じて」とか言ってました。
ミャンマーは軍事政権だから日本が「外交関係を結んでいた」なんて爺は少しも知りませんでした。先ほどネットをみたら東京品川?にもミャンマーの大使館があるらしいですよ。

その他寺院に手入れを行い僧侶500人を拘束、寺の財宝・金銭が全て無くなったとか良く分からない話が伝わります。
ミャンマーというか大都市ヤンゴンの市民はどう反応するのでしょうね?
軍に押さえ込まれて、もうしばらく民主化に時間が掛かるのかそれとも抗議運動が全国に広がり軍事政権の譲歩を引き出すか。さっぱり分かりません。
中国は関係していますかね?
抗議行動が広がり流血の惨事が続くのは止めて欲しい気持ちです。

もう少し様子を見守りたいと思います。

朝日新聞:
僧侶や市民らによる反政府デモが続くミャンマー(ビルマ)の混乱に27日、日本人が巻き込まれた。外務省は、東京都のジャーナリスト、長井健司さん(50)が亡くなったと確認した。混乱が続く中、日本国内の関係者らは、情報を求めて事実の確認に追われた。長井さんを知る人たちの脳裏には、地道に紛争地取材を重ねる姿が焼き付いていた。

 長井さんが契約をしていたAPF通信社は東京・赤坂に事務所がある。山路徹代表が午後9時半すぎ、近くの公園で報道陣の取材に応じた。

 山路代表によると、外務省から午後8時すぎ、「ミャンマーで邦人1人が流れ弾にあたって亡くなった」と連絡が入った。所持していたパスポートに「長井健司」の名があったという。(引用終わり)

写真:アンマンでの長井氏
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「“たら”“れば”で読み直す日本近代史」を読む

2007-09-27 05:04:28 | 本を読む
この本は“あのときこうしていたら”とか“こうしなければ”という視点で日本の近代史、それも特に戦争史の面から捉え、別の可能性或いは選択肢があったり無かったり、その道を選択しても結論は変わらなかったり割合幅広く明治維新以降の軍事行動を論評している。
B5版で本文は180ページほど中に写真あり、図や表があり大変分かりやすい。
2006年講談社発行です。

著者は黒野 耐(くろのたえる)氏 99年陸上自衛隊を陸相補で退官。以降04年まで防衛研究所の戦史部主任研究員。現在大学講師。
道理で明治維新以降の日本の軍事行動を一連の流れとして捉え、ついに大東亜戦争で完敗にいたる幾つかの結節点で“たらとれば”を考え評価を加える。


本文は11章に別れますが短編として独立していて全体が日清戦争から太平洋戦争までの結節点が取り上げられ時系列で繋がります。
爺が興味のあったのは第5と6章の「第一次世界大戦」に関する欧州戦線への陸軍の派遣に関する“たらとれば”の考察です。

もし真剣に派遣を検討し40個師団はともかく20個師団でも派遣を決め、欧米の船舶チャーターの支援、欧米製武器の供与、兵站補給の支援を受けて動き出したとすれば、戦後のベルサイユ会議で「中国で火事場泥棒的働き」と謗られ「日本対英米仏」という対立構造が形成され段々と世界から孤立してゆく事が避けられたであろう。
現実は「対華21か条の要求」を始め中国への干渉を強め欧米特に米国との対立を際立たせて行った。

第9章「三国同盟を破棄していたら」も興味深い:
P148には「1940年3月末、陸軍中央は40年中に日中戦争を解決できなかった場合には、41年初頭から逐次に中国本土に展開する兵力の撤退を開始し、43年頃までに上海の三角地帯と華北・蒙彊(察哈爾省・綏遠省・山西省北部)の一角に兵力を縮小配置する事を決定した。ところが同年5月10日、欧州で開始されたドイツ軍の西方攻勢が、それを白紙に戻してしまった。ドイツ軍が約一ヶ月でフランスを降すという劇的な成果を見た陸軍内に一転、“バスに乗り遅れるな”の機運が高まりーー以下略」
この軍部の動きで「大陸撤退を志向した人たちは皆中央から外され或いは軍務で僻地に追いやられた。筆者はこの事実を穏やかに指摘する数少ない一人です(これは爺注)」
ついに同年9月「三国同盟締結」
この同盟を破棄に関わる“たらとれば”である。
ドイツは締結後1ヶ月で劣勢に回る。ぼろ株を最高値で買って全財産を無くしたのは国民、買いを勧めたのは軍部とそれを止められなかった近衛総理を始めとする政治指導者であった。
著者は政治不在軍部独走の流れの中で「太平洋戦争」には“たらとれば”さえ存在しないと酷評している。
結びの言葉として:
長期的視点に立って国を指導する人材の育成と要路への登用。
「満州事変」で見られたように政治的正解が選択できても「軍中央や現地軍」が従わないとの制度・組織上の問題の二点を指摘している。
そして戦前の轍を踏まないために、思想組織制度等も時代に合わせ常に改革を進める事が不可欠としている。
丁度「テロ特措法」の関連で自衛隊の給油活動が問題になっている事が頭の隅に浮かんできて、給油の継続はよくよく皆で考えた方が良さそうだと思った次第。
一読をお奨めします。


 
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町村氏 閣僚名簿を発表

2007-09-26 05:12:44 | 政治
福田新内閣で13閣僚が再任、官房長官に町村氏(ロイター) - goo ニュース

昨晩夕食を終えて老妻とお茶を飲んでいる時間に福田新内閣の「閣僚名簿」が発表されました。

この時間にはほとんどの閣僚名がTVを通じて流れていましたから、閣僚名簿の発表はそれを確認する感じでした。
新任は防衛相の石破氏と文科相の渡海氏の二人、後は町村氏が外務大臣から官房長官に出た後を高村氏が横滑りしただけで主要閣僚13名は再任と言う重厚?というか手堅い布陣。

さて発表に当たった町村新官房長官は日本人にしては立派な体格で押し出しも良いし表向きは温顔を湛えていますので、中々良さそうな感じです。
でも発表後1-2の質問に対する回答を聞いてがっかりしました。

その1;当面の課題は何か---と聞かれたのですから、速やかに福田総理の所信表明演説でもあった様に、内政では(例えば)地方や農村のてこ入れ、格差是正、行財政改革とか、国際協調としてのテロ特措法と答えれば、流石総理の女房役とうなずけたのですが、何やら関係の無い話を前振りにして長々としゃべった後、テロ特措法に言及していました。
その2:閣僚のほとんどが安倍内閣と変わらない。福田内閣との違いはという鋭い質問にも的を得ない回答をしていました。この質問には「(スポーツを例に取れば)監督が変わっただけで万年Bクラスがたちまち優勝と言う例が有るでしょう。それですよ」程度の切り返しはして欲しかった。
その3:(参議院とのねじれ国会であるので)新政権を「背水の陣内閣」とか「崖っぷち内閣」と語っていた。後者は人呼んでだから止むを得ないが、前者は福田総理が口にした言葉でもある。「兵法の理に背く背水の陣を敷いた韓信将軍の故智に習い、国民の信頼は自民党にありとの論戦を以って野党攻勢を凌ぎ切る」決意です。とか総理の気持ちを分かりやすく代弁しなければ貫目が軽い。
与えられた時間を「言質を取られず凌ぎきれば良い」なんて甘い局面ではないのであるから。解散総選挙に代えてどれだけ国民を納得させ民意を集め、返す刀で野党には「政権担当能力が無い」と思わせるのが官房長官の仕事であろう。
その4:事情通によれば町村氏は「これまで舌禍を数回起こしているそうだ」氏の話は余談が長く回答が確信に迫らない。まさにそんな危惧を感じた。

さてさて、あーこんな人が大臣だったのーなんて方が何人かいた。政治資金報告書の訂正問題で顔と名前を覚えた人も二人ほど居た。この程度は代えてもよかったかもねー。
爺婆は最後に「前の官房長官って誰だっけ?」とか言い出し、ほらほら、あれあれ、あのーとか言って「病気でやせたー」「眼鏡を掛けた」「有名な歌人のー」と言ってようやく与謝野氏の名前が出た。

爺婆が閣僚の顔と名前が一致するまで福田内閣は持つでしょうか?
小沢民主党が「どれほど政権担当能力があるか」再開国会で国民に示す努力との競争と思います。実りある論戦を期待します。
朝から皇居で「認証式」ですね。

ロイター:
[東京 25日 ロイター] 福田康夫新内閣で官房長官に就任する町村信孝氏は25日夜、閣僚名簿を正式に発表した。額賀福志郎財務相、大田弘子経済財政担当相、渡辺喜美金融・行革担当相など経済閣僚をはじめ13閣僚が再任された。

 町村氏の後任の外相には高村正彦防衛相が横滑りし、防衛相に石破茂元防衛庁長官が起用され、伊吹文明自民党幹事長の後任の文部科学相には渡海紀三朗・自民党政調会長代理を充てた。

 内閣の司令塔役を果たす官房長官は、安倍晋三内閣の与謝野馨氏(無派閥)から福田新首相の出身派閥の会長を務めてきた町村氏に替えた。

 その他は、自民党役員人事との関連や町村氏の官房長官就任に伴う後任など最小限にとどまった。臨時国会開会中で「大幅な閣僚入れ替えは難しい」(与党筋)という事情が働いた。 

 町村新官房長官は記者会見で、福田新内閣を「背水の陣の内閣」と位置付けた上で「テロ特措法をしっかりと成立させていくことに内閣として全力を挙げていかなければいけない。そのための布陣が今回あらためてできたのではないか」と述べた。

 税制改革に関しては「今この時点で税制改革がいかにあるべきかということを、この記者会見で申し上げるのは、いかにも時期尚早ではないか」として、言及を避けた。

 額賀財務相は、景気回復を本格化させ、国家財政の再建に全力を尽くしていくとの考えを示した。また、高齢者医療の負担増を凍結させることについては、与党間での合意は理解するが、財源の議論が必要との認識を示した。(引用終わり)
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